消えゆく命
左肩から右の腰骨あたりにかけて大きく切り裂かれた私は、大量に血を流しカガリに倒れ掛かった。体から熱が奪われていく……そんな感じだ。痛いという感じはしない。ただ、冷たい……そんな感覚だけが残っている。
「師……匠……」
カガリの声は、震えていた。私を抱きかかえる体勢で座り、必死に私のことを呼んでいた。
「師匠! 師匠! しっかりしてください、師っ……」
カガリの言葉が途切れた。どうしたのかと疑問に思った私は、うっすらとしか見えなくなっている目で周りをゆっくりと見た。すると、赤いものが私たちを包んでいるのが分かった。どうやら、先ほど私が放った炎が森の木々に移り、燃え広まってしまったようだ。炎を前にカガリは、怯えているようにも感じられた。
「そう、か……」
怒りの中に見た、悲しみの色。それは、炎によって思い出された記憶のかけらだったことに気が付いた。
カガリは、炎によって全てを奪われていたから。炎によって……村や、村人を焼かれていたからだ。
「すまなかった、カガリ……。まだ、炎はダメなんだな」
私の言葉を、カガリは黙って聞いていた。今は、怒りの色なんてまるでない、いつものカガリに戻っていた。姿は未だ、風の民の特徴である、蒼の髪に月の色の瞳をしているが、表情が違う。
「今……消すから」
私は、最後の力をふりしぼって、手を少し上にかざした。そしてそこに、力を集中させる。これが……本当に、最後の魔術になるかもしれない。それを、覚悟しながら呪文を唱えた。もはや、私の魔力は限界に達していた。
「水よ」
声に導かれ、魔術が発動した。そして、晴れ渡った空から注ぐ光によって、雫たちがきらきらと輝いていた。とても、美しい眺めだ。雫は、輝きながら森の炎を消火してくれた。
そしてそれを確認すると、一気に眠気が襲ってきた。たぶん、このまま私は死ぬのだろう。力を使い果たし、そしてこの出血量だ。失血しすぎてしまった。助かる見込みは殆どない。ここには、傷を癒せる魔術士が居ないからだ。ただの応急処置だけでは、この傷は癒せない。
止まる気配のない血を見て、カガリは自分の服を脱ぎ、私の傷口にそれを当ててきた。そして、涙目で訴えてくる。必死に、謝りながら……。
「ごめんなさい、師匠っ……。俺、こんな……っ」
私は、ゆっくりと首を横に振った。目に、溢れんばかりの涙を浮かべるかわいい弟子の頬にそっと手をのせ、力なく笑った。
「カガリ。気にしなくていいから。これは、私の望んだことだから」
私の言葉を聞いて、カガリはさらに顔色を悪くした。悟ったのかもしれない。私に忍び寄る、死を……。
「これがきっと、私の使命……」
力が抜けていくのを感じる。自然と抜けていくその力を、留めておくことが出来ない。こんなにも安らかで、穏やかになれるのだろうかというほど、今の私は「無」に近いものを感じていた。
「嫌です……師匠。早く魔術を! これぐらい、師匠なら治せるはずでしょう!? お願いですから師匠! 早く傷をっ……でないと、本当に師匠が……!」
もう、魔術を放てる身体ではなかった。息が止まり、心臓が止まるまでは時間の問題というところだろう。だが、それで構わなかった。カガリはもう、今みたいに暴走することはおそらくはないだろう。これから先の不安もない。きっと、ソウシやラナンがカガリを支えていってくれる。ここまで、この子の成長を見ることが出来ただけで、私は満足していた。
我が子のように育ててきた、カガリの剣技。
それは実に、見事なものだった。
「師匠、早く!」
カガリは、ギュッと私の体を抱きしめてきた。泣いているこの子を見ると、胸が痛くなってきた。
私は上手く吸えない息を肩を大きく上下させることで、何とか吸いながら、一言、一言を大切に紡ぎだした。
「力を、誤った方向へ使ってはいけない。誰かを傷つけても、生まれるのは悲しみと憎しみだけ。そのことを、カガリはちゃんと知っている。そうだろう?」
「もう分かったから……もう、あんな真似しないから。だから、早く傷を治してください、師匠!」
金色の瞳が、涙で揺れている。この子はこれからも、人と間族の間で彷徨い続けるのかもしれない。
それは、魔族と人間との間に生まれた子ども達の宿命。
「師匠……っ」
人にはない、特殊の力を持ち合わせたもの。それ故に、苦難は耐えないけれども……ひとりではないんだ。きっと、乗り越えていける。そういう子になるよう、見守ってきたつもりだった。
だからもう、私の役目はこれで終わっても平気だ。先に逝ってしまったひとたちのもとへ、赴くだけ。生きるものは、役目を終えると消えて無くなるものなのだ。それが、自然の摂理というもの……。この世界が出来てからこれまでの、軌跡。
悲しいこと、思い残すことは何ひとつ……ない。
「アリシア」も分かってくれるはずだ。




