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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
90/172

第33話「隠し事」



 栗栖女医は話し終わると深いため息をついた。そこには怒り、悲しみ、後悔、そんな感情が入り交じった表情があった。


「そんな事が……あったなんて……」


 新一さんは呆然と、力なく椅子にもたれかかり、天井を仰いだ。


「今更――今更、後悔をしても遅いわ。あの時、あの場に、もしあなたがいたなら、もしかしたら結末変わっていたかもしれない。でも、あなたはいなかった! あなたは逃げ出して、何も知らず普通の人として生きてきた!! そんなあなたが私は正直言って憎くすらあるわ!」

「て、テレス……」


 それは敵意といっても過言ではなかった。栗栖女医は新一さんに憎しみを今ぶつけている。おそらくは十数年もの間ずっと心の中に隠してきた想いを。

 そんな栗栖女医に新一さんは戸惑い、困惑していた。


「でも――あなたを憎んでも仕方ないことよ。憎んだってエールは還ってこないもの……」

「テレス……ごめん……」


 新一さんは申し訳なさそうにそう呟いた。けれど、その謝罪の言葉に栗栖女医は顔を背け、唇を噛みしめた。


「謝らないでよ! 謝れたら……一層、あなたを憎みたくなる。許したくても許せなくなる……そんなのもう嫌なのよ……」

「テレス……」


 栗栖女医の声は震えていた。そして、その表情も悲しく、険しいものだった。

 憎みたくないと、許したいと本当はそう願っている。けれど、彼女の負った心の傷はきっとそんな簡単なことではない。憎みたくないと思っても憎んでしまう、許したいと思っても許せない、そんな複雑な感情が栗栖女医の中で渦巻いているのが、俺でも分かった。


「ごめんなさい。今のは忘れて」


 栗栖女医は嫌なことでも忘れようとするかのように頭を振って、声も表情も元に戻し、何事もなかったようにそう言った。


「あ、あの、ひ、一つ、聞いていいですか?」


 俺は新一さんと栗栖女医の雰囲気に呑まれそうになりがならも、栗栖女医に尋ねる。


「何かしら、真藤君?」

「大神の目的はなんですか? やっぱり魔会や能力者への復讐、ですか?」

「さぁ……どうでしょうね? 私も昨夜彼に会うまではそう思っていたけど、今は分からなくなってしまったわ。それほど、彼は変わってしまっていたから……今では何を考え、何を思って動いているのか、私には理解できなくなってしまった」

「そう……ですか……」


 大神の真意を知るためには、やはり奴自身の口から聞く他にないということか。


「栗栖先生……あなたや間島、そして大神の事は分かったわ。でも、私にも一つだけ答えて欲しい事があるわ」


 一ノ宮が彼女の前に歩み出る。今度は一ノ宮の方から、栗栖女医に質問があるようだ。


「何かしら、怜奈さん?」

「あなたは魔会の人間なのに、なんでここで、しかも私の主治医なんて真似事をしているの? それも研究のため?」

「それは……」


 一ノ宮の質問に珍しく栗栖女医は困惑していた。自分の凄惨な過去すらも淡々と話していた彼女が何故こんな質問にそんな表情をするのか――。


「答えて! あなたはお父様の推薦で私の担当医になったって聞いてる! お父様はあなたが魔会の人間だって知っていたの?」


 その問いに栗栖女医はピクリと眉を動かす。それを俺も一ノ宮も見逃していなかった。

 蔡蔵さんは、知っていたのだ。つまりは、友好関係とは言い難い魔会の人間を自ら一ノ宮家の内部に招き入れたという事だ。


「お父様は――お父様は一体何を考えているの!? こんな魔術使いの偽医者に一ノ宮家の内部事情をさらけ出すなんて……なんで……どうしてよ! あの人は私やお祖父様だけじゃなく、一ノ宮家そのものを裏切るつもりなの!?」


