具現化世界彼是
一
あれは四月の初めだった。山間部を中心に日本どころか世界中で未確認生物が大量発生した。テレビで中継される未確認生物はどうみたってゲーム画面。都会の人間は最初信じなかったらしいが剣や魔法の物語ではド定番の魔物が発生する。
現地には警察消防自衛隊に軍、世界中似たような構成で未確認の害獣清掃作戦が行われた。銃や爆弾などの遠距離武器とトラップにかけまくり鎮圧。あちこちでファンタジーやSFXな戦闘が行われたのだ。
それで得たのは未知なる生物のサンプル。当初はコストとリターンはなんとか釣り合っていた。が、如何せん直ぐにわいて直ぐに人里を襲いに来る。あっという間に生物サンプルは大暴落するわ、防衛費は膨らむわで不況が一気に悪化した。世界全域で。
しかし、しかしである。神は人類を見捨てなかった。未確認生物と不況にあえぐ日本国民はある夜、一斉に同じ夢を見る。
「私は仮名天照。どうにも妄想と現実の境目が曖昧になっているようです。皆さんの想像力により発生といえば良いのか劣化コピーといえば良いのか、私がここに存在することになりました。
皆さんの神であれと願われた私は皆さんの嘆きが日々届いています。同時に神はこうであってほしいという思いで構成されていた存在なのでこの国を守護したり願いを聞き届けたりする力を手に入れました。この状況を皆さんの考えうる力で助けましょう」
日本人は多かれ少なかれ神を優しめの設定で想像していた。畏れ多くも妄想と現実の境目が曖昧になったことにより日本は神様の守護を手にいれた!
行動原理が謎な神を信仰していた国よりも真面目に妄想産天照様は仕事をしてくれた。
だが敵は身内にいたのである。日本人が仕事のできるしっかり者の神だけを妄想しているわけがない。妄想産天照様はドジっ娘でロリッ娘で泣き虫だけど一生懸命で……様々な属性をお持ちであらせられた。自然破壊と同時進行の魔物討伐に手作りお菓子で首相毒殺未遂事件、魔物や宇宙人から日本人を守ってくれてはいるがやたらとミスの被害がでかい。
日本国民は願った。天照様のドジッ娘属性はいらない設定です。どうか仕事のできるキリッとしたバリキャリになって下さい。
「願いと妄想は別物なのです。そして具現化した物はもう出来上がってしまったもの。バリキャリの私が欲しいのであれば私を滅した後、再びバリキャリの天照を皆さんが妄想せねば生まれません。私は滅されなければ、ううっ、滅されなければっ」
夢枕にたたれた泣き顔の天照様を滅するなんてできるわけがない。国民はへっぽこ女神の守護を受け入れた。
けれどもこれ以上の破壊行為は困ってしまう。現地入りしての本人の直接戦闘や直接防衛はやめてもらい、別の願いを叶えてもらうことにしたのだった。
政府サイドは最初にバリア、次に自衛隊の強化を願い出たが天照様はそれを止めた。魔物も宇宙人も妄想から産み出される存在なのでバリアなんて破る強さだとか銃弾数発じゃ死なないなんて妄想設定もついている。今まで神様最強という設定のおかげで人的被害が少なかったが、神の力がのった銃弾が打ち勝ったりバリアを破られないよう妄想はできるのか。
話し合いの末、被害を減らすことは無理であろうと結論付けられた。妄想のせいで発生しているのならば妄想はしなければ良いのにそれができない。同時に妄想にもお約束というものがある。魔物は剣と魔法が効くが銃弾は効かない。宇宙人は現代武器は効かない。これらを国民全員で意識改革せねばバリアを張ろうが自衛隊を強化しようが効果がでないのだ。
じゃあどうやって天照様の現地入りを防ぎつつやっていくのか。答えは敵と同じ力を得ることだった。つまり妄想には妄想をぶつけよということ。
宇宙人にはロボットや化学物質との関係性が高い怪獣さんに戦ってもらうことにする。魔物には……テンプレファンタジーに馴れている日本人の多くは勇者か魔法使い、天照様に合わせて戦う陰陽師が辛うじて戦えそうな予感がした。生身である。しかも自衛隊が全員勇者になるなんて妄想よりもどこにでもいる普通の少年少女が選ばれし者となり覚醒する妄想の方が強いし需要があった。
