第2話
給仕室に凛と蓮、少し緊張した面持ちの薫がいた。
「さて、簡単にやることと執事としての動作なんかを教えるわね。」
「執事の動作…」
凛の言葉に薫はさらに気を引き締めた。
「動作って言っても喫茶部の独自ルールみたいな感じだから。硬くならなくても平気さ。君、特待生だろ。覚えてしまえば簡単だよ。大丈夫。」
蓮はそう微笑む。
「はぁ。って、なんで特待生って知っているんですか!?」
薫は目を少し見開く。
「なんでって、雅ちゃん…赤塚先生のことな。言ってた。しかも自慢げに。」
「…そーですか。」
蓮のあっけらかんとした答えに顧問は口が軽いと認識した薫だった。
「はいはい、ちゃっちゃと説明しちゃうから。白川、聞いててね。」
「はい。」
「凛、俺は!?」
「あーもう!蓮はちょっと黙ってて。」
ガーン。(あ、固まった。)
「さて、まずは部活でやることの説明ね。最初にやることは今着てる執事服に着替えること。その後はさっきのホールの準備、テーブルクロス広げたり椅子やテーブルを拭いたりね。後はお客様をお迎えしたり、給仕をしたりお見送りもするわね。基本的にお客様が帰るまで担当は変わらない。から顔は覚えておいてね。で、お客様が帰ったら掃除をして着替えて終わり。それから、時にはお客様とお話したり、部員同士でちょっとしたサービスパフォーマンスもしたりね。」
「サービスパフォーマンス?」
凛の聞きなれない言葉に薫は首を傾げる。
「そうね、例えば。蓮。お手本やるわよ。」
「わかった。」
(いつの間にか復活してる。)
「白川、見ててね。」
凛はウインクした。
凛と蓮は少し距離を取り、お互いに向かって歩き出す。そして、すれ違う寸前に蓮が凛の腕を取り抱き寄せる。
「蓮、部活中よ。」
連の腕の中から凛が蓮を上目づかいで見る。
「部活なんて関係ない!他の人を見るな!凛、俺だけを…」
蓮が凛を見つめて熱く想いを口にしようとすると、凛の細い指が言葉を止める。
「だめよ、今はね。」
連の耳に凛は口元を寄せてそう言うと、連の腕をすり抜ける。蓮は去っていく凛を熱く見つめる。
凛が薫の前に戻ってきた。
「こんな感じよ。どうだった?」
「…なんか芝居見ている気持ちになりました。」
薫の頬は少し赤い。
「ま、俺と凛のパフォーマンスは少し刺激が強いけど、お嬢様方には人気なんだぜ!」
蓮がにっと笑う。
「パフォーマンスする相手とは練習も必要だし、これはおいおいでいいわ。」
「そうなんですね…えっと、お嬢様って。」
「女子のお客様はお嬢様、男子のお客様はとりあえずご主人様って呼んでるわ。本当は、ぼっちゃんが正しいのらしいけど。なんか、同い年くらいの子に言うのは気が引けてね。大概のお客様はうちの生徒だし。常連の人は○○様って呼ぶようにはしてるわ。」
「なるほど。」
凛の言葉にうなずく薫。
「後、来店された時には『お帰りなさいませ』、帰られる時には『行ってらっしゃいませ』って言うんだ。」
蓮が得意げに言う。
「つまり、自分達はお客様に仕えている執事やメイドっていう設定なんですね。」
「そういうこと。」
薫の解釈に凛は笑う。
「お辞儀は右手は左胸にあてて、腰から曲げるようすると綺麗に見えるんだ。言葉を話し終えてからゆっくりお辞儀する。『お帰りなさいませ、お嬢様』…ってな。」
蓮は優雅にお辞儀をしてみせた後、にっと笑う。
「頑張ります!」
「そんなに気負わないで。ちゃんと教えるし、フォローもするから。」
肩に力が入る薫に苦笑しながら凛は言った。
「今日は営業の様子を見ていればいい。な、凛?」
「そうね、瞬に確認しないといけないけど、わたしとか他の執事役の子達を見ていて勉強かな?」
「わかりました。」
二人の言葉に薫はうなずく。
「あ、そうだ。営業時、部員は下の名前で呼び合うんだけど」
「凛さん、蓮さんと呼べばいいんですね?」
薫の言葉に曖昧にうなずく凛を見て、口を挟む蓮。
「俺らはそれでいいんだが、白川。お前はシロだ。」
「シロ…ですか?薫ではダメなんですか?」
薫は思ってもみなかった名に目を見開く。
「今日は家の用事でいないんだけど、部員に黒川馨っていう子がいるのよ。だから、部員内は白川はシロって呼ぼうって思ってるの…」
「黒川馨さん…確かに自分と名前似てますし、混同しやすいかもしれませんね。」
納得する薫。
「だろ?ちなみに馨はクロになった。」
「…ちなみに本人の承諾は?」
「無いに決まってるだろ。俺ら三年が決めた。」
「れ、蓮!」
(…後で面倒なことにならなきゃいいな。)
満面の笑みの蓮と慌て気味な凛に遠い目をする薫だった。
(父さん、入部して40分。ここでやって行く自信がなくなって来ました。)