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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
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第34話「想い」・前編



 一輝が事務所が出ていくの見送ると同時に私は深い溜息をついた。


「本当にこれで良かったのかい?」


 私に向かって間島が問いかけてきた。

 本当にこれで良かったのか――その問いが私の心を締めつける。私はまた彼に――。


「何よ、それ? あんた達、まさかまだ隠し事があるんじゃないでしょうね?」


 間島の質問に反応したのは真藤刑事だった。彼女からすれば今の質問の意図が分からないのだから、当たり前の反応だ。


「ち、違いますよ。香里さんには、もう隠してることなんてないですよ。ただ、まぁ、一輝君には……」

「は? 一輝? なんであんた達が一輝に隠し事する必要があるの?」

「い、いや、それは……その……」


 間島は視線を泳がした後、私の方へと視線を向ける。助けを求めるような目で。

 そんな間島に私は溜息が出る。それでも仕方ない事だ。これ以上、彼に真藤刑事の前で嘘をつかせるのも酷な事だ。

 そうだ――これは私のエゴなのだから。


「すみません、真藤刑事。一輝には――真藤君には安全な場所に避難してもらいました。彼には……それとは知らせずに、ですが……」

「なんで……そんな事する必要があるの?」

「そ、それは……これ以上、彼をこの件に関わらせたくないからです。今回の件は、彼がこれまで経験してきた以上に危険なものです。だから……」

「なるほどね……間島は? あんたはそれに納得したの?」


 真藤刑事は私の方を向いたまま、間島に問いかけた。


「え、ええ、まぁ。僕の知りうる限り、今回の事件は一般人が、普通の男の子が関われるようなものじゃない。彼の身を案じるなら、そうするのがベストですからね」

「ふーん……なるほど、ね」


 真藤刑事はそう呟くと、私に対してニッコリと微笑んだ。


「ふふ……ありがとう、一ノ宮さん」

「え……」

「あなた、一輝の事、大事に想ってくれてるのね?」

「そ、そんな事は……」

「ううん、隠さなくても分かるわ。その気持ちは本当にありがたいわ。あの子、昔っから無鉄砲で、自分が信じたことに一直線で、自分から折れたり曲げたりできるような奴じゃないもの。あなたの心配、痛いほど分かるわ……でも、でもね、一ノ宮さん!」

「は、はい!」


 一際大きな声で真藤刑事に呼ばれ、私は思わず姿勢を正した。


「あなたは一輝の事、ちょっと甘く見すぎよ?」

「え――」

「あの子は、あなたが思ってるよりずっと手強いわよ。あの子の事想って、どんなに遠ざけたって、あの子は絶対に自分の信じた道を進み続けるわ。あなたも知ってるはずでしょ? そういう奴だって」

「そ、それは……」


 いや、彼はいつだってそうだった。あの時、三年前ですらそうだった。なら――。

 その時、突然栗栖先生がクスクスと笑い出した。


「く、栗栖先生?」

「ご、ごめんなさい。でも、私も真藤刑事と同意見よ。彼ほど、芯の強い子はそういないもの。真藤刑事とは話が合いそうだわ」

「ええ、そうね。栗栖さんって言ったからしら? 私もあなたとは仲良くなれそうな気がするわ」


 そう言って、栗栖先生と真藤刑事は微笑み合う。

 彼女たちは一輝の中に何か見出しているようだった。だからこそ、一輝をそこまで信じられるのだ。私だって、彼を――信じたい。

 だけど、今度は――今度ばかりは彼だって無理なはずだ。だって、彼を守り、そして妨げるのは、お祖父様なのだから――。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 頭が痛い。特に後頭部あたりがズキズキと痛む。

 俺は一体どうしてしまったのだろう? 何故、俺は寝ているんだ?