政府サイドの泣きが入る。無理です、未成年者に戦闘行為を強いるなんて! と。へっぽこだがそこそこ能力があり出来は置いといて仕事の早い天照様は良い笑顔をしてこうおっしゃった。
「大丈夫ですよ。怪我しそうな方は避けて、ヤレヤレ系って言うのですか? 特に被害を出しそうもないチート妄想ができる者だけを選出すれば良いのです。管理も冒険者ギルドを作れば回ります。酒場は法律的にアウトですね。あっ、言ってる間に祝福が行ってしまいました!」
日本政府の責任はグレーゾーンだったが天照様の祝福により全国でチート能力者が誕生した。できてしまったものは滅しない限り消えないのでビックリ超人犯罪を犯される前に高給お小遣いが貰える冒険者ギルドも爆誕した。
頭痛の種が増えた気もしたが終末戦争中の国よりはマシである。天照様にはチート能力者の守護という名の監視のお仕事についてもらい、日本はなんとかこうとか維持していく道筋がヨレヨレながら出来上がった。
二
こ、これは痛すぎる。私こと小笠原優は頭を抱えてベッドの上をゴロゴロゴロゴロ、丸で火がついたみたいに転げ回った。
恥ずかしがっても始まらないのでもう一度転げ回る原因となったネットにあるリストをみる。
○×県 小笠原優(22)
私の名前が載っている。全国どころか全世界に厨二病のやばい人だと宣伝されている。二度見ても三度見ても消えない。
日本政府は天照様のチート能力を得たわけだが冒険者ギルドに登録した者の数は少なかった。祝福は大体が十五歳から大学生までが受けており、二十歳未満は魔物に遭遇するまで解除されない能力低下の枷がつけられ、二十歳以上は厨二病バレが嫌でこそこそ活動している。実際今の私は器用に隠れてバイトできる質でも無かったので祝福者ではないフリをしていたのだ。
ニュースサイトの見出しを見る。そこには「天照様のHPがプライバシー保護法違反で検挙?」とあり、名乗り出ない祝福者のリストを欲しいという願いをうっかりきいてしまった事件について書かれていた。
天照様相手だと怒るに怒れないが世にも珍しい国防に手を貸してくれている神様のことである。削除したところで世界中にコピーされたリストが出回り国内だけでなく国外にも出張できる数がいるのではないかと騒ぎになっていた。
これでは逃げられないではないか。リスト公開から四時間、インターフォンの間延びしたベルの音がする。窓の外には黒塗りの車がががっ。
なんと言って歓迎すればいいのか。俺こと荒木大地は決まり悪く頭をかきながら視線を反らすしかなかった。
天照様の未申請リスト放出事件により○×県の冒険者ギルドは閑古鳥が鳴いていた状況が改善され登録者が八割を超える。
しかしながらあれから当たるバディはどいつもこいつも恥ずかしげに下を向く新人ばかりだ。人数が少なかった頃は開き直った馬鹿ばっかりで「火力はあるがカバー力がない。RTAだ」と瞬殺につぐ瞬殺で魔物退治をしていたのに、今じゃカバー力はあるけれども引っ込み思案のバ火力だらけだ。
今回バディを組まされた新人は見るからに魔法少女衣装のスカートを引っ張り伸ばすスーツの似合いそうな顔と体のお姉さんである。上限一杯の大学四年生であるのだが慰めれば良いのか発破をかければ良いのやら。
「小笠原さん、就職活動ってどうでした?」
大学三年生が一学年上にふる定番の話題をふってみたのだが彼女は地面に蹲った。
「リストの余波で国内防衛頑張ってくださいって内定取り消しです。
政府は少子化が改善されるまで単位が足りていても特別留年制度を取ることも検討しているらしくて実質冒険者就職ですよ。天照様がいうには学生であることが国民の妄想設定上必要らしいので」
え、それって国防上問題ない水準を大きく越えるまで永遠の大学生になるってことか? 俺も?
