第32話「犠牲」・前編
「やれやれ……まだ、生き残りがいたか……しかも、それがこんなガキとはな……まったく、この組織は何処まで腐ってんだ!」
男は私達の姿を確認すると、吐き捨てるようにそう言った。
「なんで……なんでお前がここにいる! 魔術使い殺し!」
マリオが敵意を込めてそう叫ぶと、男は煙たそうな顔をする。そして、私達に鋭い目つきで睨んできた。
「その呼び方はやめてくれないか? 俺は別に好き好んで魔術使いを殺してるわけじゃねぇんだ」
「ふざけるな! お前が魔術使いを狙って殺してるのを俺は知ってるんだぞ!」
「はぁ? オレが魔術使いを狙ってる? おいおい、冗談はやめてくれ! 狙ってるのはそちらさんだろ? オレは仕方なくお前達魔術使いを相手にしてただけだ。でもって、襲いかかってきた魔術使いを蹴散らしたら、今度は〝魔術使い殺し〟なんて不名誉な名まで頂戴する羽目になった。少しはこっちの迷惑も考えてもらいたいものだぜ!」
男はそう言うと、本当に迷惑そうにやれやれと頭を振る。その行動はなんともわざとらしかった。そんな行動からは緊張感というものが一切感じられない。敵である私達を前にしているのにも関わらず、何よりもこの異様な状況の中であるのにも関わらずだ。
「ふざけたことを! あんなに殺しておいて、何を言ってやがる! お前だろ! 襲撃の実行犯は!」
マリオは言いながら、男を睨みつける。
マリオの言う通りだ。この状況下で現れた以上、この男が――〝魔術使い殺し〟が襲撃の実行犯であることは疑いようがない。
だが、男はマリオの指摘にせせら笑った。
「なるほど……オレが実行犯か……ま、そうなるわな。半分は当たりだ。けど、半分はハズレだ」
「ど、どういう意味だ!」
「さてね? 自分で考えな。ああ、それは苦手か? お前等は命令される側だからな」
「き、きさま……」
それは、あまりにも私達を馬鹿にした発言だった。マリオはそれに怒りを抑えられずにいた。
「そんな恐い顔してどうした? 仲間が殺されて、怒ってんのか? ああ、それもないか……お前等は人間の死をなんとも思わねぇクズぞろいだもんな!」
「キッサマァ!!」
男のあまりにも無神経な言葉にマリオの激怒し、すぐに魔術行使に入った。
マリオは掌に燃えさかる巨大な炎の玉を作りだす。
「待ってマリオ! 迂闊よ!」
マリオの止めようと叫んだが、遅かった。マリオはその炎の玉を男にめがけて、投げ飛ばした。
マリオの突然の攻撃に男は避けられるはずもなく、その炎の玉は男に直撃した。直撃した炎は男の体を包み込み、男を焼き尽くしていく。
「はは! なんだこの野郎、口程にもないじゃないか! 何が〝魔術使い殺し〟だよ!」
燃えさかる男の姿にマリオはそう言って、勝ち誇ったように笑った。
「そんな……あの〝魔術使い殺し〟を倒した……?」
あまりに呆気ない幕切れに私は呆然としていた。だが、それと同時に私は燃え盛る炎を見ながら、違和感を感じていた。あの〝魔術使い殺し〟と恐れられた男がこうも簡単に倒せるとは思ってもいなかったから。
本当に、倒したのだろうか?
そんな不安が脳裏を過ぎった時だった。
「なるほどなぁ、対象が燃え尽きるまで絶対に消えない炎か。ハハ、確かにすげぇ魔術だ」
「え――」
それは思いもしなかった事だった。いや、あり得ないことだった。それは間違いなく男の声だった。燃え盛る炎の中にいる男の声だった。
男は――燃え盛る炎の中でせせら笑っていた。
「そ、そんな……嘘、でしょ?」
「ば、バカな……」
私もマリオのその光景に愕然としていた。自分の見ているものが信じられなかった。確かに男はあの炎の中にいるのに、倒れることなく直立不動な上、笑っている。そんな事実を受け入れられるわけがなかった。
「なるほどなるほど! オレのこと知っていても、オレの力に関しては知らねぇって事は、お前等も所詮はただの駒ってわけか。あの時のガキと同じだな」
「なん……ですって?」
その男の言葉に私は反応せざるおえなかった。〝あの時のガキ〟とは一体誰のことか――まさか――フライシュ?
