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なだらかな丘のその先には断崖絶壁になっていて、ふつうの人は滅多に近づかない。
ドラゴンは天敵から子供を守るために、谷間や山頂を好む。
幼竜や玉子を盗むモノもいるからだ。
「鈍く光る鱗、たまらないな」
私は一人呟く。
遠くからでも、その存在感はわかる。
この谷には5頭のドラゴンが住み着いていた。
ゴールドドラゴンの一種だろうか、太陽の光に反射して鈍く煌めく鱗と、翼を広げると牛の三倍くらいの大きさになる身体。
ドラゴン族にしては少し小柄な部類に入るために、戦争が起こった時には飛行部隊としても使われていると父親が教えてくれた。
いつまでも見ていたい。
最初は遠くから観察をしながら、羊紙に特徴やら生態を書き込んでいた。
時々、グゥとくぐもった鳴き声も聞こえてくる。
あれは…?
遠目からでもわかった。
その煌めく身体で地面に丸くなっていた一匹のドラゴンが、私の方に向かって首をもたげたのだ。
…呼ばれたような気がした。
私は何故か身体が熱くなり、つい最近、ドラゴンに襲われそうになったところを村の人に助けられたとか、母親に注意されたばかりだとか、そんなことを忘れて羊紙と羽ペンを地面に転がすと、村人の、それもごく一部しか知らないような細い道を走り出した。
薄暗い緑の急勾配を急いでかけ降りると、風に乗って、ドラゴン特有の酸味ががった甘い匂いが鼻についた。
他の獣が恐れる匂いだ。
私は乱れた呼吸を落ち着かせながら、木の幹に手をついてドラゴン達の行動を見た。
あのドラゴンは、まだ私を視界にとらえている。
あとの4頭は、私の存在になど目もくれてはいない。
…多分、これ以上近よったら襲われるよね、私。
多少の知識と経験から学んだことだ。
けれど、この気持ちはどこから来るのだろう。
もう少し、もう少しだけ近くで見たい。
私は抗えない好奇心のままに、また一歩、ドラゴンの世界に足を進めてしまった。
キュィキュィキュィ…。
1頭のドラゴンが奇妙な声を発した。
すると、他の3頭も私を視界にとらえる。
警戒している声だ。
座っていたドラゴンもズリ、という音を立てて起き上がる。
ここで逃げても、きっと鋭い牙と爪で切り裂かれてしまうのだろう。
今日は村人たちの見回りはない。
だから、私は殺されてしまうのだろう。
それならば、もっと近くで見てみたいと、そう思った。