二人して死んだ魚みたいな目をしながら魔物退治にでかけた。日本の未来に希望があるとしても俺たちの未来は暗い。
え? それってマジなの? 俺こと柏原政志は初期から冒険者仲間と作ったグループ掲示板に目が釘付けになった。黒いローブの古典的魔法使いである荒木君から来た情報に狼狽する。特別留年制度、だと?
現在魔物退治をリアルタイムでしている仲間に電話すると就活生のバディを探しては事情聴取をしてくれた。
企業と大学の就職課ではそういう雲行きであるともう就活を始めた三年生、四年生では当たり前に話されているらしい。それって実質決定状態ではないだろうか。就職内定拒否されて、大学も卒業させてくれるか微妙。食っていくには冒険者で稼ぐしかなく。
浮かんだ抜け道は高卒で入試に受かった大学を蹴って無職期間を作るくらいしか浮かばなかった。高校は進学を理由に卒業させてくれるだろうし。つまり大学生は逃げられない。入学した時点で無職コスプレ野郎人生が待っているのである。
だ、断固拒否する! 数年顔を隠して活動すれば割りのいいバイトであったが、少子化の改善までだと? 最低でも二十年変わんねぇだろうが!
卒業ストップでかさまししてもまだ能力低下の枷をつけられていない未成年者は未来のためにチート妄想を封じるだろう。妄想を止められない世代だってベクトルを変えるくらいは可能なのだ。最強戦士になる妄想の代わりにエロいことでも考えていれば祝福はされないのだから。
きっと少子化以上に冒険者のなり手が激減する。そして何年も特別留年させられる。卒業できるのは三十代か? 四十代なのか?
二十歳以下には黙っておこうとしても多分兄弟姉妹なんかもいるだろうし隠しとおせない。
詰んだのだろうか? いや、まだ抜け道はあるはずだ。そうだ、退学しよう。卒業はストップされるのかもしれないが退学禁止の条例なんてまだ出ていない。学費と時間は勿体無いが三十路で刀を持つ真夏でも革コート野郎でいるより大学中退者の方が普通の仕事も嫁も家庭も手に入れられるだろう。
「俺は退学しようと思う」荒木君の記事にそう書き込みをして親父を説得するために出生率からなんからの資料を検索し始めた。
これはえらいことになった。短大生の私は高橋舞子二十歳。能力低下の枷が外されて一年未満の冒険者生活に貯金の夢を見ていただけの普通の女子である。
四年制なら未だしも短大では軽いノリで不定期高収入バイトとして噂されていた。二年で卒業する短大は単位の都合上時間割りは詰め詰めだし資格講座もいれたらバイトの時間があまりなかったのである。なので内定がでたら少ない時間でバリバリ稼げる冒険者を数ヵ月してスーツを買うだとか一人暮らしの資金にするだとか二十歳になった順に祝福を受ける妄想をしていた。
私は四月生まれの祝福を既に受けている現役冒険者である。就職課に問い合わせたら内定先に連絡しろと当たり前のように流された。ヤバい。ヤバすぎる。何としてでも誕生日がまだな友人を止めないと友情崩壊フラグだ。知っていたのにどうして止めなかったのと責められる未来しか浮かばない。慌ててグループチャットを起動し情報を書き込む。みんな、私はちゃんと教えたからねー!
舞子からの情報を恋人にみせた。社会人でオタクの入った彼氏は「俺も若ければ冒険者したかったなぁ」と言っていたがこれをみたら渋い顔をする。
「亜理砂、もう祝福受けてるじゃねぇか」
二人して私の左腕にある能力低下の枷を見てしまう。
「うぅ、一足遅かったぁ! 就職なしか。どうしよう」
「まぁ、冒険者できるなら稼ぎは良いだろう。怪我しないレベルの妄想者にしか祝福しないらしいし。
それより数年学籍があるのか。数年後のつもりだったけど、このまま学生結婚しないか? 何年も卒業させてもらえないし、冒険者ギルドは政府機関だから産休育休っていって休めそうだし」
「それだ! 何人か産んでるうちに卒業できるかもしれない。育休取れる企業に採用されたと思ってって言おう!」
「おう、親の説明頑張ろうか」
負けないぞ。現実的な幸せを捨てるなんて誰が従うか。私は妄想に打ち勝って見せる!
