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第一章3

何度苦虫を噛んだだろうか。


彼、コールサイン「ベトレイ4」は目標との戦闘から少し離れたところでアサルトライフルを抱えたまま、微動だにできないでいた。

恐怖からではない。


あるいはそれが理由で動けないのなら、まだ言い訳ができたかもしれない。誰にでもない、自分自身に。


ベトレイ4は命令で味方が戦える間は、今いる場所での待機以外一切の行動が禁じられているのだ。


激しい戦闘に参加しないでいい、痛い思いをしないでいい。そんなことを考えられるほど、彼は不真面目じゃなかった。


作戦のためだから仕方ない、仲間には仲間の、自分には自分の役割があるんだ。そう達観するには彼は若すぎた。


だからこそ苦悩する。


少し離れたところでは、隊長のベトレイ1とベトレイ3が連携して目標ターゲットの少年に攻撃をしかけている。


今引き金を引けば目標の少年を無力化できるのではないか。そんな誘惑が彼の頭の奥から聞こえる。


いやもっと前に撃っていれば、他の仲間も無傷ですんだのではないか。そんな後悔が胸の奥で疼く。


体が強張る。


頭の先から全身を覆っているマントが少しだけズレた。


(…………おっと)


ライフルの先がほんの一瞬外に出て少し慌ててしまうが、それが彼の冷静さを取り戻した。


ベトレイ4は改めて状況を見直した。


ベトレイ1は長年ボクシングをやっていていた。加えて能力は単純な身体能力の増強、特に腕力は格段に上がっていている。単純なストレート一発で自動車のエアバックが膨らむほどの威力がある。


少年の能力も似たような能力で、ベストコンディションなら隊長以上の脚力があることは、車に追いついたことからわかる。さすがに身体能力の増強とはいっても、全速力の車に追いつくことは隊長にはできない。


しかし少年は長時間にわたる能力の使用で疲弊していて、精彩さを欠いている。対してベトレイ1は他の隊員がいる間は援護に徹していた分、体力は残っている。


それにベトレイ3もいる。ベトレイ3は能力が捕縛系で終始援護に徹していたので、大きく疲れた様子はない。


相手が万全の状態なら、2対1でもあるいは勝敗はわからなかったかもしれない。


しかし状況を確認したからこそ、ベトレイ4は確信を持ってこう思った。


(……俺の出番はないな)


目標の少年がつまづいたところに、ベトレイ3の不可視の縄が少年の腕を捕らえる。さらに動きが鈍ったところに、ベトレイ1のストレートが命中する。


離れた彼にも聞こえるほどの、骨の折れる嫌な音が響きわたる。


錐揉みしながら吹き飛ばされた少年は、木にぶつかるとズルズルと崩れ落ちた。


「……………………ぅっ‼︎‼︎」


遠くで少年の絞り出すような苦悶の声が聞こえる。


相当我慢しているようだが、殴られた肩を抑えて全身で息をしている様から、これ以上の戦闘が無理なことは明白だ。脂汗をだらだらと流しながら歯を食いしばって痛みを我慢している姿が容易に想像できる。


ベトレイ3は肩が折れた腕に縄を巻きつけると、容赦なくその縄を引っ張った。


「…………ぃ……っ!」


抵抗らしい抵抗もできないまま、地面に倒れた少年は、肩を引っ張られたせいか、地面にぶつけたせいか、少年は悲鳴をひとつあげた。


その上にベトレイ1が馬乗りになって動きをさらに封じる。そのまま少年の首に手を置くと、ベトレイ1は動きを止めた。


ベトレイ4はそんなベトレイ1の行動に訝しんだ。目標の少年の回収が今回の任務であるから、万が一の抵抗を考えてここで無力化した方が良いに決まっている。人だろうが能力者だろうが頸動脈抑えるだけで昏倒できるのに、どうしてそうしない。


集中してベトレイ1の様子を伺うと、少年と何事かを話しているようだった。ベトレイ3は黙ってそれを見守っていた。


ベトレイ1は決して油断しているわけではないのだろうし、少年の能力を考えればこの状況が逆転することはない。だから彼は困ったように溜息を吐きながらも気を抜いてしまった。


抑えこまれている少年から見たら隙だらけだというのに。


バチンッ。


思わず肩が強張ってしまうような渇いた音が突然響き渡った。


彼は最初、コンセント口に針金を差し込んだときのようなその音が、どこからしたのかわからなかった。


どさっと力なく倒れたベトレイ3と少年の上に倒れたベトレイ1、そしてそこから這い出ようともがいている少年。何が起きたのかわからなくても、誰が原因なのかは明白だった。


少年は折れた肩の痛みに耐えつつも、試行錯誤の末にベトレイ1を退かすことに成功し、脱力して大の字になっている。全身で空気を求めている姿からは、先までに感じていた周囲がぴりつくような緊張感はない。


彼は惚けた表情を引き締めた。色々考えたいこともあるが、今大事なのはようやく彼の出番が来たことだ。


地面に寝転んでいる少年から離れているため、確実に射線に捉えようと膝立ちの姿勢から音をたてずに立ち上がる。


少年の近くにベトレイ1が倒れていて誤射に巻き込みそうだと迷ったが、どうせ治せるんだとすぐに割り切った。


ここ一番の集中力を注いで、少年の動きを注視する。


少年が起き上がろうと肘を立て、上体を持ち上げた瞬間、


(今‼︎)


ライフルの引き金が引かれ、振動と共に鉛の弾が十数発、飛翔した。1秒の10分の1にも満たない間に、彼と少年との距離を詰める。そして気が抜けて無防備になった少年の柔肌に風穴がーー



キキキキキィィン



楽器のトライアングルを連続して叩いたときのような、金属特有の甲高い音が鳴り響く。四方に弾き返された銃弾によって、カサカサと木の葉が擦れる。


ベトレイ4は目を剥いた。さっきまで少年がいた場所から、いつの間にか姿が見えなくなっていたのだ。


いや、正しくは見えなくなっていたのではない。少年を隠すように黒い円形の物体があったのだ。中心から放射状に伸びる骨組みによって凸形に反り曲がったそれは、どう見ても市販傘だった。


ベトレイ4は混乱した。


引き金を引くまで彼と少年の間には誰もいなかったはずだ。確かにいなかった。


なら、それなら、あの傘を持つ人物はどうやって現れたのだろうか。


瞬間移動系の能力で遠距離から跳んで来たといった推測ならできる。ここは能力者が多く住む島だ。瞬間移動など珍しくもないだろう。


しかし、たとえそうだとしてもタイミングと場所が出来過ぎだ。


もう少し遅ければ、当然少年は蜂の巣とまで言わなくても、風穴一つは空いていたし、逆に早ければベトレイ4は増援を警戒して引き金を引かなかっただろう。


そして今のベトレイ4は羽織っているマントのお陰で外からは姿が見えないはずだ。それにも関わらず、傘を持つ人物は彼と少年の間に現れ、加えて傘の先端の陣笹をこちらに向けて盾のようにしている。


引き金を引いてから鉛弾が当たるまでのコンマ1秒にも満たない時間。伏兵であるベトレイ4の存在を知らしめ、かつ少年を助けるベストなタイミングとポジション。目隠しと耳栓をしたままバッターボックスまで歩いて行き、ホームランスを打つようなトリプルエーの連続。


(これじゃあまるで俺の、俺達の行動を最初からーー



どんっ‼︎



最後まで考える間もなかった。全身に澄み渡る衝撃とともに、ベトレイ4は意識は途絶えた。


ストックが切れました

次話以降の投稿はだいぶ間が空くと思います

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