僕の予備校説明会(8)
僕とヴィクトリアは見つめ合っていた。
衆目環視の中で。
人目を集めた切っ掛けはリコが派手に動きまわったことだ。
僕に手刀を打ち込もうとしたり、それを阻まれたり、変な声を上げたり。気にしない方が無理だ。
新しい出し物が始まったぞ。
みんなそんな目で見てる。
邪魔する奴はいない。
何人かイライラした表情の男子がいるが、僕も困ってるんだから勘弁して欲しい。
予備校の職員も傍観に徹している。
そろそろ説明会の準備が終わったようだが、我々の演目に一区切りつくまで開会時刻を延ばすようだ。
偉そうな連中の顔が幾つか見えるが、眉を顰めるどころか談笑しながらこちらを見守っている。
止めてくれて構わないのに。
先程までの僕とヴィーのやりとり。会話の中身は聞かれていないと思いたいが、ここにいるのは冒険者学校を受けようって連中だ。
現役冒険者がほとんどだろう。
僕とスーミィ。ベレンを始めとして、なんで冒険者学校落ちたの?って傍目にも判る連中が一杯いる。
ヴィーとどこぞの馬の骨がパンツどうこうの話で盛り上がっていた。という事実は今日中に王都で広まるだろう。
彼女は愚かにも自分で名乗りを上げたし、目立つ風体だから調べれば判る。
参ったな。
とりあえずヴィクトリアと無関係でいることは諦めよう。
縁を持ってしまったのは事実だし、この感触ではヴィーは僕へ干渉を諦めないだろう。
孕む孕まないは別として。
ああ、ヴィクトリアの支持者から不興を買うのは確定だな。
殺されないよう注意しなきゃ。
王都にいる間はそれなりに安全かもしれないが、ほとぼりが冷めるまでスリリングな毎日になりそうだ。
冒険者学校の2年次までは大人しくしている予定だったのに、迷宮探索者の実力とは無関係に僕の名前が広がってしまいそうだ。
それも遠慮したい称号『変態』付きでだ。
パンツをあげるとかあげないとか。洗ってあるとかないとか。
公衆の面前で堂々と口にするヴィーにも問題はあるが、普通に考えればから皇女様から自発的にパンツをどうぞとか切りだす訳が無い。
世間知らずの御姫様と護衛を僕が口八丁で騙し、パンツを巻き上げたと思うだろう。
僕だってそう推察する。
そして手に入れたパンツは変態用のオークションに流すか、変態の僕が性的な用途に使用すると思うだろう。
僕だってそう推察する。
違う、違うんだ。
これはただのパンツじゃないんだよ。
何故かって?
皇女の使用済みショーツ (すごくしっとりしてる)。
これは大変に貴重な品だ。
真偽の程は不明だが、ヴィクトリアは姫将軍の名を冠する王族であり、熱心な支持者も多いらしい。
その皇女が身につけていたものとなれば、ちょっとしたハンカチなんかでも金を積むバカがいるだろう。
それが下着で、使用済みで、たっぷり御小水が染み込んでいるとなると値の付けようがないだろう。
熱心な変態なら大枚叩いてでも購入し、様々な用途に使用するだろう。
それをヴィーはタダで譲ると言う。
僕は平素、女性の下着を収集趣味はない。
干してある下着を見ても持ち主の尻を想像こそすれ、手に入れたいとは思わない。
道に落ちていても拾ったりはしないだろう。汚い。
もし拾うとすれば、それが知人女性の持ち物である場合だけだ。
勿論拾った下着は抜き身で握りしめて手渡しし、その反応を楽しむのだ。素晴らしいセクハラだね。
だが今回ヴィーが僕に譲渡しようとする下着は、そのような性的悪戯のトリガーアイテムではない。
僕とヴィーの出会いを記念する運命的な品だ。
16才のヴィーが、15才の僕と出会い、危険な交渉を経て、彼女が下腹部に溜めていた液体、彼女の一部であった液体を染み込ませた聖布である。
たまたま下着であっただけである。決闘をした剣士が、互いの腕を讃え合い、勝敗に関係なく袖やマントを交換するようなものだ。
そうだ。難しく考える必要はない。
