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第一章2

その様子を観察する人影が2つ、立ち並ぶ木々に紛れてあった。


片方はYシャツにジーパンと当たり障りのない服装をした高校生くらいの年頃の少年。お世辞でも整っているとは言い切れるわけではないが、不細工とも評価し難い、あくまで普通といった顔をしている。別に雨が振る気配はないのに、両手にはしっかりと閉じた傘が握られている。


もう一人はポケットが変に膨らんだ白衣を着た少年と同い年くらいの少女。少年とどこか似た特徴があるが、綺麗に整っていている。そんな少女の鼻頭には、無骨でアンティークな片眼鏡モノクルがちょこんと乗っている。


顔のパーツだけ見れば兄妹あるいは姉弟のように見えそうだが、整っているかいないかという違いは大きい。はたしてこの2人を前にしてそういった感想を持つ人はどれほどいるだろうか。


「どれくらいだった?」


少女は片眼鏡を外しながら、眼下の交通事故のような惨状から目を離すと少年にそう尋ねた。


何がとは言わなかったが事前に役割を決めていたため、それが何を意図した質問なのか、少年はわかっていた。


少年はちらりと少女を一瞥すると、下にいる少年に視線を戻した。


「平均すると100キロってとこかな。瞬間的になら200キロ以上出てるところもあったね」


それが下にいる少年が走った際の移動速度だった。


直接目で見ていたとはいえ、少女はその値に感嘆した。


「障害物ばっかだったのにずいぶんと速いんだね」


「光速移動できる人が何言ってんだか」


少年がおかしそうに肩を竦めると、少女は「ハル」と少年の名前を呼んだ。


「何度も言うけどアレは光速じゃなくて亜光速だからね」


「……どっちでも良いじゃん、それくらい」


少女には妙なこだわりがあるようで、物覚えの悪い生徒に叱る先生のような口調だった。


「それに私が言いたいのはそういう意味じゃなくて」


「能力者になってまだ数ヶ月しか経ってないのに、でしょ? わかってるよ、ナツ」


能力者になっていくら卓越した能力を手に入れたとしても、あくまで使うのは人だ。能力者になったばかりの者には、能力者以前の常識や忌避感などが足を引っ張って能力を十全に発揮できるはずもない。


下にいる少年もまたそうだ。


いくら人を越える身体能力があったとしても、普通の人が時速100キロ越え、つまり乗用車並の速度を生身で出せば必ず恐怖心が湧き上がるものだ。さらに走れる場所も限られ、障害となる木々が多数ある森林であればなおのことである。


(……気に入らないな)


ハルと呼ばれた少年は心の内でそう思った。

いくら車の中に攫われた大事な人がいるからといって、そうやすやすとあんな真似ができるわけがない。


家族が死にそうになっているからといって、建物の3階から飛び降りてまで助けに行ける人がそういないのと同じだ。


それなのに少年はやってのけた。まるで大事な人のためなら自ら命を捨てることを厭わない物語のーーーー。


(いや、まだそうと決まったわけじゃない)


そこまで考えてからハルは首を振って自分の考えを振り払った。


(もしかしたらここに来る前に能力の訓練をしていたのかもしれないし、そもそも気に入らないのもナツがまだどんな人かも知らない奴に興味があるからだ。絶対に嫉妬とかそういうのが理由なわけじゃない)


ハルは片手を胸に当てて、自分に言い聞かせながら大きく深呼吸した。


言い聞かせている言葉もまた、嫉妬からくるものだということにハルは気付いていなかった。


「それでそっちはどうだったの?」


ハルはそんなもやもやした考えを表に出さないで、自然に少女ーーナツに問いかけた。


ハルが下にいる少年の速さを測るのが役割だったように、ナツもまた役割を割り振られていたのだ。


『万能』の二つ名を持つナツだからこそできることであり、いつものように明解な答えが返ってくると期待していたが、ナツは


「うーん……、解析できた、てことで良いのかな……?」


と片眼鏡を手の中で転がしながら、珍しく言葉を濁した。


「できなかったの?」


「よくわかんないんだよね」


ナツは困惑した表情を浮かべながら肩を竦めた。


「一応読み取れた部分があるし、シミュレーションしてみたらある程度は再現できたから、多分あってるんだろうけど……」


言いながら片眼鏡をかけ直しながら下を見下ろした。


下では車の輪郭が曖昧になると、影のように溶けて消えた。車があった場所には、数人の黒ずくめの男達が膝をついていた。男達の1人は14歳前後のゴスロリ衣装の少女の首を腕で抑え、こめかみに拳銃をつきつけている。少女は気を失っていて、ぴくりとも動かない。


