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誤算の策士

 魔の森。闇の住人の住処とされている空間の歪んだ世界。誰も近づかない、闇以外何もない嫌な空間。

(嫌な予感がする……)

胸の動機がなぜだか治まらない。こんなにも不安になることなんて、かつてあっただろうか。魔の森で何かが起きたことは間違いのないことのように思われた。

(……転移の魔術を使うか?)

もしもそこに、敵が存在しているのであるならば、転移の魔術は使うべきものではない。あれは他の魔術とは比べ物にならないほどの精神力と、体力を必要とするからだ。転移して疲れたところを狙われてしまっては、攻撃を防ぐことは非常に困難となる。

 しかし今、その危険を冒してでもこの魔術を使おうとしているのは……手遅れになることを避けるためである。何か、最悪の事態が起こる前に、そこにたどり着かなくてはいけない。このまま馬を走らせていては、休みなく進んだとしても、魔の森に着くことは真夜中あたりになってしまう。それでは、あまりにも時間が経ち過ぎてしまっている。それに、闇の色が深まる夜になってから、魔の森に入ることは無謀とも言える。日の落ちていない、今行くしかない。私の腹が決まった。

「転移」


 私は、魔術によって「魔の森」まで瞬間的に移動することを選んだ。


 重力から解放され、体の平衡感覚がなくなる。しかし体には不思議な力が加えられ、意識を散漫させればその瞬間に、体を引きちぎられそうになる。私は自分の体を守るために、意識を集中させる。

「……っ」

とても長い時間その不思議な歪められた空間の中に身を置いていたように思われるのだが、実際にはそれは一瞬の出来事なのだ。次に目を開けたとき、私は魔の森の入り口のところに馬と共に立っていた。

 激しい疲労感で、まぶたが重く感じられるが、気力でなんとかそれを堪えると、馬から降りた。

「お前はここで待っていてくれ」

軽く馬を撫でてやると、私はそのまま森の中に入ろうとした。

「……ん?」

足を一歩踏み入れた瞬間。異様な感覚が体を襲った。今まで居た世界とは、まったく違う別の世界が広がっているようであった。そして、嫌な予感がよぎる。

(誰かがいる……)

人の気配が微かにだがしていることに、私はすぐに気がついた。

 注意深くあたりに気を配りながら、私は森の奥地に向かって歩き出す。重度の疲労から足取りは重いが、不気味な枝を掻き分けながら、なんとか前に進んでいった。

(あの子達を行かせなくて正解だったな)

リオス、そしてサノイ皇子。彼らの力は認めている。あの若さで、心身ともによく鍛えられていると、敵ながら感心している。しかしこの森は、そんな彼らの力をもってしてでも征服するのは困難、もしくは不可能であろう。次元が違っていた。

「……?」

しばらく行くと、再び違和感を覚えるような「沼」にたどり着いた。一見、ただの沼に見える其処なのだが、その沼は何かを隠すために存在しているように思えてならなかった。

「……元凶は此処だな」

何かあるのならば、此処しかないと直感した私は、右手をかざした。そして、意識を集中させた。

「隠しても無駄だ」

それが呪文となり、辺りの景色は一転した。沼は綺麗に消え去り、代わりに何かの祭殿のようなものが現れた。

 注意しながらその祭壇に上がる。するとそこには、魔方陣が描かれていることに気づいた。私もいくつかの魔法陣を用いたりしたことはあるのだが、これは見たことのないものだった。しかし、順番に文字の構成を読んでいくと、なんとなくだがその魔法陣がどういうものなのかを知ることができた。

「……精神支配の類か?」

「流石だな」

「……っ!?」

背後で声がしたことに、私は驚いた。たった今まで、何者かの気配などしていなかったはずだ。私が気配を感じられずにいることなんて、有り得ない。この声の主は、間違いなく突如として現れたのだった。

 

