序章 『探検家になる』
「明日さ、山の洞窟行ってみね?この前見つけたじゃん?」
そう言いだしたのは、安達という少年。クラスのムードメーカーのような存在だ。いつも俺のことをチビだと馬鹿にする悪い奴なのだ。絶対に許さん。
「いいねぇ!気になってたんだよなぁ、あそこ」
それに桜井が続いて、みんなも行くだろ?と尋ねる。どうやらみんなでこの前見つけた洞窟へ行くらしい。みんな揃ってかなり乗り気のようだ。小学生じゃないんだから、少しは落ち着けばいいのに。
「二人も行くだろ?」
まだ人を誘って行くらしい。先日、一緒に見つけたがなかなかに危なそうな洞窟だった。その二人もやはり行くのだろうか。やめとくべきだと思うなぁ、僕は。
「お~い、お前たちに聞いてんだよ!二人して後ろ向くんじゃねぇよ!」
「え?あぁ、ごめん。俺たちな」
どうやら俺たち二人に言っていたようだった。それとお前じゃない!俺にも立派な名前があるんだよ。父さんと母さんがつけてくれた名前がな。
突然ながら自己紹介をしよう!
俺の名前は、夏葉菖。
中学二年の14歳だ。好きな食べ物は豚の生姜焼きと甘いもの全般。日々の生活の中で心がけていることは人に優しくすること。そして、何よりも自分に優しくすること。
あと俺はイケメンだ。俺の中ではな。わりとイケてる顔つきだと思っているのだが、どうしてだろうモテたためしがない。ああ、これは子供っぽい男共とばかりつるんでいるからだろうな。背が低いからモテない訳じゃないって父さんも母さんも言ってたし。これはあいつらの所為だな。全く、あいつらは自分の心の幼さに、はやく気付くべきだと思うんだ。そしたら僕はモテるはずだ。
「危ないよ?あそこは。見たでしょ、安達君たちも。」
そう言い彼女は注意する。
彼女は雨谷茉莉。俺たちと同じ中学2年の女の子だ。栗色のショートヘアーとぱっちりした目が特徴の、小学校からの親友だ。身長は155㎝で体重はよんじゅ……おっとどこからか殺気が。そして、とにかく運動ができる。そこらの男よりできる。あとモテる。こいつばっかモテる。なんでぇ……
「大丈夫だって!危ないならちゃんと茉莉ちゃんが見張っててよ。危なくないようにさ。隣のやつも行きたそうだぞ」
誰が行きたそうなんだよ!誰が!こっちは洞窟探検するテレビ番組とか小説とかこまめにチェックして、たくさん情報得てんだよ。だからそんな行きたいとか思ったりしないから。仲のいい友達とハラハラドキドキする冒険したいだなんてちっとも思ってないから。
「っく」
なんでそこで言葉を詰まらせるんだよ、何か言えよ。どこか返せない言葉でもあったのか?それとも洞窟探検行きたいのか?そうか、そうなんだろ、こうなっちゃ仕方がないな、俺が助け舟を出してやるしかないな。
「しゃあねぇな!俺が茉莉の面倒見てやるから行こうぜ!」
「はぁ?」
「よーし!決定!明日2時に学校前に集合な!解散!」
そういうとがやがやとメンバーが散っていく。茉莉が何か言ってるが俺の耳には入ってこない。だって明日は洞窟探検があるから。
*********
「おい!起きろよっ起きろって!」
「はっ!?」
どうやら茉莉が起こしに来たようだ。
「おはよう。起こしてくれてありがとう」
おはようの挨拶に感謝の言葉も忘れずに付けておく。感謝の言葉を伝えることは大切なことらしい。こいつが言ってた。
「おはようじゃねぇよ!お昼過ぎてんだよ!あれだけ楽しみにしてた奴がこれかよ」
