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「そんなことがあった…ね、だからあんなことをしたと」
女の人は一度深いため息をつくと立ち上がり、私の腕についた細かい擦り傷に薬草を練り込んだクリームをつけてくれる。
「今までのことは忘れなさい。こんな大怪我をしたんだ」
「でも…」
「ドラゴンは高貴な生き物さ。頭もいいが、私らが思っている以上に謎が多い。そして、サラ…アンタも知ってるね?ドラゴンは、人になつかない。飼われることはないんだ」
それは知っている。
だから私は、危険をおかしてまでドラゴンの生態を観察してきた。
でもそれでわかったことは、私とドラゴンの間に立ちはだかる見えない壁が、余計にはっきりとした、ということだった。
だから、不思議に思う。
私は視線だけを、今だに横たわっているドラゴンに向けた。
「じゃあ…」
このドラゴンは?
そういいかけたとき、女の人は、私の頭を優しく撫でたあと一度だけ微笑んだ。
「家族が心配してるだろう?今日は遅いからここに泊まって、明日には帰るんだ」
「その疑問は母親にぶつけるといい。アンタが選んだ道が交わるなら、その時には答えてあげられるかもしれない」
それだけを言うとあとは無言で、私は寝台に寝かせつけられた。
少し和らいだ痛みを抱えながら、私はまた深い眠りにつく。
あれ?
この人、ドラゴンと同じ…甘酸っぱい匂いがする。
そんなことを思いながら…。
「お世話になりました。助けていただいてありがとうございます」
次の日の朝、まだズキズキとする傷を庇いながら女の人にお礼を言って村に戻った。
女の人は何も言わずに軽く手を挙げただけだっだけれど、隣にいるドラゴンが、かわりにグワァと低い声を漏らしたのが、なんだかとても印象に残る。
村に戻ると、真っ先に幼馴染みのラスが駆け寄ってきた。
「どこに行ってたんだよ、村の連中が総出で探してたんだぜっ」
「おい、サラ!!」
肩に掛けられた手が、傷口を刺激する。
痛みをこらえてしゃべらないでいると、ラスは機嫌を損ねたように顔をしかめた。
「皆の心配をよそに、言えないような場所にでも行ってたのか」
まさかまたドラゴンの谷に行って危険な目にあい、しかも、ドラゴンと一緒にいた女の人に助けてもらったなんて、きっと言っても信じてもらえないんだろうし、また余計な心配をかけてしまうんだろうな。
「ゴメン、ラス。ラスが心配することなんて何もないから」
「ありがと、私、とりあえず家に帰るね」
詳しいことを聞かれる前に痛みをこらえて笑顔を作り、私は先を急いだ。
「…」
納得しないような感情を読み取ったけれど、今の私の心は違う所にさ迷っている。
もう、日が真上に差しかかった頃、お母さんがいる自分の家の扉を開けた。
「ただいま…」
家の中に入ると、母親は厳しい顔をして私を迎えた。
「今まで、何処に行ってたのかしら」
大好きな私の母親。
やっぱり隠し事はできないと思う。
だけど、お母さんは、私に隠し事をしているのかもしれない。
私が知らないことを。
だから私は、ゆっくりとテーブルにつくと、今までのことを話始めた。