(中編)
「つまり、横山さんは…というよりは、雄一郎…あいつか。あいつの好みの話で…ね」
「?」
何とも歯切れの悪い真に、春奈は首を傾げた。
「うん…あいつの、好みなんだと思う…よ」
溜息混じりに漸く出たその言葉に、春奈は眉間に皺を深く寄せた。
「…つまり、やっぱり美咲みたいな子が好きって事?あの子、キャンプの話が出た時も、いいね、行きたいばっかりで何も手伝わなかったし、行ったら行ったで周りの男の子達をまるで召使いみたいにして、一人で楽して…。お姫様じゃないんだから…」
遂に本音が出てしまった春奈は、それに気付いてはいたが、真の言葉に耐え切れず、そのまま堰が切れてしまったみたいに美咲への雑言を口走ってしまう。
「いや…そういう意味じゃないんだけど…説明が難しいな…」
やはり、雄一郎が絡むこんな話は面倒だ。真は心の底からうんざりした。
「…どういう意味なの?雄一郎、正直未だにそういう所が全然掴めなくて…。私の言ってる事の意図に気付いたなら、私に冷たくしてもおかしくないでしょ?でもそんな様子は全く無いし…。もう…」
もう…の後にはきっと溢れんばかりの恋愛感情が渦巻いているのであろう。春奈はいよいよ顔を赤くして俯いてしまい、真と顔を合わせなくなってしまった。
ああもう。
意を決して、真は語った。
※
久住真が語った、名上雄一郎の女性の好み。
それは大体、こんな意味合いだった。
要するに、春奈が雄一郎に話してしまった内容は、普通の人間ならば…二通りの解釈がある…筈である。
即ち、「「元」が良い春奈の方が可愛い」(春奈の思惑通り)という解釈。
もう一つは、春奈の思惑に気付いて、春奈への印象を悪くするパターン。
これがどうにも、雄一郎には両方当てはまった様子が無いから、春奈は困惑しているのだ。
挙句の果てには、何故か美咲の事を気に入る始末。
「予想外で悪いけど、そういう奴だから…そのつもりで聞いて」
そう前置きして、真は語った。
「あいつ…好きなんだよ…頑張ってる奴とか…努力してる奴とか…が…」
真の、余りにも突拍子も無い発言。
「…はい?」
そして、いつもは才色兼備を地でいく春奈からは余りにもそぐわない、間抜けな反応。
春奈はどうして良いか解らず、暫く茫然とするばかり…。
「やっぱり、そうなるよな…」
つまり、雄一郎は春奈の言葉を余りにも別方向から、異常な迄に真っ直ぐ前向きに捉えていたのである。
嘉村美咲という女性は、つまり自らを可愛く、美しくする為に努力を怠らない人間である、と。
「下手したら、いつも高みを目指してる凄い人、くらいには思ってるかも…しれない…」
「…」
「…いや…うん…本当に、横山さんの気持ちは解る…」
「…」
気まずい沈黙が、黒猫堂の片隅に流れていく…。
※
「ごめん、流石にちょっと…飲んでいい?」
一通り、真の話を聞いた春奈が、がっくりと肩を落としながら絞り出す様に呟いた。
「…あ、ああ…俺も付き合うよ」
時計を見ると19時を回っていた。
黒猫堂は、夜のメニューに変わっている。
バーと夜カフェの中間の様な…と、以前マスターが言っていた。正にそんな感じで、料理も、スパイシーなインド風をベースに様々な創作料理が沢山、壁に掛かった黒板に記されている。
「折角黒猫に来たし…」
言って、春奈はアイリッシュ・コーヒーを頼んだ。アイリッシュウイスキーとコーヒーベースの、甘くてほっとするカクテルである。此処独自のブレンドで、甘味に使うシュガーキューブからほんのりとレモンの香りがする。
「馬鹿みたい。何の為にレポート頑張って、手伝って、キャンプの準備して…」
マドラーをくるくると回しながら、春奈が泣いた。
別に俺が泣かせた訳じゃない。間接的に、雄一郎が泣かせたんだ。
そう思う。実際に、そうだ。
現実、真の知る限り、残念ながら雄一郎は美咲の方を向きつつある(向いている、と言い切らないのがきっと、この場では正解だ)。
「そんな馬鹿みたいな馬鹿を好きになって…馬鹿みたいじゃない…」
ぶつぶつと、至極尤もな愚痴を零す春奈を見ながら、何とも言えない複雑な気分の真。
これも、言ってしまって良いものかどうか…。
アイリッシュ・ウイスキーと一緒に頼んだベルベット・ハンマーを一口啜りながら、考え込む。
まあ、いいか。言ってしまえ。
どうせ未来の事だ。
「俺がこう言うのも何だけど…多分、どうなるかは解らないと思う…よ」
本当は大体察しはついているが、こういう風に言っておこう、と真は思った。
「…何?フォローしてるの?」
「いいや…そんな事は。でもまあ、一応覚えておいて損は無いかもしれないぜ」
殆ど八つ当たりといって差し支え無い春奈の言葉に、怒るでもなく真は返事をした。
そう、多分この後の未来は…。