10.ミクロな魔物
大森林地帯での最大lvの魔物は眼前にいるlv42のイエークだ。こいつはレベル
こそ高いが闘う時はおよそ100の分体に分かれて襲ってきて、その分体がお粗末な
ほどにパワーダウンしている。
従ってこちらの手数が足りていれば、それほど恐れることが無い。格好の獲物と
なる。すでにガスタン達も戻ってきており布陣は完璧だ
仲間に円陣を組ませプロテクションを外周に張る。後は眼前の群がる分体を
各個撃破すればよいだけだ。イエークが5体もいて分体が500個も襲ってきたとき
はうんざりしたが、ラタンとその部下の活躍で無事討伐した。こういう数を頼み
にする奴らには単純な物理攻撃の方が効率的だ
『ラタン、お前ら珍しく大活躍だな』
「皮肉ですかな」とラタンは返す
「あーもう、いつまで続くの」アイリスはうんざりげだ
『まあ、そう言うなたまにはラタン達を立ててやれ』俺は皆に言う
ラタン達は楽しそうに分体を屠っていく
出遅れ気味だったラタン達のレベルアップが鈍化してきたところでイエーク討伐
を切り上げてベースキャンプにする予定の街道の街へと向かう
街の手前の宿営地で夕食後にいつものようにガスタンにお手製のロシアンティー
をすすめる。
「どうやら例の件うまく進みそうだに」
『ほんとうに!それは俺がこの世界に来て一番の吉報だよ』俺は喜色ばむ
例の件を説明するには1週間ほど前のできごとから話さなければならない
俺たちはその日も大森林を次の獲物を求めて行軍していた。神獣様が突然警戒を
促す
「人間の声がする、4人はいる 気を付けて!」
俺の敵探知には何もひかからない。奥地まで来た冒険者か?
『ステア、生体探知を頼む』
「人型の生物は周囲にはいないわ」ステアの探知にもひかからない
妙だ 俺たちは神獣様の後につき忍び足で声のする方へ近づく
目視で人の存在は確認できないし気配すらない
「ここだよここ、ここから人の声がする」と神獣様は長い角で空間の位置を
指示する
しかし、そこには竹に似た植物の枝しかなかった
俺はその枝を刀で切り取り 神獣様に近づけた
「うん、ここだよ これから2種類の会話が聞こえるよ」
『2種類?』
神獣様は俺に念話で2種類の声を聴かせてくれた
確かに内容と声のトーンから、2組の男達が別々の話をしているようだ
俺は竹の枝を注意深く観察するが竹には何もないどころか虫すらついていない
俺はもっとよく見ようと枝を太陽の方向に掲げてみる
その瞬間一つの葉っぱに2つの陽光が反射する箇所を発見した
そこを凝視すると半透明の長さ1cm直径3mmほどの虫がいることがわかった
東部には黒い目玉のようなものがある
もしかしてこいつらか
俺は試しに神獣様にこの虫どもに念話を依頼した 結構時間がかかった
「この子たちは音を真似できるみたい、あとねー、音だけでなく映像も記録
できるって、それでねー、一回覚えたのはすぐには忘れないって」
どうやらこの虫達は、近くに来てた別の冒険者たちの会話を記録しで同時
に音源再生していたらしい
まるで小型録音機だなと心の中で呟いた瞬間、俺の頭の中で閃きが生ずる
「イワタテは虫と遊んでる暇なんかあるの?」アイリスは最近俺を名字で
呼び捨てにする 慣れてきたのだろう まあじじいと呼ばれるよりはよほど
いい ありがたいことである
『いや遊んでいる訳じゃないんだよ』
『神獣様、こいつらに聞いてみてほしいんだ。何か困っていることはない
かって』
神獣様は再度念話をする
「なんかねえ、自分たちを襲うアリが増えて困ってるって、このまま
じゃ絶滅しちゃうかもって」
俺は暫し思考をめぐらす
『俺たちが安全な住処と食料を提供するから俺たちの仕事を手伝って
くれないかって提案してみてくれる』
「うん わかった」