「別に楽しみにしてないから、そこを履違えてもらっちゃ困る」
「あっそ」
まずいな、1時過ぎてる。自分で2時集合なんて言っといて遅刻なんて、格好がつかない。更には置いていかれてしまったなんてのは最悪の事態だ。っく、3時集合と言っておけば。
「顔洗ってくる」
「はいはい、ご飯作ってあるから」
「いらん」
「食ってげ!死ぬぞお前!」
「はいはい」
急いでうがいをして顔を洗い、ダイニングへ向かう。食べやすいようにサンドイッチを作ってくれたらしい。急いで口の中に突っ込む。
「んんんんんーー」
やばい、のどに詰まった。
「何やってんだよ。ほら」
助かった。茉莉がいなければ死んでいた。牛乳を飲み干すとまたサンドイッチに手を付ける。
「ゆっくり食え」
「ふがふが」
「何言ってるかわかんねぇよ」
「ごちそうさま」
「はいよ」
急いで歯磨きを済ませて、着替えをする。洞窟探検の準備は昨日のうちに済ませておいた。昨日の俺、ナイスだ。
「準備できたよ」
「おっけー」
「よっしゃ!走るぞ」
二人は急いで目的地へ駆けていく、茉莉は俺にペースを合わせて走ってくれた。優しい。
*********
「セーフ」
「5分過ぎてんぞ」
どうやら、間に合わなかったらしい。
「ごめんね。遅れちゃって」
「大丈夫だよ、5分くらい」
「てめぇが言うんじゃねぇ!」
こうして、全員で8人欠けることなく山の洞窟へ向かうのだった。
忘れ物はないなと道中確認をしあう。俺たちが持ってきたものは飲み物、軽食、懐中電灯、とかそんなもんだ。
そして一行は洞窟前にたどり着いた。
「やっぱり深そうだな。」
メンバーの中の誰かがそう言った。まぁ、俺なんだが。
「菖、ほんとに行くの?」
茉莉が心配そうに聞いてくる。男の覚悟をなめんじゃねぇぞ。
「当然。俺の辞書に後退という文字はない」
「心の準備はできたな?入るぞ」
安達がそう言って洞窟の奥へ進んでいく。しかし安達は戻ってきた。どうしたんだろうか……
「なんで誰もついてこねぇんだよ!来いよ!」
と、いつもこんな感じだ。一体誰が、いつから始めたんだこんなお決まりのようなコントは。
「お前のせいだぞ」
安達は俺のほうを向いて言うが身に覚えがない。
そしてやっと、隊列を組み奥へ奥へと入っていく。俺は一番後ろ、その前が茉莉だ。
洞窟の中はごつごつした岩肌が飛び出し、ぬかるみで足が滑りそうな場所もちらほらある。明かりを照らしても洞窟の終わりは見えない。一体どこまで進めば奥までたどり着けるのだろうか。
「ここらへん崩れやすいから気を付けて歩けよ」
先頭のほうからそんな声が聞こえた。道幅もあまりない。足を踏み外して落ちてしまえば死ぬかもしれない。
「ちゃんと聞いてた?危ないってよ。」
「分かってるって」
茉莉が注意を促す。分かってるって。注意してますぅ足元よく見てますぅ全然よゆ……
「ぁ……。」
突然、足場が崩れる。ただ崩れただけじゃ何とかなるはずだった。だが不幸なことにぬかるんだ地面が足を取る。
やばい落ちる。死ぬ。
それでも必死に何かをつかもうとする。
「っっっ!?」
そして、しっかりと何かを掴む。
――が、それは自分の重さを耐えきれるものではなく、俺は奈落に吸い込まれていく。
やめときゃ良かった。言われた通り、ちゃんと言うことを聞いておけば……
そう後悔するも、もう遅い話だ。このまま俺は死ぬのだろうか。
そして諦観とともに瞼を閉じた。
*********
そして目を覚ませば俺は、暗い森の中にいた。