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ビター・ヴェルヴェッツ  作者: 藤出雲
1/3

(前編)

名上雄一郎の事を一言で表すならば恐らく眉目秀麗だとか、そんな感じの言葉を用いるのが非常に簡単なのではないだろうか。勿論、それ故のトラブルも比例して多く…。

「また面倒な話じゃないだろうな…変な話はもう持って来ないでくれよ」

「そんな事言わないでさ、話くらい聞いてよ」

久住真がゼミ発表の資料を掻き集めながら図書館のコピー機を全力で使いこなしていた時、雄一郎の事を話題に持ってきた同期…横山春奈は大きく肩を竦めながら苦笑した。

その鋭い目付きと物腰の通り、涼やかで知的な印象を与える。実際、大学での成績は良い様だ。真程、真面目に通学している風にも見えないのに。所謂、要領が良いというやつなのだろう。

彼女も恐らく、真と同じく何故雄一郎と連んでいるのかを周囲に不思議に思われている内の一人であろうという点が、この二人を仲良くさせている理由の一つかもしれない。よく飲みにも行くし、要は貴重な異性の親友というやつだ。

「とりあえず、お昼を食べない?」

彼女の誘いに、ゼミ発表迄のスケジュールを天秤にかける。そして真は、胃袋と相談も確りするのだ。

「『黒猫』に行くならいいぜ」

カレー喫茶黒猫堂。

此処は、春奈の自宅から程近い商店街の外れに在る、古民家を改築した和風モダンとでもいうべき様相のカフェである。

その名の通り、カレーが美味な店なのだが、この店の珈琲が真にとって有難い存在だった。エチオピア産の豆を使った酸味のある味わいが、辛口の本格インドカレーの後に喉を通すと堪らない。

辛味と苦味のバランスを味わうのなら此処だろう、と真は勝手に「行きつけ」に認定している事をオーナーに冗談っぽく、そして敬意の念を込めて伝えた。オーダーはバターチキンカレーである。勿論、大盛りだ。

「好きなのねカレー。私も嫌いじゃないけど、久住君は相当よ」

春奈が腕組みしながら、呆れた様に言う。

「雄一郎が一緒だと、辛い物が食べられないんだよ。あいつ、俺が好きな物に限って苦手だったりするからな…。珈琲だってそうさ。苦い物は薬だとか、訳の解らん事を言う」

言いながら、届いたカレーをぱくつく真の様子が、如何に辛味に飢えていたかを察するには非常に容易である事に春奈はつい含み笑いをした。

「で、その雄一郎なんだけど。最近、貴方の部屋で何か言ってなかった?例えば美咲の事だとか…」

春奈が、ふいに笑みを止めて本題に入る。真も、スプーンを一瞬だけ止めた。

「美咲…?ああ、嘉村美咲の事だったら、何度か聞いたけど。何でも珍しく、雄一郎の方がご執心の様じゃないか」

嘉村美咲。

雄一郎と同じ学部、同じ学科、そして同じゼミの生徒である。

真とは学科が違うから余り面識は無かったが、何となく数回、学食で雄一郎と一緒に居たのを見かけた記憶があった。

「そうそう、その美咲!あの子と…ね」

春奈の話は大体こうだった。

曰く、そもそもゼミの中で雄一郎とよく話していたのは美咲の友人である春奈の方であった。

夏休みに入る前に、ゼミの皆でキャンプに行く話で盛り上がり、春奈と雄一郎がどうやら二人で段取りして、日取りも決めて行って来たらしい。

「あいつ、俺と何処かに行くだとかいう時は何もしない癖に…」

スーパーで家飲みのつまみを買う時ですら、自分に押し付ける事を日頃から経験している真は、雄一郎への怒りとカレーの辛味で胸が熱くなった。

「ま、まあその辺は今日は置いておくとして…。そのキャンプからね、二人が凄く仲良くなっちゃってさ…」

春奈の溜息の大きさで、真は「そういう話か」と思って頭を掻いた。

春奈にしてみれば、意中の人と一緒に当日迄打ち合わせたり段取りしたりという、共有した時間の中で育み、近付いた筈の距離をキャンプで一気に決定付けたかったのだ。

しかし皮肉な事に、自分と雄一郎が段取りしたイベントで自分の友人と彼の距離が縮まってしまった。

「ねえ、何でかとか、聞いてない?まだ付き合ってはないみたいなんだけど…とにかく彼が美咲の事を凄く良く思ってるのは凄く良く解るのよ。でも、理由がさっぱり…。こう言ったら何だけど、絶対私との方が…」

言いかけて止める美咲の心情は解らないでもない真は、食後の珈琲も飲み終わって少し考えた。

「…もしかして横山さん、あいつと嘉村さんの前で、嘉村さんについて何か言った?嘉村さんを褒めたりだとか…」

「…え?…っと…それは…」

気まずそうに、春奈が目線を逸らす。

「その…軽蔑しないでよ?」

春奈の、作戦だったのだ。

キャンプ中、バーベキューの最中だったか何かの流れで、女子のメイクの話になった時、これはチャンスだと思ってしまったらしい。

美咲は、化粧がとても上手であるという事。可愛いメイクの技術が友人達の中でも極めて長けているという事。自分にはそんな事は出来ないという事。

だから美咲は、私なんかと違って可愛いんだという事。

そんな風な事をどうやら雄一郎の前で言ったというのだ。

確かに、真の記憶にある美咲は所謂可愛らしいという印象の、恐らく周囲の男性が放っておけない儚さの様なものも併せ持ちつつ、華もある…そんな女性だった。

「成程…」

要は、そうした美咲の持ち、醸す雰囲気は化粧のお陰なのだと。キャンプに来てもそれは抜かり無いのだと。

そして「元」は私の方が良いのだと、彼女を落とし、自分を上げるアピールを試みたという訳だ。

「…確かに意地悪だったかもしれないけど…さ」

言って、俯きながら春奈はまるでこれも女心だ、と主張したげに目を閉じた。

「これ迄も、私の方がずっと彼に近い筈だったのに…夏休み前のレポート提出の為に図書館で手伝ったり…資料だって貸したし…」

キャンプに行く直前、雄一郎がうんざりした顔で仕上げていたのを真は思い出した。仕上げたレポートは、真の部屋でプリントアウトしていたからだ。今思えばあのレポートを提出しないと、キャンプへ行くのが危ぶまれていたのだろう。

「なのに、何で…」

一瞬、泣きそうになる春奈の様子を察した真は「悪いけど…」と前置きして、話を始めた。この話の、大体の結末は見えたからだ。


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