日本中のあちこちで大学生、短大生、専門学校に高専生が戦っている。それは魔物かもしれないし、現実かもしれない。もしかしたら日本政府と戦う者もいるかもしれない。
これはいいアイデアだと思っていた妄想産天照様は自らの守護者たちがくそぅくそぅとストレスをこめて魔物を倒す様を見ていらした。
「な、何かリカバリーを。使徒が反神派とか神殺し一直線じゃないのっううぅ」
涙する女神様はまた政府の承認なしで新たな祝福を授けてしまうのだった。
多大なる大迷惑な祝福ラッシュ、謎ボーナスで躊躇い翻弄される冒険者、天照様謝罪会見の準備がルーチンに入る日本政府。
日本って平和だよな、ギャク漫画みたいなスパイラルに陥っている。誰かが発した意見は賛同を得ながらあちこちを駆け巡った。見えないところでギャク補正が出現している可能性はまだ目に見える具現化しかしらない人々は気付かない。この異常事態は具現化ではなく妄想と現実が混ざり始めたことなのだから。
終
・その頃のアメリカ
ハリウッドの影響かやたら宇宙人がやってきたり隕石がむかってくる。この辺はもう予算的に無理なので天照様に外注した。魔物被害よりゾンビがヤバい。あと某宗教の使いが終末のラッパを吹きに来るので倉庫の中には回収したラッパの山がある。他国から神参加型の聖戦をしかけられたりもするが、アメリカ人の妄想力は基本アメリカビクトリーなのでなんやかんやで死守できてはいる。
・その頃のイギリス
既にいる人間が能力者になるには集中した妄想が必要だったことと、共通した姿形が集まらなかったため魔女パニックは回避した(パニックレベルではないが有名人魔女は出現している。誠心誠意取引をお願いして懐柔)。けれども古城などは幽霊わんさかであちこちドラゴンやら妖精が飛んでいる。日本の御札が外国人幽霊にも効くと聞いて輸入を検討中。あとやっぱり倉庫にラッパが貯まっている。有名な魔法学校はあるらしいが見えないのでがっかりもしているとか。
・その他主だった事件
地中海の水底にアトランティスが! それなら日本に竜宮城も天空の城もあるんじゃねと探したらあった。
エルフなら妄想の共通化がされているからいるかもしれないと探索。富士の樹海で土地神様と狩りをしているところを発見。法律を学んでもらって帰化するかで揉めている。
エルフがいるならry懲りない日本人はファンタジー住民をもりもり増やしている。少子化対策ってもう妄想でなんとかなるんじゃね論が飛び出す。
冒険者の頑張りに対してリターンが足りないのでボーナスをと天照様が冒険者劇的改造を繰り返す。不老長寿は当たり前の人外になり続けて冒険者涙目。第八次ボーナスでレベルキャップっぽいのを解放されてちょっと神格化してきている。天照様を越えたら異世界ゲートを作って亡命しようを合言葉にしていたら泣きつかれて頓挫。
どこから調べたのか某国が異世界ゲート案をパクる。国民全員で妄想が具現化しない秩序ある世界へ繋がるゲートを妄想しようと広報活動した。しかし人間の業、妄想力は恐い。政府設定より少しくらいいいじゃないと資源や資産がわんさかある所はちゃんと共通化できていても肝心な酸素の割合だとか気温はこの辺だとかの妄想は足りず地獄の釜の蓋になった。以降、異世界ゲートは妄想しない、開かないが世界共通ルールになる。
あと幾らかの冒険者は有名人になりすぎて学生じゃなくともみんながこいつ能力保持者だと思っているので祝福は退学しようが卒業しようがとけなくなりました。