 それも、聞き覚えのある男の声だった。


 低すぎないテノールの、透き通った声。


「誰だ」

私は、ゆっくりと後ろを振り返った。そしてそこには、「今は」居てほしくない人物が立っていた。

「誰? おかしなことを言う。あんたの弟子だろう? 俺は」

ブラウンの襟足の長い髪に、青い瞳。そこに居たのは、紛れもない……カガリだった。

「……違う。お前はカガリではない」

姿はカガリだ。そっくりな作り物なのか、あるいは本物なのか。しかし、中身はどうだか分からない。カガリではない気がしてならない。

 精神支配の魔法陣に、どこか違うカガリ。そして魔の森に姿を現した祭壇。ここで何かがなされたことは、まず間違いなくなった。

「くっくっく……。さすがに、お前はだませぬか」

それが魔術を発動させるための呪文だとは、思いもしなかった。先手を打たれた私は、すぐに防御の呪文を唱えた。

「防壁よ!」

無数の光の刃を、間一髪のところで魔術によって生み出された壁で防ぐと、私は相手との間に距離を置いた。

「く……っ」

肩口から痛みを感じた。目をやると、うっすらと服が赤みを帯びていた。防ぎきれなかった攻撃が、当たったのだろう。これを見ても分かるように、先ほど転移の魔術を使ったせいで、魔術の精度も威力も落ちていることは明らかだった。相手に術で競り負けるなど、普段ではあまり考えられない。

「この程度の魔術も防げないとはな。噂ほどでもない」

「それは、申し訳ないね」

お互い、それが新たな魔術の詠唱となっていた。相手の周りに熱波が集中したことを、今度は見逃さなかった私は、すぐに冷気を集めて相手の炎を消し去った……と同時に、私は右手を掲げた。

「剣よ!」

手のひらに光が集中し、それが徐々に空へと伸びていく。そしてそれは次の瞬間にはダイヤモンドで出来たものよりも固い、剣へと変わった。

 魔術士対魔術士では、当然自分の最大の武器である魔術による戦法が取られるものが定説なのだが、私はこうして物理的攻撃へと転換することも出来る。それが、私にとっての最大の武器でもあった。魔術を持たない剣士が魔術士に挑んでも、たいていは接近戦に持ち込む前に、魔術を撃たれてやられてしまうものなのだが、私は魔術を自分の魔術で防ぐことも出来るのだから、その心配はない。だからこうして、物理的攻撃にでることで相手を打ち破ることも出来る。

 

 相手は、私の剣を受け止めることすら満足には出来ないようであった。

 

「くっ……」

それを見て、彼がカガリでないことがはっきりとした。魔術を使っていたことからすでに、そうではないと分かってはいたのだが、相手がカガリならば、魔術に目覚めたということもあり得なくはなかった。しかし今の動きを見る限り、これはカガリではないと言える。カガリならば、ここまで防戦一方の戦いにはならないはずだ。私がそう、教え込んでいる。

「カガリをどうした。あの子はここへ来たのか!? 言え!」

私は更に相手を攻めていった。姿、服はカガリそのもの。身を守るような素材のものは一切身につけてはいない為、体は簡単に斬り刻まれていく。

 もちろん、致命傷になるような深い傷は与えていない。カガリのことを吐かせるために、少し身を削ってもらっているだけだ。

「クックック……。お前を、なめていてはいけないようだ」

「……っ!?」

次の瞬間。激しい音と共に、目を開けていられないほどの光が私を襲った。熱くはない。だから身を焼かれている感覚もない。ただ本当に、眩しいと言う感じだった。だからと言って楽観はできないのだが……。目がくらんでいる間に、背後から攻撃を仕掛けてこないとも限らないのだ。

 私は、神経を研ぎ澄ました。ほんの小さな空気の揺れも、見逃さないようにするためだ。今の爆音で耳の方もやられている。しばらくは使い物になりそうにもない。だから、相手の呪文で魔術を判断することは困難だった。

あまり知られてはいないのだが、魔術を放つ瞬間に空気は微かにだが揺れるのだ。更によく見れば、相手が何の術を出そうとしているのかも見抜くことができる。だから、常に集中していれば、魔術士も恐れるようなものではないのだ。


 慎重に空気の揺れを感じていたその時だった。


 確かに、空気が揺れたのだった。


「そこか!」

私は炎を放った。しかしどうも、手応えがない。第二波でも来るのではと思っていたのだが、その気配すらない。

(どうした……?)