 ん? 俺は寝ているのか? 何か違う気がする。これは寝ているのとは違う気がする。だって、意識が戻りつつあるのにも関わらず、体の感覚が鈍すぎる。


「ぅ……」


 また、頭が痛い。

 この頭の痛みだって普通じゃない。寝ているのに頭が痛むなんてどう考えてもおかしい。

 何か――俺は何か忘れてはいやしないか? 俺は――何で〝ここ〟で寝ている?


「ぅぅ……」


 意識が戻り始めてきた。それと同時に頭の痛みがさらに増す。

 うっすらと目を開けてみる。ぼんやりとではあるが視界が戻ってくる。

 そのぼんやりとした視界にまず入ってきたのは、表面が茶色くて、縦筋が幾つもはいっているものだった。これは――木目だ。床……なのか?

 自分の目に入ったのが木の床であることに分かると同時に、自分がどんな態勢になっているのか気がつく。

 俺は、床の上に座っている。座ったまま、寝ていた――いや、気絶していたんだ。だが、それだけにしては――。


「うぅ……な……ん……だ?」

「おやおや、もう目が覚めてしまったのかい?」

「え……」


 突然、頭上から声が響いて、俺は驚き顔を上げた。そこには、人らしき顔があった。らしきというのは、俺の視界がまだ完全に戻っていないためだ。誰なのか判別がつかない。


「だ……れ……?」

「ふむ、まだ意識がハッキリと戻っていないようだね? まぁ、無理もない。直撃だったからね」


 声だけがはっきりと聞こえる。しがれた声。穏やかで、優しそうな声。聞き覚えのある声だ。これは――。


「こ、こう……ぞう……さん?」

「そうだよ、一輝君。やっと意識が戻ってきたかい?」

「え、ええ……俺は……一体?」

「まだ完全じゃないね? 覚えてないかい? 君は私の道場にやってきて、そして倒れたんだ」

「え……たお……れた?」


 道場で倒れた……? そうだ――俺は新一さんに言われて弘蔵さんに協力を求めに道場に来たんだ。そして、道場に入って、それから――。


「それ……から……」


 それから――どうなった? 記憶が酷く曖昧だ。それから俺は――。


「ぐっ!」


 頭が痛い。ズキズキする。頭が――。


「あ……た……ま?」


 頭が痛い。後頭部が痛い。

 そうだ――確か俺は道場に入った途端に誰かに後頭部を殴られて――。


「そ、そうだ!?」


 そこまで思考が進んだ時、バチンとスイッチが切り替わったように意識がハッキリと戻った。視界も完全に戻り、弘蔵さんの姿をはっきりと捉える。

 弘蔵さんは木刀を杖代わりにして、いつもの穏やか表情で立っていた。


「そうだ、弘蔵さん! 俺は――」


 弘蔵さんに事実を伝えようと、勢いよく立ち上がろうとした瞬間、自分の体の異変に気がついた。

 立ち上がれない――いや、体が動かない?