少年はその少女に気付くと、何事かを大声で叫んだ。おそらく少女の名前を呼んだのだろう。


ナツはその様子を片眼鏡から眺めながら淡々と言った。


「……どうしても解析できない部分が大きいんだよね」


「まだ使えてない余剰分とかじゃないの?」

ハルが訊くとナツはふるふると顔を横に振った。


「解析できないってだけで、能力自体には組み込まれてるっぽいんだよ。時計の歯車の一つが歯車型の時計で代用されてるみたいな感じ、って言えばわかるかな」


「じゃあ外の時計の構造はわかるけど、歯車型の方はわからないってことか……。でも、さっきシミュレーションで再現できたって……?」


「構造はわからなくても歯車としての形状はわかったんだ。ストックで代用は可能なんだよ」


「ふーん……。よくわかんないけど、そんなもんなの?」


「そんなもんそんなもん、っと」


ふとナツは片眼鏡を外すと視線を下にやった。


促されてハルも下を見た。


少年が足を大きく振ると、白い物体がすさまじい速さで少女を抱えている男にむかっていった。


その物体が腕に当たった男が仰け反り、パシュッ、と乾いた銃声がした。


離れたところで白い靴が音もなく地面を転がる。


振り上げた足を地面に叩きつけると、どんっ! という腹に響く音と共に少年の姿が消えた。瞬きする間に少女を人質にとっている男の前に移動していた。急な加速と制動に地面が大きく削れ、男達の周りを土砂が降り注ぐ。


目に土や砂が入ることを忌避した男達は、腕を上げ、目を細めたが、


「失策」


ハルは嘲笑混じりに呟いた。


男達は素人ではないらしく、視界を遮られてもただ突っ立っていないで距離を開けようと動くが、自動車にも引けを取らない少年の脚力に遠く及ぶはずもない。特に少女を抱えていた男はバランスを崩していて、なおのこと出遅れた。悲鳴をあげる間もなく少年の蹴りが、


「……外れた?」


「いや」


ハルは短くナツの疑問を否定する。足を大きく振り切った少年の前で男が崩れ落ちた。


「顎先を蹴って脳震盪を起こさせたみたい」


「下手に蹴り飛ばしたら人質も一緒に傷つけるところだけど、一瞬で意識を狩りとることで、人質を無傷で助けた。……なるほどね、よく考える」


「……確かに上策だけど」


少年が少女を木の陰に横たえている間に、ハルの視線の先では男達の半円状の包囲網が完成していた。


奇襲に成功し、人質を解放することはできたが、他の男達には臨戦態勢になる時間を与える結果となってしまった。男達の手には火器の類がある。


少年が隠れた木の辺りに牽制の射撃が襲う。


少年は元来た方角と男達と視線を行き来させている。逃げるか応戦するか迷っているようだ。


しかし逃げれば今度は追われる立場になり、当然後ろからの銃撃を気にしなければならない。それに助けた少女のこともある。さっきまでのように全力で走れるとは思えない。


逆に応戦するとなると火器類を持った多数を相手にしなくてはならない。いくら超能力が使えたとしても、鉛玉一つで命を落としてしまうこともある。加えて少年の能力は1回でも男達に見せているのに対して、男達の何人が能力者なのかもわからない。


少年が悩んでいる間に、男の2人が周りこんで撃とうと移動をしている。タイムリミットもそう長くない。


「さて、どうするのやら」


「いやいや。このまんまだと森下奏が負けるには目に見えてるでしょ。あれに気付いてないわけじゃないよね?」


ナツは少年ーー森下奏が隠れているところから離れた辺りを指差した。そこには生い茂る木々の間にひょろひょろした草があるだけで、これといったもの見あたらない。


しかし超常の能力を持つハルとナツには、そこにある、いやいるモノの存在を感知していた。長い棒状の物を抱えた人物が膝立ちになって、その棒の先を森下奏に向けていることを。そしてその棒状の物のシルエットが所謂アサルトライフルと呼ばれている小銃に酷似していることを。


