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闇に後悔す

 どうして、こんなことになってしまったんだろう。


 俺はただ、救いたかっただけなのに。


 俺はただ、力になりたかっただけなのに。


 どうして……。




 俺は、取り返しのつかないことをしてしまった。




 ラナンが、原因不明の病に倒れたと聞いていた私は、何とかしてその原因を突き止めようとしていた。情報を探し求めて世界中を廻っていると、ある地に私は辿り着いたんだ。空気がよどみ、外にいるのに上を見ても空が見えない。周りに生えている木々はみな、気味の悪さを象徴させる形をしている。酷くいりくねった枝は、まるで今にも私に向かって攻撃してきそうな感じがする。ここは通称「魔の森」と言われているそうで、まったくもって、その名の通りの森だと思った。

鼻を突く異臭にも、そろそろ耐えられなくなって来た私の前に、此処よりもいっそう暗くなっている空間が広がっていることに気づいた。

「ここは……?」

異様な空気を感じた私は、ふと足を止めた。これ以上踏み込んだら、元の世界には帰れなくなってしまいそうな不安に駆られたんだ。

(本当にここは、Divineなのか?)

緑豊かな星、ディヴァインからは、想像もつかないほどの景色が私の目には広がっていた。これまでに感じたことの無い、重い嫌な空気を感じる。しかし、だからこそ私は、進まなければならないと感じたんだ。ここには何かある。そう、私の脳裏によぎった。私の直感は、基本的に外れることはない。

『たが、何者ぞ』

耳から伝わってきたという声でない。いや、だからそれが声なのかさえ疑いたくなってくるのだが、突如として私の身に異変が起こった。脳に直接振動を送っているのだろうか。頭にギンっと響いてきた。このまま精神支配されるのではないかという気さえしてくるその感覚に、私は恐怖を覚えた。

「……誰だ」

私は必死に自我を保ちながら、声の主を目で探しながら声を発した。

『契約者か』

「契約者?」

酷い頭痛と戦いながらも私は、精神支配から自分を身を守るためにも、言葉を続けた。

『答えろ。契約者か、否か』

何の話だか分からない上での選択。この雰囲気から察すると、後での訂正は認めてはくれなさそうだ。私は、答えに迷った。

『言え』

「……契約者だ」

否定すれば、きっと何も進展は無いと考えた私は、一か八かで、肯定を選んだ。すると、今まで暗黙に閉ざされていた視界が開け、薄気味悪い荒野に景色が変わった。その様子に戸惑いながらも、私は誰かいるのではと辺りを見渡していた。

『こちらへ』

声と共に、祭壇のようなものが新たに現れた。しかし、それからは聖性さなどまるで感じられなく、何か善からぬ儀式でもされていそうな感じのするものがあった。あまり気の進まない私であったが、一歩ずつ壇上を上がっていった。何段もあるわけではない階段をゆっくりと上り終えると、今まであった階段が、ふっと闇の中へ消えてしまった。後戻りはできないということか……。

『よく来たな、契約者』

「……」

何も言えなかった。この声の主が、一体何を契約しようとしていたのかなんて、私は知らないのだから。下手なことを口走ってボロを出すよりも、はじめから黙っていた方が利口だ。

『では聞こう。お前の望みはなんだ』

「望み?」

私の問いかけに答えるかのように、今まで何もなかったところの空間が歪み、そこから人影のようなものが少しずつ見え隠れし、しばらくすると、黒のローブで全てを覆った者が現れた。この者が、私の頭に語りかけてきていたらしい。

『そうだ。お前の望みを叶えてやる。お前の体と引き換えに』

「私の体と、引き換えに……望みを?」

私は男の言うことを反復した。体を差し出すことで、願いを聞いてくれるというのか? しかし、体を差し出すとはどういうことだろうか。命をとられるとういことなのか?