 一ノ宮は自分の父の行いに激怒していた。

 一ノ宮は父親の方針や一ノ宮家の方針を好んでいるわけではない。従いたいと思ってるわけでもない。だが、彼女は一ノ宮家としての誇りを棄てているわけではない。だからこそ、彼女は荒井恵の件においても自ら進んで解決に乗り出したのだ。

 そんな彼女からすれば、自分の父の行いが一ノ宮家の誇りすらも裏切るものにしか映らなかったのだろう。


「それは違うわ!」


 その激怒する一ノ宮に栗栖女医は否定の言葉を被せる。


「違う? 何が違うって言うの?」

「それは……そうね、話しましょう。その方があなたにとっていいはずよ」

「どういう意味?」

「まずは……そうね……私の事からちゃんと話した方がいいわね。私はね、別に偽医者なんかじゃないわ。一応歴とした医者よ」

「え……」


 その言葉に一ノ宮から怒りが少しだけ消えていく。どうやら、まともに話ができる状態になったようだ。それを見て栗栖女医も安心したのか、続きを話し出した。


「マリオが魔会から去った後、私は魔会に残り、能力と魔術の研究を続けてきた。その過程で現代科学や医学についても学んだの。だから、私が医師って言うのは本当よ」


 そう言って、栗栖女医は力なく一ノ宮に微笑んだ。


「け、けど……それとお父様の事とどう関係するの?」

「それは、私が医師である事と、私の〝栗栖蛍〟という名前に関係があるのよ」

「え……何よ、それ?」

「考えてみて……コードネームしか持たない私が偽名で医師免許なんて取れると思う?」

「あ……」


 栗栖女医のその指摘に、俺は思わず声を上げた。

 言われてみればそうだ。医師免許は国家資格なのだから、名も戸籍も持たない人間が取れるわけがない。それを持っているというならば、それは戸籍上実在する人物ということになる。


「栗栖――栗栖……そうだ、思い出した! 栗栖だ!!」


 突然、新一さんが声を張り上げ叫んだ。その声に一斉に新一さんに視線が集まる。


「ど、どうしたんですか、新一さん?」

「思い出したんだよ、栗栖という名を」

「思い出したって……栗栖先生についてですか?」

「いや、思い出したのは栗栖家についてだ。〝栗栖〟って言うのは、間島家の分家の名だ。僕は間島家には拾われた身だし、栗栖家とは随分昔に縁が切れているらしいから、僕も今まで忘れていたよ」

「ぶ、分家? それじゃあ、栗栖先生は……」


 俺と新一さん、そして一ノ宮も栗栖女医に視線を戻す。すると、彼女は苦笑した。


「フフ……やっと気づいたの? てっきり気づいているものばかりと思っていたけど……まぁ、いいわ。間島君の言うとおりよ。私は間島家の分家にあたる栗栖家の人間って事になってるわ。ま、要は養子ね」

「やっぱりそういうことだったか……」


 栗栖女医の説明に新一さんは納得したように頷いている。


「そういうことだったか……って簡単に納得してるんじゃないわよ! それじゃあ、何の説明にもなってないわ。どうして栗栖先生が栗栖家の養子になったのか、そこが重要なんじゃない!」

