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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
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第34話「想い」・後編



 俺と弘蔵さんは道場の中央に立ち、向かい合う。

 そして、互いに木刀を構える。


「予め言っておくよ。これは今までの稽古とは違う。私は本気で君と戦う。怜奈との約束を守るため、今度は朝まで起きあがれないようにするつもりだ。骨の二三本は覚悟しておくれ」

「――分かってます。そんなこと、言われるまでもありません」

「よろしい」


 そうだ――今から俺が相手をするのは一ノ宮家前当主、一ノ宮弘蔵だ。実力は一ノ宮以上。一瞬の気の緩みも許されない。そんな相手だ。半端な覚悟では戦えない。


 俺にやれるだろうか――。あの弘蔵さんを相手に自らの力だけで弘蔵さんの言う実力の証明ができるだろうか――。


 戦い――いや、これは殺し合いと考えていいだろう。相手の意志を打ち砕き、殺すための戦いだ。

 殺し合いならば――一撃で決まる。俺は弘蔵さんにそう教わってきた。


 殺し合いの中では相手の攻撃は常に必殺。一撃でもくらえば命はないと思え。


 それが弘蔵さんの教え。だからこそ俺はこの一ヶ月間、戦いの中で〝生き残る術〟を教わってきたのだ。

 だが、それだけでは勝てない。

 自身の命を守るだけならば、逃げればいい。戦いの中で生き残りたいなら臆病になることだ。臆病になって逃げ回ればいい。けれど、これから俺が赴く場所はそんな場所ではない。そして、今この瞬間の戦いも逃げ出していいものなんかじゃない。

 覚悟が必要だ。この人に〝勝つ〟という覚悟が。


「良い眼をするようになったね」

「え――」

「戦う者の眼だ。出来ることなら、君にそんな眼をするようにはなって欲しくはなかった」

「それは――俺に戦って欲しくないって事ですか?」

「そうだね……きっとそういう事だったんだろうね。君に戦い方を教えたのは私なのにね。矛盾している」


 そう言うと、弘蔵さんは自嘲気味に笑う。その眼は悲しそうな眼だった。


「弘蔵さん……」

「忘れておくれ。これは私の願望だ。君が望んでいるのはそんな事ではない。そうだろう?」

「はい。俺は一ノ宮が戦うというなら、一緒に戦います。それが俺の覚悟です」

「よろしい……では、その覚悟を私に証明してみなさい!」


 弘蔵さんの表情が一変する。年老いた老人とは思えない鋭い眼光と威圧感がこちらに向けられる。

 これが弘蔵さんの本気――その眼で睨まれただけで、体が縮みあがってしまいそうなる。

 勝てる気など一切しない。だが、ここで勝たなければ俺は一生守られるだけの存在だ。一ノ宮と一緒にいることなんてできない。


 絶対に――勝つ!


「いきます!!」


 俺は覚悟を決め、弘蔵さんに向かって木刀を振り上げ打ち込む。


「ぬるい!」

「くっ!」


 俺の木刀を弘蔵さんは自身の木刀で振り払う。

 振り払う勢いが強く、俺は一歩後ろに後退する。だが、その後退に弘蔵さんは合わせるように間合いを詰めていた。

 そして、弘蔵さんは今まで見たことがない速度で木刀を振るった。

 身の危険を感じた俺は弘蔵さんの一閃を木刀でなんとかガードする。だが――。


「くそ!」


 自身が取った行動が間違いだった事に気づき舌打ちをする。

 ガードはできたが、それは間違いだった。今までない剣速で振るわれた木刀は、それに比例して衝撃も計り知れない。たった一撃ガードしただけで、木刀から衝撃伝わり、手が痺れる。

