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僕の予備校説明会(9終)

説明会が始まった。


女性職員であろう容姿の整った猫族の女性が司会をする。

序盤は、やはりというかお偉いさんの挨拶だ。

どこの国のものだろう。黒を基調にした軍服をカッチリと着込んだ初老の男性が前に出た。


「本日は『シダス王国立冒険者学校入試対策予備校』の初年度入学説明会にお越しいただき感謝いたす」


「ワシはノリゲ・アザークラ。元冒険者じゃ。予備校の運営責任者を務めさせていただく。いわゆる校長じゃ。宜しくお願いいたす」


ノリゲ氏は一礼する。


「ワシは東の武家の生まれでな、成人と同時に冒険者となった。子を設けるにあたりにウィレン自治領の荘園を払い受け、子が大きゅうなってからは帝国各地で稼いでおった」


シダス王国の全身であるウィレン自治領は、貴族制度がないため土地の売買がちょくちょく行われていた。

それは王政が敷かれた後も同じである。


まとまった金が欲しい家、領地経営が苦手な家や、跡継ぎがいない家などが売りに出すのだ。

土地専門の商会も複数ある。美しく整備された土地だと値が上がるため、安く買い受けた荘園を整備し、保養地や別荘地として転売するのである。

有料ではあるが経営のアドバイスや景観維持の請負もしてくれるためシダス王国のあるウィレン地方ではメジャーな存在だ。


「まだまだ若い者に負けるつもりはないが、引退する仲間が増えての。

金はしこたま持っとるから、初心者自分に諸先輩方に受けたご恩を返すべく、若手を育成しとったんじゃが…」


ここでノリゲ氏は参加者を一覧する。


「育成パーティでは育てられる人数が限られるし、魔法や罠についてはワシにも教えられることに限りがある。

もちっと上手く教えられんものかと思案しておった折り、冒険者学校の講師にスカウトされてのう。先日まで冒険者学校で指導しておった。

それがこの予備校の校長に推されてな。受験生の質向上は冒険者の質向上に繋がる。授業期間が一年増えるようなもんじゃし、ワシは迷わずお受けすることにした」


「冒険者学校ではなく予備校となれば私塾のようなもんじゃ。迷宮管理課や魔法学院の顔色を伺わずにお主等を鍛えられる。

また、15才に達さないとの理由で学院に入学資格のない、ワシの孫やひ孫も在籍できる。

そうするとじゃ、あどけなさが抜けきっとらん孫達と授業を名目に遊べる。キャンプに行ったり海に行ったり遺跡に潜ったりできるのじゃ。こりゃ受けるしかない。」


会場が明るい笑いに包まれる。

孫、という単語を口にしたとたん、ノリゲ氏の頬が弛緩する。


「ワシには息子が3人と娘が2人おってな。上の息子はもういいオッサンじゃ。孫も年かさの連中は子供がおってな。いやぁひ孫は…」


孫の話が始まった。

司会のお姉さんは特に止めたりしないらしい。

まぁ、天気もいいしのんびり話を聞くのも悪くない。


ノリゲ氏は孫の話をしながらも、参加者の顔を端から覚えて行ってるしな。

侮れん爺さんだ。

それを知ってか知らずか他の連中にもざわつく様子はない。


一人来賓の婆さんがあからさまにうんざりしたポーズをとっているくらいだ。

貧乏揺すりをしながら杖をコツコツやってる。マナー悪い婆さんだな。


他に見知った顔は…と見ると、意外な顔を発見した。

婆さんの隣に叔父が。デル叔父さんが座っている。

祖父ヴァルボル・ブーンリシトの末の息子であり、ブーンリシト家の現当主であるデル叔父さんだ。


僕は自分の父親が誰か知らない。祖父が教えてくれないからだ。


ただ祖父と僕に血の繋がりはある。そう、祖父は僕に誓った。

物心ついた時、自分が孤児なのではと祖父に訊ねたことがあった。その際にだ。


祖父の息子か、祖父の兄弟の息子か。そのうち誰かが僕の父親らしい。

デル叔父さんも父親候補の一人だが、僕への態度が明らかに他人行儀…というか、愛する人からの預かり物を大切にしている感じなので僕は違うと思っている。

叔父本人に訪ねたこともあるが、「ハルの思っている通りだよ」とはぐらかされたので、やはり彼は父ではないのだろう。


それにしても。いつも通り風采の上がらない感じだな。

目立たなさでは断トツだ。

ずっとここにいたんだろうけど気付かなかった。

割と男前なんだけどな。何か印象が薄い。ずっと独身らしいし。


デル叔父さんは僕の視線に気付き、ほんの少し笑った。


…まずいな。ヴィクトリアとのパンツ交換式を目撃された可能性がある。

叔父さんは気にしないだろうけど、祖父に伝わったら面倒だ。

祖父はそういうネタに眼がない。根ほり葉ほり聞かれるに決まっている。

ただ聞くだけじゃない。話を聞く時はヴィクトリアが同席するようにセッティングするだろう。

いろいろと理由をつけて正式な食事会を開き、全員一カ所に集める。

そしてパンツどうこうの話題を振るのだ。

まずいな。逃げられる気がしない。

予備校に寮が無ければ叔父さんの館に厄介になるつもりだったんだが…どうしよう。


と、ノリゲ氏の挨拶が終わるようだ。

いったん言葉を切り、ゴホンと咳払いする。

皆の注視を待ってからノリゲ氏は口を開いた。


「最後に重要なことを伝えねばならん。

列席の皆の多くは本来冒険者学校に合格して然るべき力量の持ち主じゃ。

何故そのような実力者がこの場にいるんじゃろう?