「う……そ、そうだね……ごめん」


 一ノ宮の指摘に新一さんはばつが悪そうに謝る。


「栗栖先生、いいかげん話してください。遠回しな説明は結構よ」


 一ノ宮は真剣な表情で、栗栖女医に問いかける。そんな一ノ宮を見て、彼女はため息をついた。


「そうね……私が医学について学び始めた頃、魔会から久方ぶりの任務が命じられたの」

「任務? また人殺しの?」

「いいえ、ある事件について調べて欲しいというものだったわ。それが13年前の事よ」

「え……13年前!?」


 一ノ宮は栗栖女医から13年前のという言葉を聞いた瞬間、驚愕した。

 13年前――確か少し前に聞いた事があるワードだ。確か――。


「それって、時澤の……」


 俺は13年前に起こった時澤邸での一家惨殺を思い出していた。

 時澤家は魔術使い家系であり、そして魔術使い家系でありながら一ノ宮家と協力関係を結んだ間柄だった。だが、時澤は魔術使いとして、いや、人として行ってはならない魔術の研究を押し進めようとしていた。それを知った一ノ宮家現当主、一ノ宮蔡蔵は再三に渡って研究の中止を通告したが、時澤家はそれを無視。結果、能力者ではない時澤家を粛正するという決断を蔡蔵さんは下し、それを実行に移したのだ。


「そうよ。時澤家の一家惨殺事件について調査するのが、私の仕事だったわ。時澤は、一ノ宮家に協力する特異な魔術使いではあったけれど、歴とした魔術使いの家系で、魔会にも席があったわ。その魔術使いの一家が殺された。しかも、能力者討伐が役割のはずの一ノ宮家に。魔会が黙っているわけがなかった。魔会は蔡蔵さんに対して、再三に渡って説明を求めたわ。けど、何故か彼はそれを拒否し続けた。結果、私が派遣されることになったの。魔会の幹部はきっと能力者の私が近づけば、彼が興味を持つとでも思ったのでしょう」

「そこで……お父様と知り合った……そういうことね?」


 一ノ宮は栗栖女医の話にそう問いかける。だが、何故かその言葉は歯切れが悪い。それにどことなく顔色も悪く見える。


「……ええ。けど、その調査の途中で私はある事実に気がついた。それは……」


 そこまで言って、栗栖女医は言葉を切った。そして、一ノ宮に視線を向ける。その視線に一ノ宮は俯き、目を逸らす。


「もう……いいわ。大体、分かったし、その先は予想がつくから」

「え!?」


 俺は一ノ宮の言葉に耳を疑った。


 なんだ……一ノ宮のこの反応は? 自分から問いただしておいて、何故そんな事を言う? それに何故そんなに居心地が悪そうにしているんだ?


「やれやれね……間島君も蔡蔵さんも、それにあなたも隠し事が好きね?」


 一ノ宮の反応を見た栗栖女医は呆れたようにそう言った。俺はその言葉を聞き流す事ができなかった。


「え……隠し事? それって……どういう事なんだ、一ノ宮?」


 俺は栗栖女医の言葉を受け、一ノ宮に問いかける。その言葉の意味が、その言葉の通りならば、一ノ宮は俺に隠し事をしているという事になるからだ。

 だが、一ノ宮はその俺の質問に冷たい返事を返してくる。


「気にしないで……あなたには関係のないことよ」

「か、関係ないって……そんなので納得できるわけないだろう!?」


 俺は一ノ宮のその他人行儀で、俺の気持ちを無視した返事に思わず詰め寄っていた。

 怒りを覚えていないと言ったら嘘になる。俺は一ノ宮に対して怒っていた。だが、それに以上に一ノ宮は激怒する。


「関係ないって言ったら、関係ないのよ! これは、あなたが口出しして良い問題じゃないわ! これは一ノ宮家の、私とお父様の問題なの!」

「い、一ノ宮……」


 それは明らかな拒否だった。態度にも台詞にも表れていた。おそらくはここまで拒否された事は過去にもなかったように思う。それほど、彼女にとって触れて欲しくない話なのだろう。

 けれど、それでは俺はいつまで経っても一ノ宮家の、一ノ宮怜奈の真実にたどり着けない。俺は三年前から、彼女が能力者である事実を知ったあの時から、一ノ宮のすべてを受け入れるという覚悟ができている。だから――。


「けど、一ノ宮、それでも俺は――」

「はーい、二人ともストップ!」


 俺が一ノ宮に自分の気持ちを伝えようした時、栗栖女医が俺と一ノ宮の間に割って入った。


「落ち着きなさい、真藤君。あなたの気持ちも分かるけど、何事も順序と時期というものがあるわ。それも分かってあげなさい。それに、事情があって、話せないでいる相手にあなたはその相手を傷つけることなく聞き出せる術を持っているの?」

