僕の予備校入学選抜試験_上層編(1)
祖父の館。ブーンリシト家の館を出た僕達は、王都の中心である大迷宮の入口に向かう。
祖父の館と予備校のある僭主館一帯は、旧市街の東部にある。
大迷宮は王都の中心。実際には中心よりやや北寄りであるが、そこに口を開いている。
以前は番所が一つあるきりだったらしいが、王政が敷かれ、迷宮が積極活用されるにあたり周囲の風景は一変した。
まず大迷宮入口にそれを覆う大きな石造りの建物が。次に大迷宮入口には巨大な鉄扉が設けられた。
鉄扉は普段開かれたままになっているため、雰囲気重視のために取って付けたのでは?というのが大方の意見だ。
そもそも迷宮から魔物が出てきた、などという話は聞いたことが無いため、僕も飾り扉だと思っている。
大迷宮入口はシダス王国が管理している。入口を覆う5階建ての石造りのビルは、王国内務省の迷宮管理課本部になっている。
一階フロアには迷宮管理課が受付カウンターを設置しており、探索者はそこで探索階を申請し、迷宮利用料を支払う。
リコとベレン。それにヴィーと護衛のウーラさんにそんなことを話しながら歩く。
午後1時。昼食を終えた街は少しのんびりしている。
ベレンが性懲りも無くクソ甘い菓子を買って食べるのを皆で苦い顔で眺めたり、
何やら可愛いモノを見つけたと騒ぐリコと、先を急ぐからとの理由で露店から引き剥がそうとしたヴィーとが、最終的には二人一緒になって可愛いモノ達に熱中しちゃうのを見守ったりするうちに妙な気配に気付いた。
僕は裏稼業の専門教育を受けたことは無い。
でも祖父と山に猟に出たり、スーミィやスーミィのお母さん(年齢不要の魔女)と森に出入りする機会が多々あった。
そのためだろうか、他の生き物の気配というか、異質な気配についてほんの少し敏感だ。
ウーラさんを手招きして呼ぶ。
「(ウーラさん、あの人達はお仲間ですか?)」
統一帝国の第4皇女であるヴィクトリア。その護衛であるウーラさんにストレートに聞いてみた。
魔導師と斥候っぽい恰好の探索者二人が、遠巻きにこちらを様子を観察している。
ウーラさんはおや?と言う顔をした後、『あの人達』の方に眼をやらずに答える。
「(はい。さきほど宿に戻った際、同僚と少し話をしました。シャルハル様のこともお伝えしております)」
「(護衛団の一員にしては錬度が低いように思えるのですが)」
僕が言うのも何だけど若造だな。一度気付いてしまうとバレバレで見てるこっちが恥ずかしくなる。しかも明らかな敵意を感じるぞ。
「(おひいさまは第4皇女ですので、精鋭揃いと言う訳にも…)」
ウーラさんは申し訳なさそうに眼を伏せるが、なんとなく誤魔化されたような気もする。
「(そうですか。絡むようなら片付けちゃいますよ?)」
念のため確認する。
「(シャルハル様、手を出さないでいただけませんか。このような事態は予測していなかったため護衛の意見も割れています。)」
困った顔のウーラさんが哀願するような瞳でこちらを見る。
うむ、ぐっと来るな。
ここはお願いを聞いてあげるべきだ。
「(わかりました。ぶっとばす程度にしますよ)」
「(お気遣いに感謝いたします)」
という会話を僕とウーラさんは互いの耳元に口を寄せ、微笑みを浮かべながら交わす。
「(仲良くしてる風を装ってみてますが、見られても大丈夫ですか?)」
「(はい…その、少しであれば。)」
恥ずかしそうに俯くウーラさん。
可愛いな。
ちょっと耳を舐めてみる。
「っ…!」
ビクっと硬直するウーラさん。
プルプルしている。
耳朶を口に含んでみるが、突き飛ばされるでもなく僕のなすがままになっている。
ふむ。
どう対応するか検討しているのだろうか。
こういった場合を想定していないのかもしれないな。
だが『主人が執着している年下の生意気なガキに昼間の往来で耳を舐められた場合の対応方法』はなかなかマニュアル化されていないと思う。
調子に乗って耳の襞の形を舌で確かめていると、ようやくぐいっと身体を離された。
「ふむ。良い具合にほぐれましたか?」
僕の妄想の中ではウーラさんは耳が弱い。
「こ…困らせないでください」
弱いかどうかまでは判らなかったが、強くは無かったようだ。
羞恥に頬を染めながらも、眉間に皺を寄せハンカチで耳を拭くウーラさん。
耳を拭く様子ってなかなかレアだな。
ウーラさんの耳を舐めるのに夢中になっている間に、件の二人組は見えなくなっていた。
「なんてこった! 見失いましたよ。ウーラさん誘惑の技術が高いですね!」
「シャルハル様が夢中になっておられたからです。私は何も。」
耳に指で触れ、拭き残しが無いか確認するウーラさん。
ちょっと嫌だったみたいだな。
またやろう。
「やれやれ、もう終わったのかのう」
ベレンがこちらに声をかける。
僕とウーラさんのプレイが終わるのを待っていたようだ。
