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それぞれの道へ

 コンコン……。




 部屋のドアを軽くノックしました。すると、中にはルシエルさん、カガリさん、ソウシさんが居るはずなのですが、返事がないのです。何かあったのではないかと、僕たちは顔を見合わせました。ドアを開けていいものなのか、悩んだからです。開けるべきか、止めるべきか……どうしようかと相談をはじめました。

「……開けるか?」

サノがそう言うと、今まで眠っていたラナが目をふと覚まし、意外なことに、首を横に振るのです。本来なら、一番この扉の向こうへ行きたいはずである、ラナが拒むとは、予想外でした。

「入っちゃいけないんだろ? だったら……返事がないのに、入るべきじゃない」

「……ラナ」

サノだけは、知っているのです。何故、僕たちがこの部屋に入ってはいけないのか……。それを分かっているからこそ、複雑そうな表情をしてラナを見ていました。


 すると、不意に扉が開きました。


「おかえり」

出迎えてくれたのは、深い傷を負っていたはずの、ルシエルさんでした。見たところ傷は癒えているようですが、失血が酷かったという話のため、あまり顔色は優れていませんでした。元々色白な方ですが、今は青白い顔をしていました。体調も芳しくないようです。

「ルシエルさん……目が覚めたんですか?」

僕はラナを背負った状態で、声をかけました。

今、敵意はありません。「闇」も全て消えさり、ラナも目覚め、サノが言うには世界中がこれまでの僕たちの知っているものに戻ったと言っていましたから、僕たちが倒そうとしている王国「フロート」に仕えるものは、敵に再び戻るはずです。しかし、今はまだ休戦状態ということのようです。

「あぁ、お蔭様でね。サノイ皇子、ありがとう」

「……いえ」

サノは短くそう答え、何故か視線を逸らしていました。その様子はまるで、部屋の中を覗き込まないようにしているようにも感じ取れました。

 不思議には思いましたが、触れてはいけないことなのではないかと思った僕は、ラナを背負ったまま、ルシエルさんの目を再び見ました。

「ルシエルさん、身体はもう大丈夫なのですか? 世界はサノの言うように、元通りになったのですか……?」

僕が見た感じでも、世界中を覆い包んでいた闇はすっかりと消えていました。ラナもこの通り目を覚ましていますし、やはり世界は元通りになったのでしょうか。

「もう大丈夫だよ。まさか、闇の住人が存在していたとは、思わなかったけれどもね」

「闇の住人……?」

僕は疑問符を浮かべました。

「そう。カガリは、精神支配を受けていた。すまなかったね。君達を傷つけたのは、カガリの身体であったが、精神は闇の住人であった」

言っていることが、いまひとつ理解出来ませんでした。ただ言えることは、あのとき……魔術のようなものを使っていたカガリさんは、ホンモノのカガリさんではなかった……ということでしょうか。確かに、カガリさんは魔術士ではないはずですし、僕たちを攻撃するなんてことがまず、これまでの動きを振り返れば、あまり考えられないことだったのです。少なくとも、ラナを貫くなんてことは、絶対に考えられません。

「救えなかったのは、すべて私のせいだ。本当に、すまなかった」

ルシエルさんは、長身の身体の背筋を伸ばしてから、頭を深々と下げ、僕たちに向かって謝罪をしました。僕にはやはり理解出来ません。

 何故、ルシエルさんが謝らなければならないのでしょうか。僕たちを、カガリさんを、そして、この世界を助けてくださった恩人だというのに……。この人は、全てを背負い込もうとする人なのでしょうか。それが、世界最強という二つ名を持つ魔術士の孤独と使命なのでしょうか。

「ルシエルさん、もう……このようなことにはなりませんか?」

もし万が一、その「闇の住人」というものが再び現れたならば、ラナはまた、倒れてしまう。そんなことになったら、今回のように僕たちは、見えない敵、もしくは、知っている人間の中に入り込んだ闇と戦わなければなりません。そんな特殊な争いなんて、経験が無い僕たちには、定石を置くことが出来ません。今回のように、後手に回るしかないのです。

 ですが、その代償はあまりにも大きい……。ラナは勿論のこと。僕もサノも死に掛けました。神子魔術士であり、世界最強と謳われているルシエルさんでさえ、大きな傷を負ったのです。気付いたら闇。あっという間に闇は広がり、入り込んで来たのです。


 光と闇は隣り合わせ。


 善と悪もきっと、隣り合わせ。


 そして僕たちは、その両方の顔を持つ。


 だからこそ、僕たちは戸惑い傷つく。


「……おそらく、としか言えない」

断言はしていただけませんでした。

 ルシエルさんが言葉を濁すことは、また珍しいことだと思えます。ルシエルさんは、並外れた知識と技術、そして能力を持っている優れた魔術士であり、人でありました。ルシエルさんは、白黒はっきりしている方だと、この短い期間共に過ごして感じ取りました。

