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異世界ファンタジー

側妃に関する上奏状

作者: 独蛇夏子

 いつか、こんなときがくるかもしれない。


 とは思っていた。


 大きな鷲の羽ペンを止めて、サイエは羊皮紙に目を落して、暫し物思いに耽った。

 王妃に就いてから、早二十一年。王太子だったソフィウスと結婚して二十四年。

 果樹園経営の振興を中心に各地を回り、政治に携わり、外交では諸国と良好な関係を築けるようサポートをしてきた。

 三人の息子と二人の娘は、皆元気に成長している。

 夫は王として国民、臣下から尊敬され、絶大な力を持つ。家族には優しい人だ。

 かなり充実した日々を送ってきたと思う。王妃として大きな仕事も任され、国を支えてきた自信もある。


 急に、こんなふうに王妃としての人生を思い返すなんて。

 サイエは苦笑した。

 手にしている羊皮紙は、側妃についての上奏状だ。


 『我が国の政治状況は安定しており、また隣国とも良好な関係を築いています。

 今後とも繁栄・共存を願い、また更なるソフィウス陛下の強力な治世の長久を確実なものとするため、有力諸侯あるいは隣国から姫君を仕えさせては如何でしょうか。

 つきましては王妃様に許諾頂きたく・・・』


 ソフィウスの妻は、これまで王妃たるサイエ一人である。

 本当は一人や二人、側妃がいてもおかしくない。今まで話が出なかったこと自体、不思議なくらいだ。

 サイエは考えをめぐらす。今更、側妃をとったところで、国内の権力の均衡に大きな影響が出ることはないし、側妃として何かしら王家に恩恵をもたらすことのできる家は少ない。

 まずサイエの実家は、ワグエース王国において王家に次ぎ権威のあるカートレン家だ。

 カートレン家は領地も広ければ独自の貿易も行っているし、そのパイプを自由に使えるサイエが王妃であることは、内政においても、外交においても、今の今まで王国の安泰にかなり貢献している。

 また、王家とカートレン家が手を握っている以上、国内のあらゆる情報網や機構は網羅されているといっていい。

 側妃をとることに関して、政治面でのメリットは、後は外国からの姫君が考えられる。

 それだったら、まあ恩恵はあるかもしれないが、外交面での力関係は現在安定しているため、姫君を通して文物を取り入れる程度のものになるだろう。


 安定しているワグエース王国の王に、側妃をとるということ。

 それは王に献上される宝物のような意味を為す。

 上奏状に連ねられた三人の名は、新興貴族のものだ。

 王との直接の繋がりが欲しいのだろう。

 かれこれ数年、大臣の顔ぶれが変わらないのだから、権力機構の固定に焦りを持つのは理解できる。


 これは、ソフィウスの気持ち次第になる。

 この上奏状は、二十四年間、政略結婚の妻一人と向き合い、真面目に政務を執り行ってきた王に気を遣ったものでもあるかもしれない。


 今までソフィウスはサイエだけで満足していたのだろうか。


 ふと思い浮かんだ疑問に、サイエは鷲の羽ペンを弄びながら、思考を巡らせる。

 夫婦仲は、普通というか、良好だ。

 サイエとソフィウスの日常は、次のようなものだ。

 朝、起きたら朝食を共にとり、その日の予定について話し合う。

 仕事が一段落したら、お茶の時間に会って話をし、意見を交わす。

 その後再び公務に戻り、特別な用事がなければ家族全員で晩餐をとる。

 寝る前に晩酌をしながら、その日一日あったことについて情報交換し、他愛のない会話を交わしつつ、いい加減のところで切り上げて、共にベッドに入る。

 もともとは政略結婚で、恋をしたわけでもなく、王と王妃という立場的な結びつきが強い。

 果して、それでソフィウスが満足していたかどうか、疑問の余地がある。


 だが、おそらく、自分はソフィウスの〝癒し〟にはなっていない。


 二十四年続けて、あまりにも当たり前になった日々のローテーションに、何か別の存在が入り込むことも想像できない。


 が。

 うん、よろしい、とサイエは上奏状をテーブルに置き直す。

 変化があるのもいいかも知れない。

 側妃のアイディアを取り入れられたら、女性視点の提案もより多く政治に取り入れることができよう。

 何より陛下の心の慰めになるのなら、よいではないか。

 少し、寂しい気持ちにもなるが、ソフィウスはきちんと立場を尊重する人間だ。

 王妃としてサイエを扱うことに、変わりはないはずだ。


 インク壺にそっとペン先を浸し、さらさらと流麗な文字でサイエ・ワグエースと記す。

 そして、既にサインをした他の上奏状の上に、さらりと重ねた。






「そなた」


 側妃について、早くもその日の午後に話題に上がった。


「余の側妃についての上奏状に、許可を出したそうだな」


 金の縁飾り模様のついたカップを、サイエは口元に運ぶ。

 芳醇な香りはマロックという多年性の果実とブレンドされた茶の香りだ。

 飲む前に、夫に一言答える。


「ええ、そうしました」


 夫、ソフィウス王が、二重瞼をぱちくりさせ、黒い瞳が何度か隠れるのを、サイエは見た。

 綺麗に整えられた黒い髪は白髪交じり。だが優しい顔立ちは年齢に従って味のある雰囲気が滲み出るようになった。

 黙ってしまった相手に気付き、あら、とサイエは一口飲んで、カップを下ろす。

 どうやら、ソフィウスは動揺しているらしい。

 一口もカップに口をつけないまま、膝の上に置いた手はグーとパーを繰り返している。

 目はサイエに向いたまま。口元はお茶を飲むより何か言いたそうにしている。

 サイエは、自分たち夫婦が世間一般にいうような恋愛感情によって結びついているとは思っていない。

 だが、仕事相手として、夫婦としての信頼関係はゆるぎないものだと確信している。

 だからこそ、側妃について許可を出した。


 ただ、長年見てきているソフィウスのこの挙動は、初めて見る。

 暫く沈黙していたソフィウスは短い言葉で疑問を呈した。


「なぜだ?」

「何故、て。特に反対する理由もありませんでしたし、陛下もまだ四十五ですから、臣家が気を遣ったのだろうと思ったのです」


 目をぱちくり。


「そなた、それでよいのか」

「今までの生活が崩れることに少し不安もありますが、私たちは政略結婚でしたので、陛下がお好きな女性がいらっしゃるのなら、側に置くのも心の安らぎになるのではないかと」