しばらく待ってみたが、やはり仕掛けてくる様子はなかった。それに、誰の気配も近くからはしないのだ。

(まさか、逃げたのか?)

視力が回復してきていた。うっすらとした視界の中から私は、男の姿を探したが、やはりどこにも男の姿はなかった。

「……逃がした? そんな、馬鹿な……」

今の聴覚では、足音を聞くことはできなかっただろう。だが、やはり気配で感じることはできたはず。だとすれば、男はどうやって逃げた? 魔法陣に目をやったが、発動された形跡はない。

 それにまだ、不可解なことはある。確かに感じた魔術の波動。空気の揺れだ。男は何らかの魔術を使っていた。


 走って逃げた分けではない。


 使われた魔術。


 その二つのことから私の頭には、あることがよぎった。


「まさか……転移の魔術を!?」

今まで、この世界で私にしか使えなかった、おそらくは最強の魔術。それを、あの男が使ったというのか? 信じられなかったが、それ以外に今は考えられなかった。

(男はどこへ向かったんだ。男の狙いは、目的は何だ……)

私は焦りを感じた。敵の正体も何も掴めていない。それなのに取り逃がしてしまった。あれはカガリの姿をしている。カガリを知るものに、素知らぬ顔をして近づかれてしまったら……簡単に、その者は殺されてしまうかもしれない。

「はじめからそれが狙いだったのか?」

そのとき、私の脳裏に嫌な予感がよぎった。

「ラナン達のもとへ行った……?」

分からない。そうだと決まった訳でもない。けれども、嫌な予感がしてならなかった。私の予感はあまり外れない。特に、嫌な予感は……的中率が高い。

急いで私も転移で後を追いかけようとした。けれども、なぜだか集中できない。この森が、私が魔術に集中することを阻んでいるようにも思えた。森には無数の魂が住むと、昔から言い伝えられているが、数多もの意識が私の中に入り込んでくるのが分かる。

「っ……森をいったん出るしかないか」

一分一秒を惜しむという時なのに、この時間ロスは痛いと思ったが、こうするより他はないので、私は急いで森の外へ向かった。しかし、元々あまり体力が残されていなかった身体だ。思うように走ることが出来ない。息はすでにあがり、足元もふらついてきている。この状態では、森の外に出たとしても転移の魔術を使うことはできないかもしれない。

「まったくもって、情けない身体だ……」

毒づきながらも私は、森の出口を目指した。


 あの祭壇が遠ざかるに連れて、大分呼吸が楽になってきた。どうやらあの場所が私を縛り付けていたようだった。私とは相反する力が働いていたのだろうか。

(あの魔法陣についても、調べなくてはいけないな)

何か、今起きていることの解決策を見つけるために此処へ来たというのに、どうやら更なる謎を持ち帰ることになりそうだと感じた。だがしかし、それでも一歩前進したとも言えるのだろうか。


 ようやく森の外まで来ると、私はすぐに転移の魔術を発動させるために意識を集中させた。

「転移……っ!?」

呪文と共に私はその場に崩れ落ちた。転移の際にかかる力に、身体が耐えられなくなっていた。完全に脱力した私は、立つことすらできない。

「くっ、私としたことが……」

毒づいたところで事態は好転しない。私は苦渋をかみしめながらも馬を呼んだ。

「頼む。急いで聖域に戻ってくれ」

馬は私の思いをくみ取ってくれたらしい。すぐに聖域に向かって駆け出した。それに安心したのか、私は知らず知らずのうちに眠りについていた。



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