 そのルシエルさんが、今後このようなことが起きないとは言い切れないというのですから、僕たちは思わず身構えてしまいました。僕の容姿は銀髪の短髪で、銀の瞳を持っています。今、その銀の瞳が動揺しているのを自覚しました。

「……なぁ」

良い香りのする木材で出来た聖地内にある小屋の中は、そこに居るだけでも心が落ち着くものがありました。

また、闇の攻撃を受けるかもしれないと宣言された今でさえ、すでに頭の片隅へと置かれ、癒され始めているのですから、不思議なものです。そんな中、僕の真後ろから声がしました。

「ルシ……」

うとうとしていたラナが目を開け、僕の背中に負ぶわれたまま、声をかけてきました。か細く、とても眠そうな声でしたが、僕はラナが何を欲しているのか、よく分かっているつもりでした。

止めた方がいいと分かっていても、気になって仕方がないのでしょう。大切な存在であればあるほど、その気持ちは強くなるものです。

「カガに……会いたい。ソウも居るんだろ?」

兄のように慕うカガリさん。そして、何故か慕っているソウシさん。おふたりに会いたいと願うラナは、独り取り残された孤児の瞳をしていました。とても心配そうにしているのです。

「……居るよ」

そんなラナの目を見てから、ルシエルさんはにこりと微笑みました。とても優しい笑みを浮かべています。ラナにとっては、ここにいるもの全て……いえ、この世界に住むもの全てが、仲間なのです。敵という概念が、無いように感じ取れます。


 ラナは以前、僕たち「アース」のメンバーに言いました。


 僕たちの敵は、個人ではない。


 「フロート」という巨大な組織である……と。


 国を憎み、人を憎まず……ということでしょうか。ラナは僕と共に「ラバース」、つまり「フロート」の左腕を担う傭兵組織に居たときですら、敵国の者を暗殺するように命令されても、一切殺すなんていうことをすることはありませんでした。それを、恥ずかしながらフロートの犬だった僕は、はじめは面白くありませんでしたし、やはり上の者は善しとはしませんでした。しかし、そんなラナがサノの育った王国、「クライアント」を滅ぼしたのです。前線で戦ったのは、ラナの率いた軍でした。


 ラナには、不思議な力……そして、実行力がありました。


「会えない……のか?」

珍しく不安がる声を出すラナに対して、ルシエルさんは尚も優しく微笑みながら応えました。

「会えるよ」

そう言って、ルシエルさんは一歩後ずさりました。すると、部屋の中に微笑みながらこちらを見ているふたりの青年の姿を見つけることが出来ました。

「カガ! ソウ!」

ラナは僕の背中から飛び降りると、ふたりの元へ駆け寄っていきました。身体の小さなラナを抱き寄せるように、カガリさんとソウシさんは腰を下ろしました。そして、ぎゅっと強く抱きしめました。

「ラナン……よかった。本当に」

カガリさんもソウシさんも、いつも通りの姿でした。ふたりの胸元には、同じような石の首飾りが光っています。青色で透き通った不思議な石でした。そこにきっと、意味があるのでしょうが、今の僕たちには、知る由もなければ、知る必要もないと感じました。


 金髪に碧眼の貴族のような容姿のソウシさんは、ラバース兵士のはずですが、白いローブを身にまとい、魔術士のような風貌を好んでいました。長い金髪の髪を風に揺らしながら、ラナを優しく抱きしめています。


 そして、カガリさん。茶色の髪に空を思い浮かばせるような青くどこまでも澄んだ綺麗な瞳で、ラナをじっと見つめ、頭を何度も撫で、ラナの頬に右手を添えてから、ラナが生きていることをその手に確かめ、実感してから、ラナをソウシさんと共に抱き寄せました。髪の毛は、肩を少し越す程度あり、それを緑のリボンでひとつ結びに後ろで縛っていました。僕たちの知る、いつものカガリさんの姿でした。

「ラナ、無事でよかった。本当に……すまなかった」

カガリさんの声は、震えていました。そして何度も何度も、頭を下げ、全て自分のせいだと自責の念に襲われているように、謝ってくるのです。

「辛い思いをさせてしまった……」

「カガ……大丈夫だ。俺は生きてる。みんな、生きてる」

背丈の高い大人ふたりに包まれている小さなラナは、なだめるようにカガリさんの頭を何度も撫でました。落ち着かせるように優しく、そして強く、言葉を紡ぎます。

「カガのおかげだよ? カガが見つけたんだろ? 魔の森」

「えっ?」

思わず声を出したのは、僕でした。


 「魔の森」とは、今回の争点となった場所。しかしラナはそのとき、意識を失っていたはずなのです。ラナは、何も知らないはずです。知っていると考えられるのは、目を開けたあの瞬間。