「だが、まぁ、あの時とは状況が違うからな……悪いなガキ共、オレはお前達を生かしておくことができねぇ」
「あ、あなた……なんで……」
その言葉には明らかな殺意が籠もっている。けれど、男は今も炎の中、もうすぐ塵に還ってしまいそうな業火の中だ。にも関わらず、何故この男は――。
「じゃあな」
「え……」
その冷徹な離別の言葉、それは確かに男のものだった。だが――その男の方から、炎の中から聞こえてきた声でない。私達の真後ろから聞こえてきた声だった。
私とマリオはその声に驚き、振り向いた。その瞬間、乾いた銃声が二発、鳴り響いた。
「え――」
「う、そ……だろ?」
振り向いた先には、炎の中にいたはずの男が無傷でそこに立っていた。そして、男はこちらに銃を向けており、既に男の周りには硝煙が立ちこめていた
先に倒れ込んだのはマリオだった。ゆっくりとまるでスローモーションでも見ているのかように倒れ伏していく。
私はマリオの身に、そして、自分の身に何が起きたのか理解できないでいた。けれど、それはすぐに分かった。自分の体から、全身から力が抜けていくのを感じたから。
自分の胸を見た。胸は真っ赤に染まっていた。私は――撃たれたのだ。
疑問――私達は任務の時と同様の武装をしていたはずだ。もちろん、その中には防弾服もある。にも関わらず、何故それすらも貫通しているのか――。
「悪いな。この銃は特注でね。そんな防弾チョッキくらいじゃ防げねぇよ」
「あ……」
その言葉が聞こえた直後に私はマリオ同様その場に倒れ込んだ。
激痛と共に流れる真っ赤な血、それに伴い自分の体温がどんどん冷えていくような感覚に襲われる。
これが――――死?
自分に死へのカウントダウンが始まっている事を実感する。それでも意識だけははっきりとしていた。
そんな中、私は頭だけ動かすことができた。私はマリオの方に顔を向ける。
「マ……リ……オ」
既に言葉すらも発することが困難な状況だった。
けれど、マリオの方は既に絶望的な状況だった。私の呼びかけにマリオは何の反応もしない。ピクリとも動かなくなってしまっていた。
「う……そ……」
マリオが死んだ――そんな、そんなの事って――。
「へぇ……まだ息があるのか? 案外しぶといな?」
「あ……う……」
男の声が聞こえ、目だけを向ける。
男は私の前に立ち、倒れ込んだ私を冷たい目で見下ろしている。そして、再び私に銃を向けた。
撃たれる――次は、頭を。
意識はあれど、体は動かない。そこには確実な死があった。
私は――諦めた。自分の死を受け入れるしかなかった。
私は目を閉じ、その瞬間待った。
「光よ!」
全てを諦めた時、その声がロビーに木霊した。
「え――」
「な、なんだと!?」
その声に再び意識が呼び戻され、目を開けた時、私の周りは光に包まれていた。
既に視界は霞んでいたが、その眩い光はハッキリと分かった。何せ、その光で視界は真っ白で何も見えなくなる程だったから。
それでも、そんな中でも私は自分が抱き抱えられる感覚がはっきと分かった。誰が私を抱き抱えているのか、その光が消えた時にすぐに分かった。
戻った視界で、霞んだ目で見えたのは、厳しい顔つきをしたエールの顔だった。
「テメェはあの時の……生きていやがったか!」
エールの姿を見た男は忌々しくそう言い放った。
その言葉にエールは男を酷く恐い形相で睨みつけている。
「悪いけど、あなたが僕に差し向けた奴らなら、全員葬らせてもらったよ」
「ちっ――あいつらヘマしやがったな!」
男は声はさらに苛つき、吐き捨てるようにそう言った。だが、そこには今までとは違う、焦りのようなものが混じっている。
「エ……ル……」
ほとんど声にならなかったが、私は彼の名前を呼んだ。
その声が聞こえたのか、彼は私の方を向き、微笑んだ。
「遅くなってごめん。間に合って良かったよ」
そう言って、彼は私を降ろし、床に寝かせる。その横にはマリオも寝かされていた。エールはあの状況から私とマリオを抱え、あの男から距離を取ったのだ。
「心配いらないよ。マリオもまだ生きている。すぐに助けてあげるから」
エールはピクリとも動かないマリオを見ても、私に対してそう微笑んだ。その微笑みが私に安堵を与えてくれた。
「すぐに助けるだぁ? お前、それ本気で言ってんのか? そいつ等はもう数分とも保たねぇ! もう手遅れだ!」
エールをあざ笑うように、男は高々と叫んでいる。
だが、エールはそんな男の言葉もお構いなしに、両手を私とマリオの傷口の上に置く。
「は! 回復魔術か? そんな事をしても無駄無駄! そいつ等の心臓はもう潰れてんだ。もう何をしても戻らねぇよ!」
男の言う通りだ。魔術では戻らない。形を無くした物を元に戻すことは魔術の領域では無理な事だ。それを知らないエールではないはずなのに……。
「ああ、そうだね。魔術ならね」
「あん? どういう意味だそりゃあ?」
「……これから使う力は魔術ではないって事さ!」
「な……に?」
エールの言葉に男は訝しげな声を上げる。いや、もしかするとエールはその力を既に使っていたのかもしれない。男はその力の在りように驚いていたのかもしれない。
「時よ……巻き戻れ!」
エールが叫んだ直後だった。私の体に異変が起きた。
「え……あ……あぅ! あ……つ……」
まるで全身の血液が沸騰したように熱くなるのを感じ、私は声を上げていた。
アツイ――アツイ――。
イタイ――イタイ――。
苦しい、くるしい、クルシイ!!