「うん。ベレンも食べ終わった?」
手に持っていた菓子の包みがどこかに消えている。
「うむ。甘い物は良いな。試験も頑張れそうじゃ。」
「ウーラさんの耳も甘かったよ。僕も頑張れそうだ」
にっと笑うとウーラさん、ベレン共に呆れた顔をしていた。
さて、お嬢さん二人は…
「ハル君! お待たせ!」
「さすがは観光都市ですわね。露店のレベルが高いですわ!」
何か買ったらしい。何を買ったかは後で聞くことにしよう。長くなるからな。
「いい買い物ができたみたいだね。試験が終わったら見せてくれる?」
「うん!」
「勿論ですわ! どちらが可愛いか勝負ですわよ! リコさん!」
「ふっふー! 負けないよ!」
勝負とか止めてくれ。ジャッジするのベレンと僕だろ? 何を言っても揉めそうな気しかしない。
「ほれほれ、遊んどらんで行くぞ。はよ終わらせんと晩飯の時間までに戻って来れんわい」
「最初に寄り道したベレンに言われたくないけど、確かにその通りだね」
気を取り直して迷宮入口へと向かう。
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間も無く大迷宮入口に着いた。
入口を覆う五階建ての建屋は、表面がザラついた灰色の石材で組み上げられているため遺跡の一部のようである。
王都の中心部には他階の建物は多少あるが、それでも5階建ては他にない。
見た目にも派手で、観光スポットとしても親しまれている。
建物の中に入る。
分厚い木製の扉は片側が開け放たれている。
一応歩哨が立っているが、警備というより道案内が主な業務の用だ。
1階フロアに入る。
壁は濃色の板材で仕上げられており、天井も同様。床には薄い石板が敷き詰められている。
カウンターも重厚な木製であり、年齢・種族・性別の様々な係官と、同じく雑多な迷宮探索者達で混雑している。
一角には売店があり、軽食とお土産を販売している。
小さなタペストリーや迷宮管理課本部の模型。王都名所の銅版画など。
特筆すべきは銅貨5枚で「シダス迷宮一層踏破記録証」が発行されており、こちらは頼めばカウンターで名前も入れてくれる。
なかなかに商売熱心である。
僕達は今回、通常の迷宮探索ではなく予備校の選抜試験のためここを訪れた。
カウンターで受験者であることを告げ、迷宮探索者番号と氏名を記録すればそのまま入れる筈だ。
「ベレンとリコは探索者番号持ってるよね。」
リコが頷く。ベレンは懐をごそごそやり、鎖に下げた金属製の探索者証を見せてくれた。
「ヴィーとウーラは?」
「ウーラは持っていますけれど、私はありませんの。」
おや? そうなんだ。
不思議そうな顔をしていると、
「実は先日、偽名で造ったんですけれど。本名で造り直してきますわ!」
力強く宣言したヴィーは、ウーラさんを伴い迷宮探索者の登録カウンターに向かう。
偽名が不要になったと。彼女なりに何か決心がついたのだろうか。
彼女との出会いは必然であったと考えるべきかもしれないな。
どのみち面倒なことになるのは変わらない。
あのお嬢様の人生にきちんと向き合うのも一興だろう。
さて、そんな彼女が並ぶ登録カウンターは込み合っている。
記念登録する観光客も居るからな。少し順番待ちになりそうだ。
丁度良い。
僕は土産物コーナーに首を突っ込んでいたリコを捕まえる。
「リコ。いいかな」
「ハル君! なに? ん…。……どうしたの?」
僕がちょっと真面目な顔をして見せたので、戸惑うリコ。
「迷宮に入ったらヴィー絡みで面倒事が起きると予想してる。手加減は要らない。殺してかまわない」
「うん! わかった! 護衛さんは?」
「ウーラは殺さないでくれ。ベレンもだ。」
「ベレンも護衛なの?」
「いや、ベレンが同道することになったのは偶然だろう。でも彼は帝国の臣民だ。胸算用があるかもしれない」
「そうか。良かった」
ほんの少し頬を緩めるリコ。
「ああ」
それに笑顔で返す。
実際はベレンも密偵なのかもしれない。
でも、僕はそう感じなかった。
スーミィも信用できると判断している。
リコも……
「リコもベレンは気に入ってるのか」
「うん!」
多くを語らず、単純に肯定するリコ。
好ましいな。
「ウーラさんは僕に任せて欲しい。僕が無力化に失敗したら適当に殴ってやれ」
「わかった! ねぇ」
ん?
「あのね、その…」
ん? なんだ。もじもじして。可愛いぞ、リコ。
「あのね、ちゃんとできたら、ウーラさんみたいにしてくれる?」
う、しっかり見てたのか。
しょうがない。
「(こうかい?)」
リコの耳元で囁いてみる
「(違うよ)」
リコが僕の耳に唇を寄せて呟いた
「(あのね、舐めて欲しいの)」
お読みいただきありがとうございます。
いやぁ、そろそろ春ですね。
今年は桜が楽しみです。




