103.第三月宙域艦隊戦
「 マクシミリアン艦隊から入電、『我、予定の宙域に到達。貴艦隊は
所定の行動に移りたし』 」
「 よし、それじゃあ、俺達もいくぞ。オヤッサンは準備はどうだ? 」
『 準備OK。では予定通り先行する 』
ハブーラの酒場でイチカ・シュミットと出会い、鋼血団に参謀として
入団して1年経過している。イチカにマクシミリアンの傘下にはいるのに
条件を吹っ掛けさせた。まず、準備に1年掛ける事、マクシミリアンは
早くクーデターを起こしたいようだが、お仲間が少なく鋼血団が
重要な手駒と考えているせいか、渋々応諾した。次に、マクシミリアンの
管轄区の鉱山の採掘権のいくつかを貸与させることを条件とした。
マクシミリアンは事が成った暁には鋼血団をいつでも切り捨てることが
できると考えているせいか、気前よく貸与してくれた。鉱山からのあがり
は団の運転資金に充てた。
加えて情報局時代に掌握した機密情報とコネで、母星シルフィー
にある大銀行の幹部を脅迫し巨額の融資を受けている。こちらが
絶対勝つので不良債権にはならないはずだ。その巨大な資金で
新型のメタル・コフィン80機と戦闘艦20隻を擁する一大勢力に
なっている。戦闘員は全宙域から、鋼血団のメンバーと同じく
傭兵稼業をしている少年兵を集めまくった。
俺はイチカの参謀だが、団内では兵站担当長という肩書だ。俺の
真の役割はイチカをはじめごく少数の古株の幹部のみが知っている。
惑星シルフィーの真の危機も、蛇人間のこともそいつらだけが
知っている。名前も本当の名前イワタテを使用している。情報局は
今でもザイオン東郷の行方を追っているだろう。
俺も本物のザイオン東郷の行方を調べてみたが、俺が星間転移した
日から、彼の消息の手掛かりは突如としてなくなった。姿形が似て
いるだけあって、俺と彼はなんらかの結びつきがあり、俺の転移で
彼も玉突きのようにどこかへ跳ばされたとしたら、彼にとっては
迷惑至極な事だろう。
鋼血団の少年兵達は俺を最初煙たがっていたが、喧嘩でめぼしい
奴を数人のしてやった後は奴等も認めざるを得なくなったようだ。
何せこちらは壁が使えるので負けることはない。お陰で俺のあだ名は
「鋼のおやっさん」である。俺は彼らの短い空き時間に文字の
読み方や勉強を教えた。団にいる数少ない大人や、至極少数だが
学のある少年も2,3人いて手伝ってもらっている。
それはさておき、現状であるが、1週間前にマクシミリアン・ファイサル
が、シルフィーのセブンアイズ会議室で、コロニーの反乱鎮圧のため
不在のエルナン・ピサロを除く6名の軍閥リーダーを拘束し、クー
デターを起こしてから、ここ第三月衛星付近の宙域でエルナン・ピサロ
率いる月軌道外縁防衛艦隊リック・アーチャーズと、マクシミリアン・
ファイサル率いる艦隊が激突しようとしていた。
ピサロ側の戦闘艦は200隻、対するマクシミリアン側はセブンアイズ
のリーダーの支持が当然の如く得られなかったため、彼の直属艦隊
50隻に加え、彼のセブンアイズの腐敗を糾弾し新社会を作るという
理想を馬鹿正直に信じ、拘束された6人のセブンアイズリーダーの命令に
違反し馳せ参じた若手将校の艦が50隻、それに鋼血団20隻だ。数の上で
も不利だが、戦闘練度においてもリック・アーチャーズは最強で、
百戦錬磨の鋼血団を除けば、戦闘が始まれば差は自ずと表面化する
だろう。
宙域ではピサロ艦隊の前衛100隻とマクシミリアン艦隊100隻が