それに彼女なりに勇気ある申し出をしたのは確かだ。無碍にできようか。
僕は答えを確定した。
ヴィーのパンツを受け取ろう。
そして、現状確定しつつある『変態』の称号を、せめて『変態紳士』にランクアップさせよう。
「ありがとう、ヴィー。今日の記念に頂戴するよ」
彼女の眼をじっと見つめ、僕はしっかりと頷く。
「受け取っていただけるのですね!」
輝くような笑みを見せるヴィクトリア。
「ウーラ! あれを!」
かしこまりました、と短く答え、鞄をごそごそやろうとする護衛のウーラさん。
彼女は畳まれた布。ヴィクトリアが先程まで穿いていたスカート (割と湿ってる)を取り出し、主人の手に渡す。
そのスカートの中にはあの白いショーツが潜んでいるのだろう。
「さぁ、シャルハル様。お納めくださいな」
ヴィクトリアは両手でそれを僕に差し出す。
「おっと!お待ちを」
僕はその手を制止した。
え…?と少し悲しそうな目をするヴィクトリアに僕は笑顔で伝える。
「僕だけ貰うのは釣り合いが取れない。だからね」
ベレンに軽く目くばせする。
「なん…じゃ…と…っ! シャルハル殿! 自分が何をしようとして…!」
「判ってるよ。ベレン。でも今これは必要なことなんだ」
「しかしっ! それはかなりの上級者プレイじゃっ! 儂っ! すごい恥ずかしいっ!」
頬を染めプルプルと頭を横に振るベレン。
いや、気持ち悪いからやめろ。
「いいから寄こせ。俺が…さっき漏らして汚したパンツを」
ざわっ と僕とヴィーを中心に静かなどよめきが広がる。
敢えて周りに聞こえるように言ったからだ。
誤解されるくらいなら誤解させた方が良い。
パンツ交換して何が悪い?
これは純粋に友情と親交の証だぜ?
「わ…わかった……」
ベレンは自分の鞄からのろのろと革のファイルケースを抜き出した。
何でそんなのに僕のパンツが挟まってるんだ。
ベレン自分で使う気だったのか?
それともスーミィのリクエストか。
まぁ今はいい。
「皇女であるヴィクトリアのショーツほどの価値は無いけれど。受け取っていただけますか?」
僕はギャラリーを意識し、椅子から立ち上がると彼女に向き直った。
「私にとっては! 価値のある品ですわっ!」
ヴィクトリアも立ち上がり、僕の正面で背筋を伸ばす。
すっかり回復したようだ。
いいね。
やっぱり王族か。
オーラがある。
「お受け取りになって!」
ヴィクトリアは畳まれた臙脂色のスカートを差し出す。
中を覗くと、白い絹のショーツが尿に濡れて光っていた。
「ありがとう。大切にするよ」
僕はスカートを脇に抱え、ベレンから受け取った革のケースをヴィクトリアに渡す。
「何だか、指輪の交換みたいですわね!」
「僕とヴィーの運命が交った証ではあるだろうけど」
「…?」
「いや。指輪と違って、こいつは穿けないかな…ってね」
残念だな、と肩を竦めて見せると、
「あら! 私はシャルハル様のパンツを穿くつもりですわよっ!」
マジですか。
ええと…なにかフォローしないと…
そうだ!
「…なら! 僕もヴィーのショーツを被るよっ!」
「うふふふ」
ヴィクトリアが笑う
「あはは」
何だか楽しくなってきたな。
ヴィクトリアも興が乗ってきたようだ。
彼女は右手を腰に当て、左手を口元に持って行く。
アレが出るのか。
ちらりとウーラさんの表情を覗くと、色々諦めたのかがっくりと項垂れていた。
「ほーっほっほっほっほっ!ほーっほっほっほっ………」
圧力があり、よく通るヴィクトリアの高笑いが講堂に響き渡る。
ああ、こいつ良い女だな。
ぶっ飛んでやがる。
僕が殻を壊したのかもしれないけど。
そうして。
たっぷり40秒は続いたヴィクトリアの哄笑が一通り終わったところで、
遂に予備校の説明会は始まるのであった。
お読みいただきありがとうございます。
いよいよ、いよいよ説明会が始まります。
意外と長かった…。
ご感想・ご指摘などお待ちいたしております。




