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僕の合格発表

僕には夢…じゃなくて目標がある。


謎に満ち満ちた王都の大迷宮を制覇することだ。

地の底より更に深いとされる最下層。

その深淵にこの僕が。

このシャルハル・トゥイバック(15才)が、幾多の英雄達よりも先に到達するのである。


これが僕の目標だ。

手の届く目標だ。

断じて夢などではない。


夢は見るものだ。

叶えるものでもあるらしいが、何れにせよ非現実的であることが多い。


目標は違う。

実績を積み重ねれば必ず到達する。

必要な知識,経験,資金,人脈。

必要な時に必要なものを必要なだけ手に入れれば到達する。

そのために5年の歳月をかけ書き上げた計画書。

それはどこからどう見ても完璧であった。


ご存知の通り計画には障害がつきものである。

突発的な事故。自らの失敗による遅延。

僕の才能に嫉妬したライバル達の妨害や、

僕に惚れた女の子…いや、俺の女達による泥沼の愛憎劇。

そんな障害に対応すべく、僕はあらゆる条件分岐を計画書に記載した。

へそくりを叩いて買った超高級な手帳に、

僕の考案した暗号文がびっしりと書きこまれた『計画書』。


これさえあれば。夢…じゃなくて、

目標到達の第一段階である王立冒険者学校での生活は黄金色になるだろう。


いや、なるに決まっている。

ならなければおかしい。そう思うよね?


追想を終え、僕は計画書…黒革で装填された手帳に目を落とした。


今、冒険者学校のエントランス広場に立っている。


先日行われた王立冒険者学校試験。

その合格発表会場である。


冒険者学校とは、迷宮探索の専門家を育てるための施設および組織である。

シダス王国の王都。シダスに古来から存在する『魔法学院』。

その魔法学院から迷宮探索科が分離、独立したのが冒険者学校。

僕が目標到達の上で最重要視する『シダス王立冒険者学校』である。


今回は例年に比べ受験者が激増したため、発表初日の広場はすごい人だった。

そんな合格発表も掲示から三日目となれば人影もまばらだ。


この場に居るのは僕と。僕の隣に立つ、女の子一人だけ。

紺色のローブにミルクブラウンの髪。磨きこまれた杖。

そこそこに愛らしい、傍目には可憐な魔術師…


「……くっ」


チラっと様子を伺うと、彼女はこちらをガン見していた。

いつも通りのジト目にううっとたじろぐ。


「寒くなってきたよ。いい加減に帰らないかい?」


眉を下げ、不思議なトーンの声で促す彼女。

台詞には再考の余地があると思うが。


「いや、まだ掲示は終了してない。」


もう少し時間をくれ。だから


「先に帰ってくれていいよ」


そう告げると彼女はニンマリと笑った。


「そんな薄情な真似はできないねぇ?」


ニヤニヤ。と嗜虐的な笑みが心に刺さる。


「ハル君の計画とやらには私も興味があるんだよ」


彼女。スーミィは僕と同郷の受験生だ。

僕が修行で世話になった魔法使いの娘で、所謂幼馴染である。

それなりに親しくしているのだが、どうもこう、苦手だ。


女の子は男の子より先に大人になると言うが、

色んな意味できっとそうなのだろう。


彼女は幼少期に難病を患ったため成長が遅れた。

なので同年代の女の子よりかなり幼く見える。


見た目は妹なのだが、なんというか…

既に姉ポジションと言うより叔母ポジションに位置している。

そう、斜め上の存在感。

僕と同じ15才の筈だが、やはり斜め上からの目線で僕に辛辣な言葉を投げつけてくる。


初めて会ったのは…僕が8才の時か。

あの頃のスーミィは可愛かった。


ベッドに伏せったままの彼女に、祖父の書斎から持ち出した本を読んでやって。

まれに日光浴のため散策する彼女に付き合って。

歩き疲れた彼女をおぶって帰ってやったり。

あの頃のスーミィは可愛かった。


いつかお嫁さんに。そんな話をしたこともありました。

だが無かったことにしたい。

恐ろしすぎる。



さて、僕の完全無欠の計画は王立冒険者学校の合格発表から始まっている。


合格発表の場で有能そうな人物に目星をつけ、声をかける。

持ち前の社交性を遺憾なく発揮し、僕をリーダーとしたパーティを編成。

入学式までの間に何度も何度も大迷宮に潜り、失敗を重ねながらも過去に例が無い短期間で中層まで到達。

英雄候補生として入学式典において特別に白制服を供与される。

それは間違いなく黄金色。いや、白金色の日々が始まりであった…


…また意識が飛んでいたようだ。

手帳を閉じ、肩掛け鞄に仕舞う。

この動作は何回目だろう。


そう思うと同時にスーミィの声がかかる。


「7回目。」


なんで数えてるんだよチクショウ。


僕はもう一度胸ポケットから受験票を取り出し、

目の前の掲示板を見上げた。


汗とかいろんなものでフニャフニャになった受験票には

『受験番号37』とスタンプが押してある。


掲示板を見上げる。

と同時に僕の右隣に立つスーミィも掲示板を見上げ、


「1,2,14,16,22,39,42。間を省略。320,356。補欠なし。」


読み上げるなよチクショウ。


「何度見ても37番は存在しないなぁ」


声に出すなよチクショウ。

このやり取りも何回目だよ。


「本日3回目。一昨日の朝からだと24回目だねぇ。」


なんで数えてるんだよチクショウ。


うす暗くなってきたのか。掲示板の数字が認め難くなったきた。

いつの間にかすっかり日も落ちており、体も冷え切っている。

だが僕は、僕には、そうだ。こんな筈では…!


そうだ。そんなことはあり得ない。

その変更し難い真実を現実に再認識させるべく。

再び鞄から黒くて分厚い至高の手帳を取り出そうとしたその時、

2人の学院職員…すっかり顔なじみになったヴァロさんとマルケさんが困り顔で立っていることに気付いた。


「あの、最終日だからそろそろ掲示を撤去しますので…。もう予定時間だいぶ過ぎちゃってて…」


「まだ2回チャンスはあるからさ。…頑張ってね」


脚立に乗ったヴァロさんと、それを補助するマルケさんにより、

合格発表の紙が掲示板から剥がされていく。


「そうか、僕は…」


「うん。」


「そうか、僕は…」


「うん。」


「僕は…試験に落ちたのか…」


「うん。……ブフッ。」


なんで笑うんだよチクショウ…。







お読みいただきありがとうございます。

ご感想いただけると幸いです。

完全に趣味で書いておりますので遅筆です。すみません。

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