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僕の残念会(1)

おおよそ5話くらいまでが酒場シーンになります。

6~10話で翌日の出来事な感じです。


「はぁ……。あぁぁ……」


僕は落ち込んでいた。


「また溜息かい?この店に入ってから6回目。学校出てからだと14回目だね」


宿に併設された酒場。小さなテーブル席に僕とスーミィは居た。


「…しょうがないだろ。5年かけた計画が初手で躓いちゃったんだから」


「穴だらけだった気もするけどねぇ」


あれ?スーミィに計画書を見せたことは無い筈だが…


「ふふ。詰めは甘くても熱意があるのはハルのいいところ…だよ?」


フードを下ろしたスーミィが小首を傾げる。


緩くウェーブのかかったミルクブラウンの髪が、店の照明で銅色に輝く。

今日は髪を下ろしているようだ。編み込みやお下げも可愛いが、これも良い。


「早いとこシャキッとしてくれないと。私もずうっとは面倒見られないからね」


「…わかったよ。でも2~3日は心の傷を癒させて……」


「しょうがないねぇ…。じゃ、乾杯。」


「乾杯……」


こうして、僕の残念会は始まった。


酒を飲む気分ではなかったのでサッサと不貞寝したかったのだが、スーミィがどうあっても残念会を開くと言うので付き合っている。

費用は彼女持ちだし、ここ数日僕が情けない状態であったのは事実なのでそれほど強い姿勢で出られないのもある。


スーミィは王立魔道学院の試験にパスしたので、本来はそちらの合格祝いをすべきなんだけど。そちらは僕が立ち直ってから、入学式の前後にやってくれとスーミィが要望したのでそうすることにした。

特待生枠での入学で、結構な額の奨学金も出るらしい。すごいぜスーミィ。


「ほら、料理が冷めてしまうよ?」


じとっ。とスーミィの深い銀色の瞳が僕を覗く。

彼女は何を考えているのだろう。およそ心情が読めたことは無い。


「なんだい。食べさせて欲しいのかい?ほら。あ~~~ん」


…目を伏せ。視線を切り、首を振ってスーミィの厚意を遮る。


「いや、自分で食べられるよ」


僕は緩く笑い、スプーンを手に取った。


目の前の皿は、この地方の名物料理。ニンニクのスープだ。

うん。今日も一日中冷たい広場で立ってたから体は芯まで冷えている。温かいものを腹に入れるのは論理的だ。


王都に来るまでは僕がスーミィの保護者のつもりでいた。

…実際は逆だったようだ。

ありがとう。スーミィ。


正式に礼を言うべきなんだろうけど、

今すぐとなると問題がありそうな気がする。


まず。僕は今大変に弱っている。

次にスーミィは僕に惚れている。


だって惚れてなきゃこんな情けない奴の面倒なんて見ないだろう。もし僕が彼女に正しく礼を述べ、礼を述べながら涙の一つも零すとしよう。

それは彼女の保護欲および母性本能を直撃し、今日まで心に秘めてきた想いを爆発させてしまうことだろう。


そうするとだ。


…食後、それぞれの部屋に戻り眠ることになる。

僕が上着を脱いでベッドに横になり、天井を眺めながらあれこれ考えていると、僕の部屋のドアが躊躇いがちにノックされる訳だ。


何か?と訪ねると扉の向こうから「私だよ。…入れてくれないか?」とスーミィの声がする。

部屋に招き入れた彼女は、こちらに目線をくれないままベッドに腰掛ける。

「あの…スーミィさん?なにを…」と問いかける僕を彼女は視線で黙らせる。

おろおろする僕を彼女はベッドに引きずり込んで…真意を確かめる間もなく、その幼いながらも蠱惑的な肢体を僕に差し出すのだ…


「……早く食べないと冷めるよ?」


ハッと我に返り。

顔を上げると相変わらず僕を凝視するスーミィと目が合った。


「あ…うん。」


どうやらスプーン片手に妄想していたようだ。それなりに時間が経っていたらしい。


それにしても妄想の中のスーミィは素敵だった。

ついつい現実の彼女の胸元に目がいく。


大病の影響で成長が遅れたのは所謂「体格」であり、女性らしさが無い訳ではない。

うむ。ちみっこい割にそこそこあるんじゃよ?

