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月明かりに照らされて僅かにわかる視界を頼りに、私は自然と足を早める。
しゅるりしゅるりと進むたびに音をたてる白いドレスの裾がわずらわしいけれど、まだラスに抱きしめられた感触が残る身体を夜風が通り抜けていった。
しばらくすると、私の目の前に山肌が現れた。
おおい茂った草の間から、普段は隠されていたかのように狭い横穴が口をあけている。
「待っていたよ、サラ。この先が儀式の間、さぁ、急いで」
人がひとり入れるくらいの穴の横にはフードを被った人がひっそりとたたずんでいて、私を案内してくれる。
この声には聞き覚えがあった。
「貴方は、シシルおばさん…」
その人物がゆっくりフードを外すと、そこには、いつも私と一緒に薬草採りや畑仕事をしている村人のおばさんの姿があった。
「血の継承を行うには技術が必要でね。その技術を受け継ぎ、悪用されないように守っているのが私の家系なの」
じめじめと湿った足場を転ばないように進みながら、前をいく人物は私に教えてくれる。
普段のおっとりとしていて優しい人柄からは全く想像が出来ないほど、シシルおばさんの足取りは機敏で迷いがない。
「サラ、私の役目はもう一つ。継承が無事に行われたかどうか、継承者の生死を確認する必要があるのよ」
私の耳に、その声は冷たく響く。
「継承に耐えられなかったものは、跡形も残さず血も肉も骨も全て消してしまわなければいけないから」
冷酷とも聞こえる言葉に、心臓がドクリと早鐘を打つ。
ラスやシシルおばさんみたいに、人は沢山の顔を持っている。
私が知らないだけで、人はいろんな秘密を隠し持っているんだと思った。
「…はい」
私は短く返事だけを口にすると、黙っておばさんの後をついていった。
無数に枝分かれしている蒸し暑い洞窟内を進んでいると、私の頬に、ひんやりとした風があたる。
「あと少しで着くよ」
おばさんが言う。
さらに先をいくと、突然、目の前の狭かった空間がひらけた。
見上げると大きな穴が開いていて、月と星空が見える。
視線を前に戻すと、一匹のドラゴンが地面に眠らされていた。
艶やかな鱗が、天井から射し込む光に反射して鈍く光っていた。
それは金属の輝きにも似ていて、けれどそれは、とても暖かい生き物の輝きだった。
私はあまりにも綺麗なそのドラゴンの姿に、ただただ見惚れてしまう。
「これ以上薬草は使えないからね、早くそこに横になって」
シシルおばさんが顎で合図をした先には、植物の葉で編まれた敷物と枕が一つ置かれている。
「動物の毛はドラゴンを刺激するからね。さぁ、早く」
私はあわてて一つ頷くと、ドラゴンを起こさないように注意を払いながら敷物の上に横たわる。
ひんやりとゴツゴツした地面が、敷物を通して身体に伝わるのを感じながら、シシルおばさんの動きに視線だけをうつした。
何をされるのだろうと不思議そうな私の視線に気がついたのか、
「村長から聞いただろ?言葉の通り、その身体にドラゴンの血を受け入れるのさ」
シシルおばさんはそれだけ言うと、重々しい木箱から何かを取り出して準備を始めた。
ドロリとした白い液体を口に入れられる。
苦みをともなうそれをコクリと飲み下すと、次第に意識が朦朧としてきた。
腕の内側にチクリと何かが刺さったような痛みを感じたあと、隣にいるドラゴンのグギャァという鳴き声が聞こえたけれど、私の意識ははっきりとしない。
ぼやけてきた視界の中で、ドラゴンの、あの青い瞳と視線が合った気がした。
私の視界は暗く閉ざされたまま。
そして、次の瞬間、私の身体に変化が起き始めた。