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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あのとき俺は〜幼稚園編〜

作者: じゅり

昔から『女はか弱いから守ってやらなきゃいけない』という父の教えを守ってきた。

父は俺が4歳のときに帰らぬ人となってしまったが、大好きだった父の唯一俺が覚えているその言葉を、意味はよくわからなかったが、そういうもんなんだろうと納得して大切にしてきた。

当時の俺は守るっていうのがどういうことだかよくわからなかったので、周りの同性のがきんちょと比べて異性に優しかったんだろうと思う。


幼稚園の頃、お遊戯の時間には俺の隣の席を得ようといつも女の子たちがバトルを繰り広げた。

言い争い、俺の服を掴んで放さない幼女二人にびっくりしたのが幼稚園最初の思い出だ。

繰り返すうちに争う人数は増えていったし、俺もこういうもんかと慣れていった。

先生が俺の席を希望者の交代制にすることで、一時期平穏になったが、次第に希望者が増え一人毎の時間が減るとともにピリピリとした空気が漂った。

年度が変わり、クラス替えとともに担当の先生が変わると争いは再燃した。

先生は前任から何か言われていたのか、「平等に交代制にしましょう」と笑顔で提案したが、前年不満に思っていた女児たち数名が「絶対に嫌!!!」と叫び睨みつけてきたのでひどく動揺していた。

動揺から立ち直った先生の一言が最悪だった。

「じゃあ、ゆーくんはいつも先生の隣に座ってもらおうかな」

この「ゆーくん」ってのが俺だ。

聞き分けのない子供を諌め、交代制に妥協してもらうため、あえて言ったんだろう。

Aが欲しいならBを我慢しなさいってのは、多少の抵抗はあっても子どもにもよく使われるいい交渉術だと思う。

驚愕に目を見開く女児たちが、先生の予想以上に泣き叫び、園長先生を呼んでその場を納めなければならない事態にならない限りは…。

真っ白な髪と柔和な微笑みがトレードマークのこの園の最年長者、園長先生はさすがだ。

泣き叫ぶ少なくない数の女児、その事態に怯えるたくさんの子どもたち、そのほぼ中心で身動きひとつ出来なくなって立ちすくむ蒼い顔した俺、という異様な光景を見ても彼は顔色一つ変えなかった。

園長先生とともにいた先生なぞは、無意識なんだろうがその図を見て数歩後ずさったというのに!

園長先生は微笑んだまま泣いていた女児たちをあやし、中でもいまだ興奮冷めやらぬ数名のその思うところを聞き出していった。

すぐ側で聞いていた俺には、その嗚咽混じりな上に幼児ゆえ支離滅裂な言葉の意味が理解出来なかったが、彼にはわかるようだ。

全員から話を聞き終えると、彼は振り返り笑顔のまま俺にたずねた。

「ゆーくんはどうしたいですか?」

担任の先生が唖然とした顔をしたのが目の端に映った。

いきなり否応なく当事者になってしまった幼稚園児にそれを聞くのか…と今の俺なら思う。

だがその頃の俺は、素直なよい子だったので

「みんなで仲良くしたいです。あきちゃんも、かおりちゃんも、しおりちゃんも、ちかちゃんも、まみちゃんも、ゆりちゃんも、りなちゃんも俺がいたら泣くなら、俺もう…幼稚園来なくていいです。」

と彼の質問にありのままの気持ちで答えた。

名前を上げたのは、最初に不満を叫び、そして最後まで興奮冷めやらなかった子たちだ。

彼女たちは自称俺の『特別』であり、他の子たちと自分を同じに扱うのは間違ってると常々言っていた。

ちなみに五十音順で名前を呼んだのは、優劣をつけると怒り出す彼女らの特性を考慮したものだ。

園長先生は少しだけ目を見開いた気がしたが、やはり笑顔のまま俺の頭をなでて

「ゆーくんはあきちゃんたちのことを大切に思ってるんですね」

と確認をとってきたので、俺は『女は守るもの』という意味で大切にもしなきゃいけないんじゃないかと思い「はい、もちろんです」と答えた。

嗚咽が止み、しんとなった部屋から園長先生は女児たちを連れて去って行った。

後に残された担任の先生にじっと見つめられた気がしたが、異様な空気の終わりをしっかり感知した他の子どもたちが遊びだして、いつも通りになった。

その日、騒ぎを起こした女児たちはそのまま帰宅となったらしく、翌日顔を合わせたときにはずいぶんとおとなしくなっていた。

争いがなくなったわけではなかったが、あきちゃん以下7名の誰かが常に俺の側に陣取り他の女の子たちの統制をするようになった。

7人は1日交替で『俺係』と言っても過言ではないほど俺の世話を焼き、それ以上に俺に近寄る他の女の子たちを牽制していた。

不満げな顔をする者もいたが、先日の騒ぎとそれに伴った異様な空気の記憶からか、彼女らは表立って不満を口にすることはなかった。

放っておいても大した被害はなく、いつの間にか誰かが隣にいる。

俺は入園以来の平和な毎日に日々感謝していた。

園長先生は彼女らに何を言って聞かせたのだろう?

俺は卒園するまでの間ずっと、彼を尊敬の眼差しで見ていた。


余談だが、この事件で一番の被害を被ったのは担任の先生だ。

俺の隣を独占するようなことを言ったのが原因らしい。

女児たちは彼女に対して無視・反抗の態度を卒園まで貫いたし、ことある毎に俺にも「あの女はゆーくんを狙ってるから気を付けて」と繰り返した。

狙うってなんだ?先生はスナイパーなのか?と俺はいつも疑問だったが、あまりに何度も言うので肯いておいた。

先生が俺に話しかけるだけで睨まれるので、先生はその子らの前では俺に話しかけなくなった。

あれ以降で先生が人目を気にせず、俺に話しかけたのは卒園式の直後ただ一度だ。

他の子同様、俺を優しくハグし、頭を撫でてくれた先生に、俺も別れを惜しみ、最大級の感謝を込めた笑顔を向けたのだが…それを目撃した女児たちは当然黙っていなかった。

「ロリコン」と囃したてられ囲まれた俺たちを、保護者までがチラチラと遠巻きに観察しだし、コソコソと周りと話し出した。

俺にはロリコンの意味がわからなかったが、青褪め虚ろになっていく先生の顔を見て、俺のせいで先生が責められていることだけは理解できた。

守るはずの俺が原因で…と思うと俺は溢れる涙が止められなかった。

そして男が泣くなんて、と思い走ってその場を去った。

だから俺はもちろん知らない…それを傍から見ていた保護者たちの好奇と疑いの目に耐えられなった先生が、翌日辞職を願い出たなんて。


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