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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
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第40話「届かぬ手」



 私は如月学園の正門前に佇んでいた。

 間島達と別れてから、私は脇目も振らず、学園を目指した。妙なことに、あれだけいた〝生ける屍〟の群れは、私を追ってくることはなかった。そして、私は難なく学園へと辿り着いている。

 何か意図があるのは間違いない。でなければ、何の障害もなくここまで来れるわけがない。罠――と思って差し支えないだろう。


「……けど、行かないわけにはいかない! 私は――」


 聖羅を何として連れて帰らなければならないのだから。

 私は風の力を纏い、飛ぶ。固く閉ざされている正門を飛び越え、学園内のグラウンドに降り立つ。

 降り立った瞬間、それが引き金かのように異変が起きる。場の空気が冷たく凍り付き、異様な雰囲気に包まれる。


「何? これは――結界!?」


 それが結界であることはすぐに気が付けた。なぜなら、以前にもここで、これと似た結界を私は見たことがあるからだ。だが、何の結界かは分からない。だが、異質で、重苦しい力を感じる。以前以上に結界が強力になっている。

 数日前、同じ場所で起きたことが脳裏を過る。あまり思い出したくもない事だ。あんなものとは二度と戦いたくない。

早急に校舎内に入った方が賢明のような気がする。そう思い、歩を進めようとした時だった。前方に見覚えのある人影が立っていた。


「あ、あなた――」

「やっと来てくれたのね、〝お姉様〟」

「せ、聖羅!」


 そこにいたのは聖羅だった。微笑みを浮かべ、こちらを見ている。

 何故、聖羅がこんな場所にいるのか? てっきり校舎の中に囚われているものばかりと思っていたのに――。


「お姉様、遅いんだもん。待ちくたびれちゃったよ」


 そう言って、聖羅はクスクスと笑う。その笑顔は屈託なく、いつもの聖羅のように思える。


「あ、あなた、どうしてこんな所に――ううん、今はそんなことはどうてもいいわ! 捕まっていないなら好都合よ。早く一緒に帰りましょ!」

「帰る? 帰るってどこに帰るって言うの?」

「どこにって……一ノ宮の屋敷に――私達の家に決まってるじゃない!」

「私達の――家?」


 聖羅は不思議そうにそう言うと、またクスクスと笑いだした。


「せ、聖羅?」


 何か、聖羅の様子がおかしい。いや、この感じはどこかで――。


「何を言っているの、お姉様は? あそこに帰る? バカを言うのも大概にして欲しいわ。あそこのどこが私の家なの? 真実を隠し、私を除け者にしているくせに、どこに私の居場所があるって言うの?」

「ち、違う! それはあなたを――」

「守るため、なんて事を言うんだよね? それはもういいよ。そんな言い訳は聞き飽きたから。そんなのお姉様達が嘘を正当化したいだけの言い訳だよ。嘘をつかれた私の気持ちなんてこれっぽちも考えてない、自分達の都合だけを押し付けた、自分達の保身しか考えてない言い訳よ!!」

「せ、聖羅……」


 ショックだった。分かっていたことではあったが、聖羅が私をそんな風に見ていることがショックだった。

 どんな形ではあれ、聖羅は自らの意志で、自ら望んで大神について行ったのだ。それが大神の能力のせいであれ、聖羅の中に私から、一ノ宮家から離れたいと望んだが故だ。そんな彼女を説得するのは簡単なことではない。

