プロローグ
県内で最大の総合病院の診察室で、僕に下された診断は、想像の斜め上をいくようなバッドニュースだった。
全身打撲、右手足を骨折、あばらも数本折れていることが判明し、僕は長期間の入院を余儀なくされた。
「投げだされたんですよ。図書館の三階から」
ダメもとで理由の説明を試みるが、医師はちっとも取り合ってくれなかった。
「頭を強く打っちゃったのかもしれないね。なに、すぐにちゃんとした理由を思い出せるようになるさ」
別に嘘を吐いたわけじゃない。が、信じてくれないだろうなんて事は、最初から分かっていた。自分にだって、どれだけ突飛なことを言っているかは分かっていた。ビルの三階から投げ飛ばされたなんて、言い訳にしたって拙すぎる。
そのせいなのかは分からない。医師が取り合ってくれなかったことに、落胆は感じなかった。
それよりも、そんなことよりも、僕にとって今一番重要なのは……
『もう一度、彼女に会いたい』
ただ、それだけだった。
二週間前
台風一過の秋晴れの最中、僕は、ガラガラの列車に揺られていた。
学校が都会の方にあるため、僕は毎日一時間の電車通学をしなければいけなかった。正直、面倒くさい。
勉強は好きな方ではないし、家の近所の友人からは、近い高校を選べば良かったのにと幾度となく言われている。
僕だって、今はそう思うようになった。文句をつけるとしたら、腕試しだなんて言って、試しに遠くだが自分の実力より少し上のランクを狙った過去の自分に当ててだろう。運がよく、いや、悪くかもしれないが、見事合格してしまい、不覚にも小躍りしていた十五の僕が恨めしかった。
先々まで考えておけ、中学では耳にタコが出来るほど言われたというに、昔の自分は何をしていたのだろう。そんなことをぼんやりと考えながら眺めていた車窓を、一羽の燕が横切った。
あの位、自由になれたらば、なんて。
充実した環境なはずなのに、イマイチ刺激の足りない日々は、どうしても退屈だった。
手元のスマホに目を落とし、SNSのニュース欄を流し読みする。ざっと滑らした二十件内の、五、六件は火事がネタだった。
「最近、火事増えてるのかな?」
肌寒くなってはきたが、ストーブを焚くには時期が早い。何が原因なのかしばらく考えてみたが、答えは浮かばなかった。
またしばらくの間、ぼんやりとしていたが、やがて暇が襲ってきたので、さっきのニュースを一つだけ、詳細を開いてみようと思った。
記事の内容はいたって平凡だった。
平凡って言っちゃ悪いけど、どうやらよくある放火事件らしい。治安は良い国なのに、いや、だからこそ、こういう物騒な事件は悪目立ちする。
犯人はまだ捕まっていないらしかった。恐ろしい話ではあるが、僕が関わることなんて無いはずだから、特に恐怖を煽られたりもしなかった。
慣れは怖いものだ。
「子中間って」
関係ないと思っていたのだが、そうでもないらしかった。
子中間市は、僕の通う高校の近所だった。日付を見ると、丁度二日前。土曜日に起きた事件らしかった。
「放火魔……か」
僅かに怖さがある一方で、怖いもの見たさの好奇心は湧き上がるばかりだった。実際、そんなものに鉢合わせたら、それこそ命の危機に違いないのだが、この退屈な日常から抜け出せるのなら、それも悪くないような気がした。
実際に遭ってしまったら、それこそ、今日の僕自身を馬鹿だと思うに違いないだろうけど。
―― 次は、コナカマ、コナカマ ――
聞きなれたはずのアナウンスが、今日は少しだけ、新鮮に響いた。
皆々様方、暫くの間、よろしくお願いいたします。