 目をぱちくり。

 それから、うーむ。

 何故かソフィウスは唸って、頭を抱えてしまった。

 思ってもみなかったソフィウスの反応に、サイエは少し不安になった。

 何か都合が悪かったのだろうか。

 何でも話し合ってきた仲である。サイエはストレートに、ソフィウスに訊ねた。


「何かご都合が悪かったのでしょうか?」


 ソフィウスは顔を上げると、困ったように眉を下げた。


「それが、余も分からんのだ」

「何がです」

「そなたの言うことは納得できる。これまでも側妃について、臣下に言われたこともある。しかしな、いざ許可されてみると、なんだか、こう・・・モヤモヤするのだ」

「モヤモヤ、ですか」

「モヤモヤ、だ」


 顔を見合わせて、夫婦は暫し首を傾げる。

 側妃を許可されて陛下がモヤモヤする、というのは、一体どういうことなのだろう。

 うーん、と二人して考え込む。

 サイエがソフィウスの心内を読めるはずもないのだが、モヤモヤ、と言われれば、許可を出した自分もモヤモヤしている気がする。

 上奏状を目にしたときから。

 論理的に考え、結論を出したはずなのに。


「余も、これまでの生活が変わるかもしれんのが、不安なのやもしれんなぁ」


 王は不可解を解消できていない様子で、困り切ったように言った。




 煮え切らないままのお茶会の後に、サイエは隣国の大使夫人たる姫君イスヤテリーヤ・ドットプロヴァッダ・ゴドヴェーゼ・フリッテェ(愛称:イスヤ)と会って話をした。

 話題はワグエース王国名産の果物について。サイエの得意分野だ。

 産地や農法、味の特徴を解説しながら、品質のよい果物を次々に切り、試食してもらう。

 美容にもいい柑橘系の果物を、若くほっそりしたイスヤ姫は大喜びで次々に口に運んだ。


 営業しながら、サイエはふと側妃についての王の反応を思い出した。

 今までにない反応だったのがとても気になった。果物茶に手をつけていなかった。マロックは王の好物であるはずなのに。

 銀の盆に盛った果物を見ると、「王妃になりたい」と先王に自ら頼みに行った日や、各地を回り、果樹園運営を支援し、軌道に乗せた日々を思い出す。

 それは同時に、ソフィウスに王妃として寄り添い、共に仕事した日々だ。


 サイエはカートレン家の七人兄弟の真ん中娘で、兄弟の中で最も賢いといわれていた。

 長兄ジグゾには「文官の試験を受けてみるといい」と薦められていたし、父母もサイエが将来的に高い地位について国家に貢献することを推奨していた。

 サイエも最初はそのつもりで、王城の文官を目指して試験勉強をしていたが、国内情勢を把握するにつれ、自国に手つかずの森が多く、珍種の果物が植物学者によって見つけられている、ということが気になった。

 調べると、幾種類もの果物の木が報告され、領に関わりなく国内全域に点在しているという。森の調査も、まだ十分といえないと分かった。

 報告書を読んでいるうちに、果物を食べてみたくなったサイエは、カートレン家の伝手を使って果物を入手した。

 食べてみると、甘いもの、酸っぱいもの、香りのよいものと様々あり、見たこともない美味しい果物を知らない人が多いというのが、勿体なくてならなくなった。

 もともと栄えてない産業だ。これをもっと生かせないだろうか。できれば、国全体で盛り立てて、果樹園を起こすことができればいい。

 そう父に相談すると、父は実際に調査に加わった植物学者と合わせてくれた。


 本当は、新しい名産となる働きかけをしたのですが、なかなか国の調査と領の連携が上手くいかないのです。


 様々な話をする中で、現在の農業機構では流通がうまくいかないのだと、植物学者が残念そうに言ったことを、今でも覚えている。

 どうすれば、植物学者の森林調査を反映させ、各領で果樹園を経営させることができるか。補助金はどうするか。人手はどこから調達するか。採算がとれるようにすればどうすればいいか。販路はどうするか。他領同士で連携させるには、どんな取り決めが必要か。

 植物学者や地元の農業者を交え議論するサイエに、父は思うことがあったらしい。


 サイエ。領の自治を越えて連携するには、大元の指揮者が必要だ。

 王妃くらいでないと、これは執り行えないよ。


 王妃。

 サイエはその時、既に夢を抱いていた。

 その一歩踏み出すのに、王妃とは、欠かせない手続きだった。


 父のとりなしでサイエは王城へ赴き、父も肩を並べる大臣級の会議で、直接当時の王と話をした。

 サイエは父親くらいの年齢の大臣たちに見つめられ、緊張に見舞われながらも、珍種の果物を生かすメリットと、自分が考えた方途、指揮を自分に任せてもらいたい、と語った。


「私を、王妃に取り立てて欲しいのです」


 はっきりとそう言ったサイエに、大臣の中にはぎょっとした人、溜め息をついた人もおり、それだけとんでもないことを言っているとサイエは認識したのだけれど、当時王妃を失くして数年が経っていた先王は穏やかに、しかし厳しく言ったのだった。


「そなたは分かっておるのか。王妃は王の妃、夫婦となるのだぞ。その責任は、果樹園のことだけではすまぬぞ。王とよい関係を築き、子を産み、王家を絶やさぬこと。国家に尽くし、内政、外交を執り行う。権力と共に、国のすべてを庇護する存在となること、承知しているか」

「承知しています。国のため、国民のため、繁栄と安寧へと導き、私を捨て王を支え、政治を執り行うこと、協力を惜しまぬことをお誓いします」


 即座に断言したサイエに、列席していた有力者は目を剥き、先王は頷きかけた。


「ならば、王太子の妃となれ」


 サイエはぽかんとした。


「我が息子の妃となり、我が息子を支え、国を盛り立てよ」


 サイエより一、二歳年上の王太子がいるのは周知の事実であった。

 「王妃にならなきゃ」という思いばかりに、一足飛びに年老いた王に向かってしまった自分に気付いて、サイエは恥ずかしくなったが、その場に膝をついて、「かしこまりました」と頭を垂れた。

 このときの会見の様子を見ていた大臣および有力者は、これ以後サイエを支援し、教え導くよき臣下となった。

 カートレン家の抜け駆けとも非難されそうな王妃の立候補だったはずなのに、「自分の娘に同じことをしろとは言えない。ご立派だった」と、老獪な大臣たちは、サイエの展望と度胸とを買って、未来の王妃として認めたのだった。


 初めてソフィウスと顔を合わせたのは、正式に王太子妃として決まってからだった。

 誠実そうだと思った覚えがある。オニキスのような黒い目でサイエを見つめ、律儀な感じでこう訊ねたのだ。


「そなたには夢があるそうだな」

「はい。国内に大きな果樹園をつくりたいのです。我が国は珍種の果物が多いので、きっと名産になります。流通網をつくり、多くの人が果物を口にできるようにしたいのです」

「そうか。余にも夢がある」

「お聞かせいただいてよろしいですか」

「まだ知られていない町工房の技術や、工芸家、芸術家などを発掘して、支援する制度をつくりたい」

「素晴らしいですね。国が中心になって統括するのは、難しいと思いますが」


 頷いて、ソフィウスはサイエに語りかけた。


「父の代であろうと、余の代であろうと、いつの世も、問題は山積しているのだ。戦争や飢饉だけではない。大事なのは、如何なる危機に直面しても、ゆるがぬ基盤を持つ国づくり。サイエ、どうであろう。そなたの夢を余は支援し、そなたは余の夢を支えてくれないか」


 夫となる王太子と上手く連携がとれるかどうかで、まったく振る舞いを変える必要があるやも知れない。

 そう考えていたが、このときサイエは「この人となら協調関係が上手くいきそうだ」と思った。

 律儀過ぎるところがあって四角四面、理屈っぽいところは面倒臭いが、会話を通して穏やかな性格が窺え、好感が持てた。

 事前に互いの考えを共有しようという姿勢にも、共感できた。


 結婚の際にも、同じようにソフィウスはサイエに心積もりを話した。


「困ったことは、お互い相談しよう。どんな悩みも、話し合いが大切だ。互いに力になれるかもしれない。それから、余はなるべくそなたに誠実でいたいと思う。政略結婚だが、家族としての絆を保ち、お互いを尊重できる仲でいたいのだ。そして、できれば、そなたにも誠実でいて欲しいと思う」