 それでも私は――。


「それでも私は、あなたを連れて帰りたいの。たとえそれがあなたの意志に反していたとしても、連れて帰って、今度こそちゃんと――」


 私は自らの気持ちを言葉に出しながら、聖羅へ近寄っていく。

 だが、途中まで言いかけたその時だった。突如上空から巨大で黒い物体が頭上に落下してきた。


「くっ!」


 私は物体が地上に落下する直前に後方に飛び退く。

 物体は地響きと共に地面に落ちる。落ちた場所は丁度私がいた辺りだった。

 危なかった……後一瞬気づくのが遅れていたなら、この黒い物体の下敷きになっていただろう。


「い、一体何なの!?」


 落ちてきた物体に視線を向ける。落ちた衝撃で砂煙が上がり、その姿は隠れているが、うっすらと影だけが見える。かなりの大きさだ。

 砂煙が徐々に晴れていく。それに連れて、その巨大な姿が明らかになってくる。それは黒い体毛に覆われ、四足で地面に立っている。


「そう……やっぱりそうなるのね?」


 体色と四足だという事実だけで、それが何なのか分かった。間違いなく〝あの怪物〟だ。


「芸がないわね……今更そんな獣風情を出したところで――」


 言いかけて、言葉をのむ。砂煙が完全に晴れ、その怪物の姿が完全に露わになった瞬間、驚愕した。

 視線を上へ――ちょうど以前戦った怪物の頭がある場所。そこに目を向けると、そこには――。


「う、嘘……でしょ?」


 そこには、三つの頭があった。

 一つの胴体に、三つの頭。これは――。


「ふふふ、驚いてる驚いている。どう? すごいでしょ? 私も初めて見た時はびっくりしちゃった」

「せ、聖羅……」


 聖羅は怪物の脇から微笑みながら姿を見せる。その笑みはどこか妖艶で、まるで聖羅が聖羅でないような錯覚をさせる。

 この微笑みもどこかで――


「この子ね、ケルベロスって言うんだって。あの人はそう呼んでいたわ」

「け、ケルベロスですって!?」


 ケルベロス。その名ならば聞いたことがある。確かギリシャ神話に出てくる冥界の番犬の名だ。冥界から逃げ出そうとする亡者は捕らえて貪り食うという、三つの頭を持つ魔犬。その神話の生き物が、今目の前のいる怪物だというのか――。


「ふふ、半信半疑みたいね? でも、本物だよ。大神さんは本当にすごい人よ。神話の生き物ですら、生み出し、使役できちゃんだもん。そう――お父様やお姉様なんかよりずっと凄い人。そして聡明な人よ!」

「何を言ってるの、聖羅! アイツはそんな奴じゃない! あなたを利用してるだけの最低な人間よ!!」

「そうよ、大神さんは私を利用している。自分の目的の為に。でも、それすらも私に明かした上でよ。嘘なんてどこにもない。なら、あの人の方がよっぽど信用できるきるわ!」


 ダメだ。大神に完全に心を操られている。アイツは信用できる人間なんかじゃない。いや、もしかしたら、既に人間ですらないのかもしれない。


「それに、あの人は代償として私の望みを叶えてくれるって約束してくれてるもの」

「あなたの……望み?」

「そ。お姉様にはそれが何だか分かる? 分からないでしょうね。自分の事しか考えて来ないで、嘘をつき続けてきたお姉様には分かりっこないわ。ふふ――ホント、愚かなお姉様」

「あ、あなた――」


 その微笑みとその言葉で、やっと気づくことができた。聖羅から受ける感じに既視感がある理由に。

 この感じ、この妖艶な微笑み、そして、この言動、どれもあの時のみことと同じだ。


「そう……そういうことなのね。そこまでして……そこまでして、人の心を弄んで何がしたいのよ!!」


 私は空に向かって叫ぶ。どこかで聞いているであろう大神に対して。だが、その叫びも虚しく木霊するだけだった。


「呆れた……この期に及んで、まだ自分よりあの人を責めるね? なんだが、幻滅しちゃった。もういいわ――手筈通りやっちゃいなさい、ケルベロス」


 その冷徹の言葉に呼応して、魔犬は私に向かって一歩踏み出してくる。


「ま、待って聖羅! 私の話を聞いて!」

「あはは――そんなのもう無駄だって分からない? それに、そんな事を言ってる場合じゃないよね?」

「くっ!」


 聖羅の言う通り、魔犬は迫ってきていた。以前戦った時よりも一回り大きくなっている上に、頭が三つ。悠長に会話している場合ではない。

 でも、邪魔だ。今はこんな化け物を真面に相手している場合ではないのだ。


「この――邪魔すんじゃないわよ!」


 能力を解放すると同時に、無数の風の刃を放つ。と同時に風を全身に纏い、魔犬に向かって突進する。

 奴の能力と弱点は分かっている。風の刃すらも打ち消す大咆哮。だが、それに伴い咆哮直後は若干の間硬直する。その瞬間が狙い目だ。大咆哮さえ耐え凌げれば、こちらの勝ちは揺るがない。