「そ、それは……ない……です」

「だったら、待ちなさい。彼女が話してくれる時まで」


 栗栖女医の言葉は俺の心に重く、深く突き刺さった。

 彼女の言う通りだ。俺はいつだって自分の気持ちばかりで、一ノ宮の気持ちを考えていなかったのかもしれない。そんな自分が情けなくもあった。


「怜奈さんも、よ!」

「え……」

「あなたはもう少し言い方を考えた方がいいわ。それに、隠し事はいつかはバレるものよ。どんなに隠そうとしても、ね。それは妹さんのことで思い知ったでしょう? あなたにとって、彼がもし、かけがえのない存在と思うなら、真実を話す勇気も必要じゃない?」

「そ、それは……」


 一ノ宮は栗栖女医の助言に言い返す事ができず、黙ってこくりと頷いた。


「ご、ごめん、一ノ宮、俺……」

「ううん、私の方こそごめんなさい。ちゃんと……今回の件が片づいて落ち着いたら、ちゃんと話すわ。きっと、もうそのいう時期だと思うから……」

「一ノ宮……わかったよ! ありがとう!」


 俺は一ノ宮にそう言って、微笑んだ。今はそれが俺のできる精一杯だ。彼女にこれ以上負い目を負わせないためにも。


「ありがとう……一輝……」


 声は小さかったが、一ノ宮はそう俺に囁いた。それだけで、俺の気持ちも救われ、そして、一ノ宮の気持ちも推し量ることできた。


「うん、これで一件落着ね!」


 栗栖女医は満足そうに微笑みながら、そう言った。


「いや、でも、流石に俺には話が見えてこないですよ。結局、なんで栗栖先生が一ノ宮家と深く関われるようになったんですか?」

「あー、それね。真藤君のためにも簡単に説明すると、私は調査の途中に一ノ宮家にとって、誰にも知られたくない事実を知ってしまったの。それは魔会に知られると非常に困る事実よ。要は私はそれをネタに蔡蔵さんを強請ったのよ。それを魔会に報告されたくないなら、私に名と戸籍を寄越しなさいってね」

「それは、何と言うか無茶苦茶な要求……ですね……」

「まぁ、ね。当時の私は無鉄砲なところがあったのね。でも、あの人はそれを受け入れたわ。時澤一家を惨殺した負い目もあったんでしょうね。償いのつもりではなかったでしょうけど……」


 そうして、テレスという存在は栗栖蛍となり、大学で医学を学び、医師免許を取得し、医師となった。その後、一ノ宮家との関係はそのまま続き、蔡蔵さんは栗栖女医に一ノ宮の主治医まで任せるようになったということか。大体、話としては理解ができた。


「栗栖先生……もう一つ聞いてもいいですか?」


 栗栖女医の話が終わり、俺が納得していると、今度は一ノ宮が彼女に問いかけた。


「あら、何かしら? 今更隠し事しても仕方ないし、なんでも聞いて頂戴」

「それじゃあ、お言葉に甘えて……栗栖先生、あなたがずっと前から一ノ宮と関係を持っていた事は分かりました。でも、あなたが私の前に現れたのは確か一年程前だったはず。それは何故ですか?」

「ああ、それね……。私は大学を出た後、世間的には医師として一般社会に溶け込みながら、魔術と能力の研究を続けていた。もちろん、蔡蔵さんもそれを知っていたし、黙認してくれていたわ。たまに連絡を取り合うぐらいで、金銭面の援助があったわけでもなかった。だから、あの人から連絡が来るまで、一ノ宮家の存在も忘れてるなんて事も度々あったわ。でも、一年前に突然あの人から連絡が来て、会いたいと言われたの。私は突然の事に驚きながらも、彼に会いに行ったわ。そして、再会した私に彼は自分の娘である怜奈さんの担当医になるように私に要求してきたの」