 彼が最初に言ったこの言葉を、自分たち夫婦は、今まで律儀に守ってきたと思う。

 サイエはそれが当たり前だと思っていたが、実際に、お互い誠実に接し、尊重し合って協調関係を築けてきたのは、少しでも片方の心が揺らげば、有り得ない事だったろう。


 結婚は、妨害もなく、するっとスムーズに済んだので、むしろその後の公務と果樹園計画が大変だった。

 ときにソフィウスの助言を仰ぎ、大臣たちから力を借り、実家の伝手をフル活用して、サイエは国のため、夢の実現のため、身を粉にして働いた。

 子供を産むのも育てるのも大変だったが、そうした経験を政治に取り入れ、子育て支援の予算枠も広げた。

 ソフィウスは情報交換を兼ねた会話だけは欠かさず、助け合った。

 珍しい果実の試食もいつも付き合ってくれ、積極的に普及してくれた。

 そうして月日は飛ぶように過ぎていった。

 仕事としても充実し、幸せな日々だったと思う。


 ふと差し挟まれる疑問。

 誰か、ソフィウスにはいい人がいなかったのだろうか。


 知っている限り、ソフィウスと仲のよい女性は思い付かないけれど、いてもおかしくない。

 夢を叶えるため、王妃業を望み、政略結婚をした。

 サイエは、同年代の女性友達との気軽な茶話、ドレスやアクセサリーの着合わせをを考えて舞踏会に出かけ、出会いを探す恋愛など、世間一般的な女性らしい人間関係や行動を、すべて捨ててきた。

 王太子のソフィウスは、生まれながらにそうしたものに縁がなかったかもしれないけれど、もしかしたらサイエに付き合せてきた面もあるかもしれない。


 側妃に関する上奏状。

 それを見たときから、差し挟まれるこの不安のようなモヤモヤは、どこからくるものなのだろう。

 そして、側妃がいようと揺るがないと、このソフィウスへの当たり前のような信頼感は、一体どこからくるものなのだろう。

 サイエは改めて、自分とソフィウスとの関係が、どのようなものか考える。

 長年の協調関係に基づいたもの、ともいえる。

 家族としての愛情もある。

 パートナーとしての確かな信頼があるはずなのに、側妃のこと、ソフィウスの好きな人のことを思って、急にきゅっと胸の奥の宝石を掴まれてしまったような不安が起こる。


 どうして。



 柑橘類のシュリエの実を剥きながら、ふと我に返った。

 いけない、お茶の時間に他のことを考えていては。

 自分は一体どうしてしまったのだろう。

 笑顔を作ってぱっと顔を上げると、ばちりと褐色の肌のイスヤ姫の、睫毛の長いぱっちりした目と合う。

 姫君はにっこり笑った。どうやら、ぼんやりとしていたサイエをばっちり見ていたらしい。


「何かお悩みですか?おうひさま」


 やや片言で訊ねる姫君に、サイエは苦笑して答えた。


「申し訳ありません。ぼんやりしてしまいました。大したことではないのですけれど」

「差し支えなければ、お話ねがいます」

「そうですね・・・実は王に側妃をとってはという話が出まして」


 と、言った途端、姫君は見る間に大きな目を零れ落ちんばかりに開き、「ええっ」と声を上げた。

 大仰な反応にサイエはややのけ反る。


「それはなりません、おうひさま!他のオンナなどに夫をとられてはなりませーん!!」


 華奢な姿に相応しからぬ力強い姫君の物言いにぎょっとしたが、そういえば姫君の国の女は夫を尻に敷くと有名だったとサイエは思い出した。

 ぱっとサイエの手を取り、イスヤ姫は「けしからぬことです!」と断言した。


「側妃など、つっぱねてしまえばよいのです!夫が欲しがったらビンタしてやりましょう!私ならそうします!」

「左様でございますか」

「・・・というか、おうひさまとへいかは、仲がよろしいではないですか。必要ないのでは?」


 急に思い出したように、ぽかんと訊ねる姫君に、どう返したものかとサイエは逡巡する。


「私たちは政略結婚なのです。夫の気持ちを癒す人がいれば、それはそれでいいでしょう?」

「ですが、お二人は城内でも仲がよろしいと有名な、パゴ鳥夫婦ですよ」


 パゴ鳥とは、国内外を問わずどこにでもいる水鳥である。

 一度つがいになったオスとメスは生涯パートナーを変えない習性がある。

 こうしたことから、諺で仲のよい夫婦を『パゴ鳥夫婦』という。

 大体どこの国でも、この諺は通じる。


「そうなのでしょうか」


 ピンとこなくて首を傾げたサイエに、イスヤ姫は大きく頷いた。


「そうです!私はおうひさまとへいかを見習ってと、いつも夫を調教しております!」


 サイエは「そうですか」と答えて曖昧に微笑んだ。

 なんだかいけないことを聞いた気がする。





 頭の上に靄がかかって、それがそのままついてくるみたいに、側妃のことはその後も頭から離れなかった。

 「他のオンナなどに夫をとられてはいけませーん!」と言うイスヤ姫の言葉を思い出して、更に沈み込む。

 やっぱり、そういうものだろうか。

 王妃として長年仕えていても、側妃をとると、夫が自分の夫でなくなってしまうように、感じるものなのだろうか。

 そう思うと、確かに心細い。今まで感じたこともなかった寂しさを感じる。

 このようなことで、頭を悩ますとは。サイエは自らの覚悟を思う。

 側妃、という存在は、有り得ないことではないと、結婚する当初から認識していたはずだ。

 だが、いざ直面すると悩むものだ。


 こうして悩むときに、いつもどうしただろうか。

 ・・・いつも、ソフィウスと話し合って、解決策を考える気がする。


 側妃をとる当人、モヤモヤすると言っていたし、自分も羽ペンを思わず止めてしまってから引っかかっていると、話してみようか。


 

 晩餐で子供たち五人全員と対面すると、流石に暗い顔をしていられないので、サイエはきっぱり忘れて食事にしようと笑顔で席に着いた。

 ソフィウスを待っていたものの、侍従が「陛下はご用事が済んでいないとのことで、先に食べているように、とのことです」と知らせに来た。

 さほど忙しくない時期なのに、ソフィウスが晩餐に顔を出さないのは珍しい。

 サイエはぽかんとしてから、長男のカウファスに訊ねた。


「陛下はお忙しそうだった?」


 カウファスは王の側で仕事の補佐をしている。

 母の問いに首を横に振った。


「定時には終わっていたはずです」

「珍しいこともあるものね」


 待っていても来ないなら仕方ない。

 食事を始め、食べながら末息子のセイユムからその日あったことを聞く。


 十二歳のセイユムは、黒い髪も瞳も、父親によく似ている。この頃少しサイエに生意気になったが、父親がいなくて落ち着かないのか、ぶっきらぼうに剣の稽古の話をした。

 十四歳の女の子、フィーエははにかみやだが、運動神経がよく、乗馬は大会に出るほどの腕前だ。父親譲りの黒髪と黒目、顔立ちはサイエにそっくりである。

 十五歳の姉ヒジュンは黒に琥珀色を溶かした色の瞳に、カートレン家特有の赤みがかった黒い髪をしている。性格は気難しく、服飾が好きでドレスづくりによく没頭する。生地を探しに城下に出かけることも多く、今日は外国産のよいレースが見つかったと話した。