「ふふ――バカな人」

「え――」


 目を疑った。聖羅の声は聞こえていた。妖艶な微笑みを浮かべているのも見えていた。だが、そんなことよりも私には予想に反したものが見えていた。

 魔犬は咆哮の態勢に入らない。動きを止め、ただ風の刃が目前に迫るのを待っている。

 一体何を考えているのか――吠えなければ、その身体は切り刻まれるというのに。

 だが、その答えはすぐに出た。風の刃が魔犬の目前に迫った時、奴はその右前足を上げ、振り下ろす。その瞬間、風の刃は全て塵となった。


「そ、そんな!?」


 私は余りにも突然の出来事に、魔犬へと向かって走っていた脚を止め、急停止する。いや、本来ならば、止まれる勢いではなかった。そのまま、奴に突っ込む他なかった。だが、私の中の本能がそれを拒んだ。このまま突っ込めば確実に命がないと、そう理解したのだ。私は知らずの内に逆風を吹かせ、その逆風の力で突進の勢いを殺していたのだ。

 けれど、その一瞬すらも魔犬は見逃さなかった。その間に奴は私の距離を縮め、私に向かって、風の刃を消し去った前足で私を薙ぎ払おうとしていた。


 やばい――間に合うか――。


 当たれば命はない。躱す他ない。

 纏っていた風をすべて足元に集める。前足が目の前に迫る中、私はその風を使って後方へと跳躍した。


「ぁ――」


 間一髪だった。目の前を擦れ擦れに前足が通り過ぎて行った。

 見た――その前足の先、大きく鋭利な鉤爪を。あんなものに引っ掻かれでもしたら、肉も骨も引き裂かれることになる。当たれば終わりだ。

 着地と同時に前を向く。奴から視線を切ることはできない。一瞬のスキが命取りになるのは明白だ。


「必至ね、お姉様? 無理もないか。神話の生き物だもんね? いくらお姉様でも無理よね。ま、頑張ってね。もし、その子を倒すことができたら、またお話相手になってあげる。それじゃあね!」


 聖羅はそれだけ言うと、身を翻し、校舎の方へと歩き出す。


「待って!」


 聖羅を追いかけようと駆け出すが、その行く手を魔犬が立ち塞がっている。


「ふふ、倒せたらって言ってるよね? ちゃんと待ってるから心配しないで。お姉様とって思い出深い場所で、首を長くして待ってるから」


 聖羅は一度だけ振り向き、それだけ言葉を残して再び歩き出した。


「せ、聖羅――」


 呼び止めようとしたところで魔犬が襲いかかってくる。それを再び寸でのところで躱す。


「くっ! 邪魔ばかりを!」


 口惜しい。すぐそこにいるのに手届かない。こいつさえいなければ無理矢理でもあの子を連れて帰るのに――。


「邪魔を――するなあああああ!」


 焦りと怒り。そのどちらもが限界だった。怒りは沸点を超え、私の中で何かが切れた。そして、それは能力として顕著に現れる。

 風は荒れ狂い、魔犬の周りにはいくつもの竜巻が巻き起こる。

 もう悠長にしている時間などない。聖羅をこのままあの男の手元に置いておくことでどんな事になる分からない。もしかすると命のようになってしまうかもしれない。それだけは絶対に阻止する!


