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ゆっくりと、ゆっくりと、できるだけ刺激を与えないように歩く。
私は貴方たちに危害は加えない。
その気持ちだけを心に置いて、その輪の中に入っていく。
3頭のドラゴンが私に向かって翼を広げた。
バサバサと羽ばたく風圧は威嚇なのか、からかっているのかはわからない。
ただ、転ばないように、目をそらさないように、1頭のドラゴンに向かって歩く。
距離で言えば畑を耕す鍬ひとつぶんの距離で私は足を止める。
自然に見上げる形になるその頭には、貴族が身に付けるどんな綺麗な宝石よりも美しい、今までに見たことがない深い青の瞳が私を写し出していた。
なんて綺麗な瞳…。
私は、思わず、そのドラゴンの頭に手を伸ばそうとした。
ドラゴンに危害を加えるつもりはない。
ただ、その頭に、姿に、触れてみたいだけだったんだ。
グギュゥゥゥーァ
突然の激しい鳴き声と衝撃に、最初は意味がわからなかった。
「キャアァァ」
右腕と右の脇腹に痛みがはしる。
地面に叩きつけられた衝撃と痛みに、私は悲鳴を上げた。
ドラゴンが突然に広げた翼に吹き飛ばされたのだ。
「待って!!私は貴方たちに危害は加えないっ…ケホッ…」
グギュル、ギャァァ
「驚かせてごめんなさっ…」
興奮してしまったらしいドラゴン達は、地面に叩き付けられた私なんかを気遣ってくれるはずはない。
ザリッザリッと地面を蹴りあげながら、私に爪を突き立てようとした。
私、ここで死んでしまうっ。
両手で頭を庇いながら、私は目をつぶった。
ヒュン
空間に風を切る音がした。
一瞬にして羽ばたきや地面の音がかき消えたかと思うと、凛々しい声がこだまする。
「早くここから立ち去りなさい」
村人の中にはいない声だ。
若い、女の人の声。
私は慌て立ち上がろうとして、肩にヌルリと温かい何かを感じた。
それは赤黒く、地面にポタリとシミをつくっていた。
遅れて激痛がはしる。
ドラゴンの爪が、私の肩をかすっていたんだ。
視界がぼやけ、そして私の感覚はそこで途絶えた…。
「大丈夫か?アンタさ」
気がつくと、私は横に寝かされていた。
中央には明かりがともり、天井にはむき出しの石肌が見える。
肩も脇腹も背中も、そこらじゅうが悲鳴をあげていた。
「ここは…」
そう言ってから身体を起こしてまわりをみる。
「ド…ドラゴンっ!」
慌てすぎたのか、石造りのベッドから転げ落ち、また身体をぶつけてしまった。
「安心しなよ、って言っても無理もないか。かすっただけでも人間には致命的だからさ」
本当だ。
私が急に動いても、ここにいるドラゴンは身体を丸めたままピクリとも動かない。
「貴女は…」
「この村の出身とだけ言っておく。名乗るほどでもない」
麻で出来た外套を外すと、やっぱり若い女の人だ。
女の人は鉄のヤカンからお湯を木の器に注ぐと、私にそれを差し出した。
「薬湯だ、飲みなさい」
私は器を受け取ると、ゆっくりと口にした。
…とても苦い。
「アンタ、なんであんなことしたんだい?まるで自殺行為じゃないのさ」
女の人は頬づえをつきながら、私に問いかけてきた。
「助けていただいて、ありがとうございます。私はサラっていいます」
とりあえずお礼と自己紹介を済ませてから、私は今までのこと、父親のこと、この谷にいる1頭のドラゴンのこと、私は全てをぽつりぽつりと話し始めた。
女の人は、その態度とはうらはらに真剣な眼差しで私の話を聞いていた。