 十七歳の男の子、琥珀色の瞳のアウムスは整った顔立ちをしており、侍女をきゃーきゃー言わせている。騎士団に入団し、毎日汗を流し、痣をつくってくる。剣筋がいいと団長に褒められたと喜んで話をし、兵法の勉強がおもしろいと最新戦法について説明して、セイユムを少し不機嫌にさせた。


「その話さっきも聞いたよ」

「今度は母上に話しているんだ」

「兄様の知識のご披露なんて誰も聞きたくないよ」

「なんだと?もっぺん言ってみろ」

「ほら、止めなさい。母上が笑っておられるぞ」


 くすくすと口に手を当てて笑う母を見て二人の男の子は顔を赤くする。

 いつも通りの騒がしい食卓に目尻を下げ、木の実で育てた豚肉のロースに舌鼓を打つ。

 ソフィウスがいない以外は、いつもの調子だ。子供たちの話に、ついつい悩んでいたことも忘れてしまう。

 そんなところに心配性の長兄カウファスが爆弾を投下する。


「そういえば、父上は悩んでおいでのようでしたよ」

「何が?」

「側妃のことです」


 危うく果実酒を吹くところだった。王妃の威厳を保つため全力で阻止する。

 琥珀のような甘い色の瞳は、サイエと同じ色で、カウファスが動揺した母に驚いた表情で見つめている。


「母上、許諾したそうではないですか。何故ですか?」


 心配そうな顔で見つめる目が二つ、驚いた顔をして見つめる目は全部で八つ。黒い瞳が二対、茶色いガラス玉のような瞳が一対、琥珀の瞳が一対。

 珍しく、セイユムが甘えと非難のこもった声を上げる。


「母上、父上に側妃がくるのですか?」

「そうと決まったわけではありません」

「イヤです、母上のほかに晩餐の席に着くひとがいるなんて・・・」


 最後の方はバツが悪そうに声が小さくなっていく。

 セイユムの肩を抱いて、フィーエが「私もです」と頷く。


「そんな、必要ないではないですか。父上は母上だけで十分ですよ」

「それは、父上に聞いてみないと分からないことですよ」


 冷静に返したつもりだが、なんだか薄皮を引きはがしたように胸の奥がヒリヒリする。

 黙っていたヒジュンが、すっきり味の果実マロルのジュースを一口飲み、ぼそっと言った。


「母上はご存知ないのよ。いや、もしかして父上もかも」

「あら、何?」

「父上と母上は仲の良いと、父上と母上が思っている以上に、国中の人たちがそう思ってますよ」

「は」


 身に覚えがないというばかりの硬直した反応に、ヒジュンはやや疲れたような表情をした。


「浮気のひとつもしないで、ずっと妻一筋の貴族男性、王家男性は少ないのです。おじい様も外に愛人がいたくらいだし」


 どこからこの子、そんな情報仕入れたのか、いや町に出ているから自然に耳に入ってくるのか。

 色々と複雑な思いが去来するサイエをよそにヒジュンは言葉を続ける。


「そんな中で王様はえらい、サイエ様お一人に一筋、仲睦まじきご夫婦である。パゴ鳥夫婦万歳、家族を大事する男の模範だと、よく耳にします。裁縫道具屋しかり喫茶店しかり酒場しかり」

