僕の残念会(3)
「あわわわわ……」
「はぁ。ヤレヤレじゃのう…」
真っ赤になって俯く女の子と、何かを諦めたようなドワーフ。
女の子は栗毛のポニーテールに翠色の瞳。
背は頭のてっぺんが僕の眼の高さに届く程度。
スーミィと僕の間くらいかな。
ドワーフ殿は黒いモジャモジャ頭に浅い毛糸の帽子を乗せている。
身長は僕の胸くらい。ドワーフなら平均的…なのかな?よく判らない。
「えっと。ボク…その…あうう…ベレン~。どうしよ……」
アワアワする女の子。可愛らしい。
僕よりやや年下か。
クロース・アーマーっぽい上衣とスカートを着用してる。前衛職だろう。
「どうもこうもないのぅ。はぁ…面倒なことになったわい」
ドワーフ殿が腰を上げ、少女の首根っこを掴みしゃんと立たせた。
彼女、ちょっと涙目になってる。
うわぁ…よく見るとホントに可愛いな…
「儂はベレン。バルゴの子、ベレンと申す。一応は迷宮探索者じゃ」
「僕はハル。シャルハル・トゥイバックと申します。
ベレン殿にも御一族の皆さまにもどうぞご別懇に。」
腰を曲げ丁寧にお辞儀をすると「おぅっ」とか何とかベレンがくぐもった声を上げた。
祖父から習ったドワーフ式の挨拶だ。間違わずにできたかな?
「これは驚いたのう…。ハル殿、先ほどの失言は許されよ。訂正はせんがの。」
え?取り消せよオッサン。
「トゥイバック……。ふむ。確か西方の地方貴族にそのような名があったか」
少し言葉を選んでベレンが呟く。
「トゥイバックは母方の姓でして。今の僕と繋がりはありません。
でもよくご存じですね。地方貴族というか…没落貴族だと聞いています」
「儂の家は代々工房を営んでおっての。客の名は覚えるものよ」
ワハハ。とベレンは笑う。他意はないぞって意味かな。
「おっと。儂ばかり話してもな。…ホレ。お主も挨拶せんか」
「うう…」
女の子はモジモジするばかりだったが、
「ひゃうっ」
ベシッ。とベレンに尻を叩かれ、背筋を伸ばした。
「ボクはリコ。……リコ・セラーノです」
リコは何故か潤んだ瞳で僕を見上げている。
「あぅ…よ…よろしくおねがいしましゅっ」
ああ。抱きしめたくなるなぁ。
「こちらこそ。よろしくね、リコ」
にこっと笑うと、彼女はカーッっと赤くなってまた俯いてしまった。
男性への免疫が少ないのだろうか。
それにしても見事なボーイ・ミーツ・ガールっぷりだ。
若干ついていけてないが構うまい。
「それでは改めまして。『何かご用ですか?』」
僕の残念会が開催されている店は、王都にある冒険者の店「鉄の鏡」亭だ。
冒険者の店とは冒険者や迷宮探索者が集う店である。
大体そんな感じで間違いない。
基本は酒場であり、それに宿屋や娼館、武器屋に修理屋、道具屋に預かり所、練習場や風呂等々が併設されたりされなかったりする。
地方都市や僻地では、冒険者組合の支部(窓口)になることが多い。
主要な都市では冒険者組合は自前の建屋を持っていることが多く、冒険者の店に窓口を設けることはない。この店にも窓口は無い。
この「鉄の鏡」亭はメインが酒場で、宿屋,修理屋の窓口が併設されている。
歴史があるため料理・宿泊料は相場より少しお高く、やや上品な雰囲気を纏っている。
そのため僕等のようなヒヨッ子でも利用しやすい。
絡まれる可能性が低いのだ。
現役時代は王都に住んでいた祖父のオススメの店であり、僕とスーミィは以前にもここに逗留したことがある。
店内をざっと見回す。
客達の僕らへの興味は薄れたようで、皆それぞれの楽しみに戻っている。
訳アリな感じの客もいない。
強いて言えば僕とスーミィの組み合わせが最大のトラブル要因だろう。
過度に警戒する必要は無さそうだ。
僕は空いていた席にリコとベレンを招いた。
話しにくいからね。
「はう……」
リコは僕の隣に座ったままモジモジしていた。
可愛いのでこのまま眺めていてもいいが、それだと手が出せない…じゃなくてお近づきになれない。
「お二人はどちらからおいでに?