何らかの能力で透明になっているか、光学迷彩でも開発されたのか。その人物の姿は肉眼では影さえ見えない。


(ナツにも見つかったってことは当然前者なんだろうけど……)


その隠れた脅威に気付いているのかいないのか、森下奏は目の前にいる男達に突っ込んでいった。


迎撃の銃声がパンパンッと不規則に響き渡る。


森下奏は男の一人の能力で動きに制限をうけるが、地面を削り、石を蹴り飛ばし、死角に入り、あえて射線に入って動揺を誘い、速度だけに頼らない多くの手数で男達を翻弄した。


しかし、


「気付いてるけど……。全然動こうとしないじゃん、あいつ」


姿を隠している人物は何度か森下奏を撃つ好機に恵まれながらも、一切動こうとせずに静観していた。


こうも微動だにしないと、森下奏と戦っている男達とは別口なのかと疑いたくなってくる。


「全員倒された後の気が緩んだ瞬間を狙ってるんでしょ。どんなに強かったとしても、ずっと緊張してられるわけじゃないからね。それに戦えば疲れるわけだし、その分隙は大きくなるでしょ」


ナツのざっくりと要点をまとめた説明にハルは納得しかけるが、ふっとある疑問が浮かんだ。


「でもそれって仲間が殺されたりしないことが前提な作戦だよね。1人でも使えなくなったら、たとえ勝ったとしても損になるじゃんか」


やや言葉が足りないが、ちょうど同じことを考えていたナツは、ハルの言わんとしていることがわかった。


昔に比べて今日の大国の軍事は、商業と同じように人の価値はかなり高くなっている。育成費用に補償風、それに加えて評被害。条件が重なれば、数千万する機材より人1人の命の方が重宝されることがあるほどだ。


「それともあそこで寝てるお姫様には、それを帳消しにできるくらいの価値があるっていうの?」


ハルが訊いたちょうどそのとき、吹き飛ばされた男が、寝かされた少女の傍を通り過ぎていった。森の奥に消えていったまま帰ってこない。


「ランク4の一風変わった変身能力(メタモルフォーゼ)。研究材料としては心許ないよね」


予想通りの低さだったが、ハルは些かがっかりしたように肩を落とした。


「……やっぱその程度か。じゃあやっぱり元を取れない愚策ってことなのか」


「逆にそう思わせるのが目的だったりしてね」


「ん? ……ああ裏をかく作戦ってこと?」


「もしくは平和な日本人だから、殺すのに躊躇いがあるって舐めてかかってるから、とかかな」


「あ、そっちの方が納得」


冗談めかしたナツの言葉に、ハルはクスリと笑った。


気がつけば男達の多くは倒され、森下奏が残る2人と対峙していた。ボクシングの構えをしている男は、森下奏と同様に身体能力を高める能力らしく、常人より素早く力強いジャブやストレートを繰り出している。その隙間を縫うようにもう一人が拳銃で森下奏を狙いつつ、透明な縄で森下奏の動きを止めようとしている。


早さなら森下奏の方が上だが、疲れだけでなく、手足に所々ある傷のせいで動きが鈍っていた。森下奏はだんだんと劣勢に立たされていく。


ナツは片手で弄んでいた片眼鏡を投げ捨てると、言った。


「さて、そろそろ準備しますか」


ナツの手から離れたとたんその形が曖昧になって消えていく片眼鏡を尻目に、待ってましたと勢いよくハルは肩に傘を担いだ。


傘を持っていない手でナツの手を握ると短く言葉を交わす。


「作戦を」


「『入力インストール』」


「…………。負けたときは?」


「後から助ける。ただしその場合、計画は破棄」


「了解。座標は?」


「『出力エクストラクション』……完了」


「タイミングは任せるよ」


ハルは何かを試そうと。


ナツは何かに期待しつつ。


短いやりとりでお互いに緊張感を高めていった。


「じゃあ僕達の正義を始めようか」

牛歩の歩みで進めています

評価、添削、感想、その他諸々。

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