「ヒジュン、兄は今聞き捨てならない単語を聞いた気がするぞ。どこで耳にするって?」

「とにかく」


 ぎょっとしたカウファスをさくっと無視してヒジュンは茶色い瞳で母をじっと見つめた。


「私は、反対です。父上の評価を落すことに繋がりかねませんし、何より私は父上が母上以外の女性といるところを見たくありません」


 この子は情報通で家内の参謀になりそうだ、と変な感想を抱きつつ、サイエは額に手を当てて溜め息をついた。

 そうだ。側妃がくれば、子供たちにも影響がある。

 父親が母親以外の女性といるなど、まだ子供のセイユムは特に、複雑な思いをさせてしまうだろう。

 それなのに一言も相談しないでサインしてしまうなんて、我ながらどうかしていた。


「そうね。もう一度父上に相談してみるわ」


 躊躇うように、カウファスは言った。


「父上が気にしておられたのは、母上のことですよ」

「あら、本当?」

「多分、ですけど。母上がサインをした書類をたびたび見ていらっしゃったので」


 あら?とサイエは顔には出さず、心内で首を傾げた。

 大臣から上がってきた上奏状は、サイエがサインしたらそのまま書いた本人に戻されるはずだが、ソフィウスの手に渡っているらしい。

 一体何を考えておいでなのだろう。


「父上も気にかかっていらっしゃるのは、分かっていたのだけれど」

「それは、当たり前ですよ。母上がサインしてしまったのだから」

「それ、どういうこと?」

「こういうことに本当に鈍いですね、父上も母上も」


 呆れたように、カウファスはちらとヒジュンを見、ヒジュンもカウファスと目を合わせる。


「・・・一日に何回も顔を突き合せてお茶する夫婦なんて、他にいないのよ?母上」

「まあでも、政務のことで色々話があるのよ」

「だとしても、一日中顔を突き合せていても平気な相手って、案外いないものですよ」


 訳知り顔で言い切ったヒジュンはぐいとジュースを飲みほした。





 こういうときはどうしたっけ。

 胸に澱んで、あれこれと浮かび上がっては沈む思い出、去来する考えや心配。

 大きな仕事を抱えているときよりも、落ち着かない。

 心が忙しく、点々ばらばらに働いて、とりとめもない。


 個人的な悩みを打ち明ける相手を、サイエは持たなかった。

 いるにはいるけれど、メイドにこんな思いを話すのは恥ずかしい気がするし。

 辺境の領地に嫁いでいる才媛たる友人は遠すぎる。

 果実研究の第一人者たる男は人の心情にに疎い。

 もぞもぞして、居心地の悪い思いを抱えているときは、そう、ソフィウスに話をすることが多い。


 よく考えたら、随分そうした面で、自分たち夫婦は会話をし、問題を解決してきた気がする。

 どうやらやっかみで果物を正当に評価してもらえない、とか。

 ちゃんと食べてくれるのはいいが、いちいち悪口とセットなのはどうなのだろう、とか。

 あの大臣は果樹園事業の足を引っ張ることで権益を守ろうとしているかもしれない、とか。

 小さなことから大きなことまで、共に考えてくれるのが夫だった。


 引っかかりを感じたのに、どうして自分は、側妃のことを夫に相談できなかったのだろう。

 答えは存外、すぐに出た。

 側妃のことを話題に出して、夫の反応を見るのが嫌だったのだ。

 いつかはこういうときが来るかもしれない。

 そうは思っていたのは確かだけれど、やはり夫にうんと頷かれたら、傷付くと無意識に感じていた。

 だから、先にこちらで、覚悟を決めてしまおうと思ったのだ。


 だが、どうやらその選択は、問題を先送りにしたに過ぎなかったらしい。

 やはり、直接話をしてみなければ、夫がどういうつもりでいるのか、分からない。

 それに、側妃に関する上奏状は、思った以上に自分たち夫婦―――王と王妃に、波紋を呼んでいる。


 不安がないわけではない。

 ただ、話してみなければ始まらないし、不安や自分の中の引っ掛かりも、解消されないだろう。

 側妃をソフィウスが娶る覚悟をするより前に、サイエはソフィウスと話をする覚悟をしなければならなかったようだ。


 印だけで済む書類の処理をし、それを終えるともう宵の口、サイエは寝室に向かい、ソフィウスを待った。

 仕事中に、ソフィウスは帰って来なかった。よっぽど時間のかかることをやっているようだ。

 サイエはナムトという桃科の果物の果実酒の瓶とグラスを手に、寝室と続きになっているテラスに出た。

 テラスは王宮殿の庭園を見渡すことができる。夜は暗いが、夜回りの兵士がランタンを手に巡っている明かりが、夜の庭の様子を時折浮かび上がらせる。

 兵士の低い、静かな歌声が聞こえてくる。



   お前の笑顔が見たい セーナ

   キイロの果実 春の花

   眩しい日の下 小川のせせらぎ

   お前の笑顔が見たい セーナ

   故郷を思えばお前がいる



 兵士が歌っている歌は、大昔、徴兵されて辺境の守りに派遣された男たちが作った歌で、それを吟遊詩人が歌い継ぎ、都までもたらし、広く、長く歌われるようになったものだ。

 切なくて静かな歌は、口ずさむのに丁度よいらしく、警備兵や夜回りの兵は、特に好んで歌っている。

 庭を巡回している兵士たちは、歌を口ずさみながら交代に向かい、警備兵はそれを聞いて交代のときを知る。


 実際のところは、どうなのだろう。


 彼らの歌声は、気持ち良く歌っているようにも聞こえ、庭の風情に浸っているようにも聞こえる。

 だが、歌に乗せて、彼らも胸の内を吐露しているのかもしれない。

 何気ない歌謡にも、今夜は妙に感じるものがあると、ランタンの明かりが庭園の中を浮遊するのを眺めつつ、果実酒の淡い赤い色をグラスに注ぐ。

 そのまま杯を重ねながらソフィウスが寝室に現れるのを待った、が。


 遅い。


 ソフィウスは一向に現れない。

 決めている量を、時間をかけて少しずつ飲んでいるのに、寝室の扉が開く気配がない。

 今までこんなことなかったのにおかしい、と訝しく思い、今日はそんなことばかりだったと思い出す。

 側妃の件で、ソフィウスも悩んでいるようだった。

 もしかしたら、こんな夜更けに王宮殿に帰って来ないのは、それが関係しているのではないか。


 まさか、側妃を選びに行ったのでは?


 王宮殿の外、さる貴族の家では、夜な夜な、仮面舞踏会が開かれるという。

 仮面をつけて身分も忘れ、踊り、酒を飲み、男女が出会う。

 風紀が乱れると言って、ある大臣が禁止するよう奏上したことがあった。

 普段真面目な王も、思い直して、日々の重圧と立場から解き放たれ、自由に出会いを謳歌しているかもしれない―――


 そんな発想に胸をざわめかせ、どこか泣きたいような気持ちで庭を眺める。

 グラスはとっくに空だ。酒のせいか気持ちが弱っているのだとサイエはほおづえの位置を少し変える。

 悲しい気持ちで自分の発想にくよくよする。が、王が乱痴気騒ぎに参加している姿をよくよく想像してみると、酒を勧められ、女性に扇子で頬を優しく撫でられ、馬鹿騒ぎしている場で、一人憮然として固まっている姿しか思い浮かばなかった。

 思わず一人で笑った。


 あの人、四角四面だもの。


 少し心の緊張が緩んだとき。


「王妃様、よろしいでしょうか」


 筆頭メイドが扉を叩きながら問う声が、耳に届いた。

 扉を開いてみると、背筋をしゃんと伸ばした筆頭メイドのアスケが立っていた。


「どうかしましたか」

「図書館長がお見えです。王妃様に取り次ぐよう、頼まれました」

「まあ、こんな夜更けに?」


 アスケは困った顔をし、頷いた。


「はい。どうしても王妃様でなければ駄目だと」

「一体どのような内容ですか」

「王様に関することなのだそうです」


 目をぱちくりさせて、サイエは分かりましたとアスケに伝えた。

 図書館長の老翁ギントンは、落ち窪んだ瞳に、禿げ上がった頭、眉と髭は白く長い。肌は白く、血管が浮き出ている。腰は曲がっているが大柄で、雰囲気に迫力のある男である。

 もとは異国の出身で、追われてやって来たが、古代魔法を繙く能力があり、書物を重んじる思想を先王に買われてワグエース王国の図書館に従事するようになった。

 焚書を目論んだ大臣と真っ向から対立し、禁書を用いた古代魔法を盾に図書館に一歩も立ち入らせなかったという傑物である。

 権力に屈しない気骨の翁は、王妃にも物怖じしないが、サイエが姿を現すと敬意を示し、夜更けに訪ねる非礼を詫びた。


「このような時間に申し訳ありませぬ」

「いいのです。如何しました」


 ギントンは落ち窪んだ瞳をカッと見開いて王妃に訴えた。


「王様が図書館から離れないのです」


 一瞬、言葉を失った。


「は」

「午後六時に公務を終わられてから、ずーっと図書館におります。本も読まず、頭を抱えてずっと唸っているのです。司書が外に出るよう声を掛けても『放っておいてくれ』としか言いませぬ。いつまでも図書館を締められず、私は帰れませぬ。王妃様、どうにかして下さい」