 そんな状況に戸惑っている俺を見ながら弘蔵さんは微笑む。


「こ、弘蔵さん?」

「慌てずに、自分の体をよく見てみなさい」

「え……自分の体って……」


 俺は弘蔵さんに言われた通り、頭だけ動かして自分の体に視線を向ける。


「一体何を……てぇ! 何ですか、これはぁ!?」


 思わず大声を上げてしまっていた。それほど自分の置かれている状況が意味不明だった。

 俺は、道場の隅の柱に縄で体を縛られていたのだ。


「見ての通りだ。君は縛れているんだよ。だから動けない」


 弘蔵さんは微笑んだまま、至極当然の事を言ってのける。


「そ、そんな事は分かりますよ! なんで……なんで、縛られているんですか!?」

「さて……なんでだろうねぇ?」

「な、なんでだろうって……」


 弘蔵さんは常時微笑んだまま、会話にならない受け答えを返してくるだけだ。何か――何かがおかしい。弘蔵さんの様子が今までとは違う。


「ほ、解いていただけますか?」


 俺は縄を解いて欲しくてそうお願いしたが、弘蔵さんは微笑んだまま動かない。


「あ、あの!」

「悪いね、一輝君。それはできない相談だ」

「え……」


 弘蔵さんは微笑んだまま、いつもの調子の穏やかな優しい声だった。だけど、その声は怖いほど冷たかった。


「なんで……どういう事ですか!?」

「君の縄を解くことはできない。君をこの道場から出すわけにいかないのだよ。君のためにもね」

「俺の……ためにも?」

「ふむ……無駄話がすぎたね……悪いが、しばらくこのままでいておくれ。それが君のためだ」


 そう言って弘蔵さんは道場から出ていこうとする。

 俺のために〝も〟だって? つまりは、誰かのために弘蔵さんは俺をここに拘束しているっていうことか? 一体誰のために――。


「ハ――」


 思わず笑みこぼれる。

 馬鹿だな、俺は。そんな事決まっているじゃないか。

 弘蔵さんが誰かの為にこんな事をするとしたら、その誰かなんて決まっている。それは――一ノ宮だ。


「待ってください、弘蔵さん!」


 俺の呼び止めに弘蔵さんの足が止まる。後ろを向いたままだが、少しだけ首を回し、こちらに視線を向ける。


「何かな?」

「一ノ宮、ですね? 俺をここで足止めするようにお願いしたのは!」


 弘蔵さんは微かではあるが頷いた。


「やっぱり……なんで……どうしてですか!? なんでアイツは俺を――」

「君のためだ。君の身を案じての事だよ」


 弘蔵さんはそういうと俺の方へと向き返り、近づいてくる。


「俺の……ため?」


 俺のため――これが俺の為だって言うのか? こんな風に身動きが取れないようにされるのが、なんで俺の為なんかになるって言うんだ?


「そう――君のためだ。君を戦場に向かわせない為に、君を死なせない為に、あの子は君が同じ戦場をに立つことを拒んだのだよ」

「俺を死なせない為にって……どういう意味ですか?」

「言ったとおりの意味だよ。もし、君が今回の戦いに赴けば、君は確実に殺される」

「そんな……そんなこと……そんなことないです! 俺だって――」

「ダメだと言っているんだ!!」


 俺が言いかけたところで、弘蔵さんは今までに聞いたことがない大きな声で俺を怒鳴りつけた。


「うっ!」


 俺はその声に驚き、弘蔵さんと視線を合わせた途端、背筋が凍りついた。

 何故か。それは、弘蔵さんの顔が――いつもあんなに穏やかで、優しそうに微笑んでいる弘蔵さんが、眉間に皺を寄せ、目をつり上げ怒りを露わしていたからだ。


「君は分かっていないようだね。今、怜奈が相手をしようとしている者は、対能力者クラスの魔術使いだ」

「そ、それは分かってます。だけど――」

「いいや、分かっていないよ、君は。本来、あのクラスの魔術使いを相手にするとなれば、私達のような能力者ですら命を賭けて戦わなければ勝てない。そんな相手の前に普通の人間が出ていけばどうなると思う?」

「そ、それは……」

「相手などならない。あの齋燈ですら負けた相手だ。君など、一瞬のうちに殺される」

「そ、そんな……」

「君は怜奈に自分が殺される瞬間を見せるつもりかい?」

「くっ……」


 そんなの見せられるわけがない。それは一ノ宮が最も望んでいない事だ。だからこそ、俺を弘蔵さんに拘束させている。

 やっぱり、俺は無力なのか――。


「もう、分かっただろう? 悪いことは言わない。すべてが終わるまで、今夜はここで待っているんだ」


 弘蔵さんはそう言うと、厳しい顔つきから、いつもの穏やかな表情に戻った。

 待て――今、弘蔵さんは何と言った? 今夜――だって?


「こ、弘蔵さん、今何時ですか?」

「ん? もう、夜の8時だね」

「え!?」


 8時だって!? もう、そんな時間になっていたのか。どうやら俺は随分と長い間気絶してしまっていたらしい。


「ああ、心配いらないよ。まだ始まってはいない。始めるにはまだ時間が早すぎる。もう少し夜が更けてからだ」

「そ、そうですか……」


 ほっと胸をなでおろした。

 だが、安心してばかりはいられない。もう夜になっている。後、2,3時間もすれば始まってしまう。限りなく時間はないと言ってもいい。このままここでこうしていては、俺は――俺は一体どうしたい?