 俺は弘蔵さんから間合いを取るため、後ろに飛び退く。それを追うようにして弘蔵さんは間合いを詰めてくる。息をつく暇などない。


 再び正面から木刀が振るわれてくる。

 あんな攻撃を毎回ガードしていては、木刀を握れなくなってしまう。なんとか躱さなければ――。


「え――」


 正面から打ち込もうとしていた筈の弘蔵さんの姿が視界から消える。決して相手から視線を外していたわけでない。俺の視界から一瞬にして消えたのだ。


「――左!」


 俺は一瞬の判断で左から木刀が振るわれるのを察知して、右へ飛び退く。


「ほう――これを躱したか」


 その俺の動きを見て、弘蔵さんは感嘆の言葉を呟いた。

 今のは危なかった――もし、海翔と弘蔵さんの打ち合いを見てなかったなら躱せなかった。

 だが、劣勢である事は変わりない。どうすれば――。


「考える暇など与えんよ!」


 弘蔵さんはそう叫ぶと同時に、俺に向かって恐ろしい早さで間合いを詰めてくる。


「く――そ!」


 今度は正面からの打ち込み。それを俺はギリギリの所で右へと躱す。そして、また間合いと取る。

 ダメだ――躱すのでやっとだ。全然速さについていけない。どんなに間合いをとってもすぐに詰められる。これではいずれ――。


「どうした! あれだけの啖呵を切っておきながら、その程度かい?」

「くっ!」

「どうやら君を買い被りしすぎていたようだね? もうそろそろ終わりさせてもらおう!」


 弘蔵さんはそう言うと、さらに速力を上げ、今まで以上の速さで打ち込んでくる。

 速すぎる。躱しきれない。

 俺は弘蔵さんの打ち込みを咄嗟にガードした。


「な――に!!」


 俺はガードした瞬間に愕然とした。

 確かにガードはできた。だが、木刀と木刀がぶつかり合った瞬間、俺は弘蔵さんの速さと力に負け、吹っ飛ばされた。


「ぐっ!!」


 吹っ飛ばされた俺は道場の壁に背中を打ち付け、苦悶の声を上げて、その場に崩れる。

 まさか、弘蔵さんの勢いに負けて吹っ飛ばされるとは思ってもいなかった。

 今、ハッキリした。弘蔵さんの最大の武器はその速さだ。考えてみれば、あの老いた体に大の大人一人を吹っ飛ばす力なんてない。あの速力がそれを補っているのだ。

 腕力ではなく、脚力。そして、そこから生み出される速力が相手にぶつかった時に衝撃力に変わっている。それが、弘蔵さんの強さの秘密だ。

 だが、それが分かったからと言ってどうすればいい? それが分かっても今の俺には打つ手などない。


「これで――終わりだ!」


 弘蔵さんは俺を壁際まで追いつめた事で、次の一撃ですべてを終わらせるつもりらしい。その速さで真っ正面から突っ込んでくる。

 俺は起き上がるものの、自身が置かれている状況のまずさに気づく。


 まずい――後ろには逃げられない。


 俺は慌てて、左に飛び退く。だが、打ち付けた背中の痛みで態勢を崩し、転がるようにして飛び退く形になってしまった。

 弘蔵さんの打ち込みからはギリギリの所に躱すことができ、弘蔵さんの木刀が壁をぶつかる音が聞こえる。


 俺は慌てて態勢を立て直し、構えた。


「え――」


 俺は意外な事で驚いていた。

 本来ならば俺が態勢を崩した時点で、勝敗は決していた。一瞬のスキではあったが、この戦いでは命取りなことだ。にもかかわらず、弘蔵さんは俺が先程立っていた場所で止まっていた。

 何故、追い打ちをかけて来なかった?

 情けでもかけられたのか?

 いや、違う。弘蔵さんはそんな事はしない。それに壁に叩きつけられた時だって、弘蔵さんはすぐに追い打ちをかけて来なかった。何か――何か分けがあるはずだ。

 だが、どんな分けだ? あれだけの速く動けんるんだ。俺を追ってこれなかったわけじゃないはずだ。

 それなのに――いや、待て。速く動けるだって?

 あの速力があるからこそ、ぶつかり合った時に力負けして俺を吹っ飛ばされた。それは揺るがない事実だ。

 けど、ぶつかり合ったって事は多少なりとも弘蔵さんの方には負荷がかかっているはずだ。それも半端なものじゃないはずだ。あの速度でぶつかったわけだから。ましてや、それが壁相手なら打ち込んだ本人にその衝撃がそのまま返ってくることになるはず。それを受けがなす術があるにしても、すぐに次撃に移ることなんてできやしないはずだ。


 そうか――追い打ちをかけなかったんじゃない、かけられなかったんだ。ならば――。


「やれやれ……歳は取りたくないものだね」


 弘蔵さんは自嘲気味にそう呟く。

 どうやら、本人も自身の唯一の欠点に気づいているらしい。ならば、こちらの意図が気づかれる前に動くしかない。

 俺はさらに弘蔵さんから間合いを取る。


「逃げてばかりでは意味がないと分からないかい? いつまでもこんな事が続くと思っているわけでもあるまい?」

「え、ええ、そうですね。けど、逃げ回っていれば、いつか活路が見出せるかもしれませんよ? それも生き残る術ですよね?」

「ああ、確かにそうだ。だがね――それだけでは勝てんよ!」


 弘蔵さんは目にも止まらぬ速さで間合いを詰めてくる。今までの中で一番速い。

 幸運だったのは、この一ヶ月の鍛錬とここ数日にあった出来事のおかげで俺の動体視力が飛躍的に上がっていた事と、打ち合いの中で弘蔵さんの動きに目が慣れてきていた事だ。俺には辛うじて弘蔵さんの動きと太刀筋が見えていた。

 俺は弘蔵さんの渾身の一撃を躱すのはなく、ガードすることができた。


「ぐぅう!」


 あまりの衝撃に弾き飛ばされそうになる。だが、それを腰を落とし体重をかけ、ぐっと我慢する。

 ここでさっきのように吹っ飛ばされれば、今度こそ終わりだ。


 耐えろ――耐えるんだ。ここで耐えてこそ、初めて活路が見える!