対峙している。鋼血団の20隻は、迂回してピサロがいる後衛艦隊
を襲撃し、動揺した前衛艦隊をマクシミリアン艦隊が撃破した後、
後衛艦隊と対決するというのが作戦だ。当然マクシミリアンにと
っては鋼血団は捨て駒である。
一方、ピサロの後衛艦隊は前線の状況を睨みながら回り込んで
マクシミリアン艦隊を挟撃するつもりだろう。途中にいる鋼血団
は五月蠅ぐらいにしか映っていないに違いない。
鋼血団の本当の作戦は逆にマクシミリアン艦隊を囮にして後衛
のピサロ本人を狙うものだ。
俺は自分が命名した「鋼鉄のマグロ号」を操縦し、一路エルナン・
ピサロの後衛艦隊へ先行している。「鋼鉄のマグロ号」は金に飽かして
硬度の高い希少なユーグリットメタルを最外面に使用し、内面は
これでもかというぐらい装甲の厚い、いわば不沈艦である。武器
は搭載されていないし、艦橋も無い。搭乗員は俺一人のみで、
護衛艦もいない。ただ、敵の攻撃に耐え、彼らに接近するためだけ
に建造された艦である。ご丁寧に艦の前面に無限の壁を展開して
いる。
目的の艦隊の射程距離にはいると、敵の艦隊のビーム照射が
始まる。無限の壁がビームを反射し、敵艦隊の最前列の戦闘艦
が被弾し撃沈していく。何度か同じことが繰り返されるが、
敵もからくりを悟ったのか、鋼鉄のマグロ号の左右に回ろうと
回り込んできた。
「 オヤッサン、第一艦隊は早くも壊滅したようだ。こっちも
急がないとだめなようだ。」
イツカが本隊の戦況を伝えてくれた。マクシミリアンの第1艦隊は
自主参陣した若手将校主体の艦隊だ。最前列に配置されていたが
ピサロの前衛艦隊相手に時間稼ぎもできなかったようだ。第2艦隊は
マクシミリアンの直属艦隊だ、少しはもってくれると思うが。
マクシミリアンが打ち取られた時点でゲームセットになり鋼血団は
ただの謀反人になる。
『 あと、もう少しだ。死刑執行人はもう少しでお目覚めのようだ 』
敵艦隊と指呼の距離まで接近できた。そのかわり無限の壁がある
前面はともかく、左右に回り込まれた敵艦からサンドバッグのように
ビームが打ち込まれている。数か所では外面のユーグリッドメタルも
溶解している。
「 ガルルルゥー 」
船内後方で、おぞましい叫び声が聞こえて来た。
『 よっしゃ、準備完了。ハッチ解放 』
おぞましい叫び声の主はハッチから飛び立ち、エルナン・ピサロの
戦闘艦やメタル・コフィンに襲い掛かっていく。
同時に俺は転移魔法でイツキのいる旗艦に戻った。
『 どうだ?うまくいってるか? 』
「 ああ、あいつら大混乱だ。着実に戦力が落ちて行っている 」
死刑執行人と呼ばれたものは、前大戦の遺物で破棄されたとされ
ていたはずの無人型メタルコフィン6機である。規格外の高出力ビーム
と、高密度のエネルギーバリアを展開している。機体自体の戦闘力に
加え、こいつが悪魔の兵器と呼ばれるのは、破壊されたメタルコフ
ィンにこいつが噛みつくと、破壊されたはずのメタルコフィンが再び
動き出し手下に加わるという点に尽きる。機械版ゾンビである。
もともと俺とイチカが出会う前に惑星マルニウムで鋼血団が発見し
ていたものだが、情報局の知るところとなり、エルナン・ピサロが
回収する前に、俺が先んじて回収し秘匿していたものだ。鋼鉄の
マグロ号に搭載して、敵艦隊の近くで起動し、ビームを放ってきて
いる敵をモニターで見せておいた。お陰で敵が誰かよく理解しれて
くれている。