「やっぱりお父様の方から……どうして、そんな……」

「それは私も最初疑問に思ったわ。魔会の魔術使いでもある私にどうしてそんな事を頼むのかって。だから、私も蔡蔵さんに尋ねたの」

「そ、それで……お父様はなんて?」

「『私はこれから仕事で当分の間帰ってこれない。怜奈も私が側にいることを望んではいない。私も娘を理解してやることができない。だが、君は娘の痛み、悲しみ、苦しみが分かってやれる〝人間〟だ。だから、私が留守の間、娘を託したい』って」

「何よ、それ……無責任にも程があるじゃない……」


 一ノ宮は栗栖女医から蔡蔵さんの言葉を聞くと、呆れかえり、怒っているような、悲しんでいるような複雑な表情を見せた。


「そうね……彼は父親として、人として間違っているかもしれない。けどね、だからこそ私は思ったの。あの人は娘を、怜奈さんを守りたいと願っているって」

「え……」

「父親だからこそ……一ノ宮の当主であるからこそ、あなたにしてあげられないことだってあるわ。だからこそ、彼は私に助けを求めてきたんじゃないかって、今さらながら思うわ」

「お父様が……助けを……?」


 栗栖女医の言葉に一ノ宮は半信半疑といった複雑な表情を浮かべている。それも当然だと思う。一年以上も留守にしている当主に対してそんな言葉を聞かされても戸惑うばかりだろう。


「まぁ……これはあなたと蔡蔵さんの親子の問題だから、私がとやかく言う事じゃないわね。あの人が帰ってきたら、ちゃんと話し合ってみなさい。〝親子〟なんだから。私から言えるのはそれだけよ」

