102.狡猾な虎
「 ハブーラ国での民衆蜂起の準備は順調のようです。
来月には蜂起が始まると思われます 」
ハブーラ国とは母星シルフィーの中規模国家群の一つで、治外法権化
している惑星メタニウスと結んで、独自の経済圏を形成しようとしてい
る。当然セブンアイズの統制下から脱する行為なので、敵対視されて
おり、今回の民衆蜂起側に我々セブンアイズの情報局は裏で武器供与を
している。軍事独裁国家であるハブーラを弱体化させることが目的で
ある。
「 惑星メタニウスでは、新興勢力であるナトリ・ピータンの台頭が
目立ち、古参幹部との間で軋轢が生じつつあるようです 」
俺は伝説級のメタルコフィン乗りということで、記憶が戻るまで
という条件で、情報部の配属願いが叶い、お飾りだが局内ナンバー
3というポストについている。本日は月2回の幹部定例会に出席して
メンバーの議論に聞き入っていた。
「 その2つに関係しているこの鋼血団というのは何だね? 」
「 鋼血団はもともと惑星マルニウスで傭兵をしていた少年等が
結成した徒党で、傭兵稼業を繰り返し最近名を上げておりま
す。ハブーラ国の軍事顧問契約を獲得、先ほど名前があがっ
たメタニウスのナトリ・ピータンや、件のマクシミリアン・
ファイサル卿とも深い関係にあるとか。優秀なメタル・コフィン
乗りがいるようですが、所詮はゴロツキの集団です。」
「 胡散臭い奴には、胡散臭い奴等が集まるものだな。」
マクシミリアン・ファイサル卿とは、セブンアイズの一角である
フィサル家に婿養子となり最近貴族になった人物だ。メキメキ
と頭角を現し、惑星マルニウスを含む3惑星からなる宇宙軍管区
の艦隊司令に上り詰めた。俺のボスのエルナン・ピサロが
ライバルになりうるとして注視ししている。この情報局は実質
ピサロの支配下にあるので彼の敵は、情報局の敵でもある
俺は、何故かこの鋼血団というのが気になり、独自に調査する
ことにしてみた。
リーダーのイチカ・シュミットでも推定21歳、団員の平均年齢
は推定14歳、ということはもっと年端のいかない子供達がいる
ということだろう。彼らの年齢が低いのには理由がある。前大戦
の名残で荒木田式システムという、パイロットの神経とメタルコ
フィンの駆動システムを連結して操作速度を限界まで上げるシス
テムの実現のため、生体適合がしやすく後腐れがないスラム
の少年で実験が行われたためだ。
パイロットの負担が大きく、反人道的ということで現在採用さ
れているのは、生体に端末を連結せずにパイロットの思考をシス
テムが読み取り駆動させるシステムだ。しかしながら大戦後の今
でも一部の傭兵組織ではこのシステムが運用されている。実際のと
ころ、荒木田式システム採用の機体の方が不規則でトリッキーな
動きが取れるため、実戦では分がある。
だが、まさに鋼血団は前大戦の負の遺産であることは間違い
ない。おそらく大人はほとんどいないだろう。学も知識もなく
たいした知恵もなく、若さと野獣の勘だけで今日まで闘争本能
剥き出しに傭兵稼業で生き残ってきたと推察される。
所属の戦闘艦は2隻、保有するメタルコフィンも8機のみ。
彼らは遠からず宇宙の片隅で野垂れ死ぬことになる。
何だか彼らに無性に憐憫の情が湧いてくる。
◆ □ ● △ ◆ □ ● △
それから1年後、ハブーラ国の首都の裏通りの薄汚いバー
のテーブルで、俺は一人の青年を前に酒を呑んでいた。
周りに客はいない。
青年はホスト風のスーツをびしっと決めた、ホスト風なイケメン
だ。見様によってはチンピラ風情にも見える。
「 それで、伝説の撃墜王にして、セブンアイズの大佐様が
うちにはいりたいって、どういう魂胆ですかね? 」
『 いろいろ理由はある。まずこちらの目的を言うと君たち
には惑星シルフィーの太陽系全ての支配者になって
もらう 』
「 はぁ、何を言い出すかと思えば、愉快なおっさんだぜ。
だが、質問に答えていないぞ。 」
『 一番大事な事だが君たちは若い。若いということは
新しい事に適応が早いということだ。百聞は一見に
如かずということわざがある。自分の眼で確かめ
た方が早い 』
俺はそういって彼の手首をつかみ、転移魔法を行使した。
「 ちょっ、何をする 」
転移先は海底だ。室内の窓の外には大きなマッコウクジラ
のようなクジラが泳いでいた。
「 ここはどこだ? 」
『 ここはシルフィーのある海底にあるアッカド人の住居
施設だ。これから彼らに会ってもらう。拒否しても
無駄だぞ、貴様一人では地上には戻れない。暴れるの
