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クライヤー  作者: モグラ
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放火魔

 本棚から一冊取り出して、適当に開いてみた。妖怪辞典。時間にして約十分ほど、詳しくないその手の話を頭に叩き込もうと努力した。


 ふいに、けたたましい警報が鳴り響いた。


「一階で火事が発生しました。ご来客の皆様は、係員の指示に従い、落ち着いて速やかに非難してください」


 案の定、室内は一気に騒がしくなる。所々から不安そうな声が聞こえてくる。隣の少年は驚いて頬張っていたものを喉に詰まらせてしまったらしく、手を当てて顔を赤くしていた。


「百鬼さん!」


 周囲を見回すも、やはり姿は見えなかった。


―― どこに ――


 僕は荷物なんてそのままにして、一目散に駆けだしていた。従業員が非常口へ案内する中、僕は全く見当違いな方向へと駆ける。どの本棚の裏にも奥にも彼女の姿はなかった。


 トイレの前で名前を叫んでみたが、返事はない。


―― くそっ、どこだ! ――


 唇を強く噛み過ぎたのか、僅かに血の味がした。


「君、速く避難を!」


 若い男性従業員に腕を掴まれた。


「友達が見つからなくて、黒くて長い髪で赤いマフラーをしてて、黒い鞄で」

「あぁ、それならさっき非常階段を降りて行ったよ!」


 本当ですか、と問う自分に、彼は何度も縦に首を振った。僕はそれを信じ、それならば自分も避難しようと非常階段へ駆けだした。


 長い階段を抜け、外の空気を肺一杯に吸う。人だらけで酸欠になりかけていた脳に、新鮮な酸素が運ばれていくような気がした。


「百鬼さん! どこにいるの!」


 僕は歩きながら、周りを隈なく見回しながら叫ぶ。それでも返事は無かった。


―― もしかして ――


 考慮しなかった一つの可能性が頭の中を電撃のように駆け巡った。騙されていた、あの男性従業員に。避難させるために吐いた嘘。それを考慮していなかった。途端に胸が早鐘を打ち始める。マズイ。戻らなきゃ。


 駆けだしかけた僕を引き留めたのは、肩に置かれた手と、聞きなれた声だった。


「英さん、良かった、無事だったのね!」


 振り返るとそこに、目を皿にして、足を棒にして探していた彼女が立っていた。


「百鬼さん! どこにいたの、探したんだよ」


 目頭を熱いものが迸った。いつの間にか僕は彼女の両手を掴み、胸の前できつく握りしめていた。


「ごめんなさいね。最初の避難の波に呑まれてしまって」


 困ったような顔をしながら、彼女は僕に返事を返す。澄んだ艶やか声。


「怪我はない?」

「心配ないわ。英さんは?」

「僕も平気だよ。……あぁ、本当に良かった」


 ピンと張っていた体が、ぐらりと崩れていくような錯覚に襲われた。その位、安心したのだ。


 百鬼さんは無事。僕にとって、多分、自分の安否よりも大切なこと。それが確保されたからか、冷静さが少しずつ帰って来た。

 でも、気恥ずかしくなるんじゃなくて……。


 その瞬間は唐突だった。


「本当にそうね……。連続放火魔の事件に巻き込まれるなんて。英さんも無事で良かった」


 何故だろう。妙にこの言葉が引っかかった。いや、さっきから違和感はあった、それがハッキリしてきた、それが正しい気がする。


「そ、そうだね……。テレビで見たって、まさか自分が、なんてね」

「うん、本当ね。英さんもなんて、こんな偶然もあるのね……」


―― 英『さん』だって? ――


 そうだ。百鬼さんは僕の事を、「英さん」なんて呼んだことは無かった。いつだって「英君」だったじゃないか。


 なら、目の前にいる彼女は……


「ねぇ、今日はどうして図書館に?」


 彼女はちょっと困ったような顔をしながら


「自習をしようと思って」


 まだだ。


「お願いがあるんだけどさ、僕の名前をもう一回呼んでくれないかな?」


 今度は流石に怪訝そうな顔をしていた。だが、それでも、彼女はゆっくりと口を開いた。


「英……さん?」


 最後だ。さっきからずっと気になっていた、あんまりに決定的なこと。


 僕は左手で、彼女の右手首を握った。


「最後の質問。『百鬼さん』は、右手に僕があげたミサンガをつけていてくれたんだ。それに、僕をそんな風に呼んだりしない。いつも、英君、だった。教えて、君は誰だ?」


 彼女は目を丸くしていた。そして、一服を置いて俯いた。


―― 妖怪はいるよ ――


 頭の中で、いつの日かに交わした言葉の残響が蘇った。


 僕は腕を伸ばして彼女の頬に掌を押し当てる。強引に僕の顔を見させた時、覗き込んだその目は、焦燥であふれて不憫なくらいだった。


「君、妖怪なの? 百鬼さんの目と、君の目、ちょっと違う気がするよ」


 この妖怪がやろうとしたことは、多分、僕を引き留めること。避難させること。ありがたいけれど、それならば。


「従業員も君なんだろ? 助けてくれたのは嬉しいけど、僕は、百鬼さんに会わなきゃなんだ。ごめんね」


 僕は反対向きに駆けだした。人で出来上がった壁を強引に突破し、従業員が伸ばす手を巧く躱して非常階段の入口を突破する。長い階段も、この時だけは何でもなかった。


―― 百鬼さん。今行くから ――


 熱くなった鉄の扉を痛みに耐えて開けると、三階にも火が回り始めているところだった。踊り場で思い切り息を吸い、煙が充満した部屋に飛び出した。



 そこには

 そこには、放火魔の正体が、あり得ないようなその犯人がいた。

 そこには、妖怪がいた。

謝謝。


しばらく急展開です。

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