「それは……」


 一ノ宮は栗栖女医の助言に頷くことも、否定することもなかった。ただ、複雑な表情のまま黙っている。


「さて、と。私があなた達に話してあげられる事はこれだけよ。それで? どうするの?」


 栗栖女医は話を切り上げると、俺達にそう問いかけてきた。


「どうするって……何をですか?」


 俺は栗栖女医の質問の意味が分からず、問い返す。


「何をって決まってるでしょ? マリオと戦うのかって聞いているのよ。どうするの?」


 栗栖女医は質問した俺ではなく、新一さんを真っ直ぐ見据えながら答え、そして再び問いかける。


「僕は……僕の答えは出ている。もう一度、マリオの前に立つ。彼が何故こんな事をしているのか、それを知るためにも、もう一度彼と対峙する必要がある」

「それで……マリオを殺す事になっても?」

「……覚悟はできてる。エールが死んだのも、マリオが変わってしまったのも、僕の責任でもある。その責任を取る覚悟は出来ているよ」


 それは決意の言葉だった。新一さんは大神と――昔の旧友と戦う事を決意していた。


「そう……あなたは? どうする?」


 栗栖女医は新一さんの言葉に頷き、次に一ノ宮を見て問いかける。


「そんなこと――決まっているわ。私は奴から妹を、聖羅を取り戻す!」


 一ノ宮は何の迷いもなく、そう答える。聞かずとも当たり前の答えだった。一ノ宮が闘うというならば、俺は――俺も――。


「お、俺も――」


 俺も決意の言葉を口にしようとした。だが、その時、事務所のドアが勢いよく開け広げられた。


「失礼するわよ。間島、いる?」


 開いたドアの先から良く聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「か、かおりん!?」


 俺は思わず驚きの声を上げ、その人物の名前を叫んだ。


「一輝……やっぱりここにいたのね。間島もちゃんといるわね。それに……」


 かおりんはちらりと一ノ宮に視線を向け――。


「あら? 見たことない人がいるわね? どちらさま?」


 かおりんは一ノ宮の側にいる栗栖女医の存在に気づくと、少し驚いた表情でそう尋ねた。


「お気になさらないでください、真藤刑事」

「え……なんで私の事を……?」


 栗栖女医に名前を呼ばれ驚くかおりん。この人、かおりんの事まで知っていたのか――。


「知っていて当然です。私は間島探偵と旧知の仲ですから」


 そう言って栗栖女医は微笑む。その笑顔が少し恐い気がしたのは俺だけだろうか……。

 栗栖女医の言葉を聞いたかおりんは少しむっとした表情に変わる。そして、じろりと新一さんを睨んだ。


「あ、いや、香里さん、これは……」


 新一さんは慌てて言い訳しようとしたが――。


「まぁ、いいわ。このタイミングでこの場にいるって事は無関係じゃないでしょうから」


 そう言うと、再び俺に視線を戻した。その表情はいつものかおりんとは違っていた。神妙な面持ちで、少し恐いぐらいだった。


「ど、どうしたのさ、かおりん? なんだよ、そんなに恐い顔して……」

「恐い顔――そうね……そういう顔をしていても仕方ないかもね。ここには仕事できたんだから。刑事としてのね」

「え……刑事としてって……なんだよそれ?」

「そうね……遠回しな説明は好きじゃないから、はっきり言わせてもらうわ。いいかしら?」


 かおりんは新一さんの方を向き問いかけた。

 新一さんはそんなかおりんの真剣な表情に何かを察したのか、椅子から立ち上がり、かおりんと向かい合う。


「どうぞ、真藤刑事。お聞きしましょう」


 新一さんのその言葉はいつもかおりんと話している時のものではない。探偵としての言葉だった。

 そんな二人の息が詰まるような雰囲気に俺は緊張のあまりゴクリと喉を鳴らした。

 こんな――こんな険悪な二人を見るの初めてのことだ。


「昨晩、皐月町のある高層マンションで爆発事件があったわ。もちろん、知ってわよね?」

「……ええ」


 新一さんはかおりんの質問に表情を一つも変えず、返事を返す。

 マンションの爆発事件――間違いなく大神と権藤のマンションの事だ。


「はっきり言うわ。その爆発事件の容疑者として、あなた達三人に嫌疑がかけられているわ」

「え!?」


 かおりんのその驚くべき発言に、俺は思わず声を上げてしまっていた。

 俺達がマンション爆破の容疑者だって? なんで――なんでそんなことに――。


「……根拠をお聞きしてもいいですか?」


 新一さんかおりんの発言を聞いても、表情を変えることなく冷静にそう尋ねた。


「そうね……警察はマンション内部に設置されていた防犯カメラの録画をすぐに調べたわ。その録画映像の中に、爆発直後にマンションから立ち去る、怪しい三人組が映っていたわ。ハッキリと顔まで映っていた。疑いようがなく、あなた達だったわ!」


 防犯カメラ――迂闊だった。あれだけのマンションだ。それぐらいあって当たり前だった。そんな映像を見られてしまえば、疑われても仕方ない。


「なるほど……それは確かに疑われても仕方ない、ですね。ですが、僕達は無実ですよ?」


 新一さんは涼しい顔したまま、そう言って疑いを否定する。


「それを証明できる? その証拠はあるの?」


 かおりんは新一さんに詰め寄り、そう尋ねる。完全に刑事の取り調べだ。かおりんは本当に刑事としてここに来て、刑事として俺達を疑っている……のだろうか?


