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僕の残念会(4)

前回のあらすじ


冒険者の店「鉄の鏡」亭にて二人の冒険者リコ,ベレンと知り合ったハル。

彼らを紹介したその時、幼馴染であるスーミィの口からろくでもない発言が飛び出した。


「私はスーミィ。ハル君の……夜のおもちゃ」









おもちゃ宣言の余韻に浸りながら、舌で唇を舐めるスーミィ。


うわぁ、いけない顔だなぁ。

目に見えないけど、口元に付着した粘性の液体を舌で舐めとってるみたいだ。


店内は静かなざわめきに満ちていた。

先ほどとは違い『今度は何が起きるんだ』的な期待を帯びた視線を感じる。


若いお兄ちゃんが何人か、クサった顔でブツブツやってるのは僕への嫉妬だろう。

スーミィ可愛いからね。

戦士風のオッサン達は相変わらずニヤニヤしてる。

大変だなぁボウズ。って顔だね。


ベレンとリコの自己紹介のあたりから、僕らは店内の関心を惹いていたらしい。

そこにスーミィの不適切発言。

彼女の声は大きくないのによく透る。

呪文詠唱のための発声練習を欠かさないからかな?

お坊さんがいい声してるのと同じ理屈か。


スーミィと話し込んでたお姉様方は、すぐに冗談だと感づいたんだろう。

懸命に笑いを噛み殺しながら、状況を…というかリコの反応を伺っている。


いやいや、面白がってないでさっきみたいに助け船出してよ。

斥候風のお姉さんに目で訴えたら、堂々と視線を逸らされた。


…そうだね、リコをからかうためにスーミィが用意した舞台だもんね。

主演(リコ)のアクションを待たないと…。


って悪質すぎるよ!

僕の評判も下がってる気がするし。


「ふっ…ぅぅっ!」


ふ?

硬直していたリコが小刻みにプルプルと震えだし…


そして、叫んだ。


「ふっ……ふふ……不潔だぁぁぁぁっ! うわぁぁぁぁぁぁんんん!」


リコは身を翻し、


『ガタンッ!ガタタッ!』


椅子を蹴散らしながら半泣きで店の外へ飛び出した。

客が何人か巻き込まれてひっくり返ってる。

前衛職は突進力が半端ないなぁ。


皆で夜の闇に消えるリコの姿を見送り…

その姿が街路に消えたタイミングで、店内がドッと笑いで溢れる。


「あははっ。スーミィちゃん冗談が過ぎるよー」


先ほどまでスーミィと話し込んでいた剣士風のお姉さんは大笑いしている。

涙を拭きながらスーミィを小突いている。


「…アレはトラウマになったろうね…可哀想…」


斥候風のお姉さんはクフフ、と笑う。

心にも無いことを。

にしてもお姉さんのクフフ笑いエロいからな。問題ない。


そしてスーミィ本人はと言えば、やはりニヤニヤ笑っていた。

いつの間にか他テーブルの客に貰ったらしいケーキを食べている。


「やっぱり面倒なことになったのぅ……」


ドワーフのベレンは、肩を落として酒を飲んでいる。


「リコはベレンの連れなんだろ?追いかけなくていいのか?」


「あれでも成年らしいからの。まぁ大丈夫じゃろ。だがなぁ…」


はぁぁ、とベレンは溜息を吐く。


「これから宿に戻ったらリコが部屋でシクシク泣いとることじゃろ。

それを宥めて、スーミィ嬢のアレは冗談だったと説明せにゃならん。」


「冗談じゃないんだけどねぇ」


スーミィが口を挟む。


「説明には時間がかかるじゃろうな。で、ようやくリコが納得したとしよう。

するとじゃ、今からハル殿に会いに行くと言うに決まっておる。」


ベレンはスーミィの言葉をすっと流した。

鮮やかだな。

でも…ドワーフってこんな性格だったっけ。


「…今から酒場に行ってもハル殿達は店におらんだろうし、今夜の宿も聞いておらんからもう会えまい。そう、リコを(たしな)めるじゃろ?

そうすれば、街中の宿を回って朝までに探すだの、冒険者組合に依頼を出すだの、諸々の面倒ごとに付き合わされるに決まっとる…」


はぁぁ。とうなだれるベレン。気の毒だ。

話の合間に酒のお代わりを注文するあたりまだ余裕はありそうだが。


「なので明日の朝もう一度お会いいただけると助かる。宿の場所は…頼んでも教えてくれぬよな?」


店の二階。宿屋フロアをちらりと見上げるベレン。


「うん。無理」


スーミィが即答した。


今夜の宿はこの店だ。

僕は教えても構わない。

ベレンも僕らの様子から、ここに泊まるんだろうと推察してる。

でも、スーミィの意向で『教えない』ことになった。


「夜はいろいろと忙しいからねぇ」


ふふふ、と僕の腕に指を這わせるスーミィ。

ああ。何かいけないことをしてる感じ。すっごく大人感。

というかそのネタいつまで引っ張るんだよ。


「ただ明日はねぇ。ハル君と私には用事があるんだよ。」


「え?そうなの?」


そうなんだ。知らなかった。

何の用事だろう?


