(後編)
※
「…あ」
講義が終わり、講堂を出て廊下から中庭の売店へ向かおうとした時、真と春奈がたまたま出くわした。同じ講堂から出て来た様だ。
「能村先生、受けてたの?」
意外そうに、春奈が呟いた。
「…好きで受けてる訳じゃないよ。四月に雄一郎が、面白そうだから一緒に受けようとか言うから付き合っただけ。そのあいつは最近もう、全く顔出してないけどね…」
「そうなの。貴方達らしいわね。…ちょっといい?」
中庭の売店ではなく、大学の正門の方へ目配せして春奈が言った。
嫌な予感しかしないが、断る理由が無い真は素直に従う。何で今日はこれからバイトが無いんだ、とすら思ったが。
「今日は黒猫じゃなくていい?」
少しだけ明るい口調で、春奈が案内した先は、彼女がよく行くらしい紅茶専門店だった。学生の懐でも無理なく飲めるメニューが多いのが良い。
真はニルギリ、春奈はディンブラを頼んだ。
「…」
何を話して良いのか解らず、真は紅茶が来るのを落ち着かない様子で待つ。
「本当に、よく理解しているみたいね。凄いと思うわ…」
唐突に、そして呆れた様に春奈が言った。
「…?何の事?」
「この間の話。どうなるか解らない、って事が解っていた貴方が凄いって言ってるの」
春奈が言うには、その後の話もどうやら彼女の…というよりは、全員、思った通りにはいかなかった様だ。
つまり、美咲と雄一郎は結局、付き合う迄に至らなかった事。かと言って、春奈と雄一郎が付き合う事になったかと言えばそうではない事。
「誰かから聞いたんだけど、雄一郎から告白された美咲は、随分慌てたみたい。「私なんかが付き合っていい人じゃない!」って。…美咲の中では、あくまで彼はアイドルみたいな位置だったみたい」
それでか、と、真は思った。
あれから、えらく落ち込んだ雄一郎がいきなり部屋にやって来て、一晩飲み明かしたからだ。相変わらず、妙なふられ方をする奴だ…と、真は思った。
「変に計算して、同じゼミの子を悪く言って…何してたのかな、私」
笑いながら、届いた紅茶を一口。
「…まあ、そこで落ち込んだ雄一郎をどうにかしようと迄は思わないのは、横山さんの良いところだと思う」
「酷い事言うわね…流石にもう、そこ迄はしないし、出来ないわよ。私だって罪悪感や反省はあります」
「はは…成程…」
「…久住君にも、悪かったなって」
ふいに、春奈がカップを置く。
「ん?何が?」
「だから、黒猫で色々聞いて貰ったじゃない?」
「ああ…そんな事…いいよ、別に。カレー旨かったし」
「ありがとう」
「どういたしまして」
風が、かたかたと店の窓を揺する。
「ちょっと寒くなってきたかな?」
春奈が言って、紅茶を最後迄飲み干した。
「最近珈琲ばかりだったけど、たまには紅茶もいいね。意外と…」
真が席を立ちながら呟いた。
「意外と…?」
不思議そうな顔をして、春奈が聞き返す。
「いや、何でもないよ。行こうか。明日はゼミ発表だよ…」
意外と、苦いものだな。
言いかけて、真はやめた。
親友である雄一郎と自分は、性格も好みも、あらゆる全てが正反対。
だからこそ、うまが合っている。
そう、思っていた。
しかし。
見方や考え方や、価値観…そんなものが確かに違っていても。
計算し、計画し、他の女の子を貶めて。
そうかと思えば相手の考えが読めなくなって、弱音を吐いて。
罪悪感が無いかと言えば、そうでもなく。
最後は思わずブレーキを踏んでしまったり。
そんな春奈は、まさしく雄一郎が言うところの「頑張る女の子」ではないのだろうか。
「まあ…見る目は無いな…相変わらず、あの馬鹿は…」
そんな風に。
頑張る女の子が可愛いな、なんて思うのは、真も同じであった…というお話。
END