それは、冒険者学校の入学試験で大規模な不正が行われたためじゃ。」


孫の話から、急に不穏な話題に切り替わったため会場がざわめく

そうか、ガチな不正があったのか。軽い便宜とかじゃ無く。

今考えれば辻褄が合うな。


「予備校はもともと来年春に開校予定じゃった。

それを1年早めたのは、不当に不合格となった諸君等への救済策…というよりお詫びでもある。

冒険者学校ほどではないにせよ、予備校在籍中は身分保障も提供されるじゃろう。

予備校ごときに何故そこまでするか? 賄賂まみれの冒険者学校に国王がキレて介入しとるのかもなぁ。

どこかの魔法学院でトップの婆さんを筆頭に処分を受ける連中が仰山出るかものぅ。うひゃひゃひゃひゃ。」


えらく饒舌になるノリゲ氏。しかも悪口大会だ。

不正が許せないのだろう。つい本音が出たか。

この場は予備校の説明会でしかない。非公式な場だ。

好きに話していいのだろうが、ぶっちゃけすぎる。

進行をしているお姉さんが、持ち時間切れのベルをチンチン鳴らすが動じない。


「冒険者予備校は、予備校と言えどカリキュラムには自信がある。

受験対策だけでなく、諸君の冒険者・迷宮探索者としての地力を必ず伸ばして見せよう。

どこぞの魔法学院が片手間にやっとる、寄付金目当てで不正まみれのへっぽこ道場とは比べものにならんじゃろ。以上じゃ。」


ノリゲ氏は最後の一節を来賓席の婆さん。さっきから機嫌の悪い婆さんに向けて言う。

挨拶を個人的な復讐の場にするのは大人げないが、それはノリゲ氏がシンプルな性格であるアピールだとも言える。

ワシは感情的であるが故に嘘はつかん。と。

ノリゲ氏は来賓席に戻り。婆さんの隣に腰を下ろす。


ノリゲ氏は満足そうに婆さんの表情を覗きながら腰を下ろすが、婆さんはチラリとも見ない。

名前を呼ばれ、婆さんが前に出る。


「ただいまご紹介に預かりました。シダス王立魔法学院 学院長。プフラ・クローダです」


婆さんが口を開く。かなり不機嫌そうだが語調を抑えている。

見た目の割に綺麗な声だな。アレだ。坊さんの声がいいのと一緒だ(2回目)。

痩せ形で強い目をしている。姿勢も年寄りっぽくない。若い頃はさぞ美人だったろう。


「近日開校される冒険者予備校には我々魔法学院および王立冒険者学校も大変期待いたしております。

先日まで冒険者学校で教鞭をとっておられたアザークラ殿が校長をお勤めになるとかで、魔法学院学院長としても大変期待いたしております。

アザークラ殿がお育てになった清廉潔白かつ知仁勇を備えた受験生をわが校に迎えるのが楽しみです」


お、ちょっと棘があった。


「詳細は詰めておりませんが、この予備校には冒険者学校の優先入学枠が用意されます。

来年の春には、少なくはない数の予備校生の方々が無試験で冒険者学校に入学されることになるでしょう」


婆さんはちょっと言葉を切り、何ごとか考えていたが、


「それでは私の挨拶はこれで終わりにさせていただきます。皆さまの幸運をお祈りいたします」


ノリゲ氏の挑発に乗らず、無難に締めた。

澄ました顔で来賓席に戻り、ノリゲ氏の隣に座る。


ノリゲ氏が小声で何か漏らすと、婆さんは短く何か言い返した。

お、ノリゲ氏の顔が真っ赤になった。怒ってる怒ってる。

普段から口喧嘩してるんだろうな。んでもって爺さんいつも負けてるんだろうな。

何だか微笑ましい。


と、次にデル叔父さんが前に出た。

叔父さん今何の仕事やってるんだろ。

王国に勤めてるってことしか知らないが…


「初めまして。ただいまご紹介に預かりました、シダス王国内務局、迷宮管理課のシャボデル・ブーンリシトです」


特徴は無いが、聞き取り易い叔父の声が講堂に響く。

叔父さん、いま迷宮管理課にいるのか。

花形部署じゃないか。いつ異動したんだろう。お祝いしないと。


「後ほど予備校職員から説明がありますが、王国側の来賓として非公式ながら皆様にお伝えすることがあります」


お、なんだろう。

叔父さんのそれなりに真剣な口調で、会場に緊張感が戻る。