(……私の命で、ラナンを救えるのならば、願ってもいない条件だ)

私はもともと、自分の命に執着はなかった。むしろ、その逆で自虐的なところがあった。そのため、この命で大切な存在、ラナンを救えるというのならば、喜んで命を差し出せると思った。ただ、問題なのはこの男からは闇の気配しか感じないということだ。この男の言うことを、信じていいのかどうか。悩めるところであった。

『さぁ、言え。お前の望みとはなんだ』

私は心を決め、問うことにした。今のままで決断を下すには、あまりにも危険が大きいように思えたからだ。命が惜しい訳ではない。こんな命、七つの頃からいつでも投げ出す覚悟はできていた。しかし、もしもこの者との契約が、後々ラナンたちに脅威を与えるようになってしまったら……私は、耐えられない。

「聞きたいことがある」

『何だ』

「体を差し出したら……お前は私の体をどうするんだ? 命を喰うのか?」

かすかに、男は笑ったような気がした。その薄気味悪さと言ったら、尋常ではない。

『我は命を糧としているわけではない。お前の体を私の体とするだけだ』

その言葉と共に、男が急に私に近づいてきた。ぶつかると思った瞬間、私はそれを交わそうとしたのだが、反応が遅く、間に合わなかった。しかし、その時信じられないことが私の身に起こった。

「な……っ!?」

男は私と接触することなく、私の背後に廻っていた。横をそれていったわけではない。男は私の体をすり抜けていったんだ。現に、男が通過した瞬間、私の体に今まで感じたことの無い違和感が生じていた。

『分かっただろう? 我は無。これはただの幻。故に、動くための器が欲しいのだ』

「……器」

『何、悪いことには使わぬ。さぁ、お前の望みを叶えてやる。そして、お前は体を差し出すがよい』

この体を、この者に……。このような、得体の知れないものに……。信じていいのか。考える時間が欲しい。だが、男がそれを許してくれそうにもなかった。今か今かと、私を監視している。ここで拒めば、契約は破棄と見なされてしまう気がした。

「本当に、望みを叶えてくれるんだな?」

『無論』

「……分かった。私の望みを言おう」

この男を信じるのは間違っているのかもしれない。だがもしも何かあった時には、きっとルシエル様がなんとかしてくださる。そう、信じた。この一ヶ月という期間、世界中を廻って、ようやく見つけ出した手なんだ。ラナンを救う為の……もしかしたら、唯一の手段かもしれないのだ。

 このままでは、ラナンは長くは持たないと言われた。だったら、何でもやってみるべきだと考えたんだ。これ以上は、悪くはならないと……。

「ラナンという青年がいる。そして彼をはじめ、今、この世界では原因不明の病が蔓延している。私は彼らを助けたい。だから……彼らを救って欲しい。それが、私の望みだ」

『では、その望みを叶えてやる代わりに、お前の体をもらうぞ。よいな? 契約者』

「あぁ。だが、必ず約束は守れ。望みを叶えると。悪用しないと」

『無論』

すると、男は両手を上にかざした。そこから不思議な光が放たれ、男から光の柱ができた。そしてその光は、世界中に散らばるように広がっていった。これで私の望みが本当に叶えられたのかどうかを、確かめる術がないのが怖いところなのだが、今はそれを信じるしかなかった。

『さぁ、今度はお前の番だ。こちらへ』

私はこの祭壇の中心部に招かれた。そこには魔方陣のようなものが書かれていて、私はその円の中心に立たされた。見たこともない文字を構成によって作られた魔法陣だった。今まで、ルシエル様にも色々な魔法陣を見せてもらってきていたのだが、それのどれとも違うようであった。

『では、お前の中に入る』

私の体に緊張が走った。足元が竦んでしまいそうな程の恐怖を感じているようで、手には汗が滲んでいた。別のものが中に入るなんて、今まで経験したことはない。

 男はそっと、私の口元に手を伸ばしてきた。触れているのだろうが、実態のない男の手だ。触られているという実感はない。ただ、何か冷たいものだけが温度で伝わってきた。

『a;towtjpa』

私には理解できない言語が聞こえたと思った瞬間、私の体に一気に異変が起きた。強い力で押し付けられる感覚だ。上下左右。ありとあらゆる方向から押し寄せてくる圧力で、私の体は押しつぶされそうだった。立っているだけで精一杯というほどの強い力を受け、さらに同時に、口からは異物が無理やり入ってくる感覚がした。その異物も固形でも流動食などでもなく、意志を持った空気の流れのようなものであった。