意外とすぐに返事が返ってきた
「わかったお願いするって それから食べ物は今いる植物の葉っぱ
だって」
すぐに了承された
俺は枝に一礼し籐で編まれた通気性の良い小さな箱に、彼らがいる
その枝と、隣の竹の枝から何枚か葉っぱをちぎりそっとしまった
その日の宿営地で夕食後の定例のガスタンとのティータイムで俺は
自分の考えを開陳する
『今日出合った虫、仮にモノマネさんとして、彼らを2cmm四方くらいの蜘蛛
の背中に乗せる、その蜘蛛を小鳥の背に乗せる。その小鳥が敵国の要人の
私邸の窓から屋敷に侵入する そこで蜘蛛を下す 蜘蛛は屋敷の寝室または
応接室など情報がとれるところに移動、あるいは要人の服や髪の毛にくっつ
いて王宮や官邸まで移動し、モノマネさんが情報を収集記録、小鳥はモノ
マネさんと蜘蛛の食料を輸送。そうすれば長期の情報収集が可能だし、怪し
まれずにいつでも撤退可能だ。この虫は恐らく今まで未発見と思う
こんなこと考えつくのはたぶん俺たちが初めてだろう
さっきステアに確認したけど、念話ができる人間や魔物が念話できる対象は
精々ウサギぐらいの大きさまでらしいから、モノマネさんぐらいの虫と
なると無理っていうのが常識らしい。 神獣様は規格外みたいだけど
だから全くノーマークでスパイ活動ができるってことになる。』
『このプロジェクトは是非君に進めてもらいたいと思っている』
「そんな重要な仕事をまかせてくれるのか、おらがんばるだに」ガスタンは
やる気を見せていた
今はエルトリアの軍属だが完全に俺のペースにのまれている
巻き込んでいいのだろうかとも思ったが 彼の思いに繋がることでもあるし
是とした
問題はいくつかある。まずは協力してくれる蜘蛛と小鳥を探すことだった
俺、ガストン、神獣様は最低限のレベル上げの後はずっとそこいらの蜘蛛
と小鳥を皮切りに片っ端から声をかけまくった。3日経っても協力者は現れ
なかった。人間に協力する義理はないとのことだ。神獣様も神獣様で俺たち
の意向は伝えてくれるものの、獣の神という立場なのか、かなり上から
目線で伝えているようだ。俺とガスタンが神獣様の横で自分の親指の先ほど
の大きさの蜘蛛に頭を下げる。効果があるかわからないがやらないより
はましだろう。前世界の選挙中の政治家になった気分である。
4日目以降は俺は貯まってきた雑務を片付けるため、ガスタンと神獣様に
後を任せた。6日目になってようやく協力してくれる1匹の蜘蛛と1羽の小鳥
を見つけたらしい。
どうやら彼らもモノマネさんと同じで、特定の天敵が異常繁殖したため
全滅の危機にあっており、安全な住処と食料を提供してくれるなら協力して
もよいとのことらしい
やはり個体数を維持し、増やすことは、生物においてDNAの
絶対命令事項のようだ
早速、現在滞在している街オールドネージュの宿屋の3室を長期借り受け
し、モノマネさん立ちの仮の住処とした 大家が部屋を覗いたら蜘蛛が
うじゃうじゃいたりして驚くかもしれないが些細な事だ
あとガスタンの弟、今は農夫なのだが こいつがとんでもない虫オタクと
いうか虫オヤジで こいつをモノマネさんたちのお世話係として雇うことに
した
今探しているいい物件、倉庫とか廃屋、が見つかったら正式に専用施設に
改築する予定である
モノマネさんの発見については全員に口外秘としている。仮に漏れたと
しても同じことを考える奴が出てくるまでは、諜報戦で俺たちの優位性は
保てる。スパイプロジェクトについては俺、ガスタン、神獣様だけが知って
いる。秘密を知る者が少ないほど漏れる可能性が少ないのは当然なので
少数精鋭で行く
俺のパトロンであるエルトリア王宮も100%は信頼できないので当面は
知らせるつもりはない