僕はこの国の北端。ラウバの出身です」
穏当な話題を振ってみる。
「儂は西じゃ。帝国の交易都市であるボーの生まれでな。」
「その……ボクは王国のフセ地方から来ました!」
「帝国には行ったことが無いなぁ。
フセには小さい頃一度だけ。大きな湖があって…」
「あっ!…フセ湖ですね!ボクの部屋からは湖が見えるんですよっ!」
おお!リコ嬉しそうだな。
湖の周りには豊かな土地が広がる。大昔は全体が禁足地だったらしいが…
ベレンは何か酒を注文してる。ちゃんと自分で払えよ。
「僕の部屋からは山しか見えないなぁ
北向きの部屋だから日当たりも悪くてね」
ちょっと肩を竦めると、
「ボク、窓辺に座って湖を見るのが好きで…。
夕陽で赤く染まる湖面はとても綺麗なんです。
ハルさんにも是非お見せしたいですっ…!」
胸元で手をギュっと握り、熱心に話すリコ。
可愛いなぁ。ちょっとテンション高すぎる気もするけど。
「それは素敵なお誘いですね。
いつか行きたいな……」
色々落ち着いたら行っても良いかもしれない。
来年の入学試験までかなり時間がある。息抜きも必要だろう。
…次は受かればいいが。
「…?…どうかなさいました?」
うっかり遠い目をしていたようだ。
リコが心配そうに僕の顔を覗き込む。
ち…近い。
そして可愛い。
さらにちょっと良い匂いがする…こいつは凶悪だ。
「実は僕、冒険者学校の入学試験に落ちてね。
今日はその残念会なんだ。」
ふふっ。と儚げに笑ってみる。
「ええええ!
本当っ?!
ボクも落ちました!
試験!」
リコが驚きと喜びに満ちた顔でバっと立ち上がる。
「儂もっ!儂も落ちたぞ!」
ベレンもかよ!
興奮して怒鳴るからエールの泡とかいろんなのが飛び散って汚い。
「これは奇遇ですね。きっと何かの縁……おふっ!」
ギュム!っとリコが僕の肩に抱き付いてきた。
「う…運命を感じますっ!運命ですっ!」
僕の髪にグリグリと頬を擦り付けるリコ。
「儂とリコは試験場で知り合ってな。
二人ともダメじゃったが折角の王都。
観光している最中じゃ。」
何だかベレンまで饒舌になってる。
ニコニコと様相を崩し、
「明日にでも大迷宮に潜って。
まぁ記念に詣でる程度じゃがな。
それから帰郷する予定でのぅ」
「そうだ!
折角だからハルさんも一緒に探索しましょう!
前衛ならボクにお任せをっ!」
「儂も前衛職じゃ。
ハル殿は生っちょろいからヘボい魔法使いとかかの?
まぁ上層なら足手まといになるまい。」
二人とも腕に自信があるのか。
大迷宮って上の方の階でも難易度高かった気がするんだけど…
あとベレンがちょくちょく僕を貶めてるのが気になる。
「きっと大丈夫でしょう。
僕は彼女…スーミィと何度か潜ったことがあるので、
遺跡管理組合での入場手続き等はお任せ下さい」
ここで僕はスーミィに目をやった。
お姉様方との話を終えたらしい彼女は、のんびりお茶など飲みながらこちらの様子を眺めている。
自分から会話に混ざるとかしようよ、スーミィ。
あとリコを凝視するな。
見てるだけなんだろうけど怖がってるぞ。
「あ…うぅ……」
そして言い淀むリコ。
そういう空気なんか怖いからやめて。
変に気を遣わなきゃならない感じがしてくる。
「ベレンじゃ。見ての通りドワーフよ!」
ガハハハ!と格好よく笑うベレン。
髭モジャドワーフのドワーフ笑いって良いよね。
良い感じで場の緊張感も解れた。
「えと……
は…初めまして!
リコです!
ボク達も冒険者学校の試験に落ちて…!」
おお、ちゃんと挨拶できた。
偉いぞリコ。
撫でてやりたくなるな。
「あらあら、そうなんだね。」
スーミィはにこっと笑い。
「初めまして。私はスーミィ、そこにいるハル君の…」
そこでちょっと溜めを入れた。
あ、これアレだ。
ロクでもないこと言うパターンだ。
ヤバい!止めなきゃ!と思った時には遅かった。
「ハル君の………夜のおもちゃです…」
首を緩く傾げ、妖艶に微笑むスーミィ。
そんな表情どこで覚えたんだよ…。
僕たちの卓を起点とし、店内に再び静寂が広がる…。
お読みいただきありがとうございます。
ご感想、ご指摘などいただけると幸いです。
序章~前話までの改行を改善してみました。
読み難さは軽減できたでしょうか? 改行って難しいですね。