「証拠、ですか……残念ながら。だけど、そちらだって無いはずだ。僕達があの爆発を起こしたっていう証拠は」

「ええ……そうよ。だから、こうして私があんたに聞きにきてるの! あのマンションで一体何があったのか、それを聞くためにね! 間島、悪いこと言わないわ。私に本当の事を正直に話しなさい。でないと、あなた達三人をこのまましょっぴくことになるわ!」

「えぇ!! そ、そんな、冗談だろ!?」


 かおりんのまたもの爆弾発言に俺には仰天した。かおりんが俺達を捕まえる、なんて事を言い出すとは思いもしてなかった。


「冗談なんかでこんな事言わないわ、一輝。私は本気よ」

「そんな……」


 その言葉に愕然とした。かおりんは真剣そのものだった。本気で俺達を捕まえる気でいる。

 本当の事なんて話せるわけがない。そんな事を話してしまえば、一ノ宮の事、そして新一さんの過去の事が全部かおりんに知られてしまう事になる。それはだけは絶対に避けなければならない。


「どうしても……ですか?」


 そう尋ねる新一さんも、流石に今のかおりんを前にして深刻な表情を浮かべている。俺と考えていることは同じはずだ。


「ええ。言っておくけど、適当に誤魔化そうなんて思わないでよ。ちょっとでもいい加減事を言おうものなら、一緒に来てもらうわ」

「……わかりました。本当の事、話しましょう」

「え!?」

「ま、間島!? ちょっと待ちなさい!」


 新一さんの発言に俺は驚き、一ノ宮は制止を叫ぶ。


「仕方ないだろ、怜奈君。彼女は本気だ。このままだと、僕らは警察に拘束されることになる。そうなれば、今夜には間に合わない」

「そ、それはそうだけど……だからって、この人に従う必要はないでしょ? いざとなれば、一ノ宮家から圧力をかければ、警察なんてなんとでも……」

「無駄だよ。彼女はそんなものに屈しない。それに今はその一ノ宮家ですら機能していない。蔡蔵さんも、齋燈さんもいない今じゃね」

「くっ! そうだったわね……」


 一ノ宮は口惜しそうに唇を噛む。自分達に打つ手がないことに気がついたのだろう。


「ごめんね、怜奈君。実の所、僕もこれ以上香里さんに隠し事はしたくないんだ。君だって、そうだろう?」

「そ、それは……」


 一ノ宮はちらりと俺の方を見て、俯いた。


「一輝君と違って、香里さんはこれ以上待つ気はないみたいだ。僕にとっては今が話す時、なんだよ」

「……わ、わかったわよ! もう、勝手にしなさい!!」


 一ノ宮は半ば投げ出すように言い放った。新一さんの想いに一ノ宮の方が折れた瞬間だった。


「ありがとう、怜奈君。香里さん、話すよ。僕の知っている事を全部ね」

「悪いわね、間島……でも、分かって。これは私の刑事としての誇りでもあるの。これだけは曲げられないわ」

「分かってますよ」


 新一さんは微笑みながら頷いた。

 それから新一さんは、かおりんに全てを語った。自分自身の過去の事、一ノ宮の事、そして今回の事件についてのあらましを。



「そんな――そんな事って……そんな事を信じろって言うの?」


 新一さんの話が終わった直後、かおりんは顔面蒼白になって愕然としていた。聞いた話が信じられないのだろう。当たり前の事だ。もし、一ノ宮と知り合っていなければ、俺だって信じられなかっただろう。


