第3話
わたしは高等部の南奥の部屋の前にいる。部屋のドアには『執事・メイドカフェ メープル』という看板が吊る下がっている。
わたしはこの春、お父様の事業拡大に伴い、越してきたばかりだった。そんなわたしと仲良くなってくれた友人が面白いから行ってみなと優待チケットをくれたのだ。
入り口のわきにはベルが置いてあり、『御用の方はベルを鳴らしてください。』というカードが添えられていたので、戸惑いながらベルを鳴らした。チリンチリンと涼やかな鈴が鳴り、しばらくするとドアが開いた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
そう言ってうやうやしく頭を下げたのは、薄い茶色の短髪に涼やかな目元が印象的な執事服の子と紫がかった髪をツインテールにしている眼鏡のメイド服の子だった。
「お嬢様、本日の給仕は執事か、メイドどちらがよろしいでしょうか。」
メイドの子が無表情で言った。
「え、じゃあ、執事さんでお願いします。」
「ご指名ありがとうございます。自分は薫と言います。お席へご案内いたします、お嬢様。」
「え、は、はい!」
慌てて返事をし、薫と名乗ったわたしより背の高いでも、男性よりもずいぶんと華奢に見える執事さんについて行くと、豪華でそれでいて落ち着く空間が広がっていた。
「お嬢様、こちらの席へどうぞ。」
薫さんは一つの席の椅子を引いてくれた。
「あ、ありがとうございます。」
わたしが椅子に座るとメニューを見せてくれた。
「えっと、本日のおすすめはアップルパイと紅茶は…そう、セイロン…です。」
薫さんは思い出しながら一生懸命にわたしに説明してくれた。あんまり必死だったので少し笑ってしまった。
「ふふ。」
「ああ、すみません。自分、お嬢様のお相手を一人でするのが今日が初めてなんです。おかしなところございましたか?」
わたしが笑うのを見て慌てる薫さんにますます笑みがこぼれてしまった。
「いいえ。一生懸命な薫さんが可愛らしくて笑ってしまったの。それにわたしも今日初めて来たの。だから何が間違いなのかはわたしにはわかりませんから。大丈夫です。」
「…やっと笑顔が見れました。」
笑みをたたえながらの言葉に薫さんがぽつりと言葉をこぼす。
「え?」
「お嬢様、緊張されていたようだから、自分の行動でお嬢様が笑ってくれて自分も嬉しいです。」
薫さんの笑顔はとても可愛くて綺麗で思わず見とれてしまった。
「それで何をお召し上がりになりますか?」
「あ、えっと、おすすめのアップルパイとセイロンでお願いします。」
「かしこまりました。」
薫さんは綺麗に笑うと下がって行った。
そこからのことは夢の見ているような曖昧さで、顔が似ている二人の執事さんが顔を近づけあっていたり、薫さんが先程出迎えてくれたメイドさんに壁ドンをされていたりするのを目撃してしまって、わたしは恥しくて目をそらしたけれど、他のお客様からは黄色い感性やため息なんかが漏れてうっとりとしていた。それにいたたまれなくなって赤面していたわたしだった。けれど、頼んだアップルパイとセイロンはとても美味しかった。薫さんにその趣旨を伝えると「良かったです。」とまた綺麗な笑顔で答えてくれた。
最後のお見送りも薫さんがしてくれて思わず「また寄ります。」というと少し目を丸くした後、「お待ちいたしております。」と笑ってくれてわたしの初体験は終わったのだった。
次の日、クラスで女子姿の薫さんを見つけて驚いたが、そこから薫さんがわたしの友達二号になったのはそれからすぐのことだった。