は話を聞いてからにしてくれ 』
「 強引だな、わかった話を聞こう 」
さすがリーダーを張っているだけあって肝は据わって
いるようだ。
次の部屋に通ずるドアを通り抜けると
「 ようこぞ我が子孫よ 」
「 おいっ、蛇がしゃべっているぞ、こいつら何なんだ 」
さすがのイチカ・シュミットも驚愕で膝が震えているようだ。
『 一度自分の頬をつねってみるとよい。これは現実だ。
この方は惑星シルフィーのアッカド人の族長ミタンニ様だ 』
俺は情報局の仕事の合間を縫ってアッカド人を探索し
既に彼らと接触していたのだ。
この後、ミタンニ様はかつて惑星シノップで監視官アダモが
説明してくれたように、アッカド人がこの星の支配者だったこと、
人間はアッカド人とアケメネス人との混血種の子孫であること
などをイチカに説明してくれた。
イチカは一応聞いてはいるようだが、放心状態で呆けた
顔をしている。
『 大丈夫か? 続きは俺が話す。場所を変えて、何か
食べながら話そう。 』
「 あ、ああ 」
途方もない真実を聞かすには、まず衝撃的なカルチャー
ショックを与えることが必要だろう。でないと、頭が話を
受け付けないだろうから。
俺はサンドイッチを頬張りオレンジジュースで流し込むと
話を始める。イチカはオレンジジュースを少し口に含んだ
だけだ、食べ物は喉に通らないらしい。
俺は、惑星シノップでの出来事、アケメネス人の真の目的、
奴等の強敵候補リストの1番上にシルフィーが載っている事、
2度目の星間転移でシルフィーに来た事、セブンアイズの
内部情報などを包み隠さず話した。
『 君達にてっぺんをとってもらい、世界中の人に
アケメネス人の存在と目的を知らせてほしい。そして
人類をまとめてどう対処するのか決めてほしいんだ。
俺のボスのエルナン・ピサロは残忍で狡猾な大人だ。人類
の将来などにたいした興味はないだろうし、君がここで
聞いた話も信じないだろう。
だが君たちは若いし見込みがある。 』
「 なんか俺達をかいかぶっているんじゃないか?
俺達は自分達が生きるのに精一杯で人類の将来
なんかとてもじゃないが、考える余裕はない 」
『 何故余裕がないか分かるか? それは君達に足りな
いものがあるからだ。それは知識とその知識に
基づく知恵の絞りだし方だ。
俺がお前らの参謀になり、それらを補い、天下
を取らせてやる。俺はあとこの世界に3年しか
いられない。俺がお前に権謀術数を叩きこんで、
ただのはぐれ狼のリーダーから狡猾な虎にしてやる 』
「 あんたの言いたい事は理解できた。だが、いろいろ
ありすぎて消化不良だ。少し考えさせてくれ 」
『 いいともよく考えてくれ。それと、あんたが今仲良く
しているマクシミリアン・ファイサル卿だが、気をつけろ。
奴は遠からずセブンアイズ内でクーデター
を起こし、エルナン・ピサロとの権力抗争に君達も
巻き込まれるだろう。』
「 どうしてそれを知っている。昨日、奴からクーデター
への参加要請があったばかりだぞ。 」
『 知識と知恵の絞り方だ。ちよっと考えれば予測は立つ。
ほぼピサロの勝ちは見えている。
どうせマクシミリアンからマルニウスの王にしてやるとか
言われたんだろうが、
お前達は残らず討伐されるだろう。万が一、マクシミリアン
が勝ったとしても奴はお前らを利用しつくした
後はポイ捨てするだろう。どっちにせよ将来はない 』
「 マクシミリアンが俺達を対等のパートナーとして見ていない
のは奴の態度を見てて分かっている。俺達も奴を利用し
てのし上がっていくだけだ。」
『 果たしてお前たちにそれができるかな?
マクシミリアンは努力が足りない偽中二病野郎だ。はなもち
ならないエリート意識の持ち主でクーデターを起こし
ても奴の味方をする奴は少ないだろう。大義をかざせ
ば自動的に味方の戦力が増えるという甘い考えだ。
だがそれでも、お前達よりはずっと頭と知恵は回る。
そしてピサロはマクシミリアンなんかよりは遥かに抜け
目がない狡猾な大人だ。戦う前から勝負は決まって
いる。 』
「 では、俺達にピサロにつけと言うのか 」
『 いや、ピサロについても、手駒の一つとしていいよう
に利用されるだけだ。このままマクシミアリアンと手を組んで
いい。
しかし、闘う準備は完璧にする。そして勝つべくして
勝つ。ピサロを葬った後は、時期を見てマクシミリアンを
排除してセブンアイズを君達が完全に掌握する 』
「 ピサロに勝つ策はなんだ? 」
『 お楽しみのためにここでは言うまい。だが、それは既に
君達が発見しているものだ 』