「嘘を語ったつもりはないよ。それに僕はもう香里さんに隠し事はしたくない。僕が話したことは全て真実だ。それを信じるかは、香里さん次第だよ」

「な、何よ……そんな事を、そんな真剣な顔で言われたら、信じないわけにいかないじゃない……」


 かおりんは少し照れ臭そうにそう言って、新一さんから顔を背ける。


「わ、分かったわよ! 信じてあげるわよ!」

「ありがとうございます、香里さん」

「た、ただし、ただしよ。条件があるわ!」

「え、何でしょう? 何なりと」

「私も連れて行きなさい! じゃなきゃ、納得いかないわ!」

「そ、それは……」


 新一さんはちらりと一ノ宮の方を見る。だが、一ノ宮はそっぽを向いて知らん顔している。新一さんが視線を向けているのは気づいているが、わざと知らない顔をしている。


「はぁ……わかりましたよ。香里さんの好きにしてください。けど、身の安全は保障できませんよ?」

「分かってるわよ、そんな事。それに一応これでも刑事ですからね! 自分の身ぐらい自分で守るわ!」


 そう言って、かおりんは新一さんにウィンクする。

 なんだ……やっぱりなんだかんだ言って、この二人仲が良かったんだ。


「話はついたようね。それで? これからどうするの?」


 新一さんとかおりんの話が一段落したところで、栗栖女医が新一さんに向かって問いかける。


「そうだね、マリオが指定してきたのは夜だ。それまで時間もあるから、僕はここで待機しているつもりだけど……」

「そ、なら私もそうするわ。怜奈さんは?」

「私もそうします」

「じゃ、私もそうするわ。もっと詳しい話も聞きたいし。一輝は? どうするの?」

「俺は――」


 かおりんにそう尋ねられて俺は考える。確かにこのままみんなと一緒にいても問題ない。だが、戦力としてまだベストではない気がする。相手は魔術を使う能力者だ。しかも、その魔術の力は対能力者クラス。戦力は多い方がいいのではないか。少なくとも俺が知る限りで戦力になりそうな人間が二人いる。その二人に協力を仰ぎにいくべきではないだろうか。


「俺は――」

「ああ! 一輝君! 君にはちょっと頼みたい事があるんだ!」


 自身の取るべき行動を口にしようとした時、新一さんがそう声をかけてきた。


「頼みたい事、ですか?」

「うん、そうだ。弘蔵さんの所にいってもらえないかな? あの人にも協力してもらいたいと思ってるんだ。戦力は多い方がいいからね。だから、弘蔵さんのところに行って、今回の事件のあらましを話してもらえるかな?」

「わかりました。俺もちょうどそう考えていたところでしたから、問題ないです」

「そうかそうか! 流石は一輝君だね! それじゃあ、頼むよ」

「はい! それじゃあ、早速行ってきますね!」


 俺はそう言うと、事務所から出ていこうと事務所の出入り口に向かう。


「か、一輝!」

「え? なんだ、一ノ宮?」


 突然、一ノ宮に呼び止められ、俺は振り向いた。


「あ……ううん、なんでもない。気をつけて」

「あ、ああ、大丈夫だよ。まだ昼間だし、そう危険なことないだろうから、一ノ宮はゆっくり休んでなよ」

「え、ええ、そうするわ。いってらっしゃい」

「うん、行ってくる!」


 そうして、俺は事務所を出た。



              *



 俺は弘蔵さんの家の前までたどり着き、訪ねていた。


「ごめんくださーい! 弘蔵さーん!」


 だが、呼びかけても家の中からは誰も出てこないし、返事も返ってこない。


「おかしいな……留守かな? もしかすると、道場の方にいるのかな?」


 俺は弘蔵さん宅の隣にある道場へと向かった。


 道場の戸を開け、中の様子を伺ったが、そこにも弘蔵さんはいなかった。


「おかしいなー……一体どこに行っちゃったんだろ?」


 道場の戸口の前で俺は困り果てていた。

 このまま帰るわけにもいかない。辺りを探してみるべきだろうか?

 そんな事を考えていた時だった。突然、後ろに人の気配を感じた。


「え……ガ!!」


 気配を感じ振り向こうとした瞬間、後頭部に強烈な衝撃が走った。

 その衝撃に俺は前のめりに倒れるしかなかった。


「あ……ぐ……」


 後頭部への衝撃は俺の視界を奪うのに十分なものだった。目の前が真っ白な状態で、何も見えなくなっていた。そして、意識すらも保つのが難しい状況だった。


「わるいね。だけど、これは君のためでもあるんだよ」


 薄れゆく意識の中、頭上からそんな声が聞こえてきた。その声に俺は聞き覚えがあった。


 どうして、あなたが――そんな思いを抱えたまま、俺の意識は真っ暗な暗闇に落ちた。




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