 

 カガリさん……もといい、闇の住人に貫かれた、あの瞬間だけのはずです。


 眠っているように見えて、声は聞こえていたのでしょうか。それとも、ラナも気付いていたのでしょうか……闇の住人の正体、そしてその根源に。


「私が愚かだった……私の手に負える敵ではなかった」

うな垂れるようにラナを抱きしめるカガリさんを、ラナは黙って見つめていました。朗らかな笑みを浮かべて、優しく見守るように……。

「ルシエル様でさえ、難を要する敵だったんです。カガリ、あなただけが悪いのではない。何も出来なかった私に、一番非はある」

カガリさんに感化されたのか、今度はソウシさんが謝りはじめました。そんなふたりを見て、ラナはいつもと変わらない元気な顔をしてみせ、ぽんぽんとふたりの頭を撫でました。

「悪い奴はいねぇの! みんな、自分を責めすぎだぞ」

「そうかもしれない」

ルシエルさんでした。これまで、やり取りをただ黙って見守っていたルシエルさんが、カツカツと靴音を鳴らして近づいてきました。鉄の仕込まれたブーツです。

「誰も悪くない。誰にも責任はない」

その言葉に、カガリさん、ソウシさん、ラナ、そして僕とサノは耳を傾けました。

「全ては、大切なモノの為にしたこと。善と悪は隣り合わせ……誰がまた、闇の住人に囚われるかは分からない。だからこそ、今後このようなことが無いとは言い切れない……」

その言葉を、カガリさんは噛み締めるように聞いているようでした。

「だが」

ルシエルさんは、パチンと指を鳴らして、僕たちの周りにやわらかな風を起こしました。

 淡い緑の光が僕たちを包み込んでいきます。その風は紛れも無く、ルシエルさんの起こした魔術によるものでした。

「そのときはまた、力を合わせて戦えばいい。悪しきものと、向かい合えば良い。必ず闇は晴れる」

すると、ふわっと白い光が沸き起こり、綺麗な雪の結晶のようなものとなり消えていきました。

「雪……?」

僕の呟きに対して、ラナは力強く応えました。

「違う。希望だ」

その白く強く輝く光は、僕たちを護るかのように輝いていました。

「今度会うときは、敵同士かもしれないね」

ルシエルさんの言葉に、僕とサノはハッとしました。しかしラナは、まるでうろたえる素振りを見せません。

「そうだな。そんときは、手加減よろしく」

冗談交えたその応えに、ルシエルさんは笑っていました。




 大切なひと。




 僕たちは、微笑みあいました。そして、お互い無事であることを認め合い、確かめ合い、また、それぞれの想いを胸に、それぞれの道へと、歩んでいくのでした。




 ルシエルさんは、レイアスの兵士として、魔術による世界統一へ。


 ソウシさんは、ラバースの兵士としてフロートに反発的な市民の鎮圧へ。


 カガリさんは、国王側近として城へ。




 そして……。




 僕たちは、打倒フロートを目指し、レジスタンス「アース」を再開しました。



 次に会うときは、僕たちは敵同士。


 それでも、お互いに大切なひと、護りたいものがあります。




 だからこそ、戦う。




 ひとには、護りたいものがある。




 だからこそ、大切なひとのために……生きる。


 はじめまして、こんばんは。小田虹里です。


 少し、長くなりましたが、予定通りに「光と闇の住人たち」が幕を閉じました。次なる「COMRADE」シリーズは、どれにしようかと考え中です。


 基本的に、カガリとルシエルさまが主人公になりがちなので、別のひとに注目するのも、ありかなぁ……なんて。


 レナンとルシエルの物語。

 ルシエルとサノイの物語。


 少し昔を舞台とした、ラナン、リオス、サノイの物語が、途中まで書いて終わっています。


 最後のが、コメディタッチになっているので、イメージを変えるには、これかな? と。


 ルシエルとレナンの物語にすると、結構核心をついてしまいそうで。


 あとは、「サノイ」が主人公の物語。


 これは、「COMRADE」シリーズにはカウントせず、ひとつのファンタジーとして、つくりあげようとしているので、ここでのアップはないかもしれません。


 とにもかくにも、時間が欲しい今日この頃です。


 なんだか、疲労感がひどくて。なかなか、機能できずになってきました。悔しいです。ひとの命は、とても短い。だからこそ、無駄になんて出来ないのに。小田は、何日も無駄にして、記憶のない日まで出てきております。


 来春に向けての公募も書きたいですし、12月に向けて短編も書きたい今日この頃。腐っていたら、あっという間に本当に時間は過ぎてしまう。


 闇を恐れている暇はない。


 光を見ろ、小田。


 そんな思いを込め、この物語のあとがきとしたいと思います。ありがとうございました。


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