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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
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第30話「バースデイ」・前編



 単独任務から帰還した僕に待っていたのは、ほぼ軟禁に近いと言える自室での待機命令だった。

 僕の自室のドアの前には見張りが二人立っていて、部屋を出ることはおろか、外部との連絡を取ることもできない。そんな状態がもう数日続いていた。

 何故、自分がこんな状況に置かれているのか理解ができない。だが、それでもあの任務と関わりがあることは理解できる。

 僕が軟禁されなければいけない理由――それは、任務に失敗してしまったからか、それとも――。


「フライシュ、起きてるかい?」


 考えに耽っていると、部屋の外からエールの声が聞こえてきた。


「え、エールか?」

「そうだよ、僕だよ。これから入るけど問題ないかい?」

「え、入るって……」


 入れるのか? ドアの前には見張りがいるはずなのだが……。


「心配いらない。今は席を外してもらっているよ。今は僕と君だけだ。入って良いかい?」


 エールは僕の困惑を読みとったのか、見張り役が今はいないことを告げると、再度入室の許可を求めてきた。


「……いいよ。大丈夫だ」

「ありがとう」


 感謝の言葉と共に部屋のドアが開いた。そして、そこには本当にエールしか立っていなかった。


「驚いたな……本当にエールだけなんて……」

「だろうね……僕も上から許可が出るとは思わなかったから、本当は結構驚いているよ」


 そう言うとエールは苦笑いを浮かべた。


「……良い話ってわけじゃなさそうだな?」

「え?」


 僕の問いかけにエールは驚いた表情を浮かべた。


「お前がそう言う顔をする時は決まって良い話なんてない。どちらかと言えば、悪い話の事の方が多いよ」

「はは……まいったな……君はやっぱり洞察力があの二人より優れているね」

「馬鹿言え。テレスもマリオもお前の癖ぐらい全部把握しているよ。何年一緒だと思ってんだ?」

「それもそうか……」


 エールはそう言うと、弱々しく微笑んだ。

 何だ? 何かおかしい。いつものエールではない。いつもより元気がないし、何よりも表情が暗い。こんな顔、任務の時ですら見たことがない。


「何があった? 上から何か言われたのか?」


 僕はたまらずエールに尋ねた。そうするとエールはまた弱々しく微笑んだ。


「違うよ、フライシュ。むしろ逆さ」

「逆?」

「ああ、僕の方から上に進言したんだ」

「し、進言!? お、お前それ……」


 進言――その言葉の重さはおそらくこの時の僕にもしっかりと理解できていた。この頃の僕らに進言なんて権利はなかった。上から言われた通りに動くただそれだけの存在でしかなかったから。

 それでもエールは進言したと言った。それがどれだけ無茶な行為かは言うまでもない。


「はは、大丈夫だよ。上を怒らせたわけじゃないから。僕は罰なんて受けないよ」

「……なら、いいけど……でも、何を進言したんだ?」


 そう尋ねた途端、エールの表情はさらに曇った。

 やはり、今日のエールは様子が変だ。自分から上に進言して、今此処にいるはずなのに、何故そんなにも辛そうで、悲しい顔をしているのか――。


「エール?」

「君に……本当の事を……真実を話すことを進言したんだ」

「え……真実……?」

「そう、真実だ。君も気づいているだろ、フライシュ? 僕達が君に何かを隠しているってことを……」

「そ、それは……」


 気づいてないと言ってしまえば嘘になる。組織が、エールが僕に何かを隠している事は、この間の任務で確信してしまっていた。

 そして、あの男の言葉が心の奥で引っかかり続けていた。


『人殺しってのはな、その理由も分からねぇ奴が、テメェみたいなガキがやっていいことじゃねぇんだよ!!』


 あの男が言った言葉――あれは一体何を意味しているのか、それが気になり続けていた。

 あの男の言う〝理由〟をエールは知っているのだろうか? テレスやマリオも。知らないのは僕だけで……。


「フライシュ……今日は君が聞きたいことを僕が話してあげるよ。そのために上に進言したんだ。このままじゃ、君はいずれ組織から消されてしまうから」

「は!? な、なんだよ、それは!?」


 エールの思いも寄らない言葉に僕は驚愕した。

 僕が消される……だって? 何故、そうなる? 一体何がどうなっているって言うんだ?


「え、エール……一体何がどういう……」

「落ち着いて、フライシュ。驚かせて、ごめんよ。順序立ててちゃんと話すから良く聞いてくれ。僕やテレス、マリオが何者で、僕達が今までしてきた事が何だったのか。そして、何故、君だけにその事実が隠さなくてはいけなかったのか、全てを話すよ」


 そうしてエールは僕に全てを話してくれた。僕達が所属している組織が魔術使い連合会、通称〝魔会〟と呼ばれている組織であること。エール、テレス、マリオの三人が能力者であること。そして――これまでの任務の本当の意味――能力者血族の一掃というおぞましい計画だった事を。


「そ、そんな……なんだよ、それは!? そんな……そんなことって……じゃあ、それじゃあ、エール達は……」

「……そうだよ、フライシュ……僕達は同胞を殺していたことなる。いや、能力を発現してない人間はもう能力者ですらない。普通の人間だ。ただ――その中に流れる血がいずれ能力者を生み出す可能性があるってだけだよ」