 弘蔵さんの言う通り、俺が行っても足手まといなるだけなのかもしれない。もしかしたら、一瞬で殺されてしまうかもしれない。でも、それは、一ノ宮や新一さんだって同じ事のはずだ。能力者だからって、魔術使いだからって、その危険が変わるわけじゃない。

 それなのに俺は、自分だけ安全な場所にいて、一ノ宮をそんな死地に赴かせるのか? それで、俺はその死地から帰ってきた彼女を笑顔で迎えることができるのか? いや、帰ってくる保証なんてどこにもない。もし――もし帰ってこなかったら、俺は――。


「弘蔵さん」

「ん? 何だい?」


 彼女の気持ちを考えれば、俺はこのままここでじっとしておくべきかもしれない。けれど、俺はやっぱり俺の意志を突き通したい。それが自分のエゴだって事は良く分かっている。それでも、この想いは、この信念だけは曲げられない。

 たとえそれで一ノ宮に嫌われたとしても――俺は彼女の側にいて、俺が彼女を守る!


「縄を――縄を解いてください」

「……君は自分が言っている意味が分かっているかい?」


 穏やかだった弘蔵さんの表情が再び険しいものへと変わる。先程以上に怒っているように見えた。


「はい! 俺は一ノ宮と一緒に戦います!」

「それは君の勝手な想いだ! あの子の願いと反していると分からないのか!!」

「そんな事ぐらい、俺だって分かってます!!」


 俺が叫び返すと、弘蔵さんは少し驚いた表情を見せた。


「なら何故、そんな事を言うんだい?」

「俺は――俺は怜奈と再会できた時から、いや――アイツが能力者だって知った時から、アイツと一緒に生きるって決めたんです! だからこそ、離れ離れになってた時も、アイツの事を想い続けてきた! 何があっても忘れなかった! それは、これからも同じです。俺は怜奈の側で、怜奈と一緒に生きていきます! たとえ殺されたとしても、俺は怜奈と最期まで一緒です!!

 だから、お願いです――俺をアイツのいる場所に行かせてください!!」


 俺は縛られたまま、頭だけを下げ叫んでいた。自分の想いを、自分の信念を。それを突き通させてもらいたいと懇願していた。


「やれやれ――君は本当に強情な男だね……そんな風に啖呵を切られては、君の気持ちを無視することができないよ」

「え……そ、それじゃあ――」

「勘違いしてはいけないよ。君の気持ちは理解できるし、その心意気は買う。けれど、孫娘のお願いを無碍にできるほど私は出来た人間じゃない。君はそれも理解できてるはずだ」

「はい……それでも、俺は――」

「分かっているよ。だから、今から君には証明してもらおう」

「え――証明?」


 その意味が、その真意が理解できない。

 証明――俺は何を証明すればいいのだろうか――。

 困惑している俺を余所に弘蔵さんは俺に近づき、俺を縛っている縄に手をかけ、縄を解いていく。


「解けたよ。さて、立ちなさい」


 そう言って、弘蔵さんは俺の両肩を掴み、俺を立ち上がらせる。


「あ、あの……一体、何を証明すればいいんですか?」

「難しいことじゃないよ。ただ――君の実力を証明してくれさえすればいい」


 そう言うと、弘蔵さんは持っていた木刀を俺に差し出す。

 木刀を差し出され、驚いた俺は弘蔵さんの顔を見た。怖いほど真剣な顔で、真っ直ぐな眼差しで俺を見ている。

 実力の証明――それが何か、その眼を見て俺は理解した。


 弘蔵さんは行くならば、自分を倒していけと言っているのだ。


「分かりました」


 俺は決心して、弘蔵さんが差し出した木刀を受け取った。




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