「ア……アアアアアアアアアアア!!」
体の全てが灼けつくようなその痛みに私は言葉にならない叫びを上げていた。
そして、その痛みに意識が飛びかけたようとした時、突然痛みが引き、自分の体が軽くなるのを感じた。
「え……な、何が……?」
その異様な体の感覚に私は錯乱していた。けれど、体を動かそうにも自分の意志とは裏腹に動かす事ができない。
「落ち着いて。心配しなくていいよ。もう大丈夫だから。今は逆行した影響で体が思うように動かないかもしれないけど」
エールは錯乱している私に笑顔でそう囁いた。その笑顔だけで、私は安心することができた。
横を見ると、そこには穏やかな息づかいで眠るマリオの姿があった。彼も私同様助かったのが分かった。
「お前……一体何をしやがった?」
それは男の忌々しい声だった。明らかな苛つきと殺意が籠もっている。
「……時間を逆行させて、彼女たちの欠損したものを元に戻した。ただそれだけだよ」
男の殺意に呼応するように、エールも殺意を向けて答える。
「時間の逆行だと!? ふざけるなよ。そんな事、魔術でできるわけねぇだろ!」
「うん、そうだね。魔術じゃ不可能だ。でも、能力の一種だとしたら?」
「なに? 能力の一種……だと!?」
エールの言葉に男は顔を歪ませて驚愕する。それから男は頭を振った。
「いや、ありえねぇ! 覚えているぞ、お前の能力。お前の能力は〝飛翔〟だろ? 能力者には確かに魔術使いでも真似できないような特異な力が備わっているが、それは〝一つ〟だけだ! 複数の力を持っている能力者なんて聞いたことがねぇ!!」
「……そうだね。確かにその通りだ。能力者は自身に流れる血によって、その能力も遺伝する。けど、たとえ能力者同士の間に子供が生まれたとしても、両親の能力が同時に引き継がれるなんて事もありえない。一個体に引き継がれるは一つの能力だけ。複数の能力を保持するものなんて、本来有り得ない」
エールは冷静に、そして冷徹に男の言葉を肯定した。その言葉には嘘などない。彼は真実を語っている。
「けど、僕は違う。僕は他の能力者とは違う」
「ち、違うだと?」
「そうさ。何たって、僕の本当の能力、それは〝略奪〟だからね」
「りゃ、略奪? 何だそれは――ま、まさか!?」
男は何かに気づき、驚愕した表情をエールに向けた。
「その通りだよ、魔術使い殺し。僕の能力は、他者の能力を奪う能力だ」
「ば、バカな……あ、有り得ねぇ!」
男は戸惑いながらもエールの言った事を否定する。それを信じたくない気持ちは分かる。私だって、エールがそんな能力を持っているなんて知らなかった。
「有り得ないというならば、能力者の存在そのものだってそうだと思うけど? 元々、特殊能力なんてあってはならないはずだからね」
「くっ! それが本当だとして、お前は他の能力者から、〝飛翔〟や〝時間逆行〟の能力を奪って、自分の物にしたってことかよ?」
「そうだよ。ずっと前に自分の手で殺した能力者からね。僕の〝略奪〟は、その相手を殺すか、能力者本人が譲渡の許可をした場合に限り、発動できる。極めて限定的だけど、それでも複数の力を手にすることができる優れものってわけさ」
「は――ははは……そうか、そういうことか!」
男はエールの能力について聞くと、高らかに笑い出した。
「何がそんなに可笑しいんだい?」
「あーいや、悪い。可笑しいわけじゃねぇよ! ただ、安心しただけだ」
「安心?」
「ああ――お前の能力が無条件に相手から能力を奪うものじゃねぇって事が分かってな!」
男はエールに向かってそう言うと、不適な笑みを浮かべる。