「消えろおおおお!!」


 荒れ狂う風と竜巻で魔犬の動きを封じる。そして、右腕に可能な限り風を集め、その腕を感情に任せて振るった。

 振るった腕から特大の風の刃が飛んでいく。それは私にとって過去にない程の巨大で強靭な刃だ。

 消えろ――私の行く手を邪魔するものは全て消え失せろ。これ以上、私達の邪魔をするな!

 怒りと憎しみ。どす黒い感情が膨れ上がり、溢れてくる。その感情がまるで乗り移ったかのように風の刃を禍々しい形へと変えていく。刃は鎌のような三日月形になっていた。


 刃は完全に魔犬をとらえていた。魔犬の三つの首を同時に撥ねようと迫っていく。


 だが――そこからが魔犬ケルベロスの本領の発揮だった。

 魔犬の三つの頭はそれぞれの動きを見せ始める。右端の頭は右を、左端の頭は左を、そして真ん中の頭は正面を、各々の頭が各々の方向へと向く。そして左右の頭だけが大きく口を開ける。


「ま、まさか――」


 その行動には見覚えがある。これは――。


「■■■■■■■■■■■■――――!」


 魔犬は吠えた。それも左右の頭が同時に、それぞれの方向を向いて、大咆哮を繰り出した。

 その途端、魔犬の周りに吹き荒れていた風と竜巻が消し飛ぶ。だが、私の放った巨大な刃にはその咆哮の影響は受けなかった。その形を崩すことなく魔犬へと迫っていく。

 今度こそ終わった。あの刃ならば、どんな強靭な鉤爪を持っていようとも砕くことはできない。そして、風の刃を打ち消す咆哮を先程使い、次の咆哮までタイムラグができる。今度こそ、確実に風の刃は魔犬のすべての頭を切り落と――。


「――え!?」


 勝利を確信したその時、私はあり得ない光景を目にした。それは信じ難く、目を疑いたくなるものだった。

 左右の頭がこちらを向き、その六つの眼全てで正面の刃を見据える。そして、全ての口が大きく開かれ――。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!」


 音は三重に重なり合い、今までない大咆哮となって、私の渾身の刃を消し去った。


「そ、そんな……なんで……」


 そんな――ありえない事だ。連続での咆哮は出来なかったはずだ。それに咆哮直後は体を硬直させて、動きが止まるはずなのに……。

 激情は困惑によって完全に塗りつぶされ、その熱が奪われていく。だが、それに伴い冷静さが戻ってきた。


「一体どうなってるの……」


 理解など追いつかない。ここにいるのは神話の生き物だ。考えたところで分からない。もしかしたら、頭が三つになった事で連続して咆哮を放てるようになったのかも――。


「――三つの頭? まさか……」


 疑問の中に答えを見つける。三つの頭――その意味することが何なのか。それを考えれば、理解できることだった。

 頭は三つ、だが胴体は一つだ。では、その胴体の命令権はどの頭にあるのか。答えは全ての頭だ。さらに言えば、各々の頭が他の頭への命令権を有している。そう考えれば、先程の三重の大咆哮も理解ができる。たとえ二つの頭が咆哮を行って動けなくとも、一つでも余って入れば、再び咆哮が可能になる。動きも止まることもない。

 要するに、あの魔犬の動きを封じるためには、三つの頭を同時になんとかするしかないということだ。


「そう……そういうことなのね……」


 普段の私ならそれを実行できている確実な方法を見つけ出せるまで、粘り続けていただろう。だが、今はそんな余裕がなかった。冷静さを失っていたわけではない。早くしなければ、聖羅が危ないと頭の中で警鐘が鳴り響ていたからだ。


「大丈夫……今度は私一人でもやれるはずよ。彼の力なんて必要ないわ」


 そうだ――一輝の力なんて必要ない。あの時だって、彼がいなくとも倒せていた。

 私の想いは決まっていた。妹を、聖羅を助けるためなら、何だって犠牲にできる。たとえ、自分のいのちであったとしても――。


 私は決意を胸に、再び風を巻き起こす。


「次で終わりにするわ。覚悟しなさい!」


 叫ぶと同時に、私は魔犬に向かって駆け出した。




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