「うっ……く、あぁぁぁぁっ……!」

あまりにも激しい苦しさのため、無意識のうちにそれを拒もうとしたのだが、四肢の全てが完全に動かないため、出来なかった。

『拒むな。我を受け入れろ』

気持ち悪さ、それに激しい熱を帯び始めた私の体。頭の中は真っ白で、すでに意識はほとんどなかった。平衡感覚も次第になくなり、そのまま私は得体の知れない何かに飲み込まれていった。




『ふははははっ……。上手くいった。上手くいったぞ!』




「どうですか? ラナの具合は……」

ラナは、ここ一ヶ月ほど前からこの調子です。うっすらと目を開け、どこを見ているのか分からない、視点の定まらない目で上を見ています。最近、このような症状で倒れる者が増えているそうですが、それは、この世界を取り巻く黒い影と関係しているのでしょうか。少なくとも、僕たちはそう考えているのですが、ラナがこの様子なので、あまり遠くまで、調べにもいけない状態が続いていました。

「相変わらず。このままだ」

ずっと付き添っていたサノの顔色が、ずいぶんと悪かったことを僕は心配しました。

「サノ、大丈夫ですか? すみません、遅くなってしまって」

「いや、お前の方こそ疲れているようだ。休むといい」

サノに三日間ラナをお願いして、僕は一度、生まれ故郷である村に帰っていました。村のみんなの様子が気になっていたからです。僕の弟はまだ小さいですし、この不可解な現象の影響が出ているのではないかと、心配していました。そして、その帰りに食料調達をしてきたところです。

ここは深い森の奥地で、周りには村などありませんから、ここでは手に入らない食料を得るには、少し遠出をする必要がありました。

「僕は平気ですから、サノ。先に休んでください」

「そうか……すまない。では、先に休ませてもらう」

そういうと、サノはゆっくりと立ち上がって、すぐ近くの木陰に身を委ねていました。

「帰っていたのかい?」

後方から声がして、僕は振り返りました。そこには、ブロンドで碧眼。一見、貴族のような容姿をしている男の人が立っていました。この国を支配するフロート所属の傭兵組織、「ラバース」の者なんですけど、戦場には出ないということで有名なひとで、僕たち、レジスタンス「アース」の敵という様にもあまり見えない、謎の人でした。


 今、僕らがここ、「聖域」と呼ばれる場所にいるのも、ラナが倒れたということを耳に挟んだこの人が、連れて来てくださったからでした。


「ソウシさん。えぇ……ラナのこと、ありがとうございました」

「好きでやっていることですから」

そう言うと、彼は葉で包んだ雫をラナの口元に運んでいました。大事そうに扱っているし、どこか普通の水ではないように思えました。

「その水は何ですか?」

「聖水です。少しでも、効果があればと思いましてね」

数ヶ月前から、世界に不穏な影が忍び寄って来ていました。そのことにいち早く気が付いたのがラナだったのですが、倒れたのもまた、ラナが一番はじめでした。少なくとも、僕たちの中では……。

それから、少しずつ市民の間でも謎の病が流行しはじめて、今では、世界中がその病に悩まされています。まだ、死んだという例は聞いていないものの、医者では手の施しようがないらしく、このままでは、いずれは死に至ると聞かされています。それを食い止めようと、僕らは情報を求めて色々なところを廻っているのですが、ラナを連れてはいけません。だからラナのことはここで、ソウシさんや、僕とサノのどちらかが見ているんです。