「余裕だね? まぁ、確かにあなたの能力に比べたら、〝飛翔〟も〝時間逆行〟も、そして〝略奪〟も大したことないんだろうね? その他者の認識を狂わせる能力なら」
「その通りだガキ! どの力も恐れるに足らねぇよ!」
「……僕の力がそれだけなら、ね」
「どういう意味だそりゃあ?」
「僕が他にも能力を隠し持っていたとしたら? それが君に対抗できる力があるとしたらどうかな?」
「は! それは恐いな! だが、それがお前が最初に現れた時だったら意味があったかもな!」
「それはどういう意味かな?」
「くく――教えてやるぜ、ガキ! オレの力の発動条件をな!」
「発動条件?」
「ああ! 他者の認識を狂わせるための条件、それはその対象と視線を交わす事だ!!」
「な――に?」
男の高らかな宣言にエールは驚愕の声を漏らす。
まさかたったそれだけの事であの男の能力に囚われることになるとは、誰もが思いもしない事だ。
「そうさ! お前は既にオレの能力にハマってんだよ!」
「そう言うことか……それじゃあ、今僕が見ているあなたの姿も本物とは限らないわけか……」
「その通りだ、ガキ! お前はもうオレの姿を見ることすら出来ねぇ! どうだ? 見えてるかオレが? 見えねぇよなぁ? たった今、お前の眼にはオレの姿が認識できないようにしたからな! けどな……オレにはお前の姿がハッキリ見ているぜ? オレはお前をいつでも撃ち殺せるってことだ!」
男は今までにない程、饒舌だった。明らかに高揚している。何に対してそんなにも高揚しているのか――。
「フライシュの時にも思ったけど、あなたは良く喋るな……いや、僕の前だからかな? もしかして、能力者と戦える事が嬉しいのかい?」
「ガキ……随分と余裕じゃねぇか? オレはいつだってお前を殺せるんだぞ?」
エールの言葉を聞いた途端、男の声から高揚感が消える。その声は、感情と言うものが無い、冷徹なものに変わっていた。
「殺せる? あなたが僕を? はは……」
男の言葉にエールは苦笑した。まるで、その言葉をあざ笑うように。
「何笑っていやがる!」
そんなエールを見た男は明らかに苛つき出していた。
「ごめんよ。でも、本気で僕を殺せると思っていると知って、可笑しくなっちゃってさ」
「な、なにぃ!?」
「〝魔術使い殺し〟ともあろう者が、変に思わなかったかい? 僕はあなたの能力を知っているのに、堂々とあなたの前に現れた事に」
「なん……だと?」
男はエールの言っている意味が分からないのか、訝しげな表情をしている。それはエールの言葉を聞いている私も同じだった。エールの言葉には含みがある。けれど、その中に含まれているであろう意味が分からない。
「あ、そうそう――君が連れてきた仲間の中に、不思議な能力を持った男がいたね? なんだっけ?」
「な、なに?」
さらにエールから理解に苦しむ言葉が紡がれていく。その言葉に本当に何か意味があるのかすら、私には分からない。きっと男もそうだったのだろう。
「ああ! 思い出したよ! 確か――〝同時多重存在〝だった、かな?」
「な――ま、まさか――」
エールの〝同時多重存在〟という言葉を聞いた瞬間、男から乾いた声が聞こえてくる。それは、人間が驚きのあまり、思考が停止してしまった時に発する声だ。
だが、それも一瞬の事で、我に返ったのか、男は怒りにも似た声を張り上げる。
「き、キサマァ!!」
男の叫ぶような声が聞こえたかと思うと、ガチャリと明らかな銃器のような音がした。
「エール、逃げて!」
私はそう叫ぶのでやっとだった。本当ならば彼の側に駆け寄りたかった。だが、体の自由も効かず、叫ぶしかなかった。
だが、その叫びも虚しく、銃声は鳴り響いた――。