 まったく、今日は予想もできないことが多すぎる。






 館内の広い空間には、重厚な書棚がドミノのように並べられ、その一段一段に、ぎっしりと本が詰っている。

 壁際の書棚は天井まで聳え、上階には通路が設けられて、螺旋階段で行けるようになっている。

 蔓の形のシャンデリアがあちらこちらに下がり、赤っぽい光が館内を照らしている。

 夜の図書館は初めて訪れる。他の誰もいない図書館は、しんと静まり、足音だけが響く。本が構築する城は、昼の図書館と違って、まるで異界に足を踏み入れたようだ。

 サイエは一人で足を進め、書棚の間を見回しながら、教えられた通りの場所へと向かう。

 一面大きな窓がある。その窓際に並ぶ閲覧席のひとつに、頭を抱えたソフィウスの背中姿があった。

 サイエは暫しその背中姿を眺めた後、躊躇っても仕方ないと肩の力を抜いて、声をかけた。


「ソフィウス様」


 背中がぎょっと跳ねて、振り向いた。

 落ち着いてみえるオニキスのような瞳に、僅かな焦りが浮かぶ。


「サイエ」

「ガンクスを見たかのような顔をしていますよ」


 ガンクスとは、小さくて可愛らしい鼠のような動物のことである。凶暴で肉食なので、森であまり出くわしたくない動物の一つだ。

 転じて、驚き、恐れ、焦るさまを「ガンクスを見たかのような」という。


 バツの悪そうな顔をしたソフィウスは、少年のような顔をした中年男で、サイエは思わずふっと微笑みを漏らした。


「ギントン館長が困っておいででしたよ」

「ううむ」

「先王の息子であるあなたに強く出られないのが、ギントン館長の唯一の弱みです。それを振りかざしてはいけないのではありませんか」

「ううむ」


 腕を組み、まともにサイエを見ようとしない。

 ちらっと見ると、「ううむ」と唸る。

 昼間に引き続き、初めて見る夫の様子だった。サイエは目をぱちくりとさせた。


「まるで子供のようですね」

「ん?」

「すねていらっしゃるの?」


 ぎょろ、と目を見開いて、それからソフィウスは大きく、長く、溜め息を吐いて、言った。


「―――そうかもしれぬ」


 まあ、とサイエは頬に手を当てた。


「話して下さいませんの?」

「何を」

「すねている理由」


 いつもはしっかり撫でつけられているはずなのに、くしゃくしゃになった髪を更に乱して、ソフィウスは頭を抱えた。


「そなたがそれを言うか」

「だって、ずっと待っていたのですよ、ソフィウス様が寝室にお越しになるのを」


 なるべく素直に、言葉にする。


「側妃をどうするか。そのことについて・・・話し合わなければならなかったと、後悔していたのです」


 家族のことだから。

 夫のことだから。

 王のことだから。

 なおのこと、いつものように話し合うべきだったのに、個人的な斟酌の末、サイエはサインをしてしまった。

 聞くのが怖かったし、側妃をもらいたいとソフィウスの口から聞けば、いつかはこういう日がくるかも、と覚悟をしていても、傷付くかも知れないと予感していた。

 この気持ちは、一体何だろう。

 ソフィウスは、どう思うだろう。

 二つの問いを明かすには、一度話をして整理をつける必要があった。

 ソフィウスは椅子に座って思案し、暫く沈黙していたが、また溜め息を吐いて、観念したように言った。


「そうだな。余もそなたと話し合うべきであったと思うところだ」


 見据えられると、否が応にも緊張感が増した。

 深刻な話し合いなど、いくらもしてきたのに、今日は何故だか鋭さがある。

 燭台の明かりが赤々と照らす図書館に、外国と難しい交渉に臨むかのような重たい空気が満ちる。

 先に口を開いたのは、サイエだった。


「何も聞かずに、サインだけしてしまって申し訳ありませんでした」


 おや、というように、ソフィウスは眉をひょっと上げた。


「うむ?」

「王様のことですけれど、家族の問題ですし、夫のことでした。悩んでいるご様子を見て、私もこう、すっきりしないところもあって・・・お話した方がよかったと、思いました」

「そうか」


 そうだ、そうだ、と何度か頷く。

 うむ、と一呼吸おいて、ソフィウスは、唐突にこう言った。


「そなた、覚えているか?」


 何を、と見ると、思いのほかソフィウスは優しい表情をしている。


「婚姻の前日だったろうか。余はそなたに自分は誠実でいたいと話をしたと思うのだが」


 そして、寂しげにサイエを見つめた。


「今までそのつもりで、あったのだが。よもや、そなたがあのような上奏状を認めるとはな」


 がつんと殴られたような気分だった。

 そうだった。今までソフィウスが浮気をしたり、いかがわしいところに出入りしたと耳にしたことはない。

 それは、サイエと結婚するときに話したそのままを、その通りにしていたことだった。

 にも関わらず、サイエは上奏状にサインをしてしまった。

 結婚以来ソフィウスがサイエに対して守ってきた誠実さを、無視したような形にしてしまった。

 ソフィウスは、決していい気持ちはしなかっただろう。


「余はあの上奏状を見たときに、衝撃を覚えたぞ」


 ややぼんやりして、思い出すように言う。


「城壁の基礎になっている岩が頭上に落ちてきたかと思うくらい衝撃であった」


 それは大きい。


「だが、こういうことはあるかもしれないと思っておった。必要であれば、そなたと相談して側妃を娶ることもあろうかと。必要なければ、断ればよかろう。たったそれだけだ。それだけなのに関わらず、なんとも・・・強い衝撃を受け、いつまでも頭から離れないことに、余自身、驚いた。・・・何故こうも、余は悩むのかと」


 どうやら一日中悩み続けたらしいソフィウスは、考え抜いて落ち着いているらしい。

 ソフィウスの気持ちを聞いて、信用を裏切ったのではと蒼白になっているサイエを見ると、座るよう促した。


「そなた、上奏状を見て、どう思った」

「どう・・・と。今更なぜ、と思いました」

「それから」

「なんだか、結婚してからの色々なことを思い出しました」


 それを聞いて、何故かソフィウスは楽しそうに笑った。


「はっはっは、さようか。余も色々と、思い出したぞ」

「そうですか」

「そうだ」

「・・・それに加えて、色々くよくよと悩んでいましたら、いつも、ソフィウス様と話し合って悩みを解決してきたと思い返しました。今回ばかり話し合わなかったのは我ながらどうしてかと・・・私も、モヤモヤして、考えていたのです」


 にこっとしてソフィウスは頷くと、細かい宝石と繊細な指輪の光るサイエの細い手をとって、自分の両手で包み込んだ。

 サイエの指輪と対になる大き目の宝石の指輪をした、静脈の浮き出た大きな手は、武骨で温かい。

 「そうだなぁ」と慈しむように、手を撫でながらソフィウスは白状した。


「どうやらお互い側妃に関する上奏状のために、色々思い出し、悩み、考えたようだな」

「仰る通りです」

「余は一つ結論を出したぞ」

「え?」

「余はそなたが上奏状にサインをしたということが非常に嫌だったのだ。そなたは余のことなど他の女にくれてやってもよいのかと思ってな」


 ぎゅっと、サイエの手を両手で包み込む。

 目を伏せたソフィウスの表情は、静謐で決意に満ちていた。


「だとしても、余はやはり側妃をとらぬ。そなたは我が父に王妃にしてほしいと頼んだような者だ。そなたは国の発展に貢献したかったから、余との結婚を望んだ。最初から余を慕っていないのは分かっている。余はそれを承知し、余もそのつもりだった。・・・だが家族として、夫として、王として、長年連れ添ったことからして、余にとってサイエとはかけがえのない伴侶だ」


 赤い燈火が王の頬を、髪を照らしている。

 手から、熱く、苦しく、燃えるように、サイエに伝わり、言葉が染み渡ってゆく。

 目を上げたソフィウスは、サイエの表情を窺い、微笑みをもらした。


「だから、そなたは他の誰かに余をくれてやろうとはするな。せめて、側妃のことなどきっぱり断ってくれ」


 今は自分の方が、ガンクスでも見たかのような顔をしているかもしれない。

 戸惑い、言葉が出てこないのに、真っ黒なオニキスの瞳から、目が離せない。

 しかし、今こそ伝えなくては。

 サイエは口を開いた。


「私も、考えていたのです」

「・・・ほう」

「上奏状を見て、暫くサインができませんでした。けれど、ソフィウス様にお話して、ソフィウス様がどのような反応をされるか・・・考えると怖い気がして、その状況を無意識に避けるため、サインをしてしまったのです」

「なかなか、複雑な胸中のようだな」

「怒っておいでですか?」

「さあ、どうかな。ここで本心を話しておいた方が身のためぞ」


 四十を過ぎて、こんな身も震えるような思いをするだなんて、馬鹿げている。

 だが、サイエは目を上げ、サイエの言葉を待つソフィウスを見つめ、泣きそうな顔をして絞り出すように言った。


「側妃などとらないで下さい、ソフィウス様」


 上機嫌に、ソフィウスは莞爾として言った。


「そうか。それでいい。そうしよう、サイエ」


 嬉しいのだか、情けないのだか分からない涙をほろりと流したサイエの涙をぬぐってやり、ソフィウスは笑ってサイエを引き寄せ、抱き締めた。


「知らない内に、余らは長いこと、思い合っていたようではないか?」


 思わず笑ってしまったサイエは、ソフィウスの首に腕を回しながら頷いた。


 卑近で迂遠な経路をとって思いが通じ合った二人を書架の間からこっそり眺めていたギントン館長と筆頭司書ゼムは、ほっとしたように顔を見合わせ、もうじき閉館だと図書館の扉へと向かう。


