昼下がり
その日の学校も、いつも通りの最低で退屈に過ぎていった。
お昼ぐらいに、廊下が騒がしくなって行ってみると、所謂いじめっ子が、所謂いじられキャラの子を延々といびっていた。
「その位にしとけよ、足立。ちょっとやり過ぎだよ」
「は? 何、ヒーローぶっちゃってんの? イタイんですけど~! コイツは嬉しくてニコニコしてんだろ、え? お目目失くしたんなら、探してきな! あー、可哀想な『えいゆう』クン」
どうしようもなくウザイ。もうある意味天才的ですらあると思う。どうやったらこんなに人をカチンとこさせるような文字列をペラペラと口から印刷できるのだろう。
多分、この足立という男は、その為に生まれてきたのだろう。そうとしか思えなかった。
「イジリも度が過ぎればなんとやらだよ、最近授業中でもお構いナシじゃないか。ヒーローぶるとかじゃ無くて、単純に迷惑だよ」
「じゃ、両手をお耳に当てて『ママ、怖いよー、聞こえないよー』ってしとけばいいじゃんか。滑稽で似合ってると思うぜ、ムンクの叫びポーズ」
教養があってのことか、偶然の奇跡か、ムンクの方が耳を防いでいるのは正しいから、例としては合っているな。
……こんな風に話を反らすように心がけないと、コイツと話なんて出来やしない。
今だって、気を紛らわしても、顔面を殴ってやりたい衝動で腕が弾かれそうだというのに。ただ、そうした場合、僕はフルボッコ確実なのだ。馬鹿に限って腕っぷしは強い。嘆かわしいことこの上ない。
「おーい、アダッチー、バスケ行くぞ!」
廊下の端、階段の手前で、大村が手を振っている姿が見えた。
「じゃーな、良い子ちゃん。お耳塞いでおねんねしてな!」
足立は僕を激しくおちょくって、楽しそうに駆けて行った。
成程、昼休みの体育館には、ああいう猿が集まるのか。行ったことは無かったけれど、今後も決して行かない気がした。
「ダメだよ、ああいうのには悪いのが憑いてるから」
背後から突然声がかかった。姿は見えなかったけど、誰が相手なのかはすぐにわかった。
「百鬼さん、見てたの?」
「足立君が騒々しかったから」
百鬼さん。僕が片思い中の人だ。美人だが、普段から寡黙で、誰にでも愛想を振りまくタイプでは無いから、クラスの男子からは『クイーン』なんて渾名されている。
所謂、高嶺の花な女の子。
そんな彼女が僕に話しかけてくるなんて意外だった。
「どういうこと? 悪いものが憑いてるって」
「妖怪って知ってるでしょ? ああいうのが心の中に隠れているの。嘘じゃないよ?」
不思議なことを言って、百鬼さんは僕に妖しく微笑む。綺麗なんだけど、どこか危ない香りがして、本気なのか冗談なのかよく分からない。
怪しい雰囲気をドレスみたいに華麗に纏った女性、百鬼さんはこういう人なのだ。
「妖怪って……、あれは性根が曲がってるだけだよ」
「あら、英君は、こういう話、信じたりしない?」
驚いたように目をぱちりと開いて僕を見つめる。それなのに、唇の端は僅かに上がっていて、やっぱり冗談めいて聞こえた。
「いたら、見てみたいけどね。百鬼さんは見たことあるの?」
「妖怪はいるよ」
一度言葉を切り、僕を見つめて試すように微笑む。
「私は見たことがある、沢山ね。英君にも見せてあげようか?」
百鬼さんはまたしても、悪戯っぽく僕の瞳を覗く。
気恥ずかしさと、背筋を撫でられるような感覚が同時に襲ってきて、僕は一瞬身震いしてしまった。
「それ、本当?」
「うん、英君が本当に見たいなら、いつか、ね」
悪戯が成功した時のようにクスリと笑って、百鬼さんは去って行った。普段は石像みたいに静かなのに、少し話しただけでコレだ。
小悪魔って言うか、もう悪魔。掴みどころのない漂うような妖しさが、僕を虜にして、今日も誑かされたような気分でサヨナラとなってしまった。
「百鬼さん……、妖怪、見たことあるんだ」
ぼんやりと考えた妖怪のイメージは、蛇女、雪女、女狐、どれもみんな同じ顔をしていて、少し恥ずかしくなった。
謝謝。