「本年の冒険者学校の受験では、公平な選考が行われませんでした。

もともと冒険者学校の入学試験では不正が横行しており、毎年数名は不正に選考を潜り抜ける受験生がいるのですが、今年は酷かった。」


やれやれと首を振るデル叔父さん。


「定員60名中、最低でも40名は何らかの便宜を受けて合格しており、現在、関係者を収監し調査中です。」


申し訳ない、という顔をする。

収監ってことは拷問か。怖いなぁ。

内務局は容赦無いから、処刑される奴とか没収される荘園とか出るんだろうな。

まぁ悪いことしたらしょうがないよね。


「国家間の事情があり試験を無効にすることができず、また、定員を増やすこともできません。

ですが本来合格する筈だった実力者を逃すのは惜しい。

そのため具体的な救済策が必要となり、冒険者予備校を前倒しで開校することとなりました」


だからうさんくさい雰囲気があったり、変にバタバタしてたりするのかな。

急ぎということなら納得できるが…納得していいものやらどうやら。


「もともと冒険者予備校は王都の商会が社会貢献の事業として立ち上げたプロジェクトですが、冒険者出身である国王の命により、シダス王国よりかなりの資金および助力が決定しています。

不正入試の被害を受けた皆さまにおかれましてはさぞお怒りとは存じますが、可能であればこちらの予備校で研鑽を重ね、来年春の冒険者学校の入学試験に備えていただきたい。」


おお、叔父さんはこれを言うために来たんだな。

国王はあんまり好きじゃないけど、筋はそれなりに通してる印象がある。

これもその一つか。最善手じゃないかもしれないけど何もしないよりずっといい。


「予備校の授業料は分割および後払い可能となっておりますし、在籍者には迷宮管理課からも仕事の斡旋など積極的なサポートをお約束いたします。

ただ予算の都合上、提供できる資金には上限があります。そのため予備校の入学にあたり実技試験を受けていただきます。

難易度は冒険者学校の入学試験と同等ですが、公正であることはお約束します」


お、試験あるのか。


また落ちたら、との危惧が頭をよぎる。


まぁ今度は大丈夫かな。

いざとなれば叔父さんや祖父のコネも使えば間違いない筈だ。


「私からは以上です。皆さまの予備校入学をお待ちしております」


デル叔父さんは淡々と挨拶をすませた。

席に戻り、魔法学院学院長の婆さんの隣に座る。

何か話してる。働いてるなあ、叔父さん。


その後、予備校の職員から資料の配布と概要の説明があった。

要約すると、


・定員は50名程度

・選抜試験における成績優秀者は学費と寮費が無料

・王立冒険者学校の推薦入学枠(10名以上)

・寮完備

・授業料の減免,分割支払,後払が可能

・在籍者への身分保障(中級迷宮探索者として国内のみ有効)

・迷宮管理課よりクエストの優先発行

・魔法学院の講義を聴講可能


うむ。ややグレードの低い冒険者学校といったところか。

不本意な結果となった受験生にはそれなりの救済になるだろう。

悪くない。僕は予備校の選抜試験を受ける決意を固める。


そして最後に、


・本日午後に選考試験を実施する


即席パーティを組んでの集団実技試験らしい。

今日を含め何度か開催するらしいので、昼食を採りながらベレン達に相談しよう。

右隣に座るベレンに目を向けると、うむ。と頷いて返してきた。

リコ含めてこれで3人。

左隣に座るヴィクトリアと護衛さんも誘うことになるんだろうな。総勢5人か。


などと即席パーティを検討していると、周りの席でも小声で交渉が始まっている。

同じことを考える連中は多いようだ。


そんな中、予備校職員により説明会終了のアナウンスがなされる。


参加者は一斉に席を立ち、選抜試験を受けるためのパーティメンバー確保に走るのであった。











お読みいただきありがとうございます。

ようやく説明会が終わりました。


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