第1話
女子更衣室で白川薫は部活の服にそでを通す。薄い茶髪のショートカットに灰色に近い切れ長の目、加えて女子にしては高い162cmの彼女はロッカーの鏡を見ながらネクタイを締めた。その見た目は立派な執事の完成だ。
(なんでこんなことになったんだっけ?)
思わずため息がこぼれる薫。だが、ロッカーを閉めて片手で顔をで覆う様は憂い帯びるイケメン執事そのものだ。
トントン。
「白川、サイズどう?」
ノックの後に顔を出したのは、長い黒髪を後ろで一つまとめて左サイドに赤ピンをして少し吊り上がった黒い瞳の大人っぽい青島凛。彼女も薫同様、執事服を着こなしている。身長は薫と同じくらいかやや高めだろうか。
「あ、はい。大丈夫です。」
「うん、かっこよく決まってる。」
凛は薫に近づきネクタイを直してから上から下まで眺めて一つうなずいた。
「ありがとうございます。自分では似合っているかわからなかったんです。」
薫はほっと息を吐いた。
「大丈夫、わたしが保証する。さ、お披露目と行きましょうか。新人執事君。」
凛は茶目っ気たっぷりにウインクをし、薫の手を引いて歩き出す。
「ちょ、先輩、自分、心の準備が…」
「仲間内のお披露目だから平気よ。」
慌てる薫をよそに凛は薫を女子更衣室から連れ出した。
バン。
「お待たせ。白川、着替え完了。」
「わっ。」
凛は勢いよく、一室の扉を開けた。凛に引っ張られ、薫もその部屋に飛び込んだ。
そして、目を見開く。天井にはシャンデリア、壁には所々に。おしゃれな絵画。椅子やテーブルもアンティーク調にまとめられたどこかの屋敷の一室のような場所がそこにはあった。
「すごっ…」
薫は圧倒され、ぽつりと呟く。
「お気に召したようで、何より。」
振り向くと派手な赤髪ににっこりと取ってつけたような笑顔を浮かべる男。ちなみに彼もまた執事服を着こなしていた。
「改めて、三年で部長の赤堀瞬や。ヨロシク!瞬って呼んでや。」
薫の方になれなれしく手を置く瞬。
「はぁ…」(なんか、気安いなぁ。この人。)
適当に返事をしてこれからどうしようかと薫が迷っていると、瞬のその手を容赦なくはたく凛。
「痛ッ!何すんねん、凛!」
「黙りなさい。いきなり、手出すな!このエセ関西弁!白川が穢れる。」
「凛ちゃん、ひどい~」
「うるさい!」
(なんなんだ。これ。)
いつの間にか蚊帳の外になり、瞬と凛のやり取りを見て呆然とする薫。
「ごめんねぇ。いつものやり取りだから。私はあの二人と同じ三年の黄瀬瞳!メイドのまとめ役でもあるわ。」
薫に声をかけてきたのは丈が長めの黄色のメイド服を着たくりっとした甘栗色がかったショートボブが印象的な瞳はにっこり笑う。
「そうなんですか?」
「そうだよぉ。でも、大丈夫、もうすぐ収まるからぁ。あ、ボクは二年の桃井京志郎。京ちゃんって呼んでね❤で、この子がぁ、植草蘭ちゃん!ボクと同学年。基本無言が通常だからね。」
薫の隣に来たのはピンクのメイド服を可憐に着ている桃井京志郎。金髪に青の瞳が薫を見上げていた。
「よ、よろしくお願いします。」(可愛い先輩だなぁ。女子同士仲良くなれそう。)
「…ちなみに、桃井は男よ。」
「えっ。」(男!)
薫は心を読まれたことに驚いて声の方を見ると、京志郎の服よりおとなしめの黄緑色のメイド服を着て、やや紫がかった黒髪をツインテールにしている植草蘭と目が合った。その眼鏡の奥の理知的な瞳に薫は何もかも見透かされている気分なり、会釈した。
「蘭ちゃんヒドイ!なんで言っちゃうの。」
「…蓮さん。あれそろそろ止めて。」
蘭は京志郎を無視し耳に指を突っ込み逃げながらも、そう呟いた。
「はいよー。って、瞬!凛から離れろ!」
ふぎゃ。(ホント、なんなんだココ。)
薫は呆気に取られた。何故なら、凛とそっくりの人がひょこり現れたと思ったらいきなり瞬に膝蹴りをして、瞬は床に倒れ伏したのだから。ちなみに黒髪に短髪、右サイドに緑のピンをしたその人も例によって執事服を着こなしていた。
「ね!収まったでしょ?彼は青島蓮。凛の双子の弟よ。」
瞳が小さくウインクした。
(えぇー、あれでいいの?)
薫は言葉が出なかった。
「おぉ。元気だなぁ。お前らは。」
「あ、赤塚先生。」
「よぉ、黄瀬。お、白川。似合ってるじゃないか。執事服。」
やって来たのは、ぼさぼさの少しくすんだ赤髪に無精ひげを生やしている赤塚雅人。雅人は薫を見てにっと子どもっぽく笑った。
「ありがとうございます。」
「うん。じゃあ、ちょっと待ってろ。おーい!ちょっと集まれ!」
雅人の決して大きくはないけれどもよく通る声に全員が集まって来る。
「一人いねぇが…まあいいや。さて、我が喫茶部にも新入部員が入る。執事役で入るから仲良くしろよー。んじゃ、挨拶。」
雅人に背を押され、薫は一歩前に出る。
「一年生の白川薫です。よろしくお願いします。」
薫はぺこりとお辞儀をした。
「改めて、ようこそ!喫茶部『執事&メイドカフェ メープル』へ!」
にっこりと笑う瞬が手を出してきたので、薫も手を出して握手した。
(父さん、変な人たちが多い部活だけど、生活のためにもとりあえず頑張ってみることにするよ。)