「 マクシミリアン艦隊より入電。『貴艦隊の働きに感謝する。我、敵艦隊
の追撃に移行する』 」
敵艦隊の後衛が大混乱に陥ったため、前衛艦隊が呼び戻されたよう
だ。マクシミリアンは攻勢に転じ敵の殿軍を撃破し追撃を行っている。
「 予定通り、敵後衛艦隊の側面に急行。距離は5000レムに保て。巻き
込まれるなよ。オヤッサン、こっからは俺達の出番だぜ。
敵前衛艦隊が戻ってくるまでに勝負を決める。」
鋼血団の艦隊が、エルナン・ピサロの後衛艦隊の側面に近づくにつれて、
宙域のビーム発射が散発的になり、やがて鳴りやんだ。どうやら、
悪魔の兵器は全滅したようだ。しかし、ピサロの後衛艦隊は
半分の50隻は撃沈した、メタルコフィンに至っては4分の3
ぐらいは壊滅している。
レートは
戦闘艦 50:20、メタルコフィン 100:80
端緒はメタル・コフィン隊同士の戦闘が始まる。エースパイロットの
目黒クロードと猪熊ジローに率いられた鋼血団メタルコフィン隊
は狡猾に苦戦を演じ、徐々に後退する。鋼血団の戦闘艦艦隊まで退く
と急速に左右に散開する。
それと同時に鋼血団の戦闘艦から広角の高出力ビームが放たれ、
一瞬にして迫り来ていた敵のメタルコフィン隊は全滅した。これも
無人メタルコフィンと同じ場所で見つかった前大戦の遺物である。
短距離だが高出力の超広範囲攻撃が行えるビーム砲だ。どんな歴戦の
パイロットでもレンジに入っている限り避けようがない。
この兵器の使用については猪熊ジローと一悶着あった。
「 そんなもんであいつを倒しても意味ねえぜ 」
猪熊はどうやら敵のエースパイロットに因縁がある奴がいる
ようだ。
『 君の気持も分からんでもないが、重要な事はこの戦いに鋼血団
が勝つ事だ。君がライバルの敵エースパイロットを討ち取った
としても、全体において戦いに負ければ鋼血団の明日は無い。
どうかここはメタルコフィン乗りのプライドは棚上げして
こらえてほしい 』
「 わかりました、オヤッサンがそこまで言うなら。」
『 ありがとう、わかってくれて 』
さっきのビーム砲で、彼のライバルも因縁と共に綺麗さっぱり
消滅したようだ。
機動兵力を失ったピサロ艦隊に、鋼血団のメタルコフィン隊が
襲い掛かっていき、次々と戦闘艦が撃沈していく。
呼び戻された前衛艦隊から放たれた敵のメタルコフィン隊が到着
するまで、早くとも20分はある。戦いの決着は既に見えた。
ピサロの旗艦は、完全に不利な状況を理解し反転、宙域を急速に
離脱しようとしている。他の戦闘艦が身を挺してメタルコフィン隊
を阻みピサロの離脱は成功するかに見えた。
『 みんなお待たせ 』
俺の搭乗したゼブラ柄のウェイブライダーが目黒達の機体が集まって
いる場所へ到達する。
「 遅いよ。おやっさん 」
『 ごめん。じゃあ目黒からいくよ、ピサロ目掛けてとんでけー 』
転移魔法で目黒クロードの機体は一瞬でピサロの旗艦の側に移動
する。目黒クロード、猪熊ジロー、あと2名を送り出し、自分も転移する。
すでにピサロの旗艦は、数発の被弾を喰らっており、ところどころ
で、船内の空気中の酸素を消費して黒煙が上がっている。目黒達は数機
の敵残存メタルコフィンを撃破しつつ、ピサロの旗艦にダメージを
与えているようだ。ブリッジを覗くが直撃を恐れすでにエルナン・ピサロの
姿は無い。ほどなく後部から脱出艇が射出される。
『 目黒、後ろから出たよ 』
目黒の機体は脱出艇を捕獲した。すなわち生け捕りだ。
ほどなくピサロの旗艦は轟沈した。