スーミィは硬革製のリュックから折り畳んだ紙を出す。

何だ何だ?とベレンが手元をのぞき込んだ。


「明日の朝から冒険者予備校の説明会があるんだよ」


予備校?


「そんなのあったっけ?」


「今年からできるらしいねぇ」


「なんか胡散臭いな…」


「『シダス王国王立冒険者学校入試対策予備校』。王都には魔法学院の予備校もあるし、発想としてはアリかなぁ」


「でも、魔法学院の方はほとんどボッタクリの私塾だろ?」


「玉石混合って奴だねぇ」


スーミィはチラシをテーブルに広げ、ここを見ろ。と指さした

そこにはデカデカと『納得の講師陣!安心のカリキュラム!シダス王国国王陛下の御認可済!』と書かれている。

余計に胡散臭い…と思ったが、


「ほぉ。国王殿のお墨付きか」


ベレンが唸る。

国王は冒険者の間では有名人だ。

剣一本で国を手に入れた、今を生きる伝説である。

シダス建国前は大迷宮にも潜っていたそうだ。


「ただ…入ったところで僕が新たに学べることは無いと思うよ?」


僕は正直に述べた。

冒険者学校用の試験対策は十分に重ねた。

座学は完璧で問題が作れるほどだ。

技も磨いた。

剣・槍・弓・斧などなど。よくある武器の扱いは祖父に仕込まれた。帝国の正規兵にも負けない自信はある。

他には、魔法や魔道具に頼らずとも罠探査と解除ができるし。


「甘いねぇ。ハル君」


スーミィが、だからお前はダメなんだって表情(かお)をした。


「冒険者としての実力や経験と、入試で求められる知識とスキルは違うんだよ」


え?そうなの?


「そうだよ。…ずっと言ってたじゃないか。初めて聞くような顔しないで欲しいなぁ」


すみません。


「まぁいいさ。やっと聞く気になったようだし……」


スーミィは少し考えて


「例えば…ハル君は普通のファイアボルトが撃てないだろう?」


「う……。」


僕は言葉に詰まった。


ファイアボルトは火属性の射撃型魔法だ。

術者のマナや大気中のマナを火属性に偏向させつつ収束し、目標に向けて撃ち出す。


一般的なファイアボルトは、林檎くらいの大きさの火の玉を手元から打ち出す。

詠唱と同時に掌の先に赤い炎が生まれ、詠唱完了時点で最大サイズになり、目標に向かって飛んで行く。

速さは投石と同じくらいだ。撃ちだした後は軌道変更できない。


手から離れたファイアボルトは、目標の表面で爆発して傷つけたり壊したり燃やしたり焦がしたりする。

術者のレベルに応じて威力=火球の大きさは変わる。高位の魔導師になると初速をコントロールできるし、射出後に軌道を変更することもできるらしい。


これが普通のファイアボルトだ。


僕のファイアボルトは少し違う。


指先から、赤色に輝く小さな光弾が勢いよく放たれる。

調子が良いと目では追えないような速さで標的に到達する。


詠唱は必要ない。というか、詠唱していると気が散ってマナが収束できない。

詠唱魔法は何度も練習したけどダメだった。


正規の呪文をブツブツやってると余計なことを考えてしまうのだ。スーミィの今日の下着の色とか。おっと、これは余計なことじゃないな。大切なことだ。だって彼女の大切な部分を覆う布のことなんだぜ?