 ラナが倒れたと知ってから、王国「フロート」の側近、カガリさんもまた、情報を求めて世界中を駆け回っていてくれているのですが、前回ここに戻ってきたときには、まだ、手がかりは何も掴めてはいないということでした。さらに、フロートの右腕組織、「レイアス」という魔術士部隊の一員である、世界最強の魔術士、ルシエルさんの所にも、情報は未だないようです。

 ルシエルさんもまた、ソウシさんと同様、ラナや僕たちにとっては敵である存在です。でも、今は一時休戦状態ということで、手を貸してもらっています。ルシエルさんは、世界一の魔術士です。彼の力があれば、行動範囲も情報も、一気に広がるので、とても助かります。ただ、どうして手を貸してくれているのかは、正直なところ、謎です。カガリさんが、ラナに情を寄せているからかもしれませんが……。ルシエルさんにとって、カガリさんとは大切な弟子であり、息子でもあるそうです。

「……あまり、効果はないようですね」

軽く肩を落とすと、ソウシさんはラナのもとを離れようと立ち上がりました。しかしその瞬間、急に意識を失うかのように、体勢を崩しました。慌ててそれを支えると、ソウシさんは青い顔をしながら、自力で立ち直しました。

「すまない……」

「ソウシさんも、休まれた方が……」

首を横に振ると、ソウシさんはそのまま更にこの森の奥地に進もうとしました。

「ソウシさん、どこへ行くんです!? そんな体で歩いていては、危険ですよ!」

いくら僕が止めても、聞く耳持たない様子です。彼がここまで一生懸命に物事に取り組む人だとは、正直思ってはいませんでした。何が彼を、ここまでさせているのか、僕には知る由もありません。

「ソウシ、休むんだ。彼の言うとおりだよ。そんな身体では、何も出来まい」

僕以外に、彼を止める人物が現れました。長いブラウンの髪に、額には大きな刀傷が伺える、長身の男。服は、神官のようなものを身にまとっています。見た目だけでも高貴であるこの人こそが、ルシエルさんでした。

「ルシエル……様。な、何か情報は?」

返事はやはり、NOでした。これだけ世界中から情報を集めようとしているのに、どうして何も手がかりがないのか、不思議でした。

「……カガリは、まだ戻っていないのか?」

ソウシさんにではなく、ルシエルさんは僕に答えを求めてきたので、僕はゆっくりと頷きました。そして、現状の説明を簡単にしました。


「そうか。なんの進展も無しか……」

苦い表情をしながら、ルシエルさんはラナの様子を注意深く見ていました。聖水を口にしてもなお、いっこうによくならないラナの体を、心配しているようです。そして、何か疑問に感じているような様子ともとれました。

「聖水を口にしても、何の変化も現れないとは……妙だな」

「そうなんです。闇が関わっているのならば、聖水でいくらか改善できるものと思ったのですが、この通り、何の変化も現れなくて……」

眠ればいいものを……ソウシさんは、地面に腰をおろしはしたけれど、決して眠ろうとはしませんでした。

「闇が原因ではないということなのでしょうか?」

闇が関わっているのなら、聖水でいくらかの改善が見込まれる。逆に言えば、聖水を与えても何の進展も見られない……ということは、それすなわち、闇は関わっていないと考えられるようです。普通は……の、話ですけれども。

「いや、闇は間違いなく関与している」

ルシエルさんは闇の関与は絶対だと考えているようでした。

「この世界を取り巻く影。それは、闇の存在に他ならない」

「しかし、ではなぜ聖水が効かないのです?」

「……分からぬ」

なんの打開策も見出せない。僕らの行動は、いつまで経っても限られていた。

「……っ!?」

そのときです。ルシエルさんが、不意に何かを感じ取ったかのように、北方の方を振り返りました。それにつられて僕もそちらの方に目をやります。気配を感じ取ってか、眠っていたはずのサノも目を覚まし、そちらに目を向けていました。

「なんだ……?」

僕らの目の先には、暗黙が漂う不気味な空が広がっていました。確かに今までも、このような空が続いていましたが、今までにはないくらいの暗闇でした。


 何かが起きた。それも、さらに悪いことが……そう、直感できました。


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