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「…びっくりした。ラス、こんなところで何をしてるの?」
闇夜に浮かぶ知り合いの顔に安堵しながら、緊張がほどけた身体にランプの光源も下がる。
「…」
話しかけても、ラスは珍しく黙って私の顔を眺めるだけ。
「なんなの?こんな夜中に一人で散歩?」
「…」
私は、何も言わないラスにしびれをきらす。
「家族が心配するから、早く帰った方がいい。私も時間がないの」
再び歩きだそうと向きを変えようとしたとき、不意にラスが口を開いた。
「サラ、お前を待ってたんだよ」
いつもはドラゴン女だとか言ってバカにしているくせに、村に帰ってきた時や、今、急に名前を呼ばれるとなんだか気持ちがソワソワとしてしまう。
「待っていたって…」
「村の連中から、この道は必ず通るって聞いた。だから…お前を待ってたんだ」
なんで私なんかを?
そんな疑問を持ちながら足を止めた。
「お前、血の継承がどんなものか、本当に理解してんのか?」
きちんと村長に話は聞いたし、自分なりにいろいろと考えた。
「もちろん知っている。覚悟もしてきたつもりだから」
痛みや苦しみは経験したことがないからわからないけれど、覚悟だけは、誰に対しても偽りはない。
「わかってねぇよ、なにもかも!俺はっ…」
そして、少しの沈黙の後。
「俺は…お前がっ」
その時、私たちの耳にも聞こえるような鳴き声がこだました。
人ではない、ドラゴンの声だ。
「私、急がないと」
ドラゴンを眠らせている薬草が切れたんだ。
今度こそ私は一歩足を前に出すと、ラスはそれよりも早く私に向かって歩み寄ってきた。
そして、動きを拘束するかのように私を抱きしめると、わけがわからない私の唇を奪ったのだ。
私とラスの間に距離はない。
「んっ…」
今までは意識すらしなかった、ラスの広くガッチリとした肩を力いっぱいに叩く。
びくともしない身体と驚きで息継ぎもできない。
「っはぁ…」
ようやく解放されて、口の中に溜まった空気を全て吐き出してから見上げると、間近にラスの顔が月明かりに照らされていた。
薄暗い明かりでも、ラスの目元が赤く潤んでいるのがわかる。
見たことのない、真剣で胸が締め付けられる顔。
「ラス…なんで…」
「なんでこんなに綺麗なんだよっ!それが腹立つ」
「なんで…怒って…」
「俺だってわからねぇよっ!」
「じじいどもから儀式の話を聞いた。お前、下手すりゃ死ぬかもしれないんだぞ。人じゃなくなるんだ」
腕を捕まれているところが痛い。
手に持っていたランプが地面にガシャリと音をたてたけれど、確認する余裕はなかった。
「痛い…放してっ」
「嫌だっ!」
私の髪をすくうように、片手で頬を撫でられる。
まるで、懇願されているように。
ラスにこんなふうに触られたのも初めてだ。
私は、ラスに求められている。
本能的に、そう思った。
ラスの瞳が近づいてくる。
でも、それを受け入れてしまったら、私は…。
「ちゃんと考えたの!」
私は、ラスの瞳を睨み返す。
「死んでもいい。血の継承の先に何があるのかはわからないけど、やらないで後悔はしたくない」
私の視界は、涙でぼやける。
幼馴染みだったラスの姿が、周りの景色と一緒にぼやけて見える。
「だから、その手を…放して」
一度大きく息を吸ってから、静かに、だけどはっきりと声に出した。
…。
辺りには虫の羽音も、獣の鳴き声も聞こえない。
しばらくにらみ合いが続くと、私を掴んでいた痛みが遠退いていく。
「わかった。…サラ、もう泣くな。この、ドラゴンバカが」
いつもの口調が戻ってくると、もう一度だけ軽く唇に感覚が届く。
「早く行け」
そして、ラスは背後に回ると私の肩をトンっと軽く押した。
「振り返るなよ。…夢だったんだろ?」
背後から、今までで一番優しい声が聞こえた。
私は振り返らないように、一歩、また一歩と夜道を歩き出す。
血の継承を受けるため、ドラゴンに会うために。