「あれだけ仲が良くて、愛し合っていることに気付かないなんて驚きです」

「まったく、人騒がせなパゴ鳥夫妻じゃ」

「ワグエース王国三大不思議に数えてもいいくらいです」

「ほう?三大不思議とはなんじゃ?」

「愛し合っていることに気付かない国王夫妻、計り知れない潜在能力をお持ちのヒジュン様のドレス、古代魔法を繙く図書館長の正体です」

「わしについては余計じゃ」






「会議の冒頭に済ませておきたいから宣言しておく。余に側妃はいらぬ」


 翌日、登場するなり発言したソフィウス王に、会議に参加していた大半の大臣は「やっぱりな」という顔をし、一部の有力貴族はぎょっとした。

 新興貴族で台頭著しい一人は、立ち上がって恐縮したように発言した。


「王妃様には許可を頂いております。王様と同等の権利を持つ王妃様からの許可があれば、何のしがらみもなく、王様も有力な姫君と結びつきができるのでは・・・」

「ああ、昨日王妃と話し合ってな。やっぱりいらぬ」


 ここまできっぱり断られると、笑顔も引きつるというもの、上奏状を出した三人の貴族は、言葉を失くす。

 対して、王は妙にすっきりした表情で言った。


「今まで通りで特に問題はない。余は余の妻と家族を大切にしたいのだ。この気持ちを無下にするでない。以後そう心得よ。以上」


 清々しい笑顔の王を目にして、古参の大臣たちは新興貴族たちの勇み足を思う。

 政略結婚で、いい距離を保ちながら共闘してきた王と王妃、という認識だったのだろう。気に入る姫をあてがい、取り入ることができれば、と考えたに違いない。

 少しでも人を見る目があれば、王と王妃が、その立場以上に、信頼と愛情で結ばれている人と人であると分かるものを。

 だが、どうであるにしろ、この国で王妃を軽んじることは、国に対して果してきた王妃の功績を侮辱するようなもので、王国内部、各領地、王妃の実家などあらゆる方面から強い反発は免れなかっただろう。


 やれやれ。そなたら命拾いしたようじゃて。


 表情を曇らせる三人の貴族の顔をちらっと見ながら、


「心得ました、王様」


 一斉に大臣連は声を上げ、礼をとった。





 会議が終わり、書類の処理を済ませ、いつも通りお茶の時間に向かう。

 それがどうして、今日は足もとが軽やかなのだろう。


「王様、ウキウキしておいでですね」

「ん?うむ」


 小姓から上着を受け取り、羽織りながら、生返事をしてソフィウスは主城の中庭に向かう。

 回廊を足早に歩いていたら、前方から庭師がやって来て、ソフィウスが頼んでいた花束を渡した。


「季節の花を集めました」

「ありがとう」


 やけににっこりされたが、それもあまり気にならない。

 回廊を歩み、中庭に出ると、手入れされた植木と花々が出迎えた。

 ソフィウスは暫しぽかんとしてヒラヒラと蝶が飛び交う庭園を眺め、自分が手にしている花束を見つめた。

 このように季節の花が百花繚乱とばかりに謳歌している場所に花束を手にしてやってくる馬鹿馬鹿しさが一瞬もたげたが、苦笑して済ませる。折角庭師が用意してくれたものだ。

 植木の間を縫って石畳の道を進んでいくと、クリーム色のパラソルを手にしたサイエが立っていた。

 振り向いたサイエの唇は、こころなしかいつもより赤い。


「陛下」

「待たせたか」

「いいえ」


 いつも通りの茶会、のはずだが。

 ソフィウスは背中に花束を隠し、サイエはいつもとは少し化粧を変えている。

 やや緊張した面持ちで、目を合せて暫く沈黙し、のち、二人同時に苦笑した。


「なんだか照れくさいですね」

「いつも通り、なのだがな」

「いつも通り、でしょうかね」

「違うな」

「そうですね」


 どうも、変な感じだ。照れくさくて、いつも通りに振る舞えない。

 が。

 笑みを滲ませた目で、ソフィウスは花束を差し出し、照れくさそうに微笑むサイエを愛おしそうに見つめた。





 城のメイドの控室からは中庭を見下ろせる。

 若いメイドたちが、中庭に面した窓際に張り付いていた。


「あっ、あの王妃様が頬を赤くしていらっしゃる!」

「可愛らしいところがおありなのね」

「なんだか今日はいつもより一層仲が良さそうだわ」

「今日は花束をお持ちだったのね」

「あの花束、全部中庭にない花を使っているわよ。庭師も凝ってるわねー」

「パゴ鳥夫婦の王様と王妃様の仲を演出するんだものー。それ相応なものでないといけないわ!」


 筆頭メイドのアスケは、若いメイドたちの背後から、窓の向こうで王と王妃が寄り添い、話をしているのを暫し眺めた。

 心中、ほっと息をつく。どうやら、今回も自分の出番はなさそうだ。


 アスケは王城のメイドだが、実はサイエの実家カートレン家から派遣されている隠密である。

 サイエが結婚する手前で、サイエの兄二人に雇い入れられ、「いざとなったらサイエの力になってやってくれ」と頼まれて、メイドとして王城に送り入れられた。

 それも、もう二十年以上近く前の話だ。

 サイエの兄たちは夫婦の不和や暗殺の危機を心配していたが、今はもう「近頃も快調に過ごしておられます」の定期報告も必要か疑うくらいの順調ぶりだ。

 王と王妃の仲睦まじさは、互いに自覚があろうとなかろうと、メイドたちのあこがれの夫婦像そのものである。


 隠密の一族に生まれ、危険な仕事を想定して、情報操作や人心掌握の術を学び、暗殺術や体技を習得した。

 一族の中で最も身分の高い女性に仕えている自覚は今でも失っていない。

 しかし、国内外の脅威はソフィウスの優秀な側近や騎士団が事前に対処しているらしいし、ソフィウスが浮気する気配はないし、アスケが本性を現して対処しなくてはならないほどの危険が王妃に及んだこともない。