「ああああああ!!」


 雄叫びを上げ、木刀を握る両手に全精力をかけ、弾き飛ばされそうになるその衝撃に俺は力の限り耐え忍んだ。


「な――に!?」


 驚きの声を上げたのは弘蔵さんの方だった。

 無理もない事だった。今度こそ致命的な一撃になるはずだったものを耐えられただけなら、感嘆に値するものだけだったはずだ。だが、事態はそれだけでは収まらなかった。

 弘蔵さんの体は宙に浮き、後方へと飛ばされていた。

 端から見れば、弘蔵さんが自分で間合いを取ったように見えるかもしれない。だが、事実はそうではない。

 俺が耐えたことで、弘蔵さん自身が振るった力の大きさがそのまま返され、その大きさの余りに後方へと飛ばされたのだ。


「今だ!!」


 この時を待っていたと言わんばかりに俺は前へと進み出ようとした。だが、あの一撃を耐えた俺にもその影響は出ていた。

 既に足はガクガクしていて、手も痺れていた。まともに走ることも、木刀を振るうこともできるかどうか怪しかった。それでも、このチャンスだけは逃せない。


「うごけぇええええええ!!」


 その叫びに呼応するように体は前へと動いた。両手に力が籠もるのも感じた。

 これがまともに打ち出せる最後の一撃だ。外すことは許されない。


「いっけぇぇえええええ!!」


 渾身の一撃を振り下ろす。それは確実に弘蔵さんをとらえていた。だが――


「させるかぁ!」


 その一撃は弘蔵さんの木刀によって阻まれる。


 まだだ――まだ、終わってない。こんな所で終われない! 俺は怜奈と一緒に生きると決めたんだ! アイツと一緒に戦って、アイツの苦しみも一緒に背負うって決めたんだ!!

 だから、力を――振り絞れ!


「うおおおおおお!」


 俺は力を弱めることなく木刀を振り抜くこうと最後の力をこめる。そして――俺は振り抜いた。


「な――!!」


 それはどちらの声か――。

 気づけば一本の木刀が宙を舞っていた。


 俺と弘蔵さんは呆然とそれを見ていた。宙を舞っている木刀が床に落ちるまでがやけに長く感じた。


 木刀が床に落ちた音がした時、はっとして俺は自分の手元を見た。


 俺の両手は――木刀を握っていた。そして、その木刀の切っ先は弘蔵さんの肩口に当たっていた。


「ふふ……本当に歳は取りたくないもんだねぇ……まさか、力負けするとはね」

「こ、弘蔵さん……」

「いや、違うね。これは想いの強さの違いだね、きっと」

「想いの……?」

「ああ、私より君の方が怜奈に対する想いが強かったということだよ」

「俺の……想いが……」


 正直、そんなことは俺には分からない。きっと弘蔵さんだって一ノ宮への想いは強いものだったはずだ。俺とはまったく違ったものかもしれないけど、想いの強さと言うならば同じように思えた。


「それが愛の力というものかね?」

「え!?」

「そんな驚かなくてもいいよ。あれだけの啖呵を切ったんだ。もう君の気持ちは分かっているよ」

「す、すみません……」


 今になって羞恥心がこみ上げてくる。状況が状況だったからとは言え、あんな事言った自分が恥ずかしくてたまらない。


「恥ずかしがることはない。だからこそ、君は私に勝てたんだよ。君の愛が私の慈愛を上回った。それだけだよ。けれど、そんな君だからこそ、怜奈を任せられる」

「え……それって……」

「ああ、行っておいで。怜奈を頼むよ」

「あ、ありがとうございます!」


 俺は許された――これでまた一ノ宮と一緒にいられる。


「ふふ――これから死地に赴く者の顔とは思えない嬉しそうな顔だねぇ」

「あ……す、すみません」

「いやいや、謝ることはないよ。そうだ――ちょっと待ってなさい」


 弘蔵さんはそう言うと、道場の奥へと引っ込んでいった。そして、すぐに戻ってくると、俺にある物を差し出してきた。


「こ、これって……刀、ですか?」

「そうだ、日本刀だよ。これは一ノ宮家に代々引き継がれてきた宝刀でね。昔はこれを使い能力者と戦っていたのだよ。ただ、蔡蔵は刀を使う事を好まなかったのでね。蔡蔵には渡さず、私が持っていた」

「こ、これを俺に?」

「そうだよ。木刀だけでは心許ないだろう? それにこの刀なら、君の助けにもなる。何せ、宝刀だからね」

「それって……」


 それはこの刀にも何か秘密があるという事だろうか。だとすれば、それは一体――。


「この刀の秘密は話さないでおくよ。できれば、使って欲しくないしね。もしもの時に使いなさい」

「そ、そんなに危険なものなんですか?」


 そう尋ねると、弘蔵さんはニッコリと微笑んだ。

 どうやら、相当危険なものらしい……。


「ちゅ、注意します」

「頼むよ。それじゃあ、そろそろ行きなさい。あまりゆっくりしていると始まってしまう」

「はい! 本当にありがとうございました! 行ってきます!!」


 俺は弘蔵さんに頭を下げた。それは感謝の気持ちからだった。俺に一ノ宮を託してくれた事への。


 俺は日本刀を竹刀袋に入れて背負う。そして、道場の外に出ようとの戸を開いた。


 だが、戸を開いた瞬間、俺は唖然とした。


 そこには、おぞましい光景が広がっていた――。




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