…と、こんな感じで余計なことを考えちゃうんだよね。


撃ち出された光の弾は指から離れてすぐ傘状のエネルギーになり、目標の表面を貫通して目標内部で爆発を起こす。自分で言うのもなんだがカッコイイ。

魔法障壁や耐魔装甲なんかは貫通しないこともあるが、ボルト先端が装甲表面を穿ちながら爆発するため通常のファイアボルトより格段に威力が高い。


スーミィと実験して調べたところ、消費する魔力と爆発のエネルギーはノーマルなファイアボルトと同等だった。


原理も同じである。


だからこれはファイアボルトだ。


断じてオリジナル魔術ではない。


見る人が見れば判る。


…と思う。


「他の受験者に聞いたんだけど、入試の実技でファイアボルトがあったんだってね」


「あ…うん…」


「去年の実技試験は…中庭の練武場で一人ずつ順番に攻撃魔法を撃ってたねぇ」


よく知ってるな、スーミィ。


「今年は受験生が増えたから会場が3つあったんだ。僕は弓練場。」


「ハル君もそこでファイアボルトを撃ったと。威力は押さえたかい?」


「も…もちろん…」


じいぃ。っとスーミィが僕を凝視する。

ジト目が辛い。背筋を冷や汗が流れた。

ホントはちょっと強めのを撃った。失敗したら嫌だったし。


「その顔は嘘だねぇ」


スーミィは眉間に皺を寄せた。


「いつもの威力でいつものファイアボルトを撃ち出した…だね?」


「はい…」


「大岩はどうなったのかな?」


「着弾と同時に、内部から割れました」


「その表現は正確かな?」


「…着弾と同時に内側から爆発して…崩れ落ちました」


「次に試験受ける人は困っただろうねぇ」


「ちょっと怒られました…」


ちょっとどころじゃなく、ネチネチ嫌みを言われた。


「だろうねぇ。試験官は何人?」


「中級くらいの魔術師と、採点を記録する在学生が一人」


「他に見てた人は?」


「僕の後ろに並んでた女子受験者だけかな」


「……ふぅん。」


「スーミィ?」


「気にしないでいいよ。その中級魔術師とやらはデキる奴かい?」


「うーん。どうだろ。」


僕は思い出す。


試験官は痩せ形の男性だった。

魔術の知識と技術はそれなりだが、地道な反復で魔法を修めた凡庸タイプだ。

頭が硬そうで、自分の知らない事実は認めない。そんな顔つき。

僕の魔法はインチキだと見た瞬間から決めてかかっていた。

残念ですが失格ですなぁとか何とか偉そうに言ってた気がする。


その手の魔道具も色んなタイプが出回ってるし。決めつけちゃうと楽だからね。仕方ないかもしれないが…。

後ろで見ていた受験生の子が、家名まで出してえらい剣幕で抗議してくれたから、しぶしぶ採点していたようだけど。

低い点数を付けられていたかもしれないし、後で失格扱いにした可能性もある。


「…うーん。壁を超えられない冒険者崩れが、頑張って不相応な仕事に就きました。って感じ。」


「ぷぷ。酷い言いぐさだねぇ」


スーミィが笑う。


「儂も同じ会場じゃったが、特に問題なかったがのぉ」


ベレンは普通にファイアボルトを撃ち、普通に魔法の効果が出て実技は終了したらしい。


「ふむむ…」


でも彼なりに何か思うところがあったようだ。まじめな顔で何か考えている。


「さて、そこで予備校だ」


スーミィ先生の言葉に僕とベレンは頷く。

気付けばスーミィとお友達になったお姉様方も同席して話を聞いていた。


「合格発表の後、会場の出口で予備校のチラシを配っててね」


チラシの裏面を眺める。

両面描いてあるのか。凄いな。

割と細かく描いてある。専用の魔道具とか使ったんだろうか。


「予備校にも選抜試験があり…成績優秀者は学費と寮費が無料とあるねぇ」


おお、それは魅力的。


「試験の内容は?」


喰い付いてみる。


「詳細は明日の説明会にて。で、ここからが大事…」


スーミィの指先がチラシの上をススス…と動く。

そこには『近日中に王立冒険者学校の推薦入学枠を確保予定』とあった。


「…これって!」


「そう。上手くいけば通学してるだけで入学できる…」


スーミィはニヤリとした。


「ハル君は暫く王都に居るんだろ?私の奨学金で飼ってやってもいいけど…それはあまりに情けないからねぇ…」


お姉さん二人が深く頷く。思い当たる節があるんだろうか。


「ふむ。正規の授業料は良い値段がするが、減免されるとあれば試す価値はあるのぉ…」


ベレンが乗り気だ。


「なら、二人も明日の説明会に参加したらどうかな?その後ゆっくりお茶でもしよう」


「ふむ。好いじゃろ。」


ベレンは笑顔で頷くと、チラシを手に取った。


「予備校の場所は……。おや、旧市街じゃな。」


「え?どこ?前はそんなの無かったと思うけど…」


ベレンの隣から、チラシに描かれた小さい地図を確認する。


「あ、ここは…」


僕はスーミィを見た。


「そう。…懐かしいねぇ。僭主館の跡地さ」









お読みいただきありがとうございます。

ご意見ご感想などいただけると励みになります。

次話でようやく酒場シーン終了予定です。


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