直接触ったり間近で見たりしたことは無いが、共に過ごした期間は長いので嬉し恥ずかしいハプニングも幾度かある。

お胸は多分それなりに大きい方ではなかろうか。


比較対象が少ないため断言はできないが。

なにせ僕は純朴な15才の少年なのだ。そこは仕方ない。


それにしても…いったん意識すると気になってしょうがないな。

うーん。

むむむ……。

今日の僕になら触ったり揉んだり他にも色々させてくれそうな気がする。

『もうダメだ、慰めてくれぇ』って半泣きで言ったら、ちょっと困った顔をして…

それでも優しく微笑んで応えてくれそうだ。

なんだかんだ言ってスーミィは僕に甘い。色々やって二人で大人の階段を昇るのだ。


僕とスーミィが交際することで色々と問題は発生するだろうけど、障害は無いと断言できる。

そうなっても構わないと祖父に言われたし、スーミィのお母さんは子育ての協力なら任せなさい。と胸を張っていた。

いきなり子育てとか言われたので驚いたなぁ。色々すっ飛ばし過ぎ。親子揃って斜め上だ。


となると同棲か。

僕は迷宮に潜って金を稼ぎ、スーミィは魔法学院で勉学に励む。

うん。いいね。

とてもいい。

しかし親元を離れていきなりの同棲となると歯止めがかからなさそうで心配だな。

二人とも若いし。

スーミィの学業を邪魔しないようにしないと…。

できるかな?


『チュンチュン(効果音)』


「んーー。朝だねぇ…」


「おはよ。スーミィ…」


「あー。朝ごはん。パンでいいかい?」


「…パンより…こっちがいいかなぁ。」


「ちょ…ちょっと…どこを触ってるんだい?」


「いいじゃないか。スーミィ。一時間目サボっちゃえよ」


「まぁ実技だからねぇ。受けなくても…。む…くすぐった……んっ…あ………や…ん……」


うむ。無理っぽい。


それにしても…可愛いなぁ。

可愛いよスーミィ…たまらないよ…


『ガンッ!』


スーミィが拳をテーブルに叩きつけた。

彼女の瞳に僕のアホ面が映っている。


いかん。本格的に怒らせてしまったか。

身体強化の魔法を使ったのだろうか。魔力とプレッシャーが豪快に漏れている。


酒場の中は静まり返っていた。


隣のテーブルの連中は俯いたまま固まっている。

ごめんなさい。さっきまで凄く楽しそうでしたよね。

僕は益体もなくオロオロする。

店員さんに助けを求めようにも誰もこちらを見ようとしない。


困った。ヤバイ。

そして時間が動き出さない。

逃げたい。しかし逃げられない。


そんな中、最初に動いたのはスーミィだった。


「はい。あ~~~ん」


え?


「ほら。あ~~~ん。だよ?」


見事なほどにっこりと笑うスーミィ。


滅多に見せないよそ行きの笑顔をキープしたまま、彼女はそっとスプーンを差し出した。

こいつ!ギャラリーを意識してやがる。


「えっと……。……おおっっ!うらやましいねぇ兄ちゃん!」


「ぉ……おぅおぅ!俺もそんな別嬪さんとお付き合いしたいもんだよ!」


空気を読んだらしい戦士風のベテランが、カウンター席からはやし立てる。

ああっ、退路を断たないで。


「ほ……ほらほら!アンタ!早いとこパクっといっちゃいなよ」


「そ…そうそう!女を待たせるもんじゃないよ?」


スーミィの背中側のテーブルからは、お姉様方の声がかかる。


僕は意を決して口を開けた。


「あ~~~~~ん」


衆人環視の中これをやらされるのか。

人生でこんなシーンが発生するとか想定外すぎる。


僕の顔は恥ずかしさで真っ赤になっているだろう。

自身で分かるほど頬が熱い。

こちらに非があるのは分かるけど、この仕打ちはちょっとやり過ぎでは。


スーミィはギャラリーに笑顔で愛想を振りまくと、大きな身振りで声援に応え。

もったいつけてゆっくりと僕の口にスプーンを運ぶ。


スープは、少し冷めていたけれど美味しかった。



お読みいただきありがとうございます。

感想等いただけると幸いです。

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