 何もなさ過ぎて、本業よりむしろメイドとして出世、いつの間にか筆頭メイドにまで上りつめてしまった。


 おまけに結婚もしちゃったし。


 危険を引き受け、主人の代わりに駆け回る隠密は生涯独身を通す者が多いが、普通に恋愛する余裕があったとは我ながら不思議だ。

 まあ、相手は自分とほぼ同じ立場の、近衛騎士団参謀だが。


「ほら、覗き見しない!王様と王妃様に失礼ですよ」


 手を叩き、ピシリと言うと、若いメイドたちは一斉にはい、と答えてばらばらと窓際を離れた。

 窓の向こうに、夫婦が寄り添って東屋に向かう背中姿が見える。

 今回はもしかしたら自分が裏工作することも有り得るかと思ったが―――それも杞憂に終わった。

 願わくは、これからも自分などが本領を発揮する事態にならないほうがよい。

 ふっと微笑みを漏らして、アスケは心の中で王と王妃に頭を下げた。


 どうか、これからもお二人が仲睦まじく、長くその治世が続きますように。

 お二人の信頼と協力関係が、この国を平和にしているのです。


 黙礼するように目を伏せ、それからアスケはすぐ振り返って、メイドの仕事に戻って行った。

○その後の登場人物たち○


・サイエ

治政を務めあげ、その功績から賢き女性の代名詞となった。

また、憧れのパゴ鳥夫婦の片割れとして語り継がれた。

後にカートレン家が王家への影響を強くし、権力の偏りの原因を作ったとも言われるが、『サイエ王妃』の人気は高かった。

サイエの推奨した果物産業は後世になってもワグエースの主力産業となり、果樹園を得意とする農業技術の発展を促した。

晩年は夫に先立たれ、空気のいい郊外の別邸で過ごす。

庭園の片隅で寛いでいるときに静かに息を引き取ったという。


・ソフィウス

堅実な治政により、後に『平和な300年』といわれる期間の王の一人に数えられた。

また、サイエとソフィウスといえば穏やかなパゴ鳥夫婦として内外に知られ、語り継がれた。本人はそれがすごく恥ずかしかったらしい。

各地に交通網が行き渡るよう整備し、流通を円滑にしたのが主な功績。

自身が目指した芸術振興はあまり上手くいかなかったけれど、息子たちがその意志を継いだ。

病を患い、王位を譲って隠居。お忍びでサイエをあちこち連れ回し、結構隠居生活をエンジョイしていたが、最後はベッドの上で妻に看取られて穏やかに死んだ。


・カウファス

長兄であり、一番に父を補佐していたが、王位に関しては末弟に譲り、終生宰相の身で政務に尽くした。

堅物で規律を重んじる性格から、政権の引き締めに一役買い、末弟をよく助けた。

父母のようなパゴ鳥夫婦は滅多にないものなので、それほど期待せずに大臣の娘と政略結婚するが、いつの間にかお互いを大切にしていたので、案外幸せな結婚生活を過ごした。

そんなわけで私生活は充実していたけれど、兄弟に振り回される苦労人だった。


・アウムス

王家の次男として騎士団に入団し、副団長、団長、司令官、総司令官と順調に出世した。

自尊心の高い俺様だったが、判断力、剣の実力、知性の揃ったリーダーとして頼りにされる存在となる。

騎士団一の色男で幾人もの美女と浮名を流したものの、騎士団の事務にいた女の子に恋をして、猛アタックの末、両想いになった。

女の子の両親が隠密だったとが発覚し、結婚が危ぶまれたが、長兄と母の取り計らいにより本懐を遂げた。

騎士と隠密の夫婦は、知る人ぞ知る最強夫婦となったという。


・ヒジュン

趣味の服飾と魔法研究を合せて、秘密裏にドレスを使った新魔法を開発する。

図書館長ギントンには可愛がられ、町に出て庶民の様子によく通じた。

冷静な分析力を買われ、国境付近の領主に嫁ぐことになる。

ヒジュンが嫁いで後、領地が度々隣国に脅かされ、兵士が次々に殺されたのをきっかけに、新魔法を凝らしてドレスを作り、戦場に立った。

灰色のドレスは死者が着る装束だが、フリルやレースに攻撃の魔法をふんだんに仕込んでいた。ヒジュンは魔法を的確に発動させ、たった一人で隣国の軍隊を撃退した。

隣国からは『死の魔女』として恐れられ、国民からは『極彩色のドレスの貴婦人』として崇められと、あまりに偉大になったヒジュンは、夫および夫親族、息子にドン引きされ、停戦後、ヒジュンは領地で孤立した。

以後、開き直って城下町に大きな服飾店を開き、身分を隠して店長として切り盛りして思う存分服飾に情熱を傾けた。従業員から慕われ、若い娘たちが笑顔で働くのを見て、慰められたという。


・フィーエ

馬の産地に興味があったので、砂漠の国へ留学する。

そこで出会った王子と恋に落ち、恋愛の末、後宮に入るが、慣れない仕来りと風習に苦労する。

が、はにかみやはどこへやら、吹っ切れて周りが驚くほどの図太さを発揮し、正妃として後宮を切り盛りし、第二妃など親族と渡り合う。

遂には王位継承権の順位が低かった夫を王に押し上げ、王妃として君臨し、国母となった。


・セイユム

末弟なので本来は王位から遠かったが、情に厚く文化を愛す性格が国民から好かれていたため、長兄が父に薦め、王位を継ぐことになった。

心優しく愛情豊かな王として、臣下の請願や国民の謁見によく応じた。

また、芸術振興として各地に美術館を作り、気軽に国民が芸術を楽しめるようにした。

外交政策から外国の姫君を王妃に迎えたが、そりが合わず、パゴ鳥夫婦だった両親に憧れていたためがっかりだったらしい。愛人を囲って慰めとしていた。

長兄には生涯感謝し、子供がいたものの、王位は長兄の息子に譲った。


・アスケ

筆頭メイドとして働き、やたら海が好きな騎士である夫を支え、娘にちょっくら隠密の術を授けながら育てる忙しい日々を過ごした。

隠密の正体を伏せたまま平穏に過ごせるかと思っていたら、娘が王子と恋に落ちて卒倒しかかる。

身辺調査で隠密であることがバレかけて尋問にまでなったが、サイエが全てを理解した上で全面的にかばったので、隠密という事実は一応伏せられ、娘も無事結婚。

「なんかえらい生涯だった」と最期は家族に看取られてベッドの上で天寿を全うした。


○登場人物その前後○


・イスヤテリーヤ・ドットプロヴァッダ・ゴドヴェーゼ・フリッテェ

ワグエース王国の隣国の王家の血筋の女性。

我が儘お嬢様として伸び伸び成長し、五歳年上の貴族の男性と結婚。

夫がイスヤを子供扱いして綺麗な女の人に弱いとかなり嫉妬していた。

ワグエース王国に滞在したのは五年。果物を気に入り、王妃サイエは人間的に尊敬できる人物としてイスヤの印象に残ることになる。

帰国後に立て続けに子供を出産し、子育てに追われながら夫の浮気に怒る日々を過ごす。

実は夫がイスヤをからかってわざと怒らせていたと、大分後になって知った。


・ギントン

別大陸の国で、古代魔法の第一人者『魔術師ギントン』として知られた有名人だった。

国王が妾を増やしたいエロ根性のために、古代魔法の発掘・再現をさせていたと知り、馬鹿馬鹿しくなって出奔。

船に潜んで別の大陸に渡ったが、世間知らずで一人で生き延びる術とか知らないので路頭に迷い、死にかけた。

そこへ偶々先王が通りかかり、変わった装束を身につけていたギントンが気になって助ける。死にかけから復活したギントンと先王は言葉を交わし、先王はギントンの知性と誠実さを気に入って図書館長にスカウト。ギントンもワグエース王国の国王の公正さと人情に感激し、その任を受けた。

ギントンが図書館長に就任して後、ワグエース王国の王立図書館に古代魔法に関する蔵書がかなりあると発覚し、古代魔法の研究が進んだ。また、ギントンは図書館員の育成に力を入れ、図書館の在り方や理念などを文書に著した最初の人物となった。

古代魔法を盾に焚書から図書館を守り、図書館員一同をまとめ上げ、知の集積の重要性を内外に知らしめた。

晩年、ギントンは知と古代魔法と記録を守る継承者を選び出し、それ以来ワグエース王国王立図書館の館長は「ギントン」と呼ばれるようになった。ギントン自身は自分を「初代ギントン」と呼び、飄々と笑っていたという。

なお、どのような死に様だったのか、記録には残っていない。

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