「そ、そんな……そんな理由で人を……」


 信じられなかった。エールの話を信じることがとてもじゃないができなかった。だが、エールの眼が真実であると語っていた。その眼はあまりにも哀しそうな眼だったから。

 けれど、それでも信じられなかった。信じたくなかった。僕はそんな計画のために人を殺してきたなんて、信じたくなかったのだ。

 エールは……何故、僕にこんな事を話すのだろう――。


「フライシュ、君が信じたくない気持ちも分かる。けど、それが現実だ。現実から目を逸らすことは人として愚かな行為だよ?」

「愚かな……?」

「ああ。君にはそうなって欲しくないんだ。そのためにも君には真実を話しておきたい」

「真実……一体何が真実だって言うんだよ!? 僕達が人殺しをする理由が……あんな理由が真実だって言いたいのかよ! そんなの……そんなの僕は知りたくなんかなかった!!」


 そう――知りたくなんかなかった。知らなければ、僕はきっと何も考えずにいられた。君に怒りをぶつけることもなかったし、君に対して疑念を抱くこともなかった。


「そうだね……できれば僕も君には話したくはなかった……」

「え……なら、どうして……」

「でもね? それじゃあ、ダメなんだ。それじゃあ、君はいつか壊れてしまうから」

「壊れて……しまう?」

「そうだよ、フライシュ。君も自分自身ことだから気づいているだろう?」

「な、何言ってるんだよ……」


 僕が何に気づいているって言うんだ。エールに言っている事が理解できない。

 いや、違う――理解したくないだけだ。僕は……。


「苦しいんだろう? 人を殺すことが……」

「え……」


 その言葉を、その問いかけを聞いた瞬間、僕の心の中の何かが瓦解してしまいそうになった。

 理解しようとしていなかった。気づかないようにしていた。けれど、僕は気づいていた。知っていた。僕の本心を。僕が人殺しに〝心を痛めていた〟ことに。きっかけは――。


「きっかけは半年前、子供を射殺した時だね?」

「――――」


 自分の心を内をエールに言い当てられて、僕はもう黙って頷くしかなかった。


「そうだろうと思ってたよ」

「どうして……わかった?」

「はは……馬鹿だな、フライシュは。何年一緒にいると思っているんだい? 僕は君のことならなんでも分かるよ」

「エール……」


 それはエールが僕の部屋に入ってきた時に僕がエールに言った言葉とそっくりだった。


「でも――それを知っているのは僕だけじゃなかったみたいだ」

「え?」

「どうやら、上層部もそれに気づいていたらしい。それが君に今まで真実を隠していた理由でもあり、今回の任務に君を当てた本当の理由でもあるみたいだ」

「な、なんだよそれ……どういうことだよ?」


 理解に苦しむ話だ。それがどうして、僕に真実を隠す理由に、あの任務を命じられた理由になるのか、全然分からない。

 そもそも、なんで上層部が僕の本心を知っている――? 


「いいかい、フライシュ? これから話す事は絶対に他言無用だ。テレスにもマリオにもだ」


 考える暇もなく、エールは僕にそう言ってきた。その声も、顔も恐いぐらい真剣そのものだった。こんなエールを今まで見たことがない。


「な、なんだよ、一体……」

「魔会の目的は、能力者の根絶だ。でも、僕もテレスもマリオも能力者だ。この矛盾の意味が分かるかい?」

「む、矛盾しているのは分かる。能力者の根絶を謳っておきながら、その能力者を組織に引き入れているわけだから。でも、その意味って何だよ?」


 そう問い返すと、エールは深い溜め息を吐いた。その顔は苦渋に歪んできた。

 そして、息を吐ききった後、大きく息を吸い込み、それを言葉にした。


「……僕等はいずれ組織に消されるってことさ」

「――は?」


 それはあまりにも突拍子のない言葉だった。僕はエールの表情とは似つかない素っ頓狂な声を上げてしまっていた。

 エール達が組織に消される? なんで――。


「分かるだろ? 僕等は能力者と対抗するための力なんだよ。その力が欲しいが為に、排除すべき対象であるはずの僕等を魔会は利用してるんだ。利用価値がなくなれば、彼らは僕等を殺すよ」

「そ、そんな……嘘……だろ?」

「真実だ。それが僕等に与えられた真実だ。そしてね、フライシュ、幸か不幸か君にはその真実が適用されない」

「え……なんだよ、それ?」

「君は能力者じゃない。純粋な魔術使いだ。僕達とは違うんだよ」

「違う……僕が?」


 それはショックな一言でもあった。どんなに苦しい時でも一緒にいた仲間に〝違う〟のだと告げられた時の喪失感は言い表せないものがあった。


「だから、君には適用されない。されないけど……」

「けど?」

「君にはそれ以上の苦しみが与えられることになる」

「それ以上の苦しみ……だって?」

「ああ。君には僕等を抹殺するって役目が与えられることになるから」

「な! なん……だって!?」


 エールのその告白に僕は愕然とするしかなかった。

 僕がエール達を殺す役目を与えられる? なんでだ――なんでそんなにことになる? 僕とエール達はチームで多くの任務をこなしたきた仲間であるはずなのに!


「フォーマンセルのチームの中で君だけが能力者でない理由。それは僕等に反逆の意志が認められたり、利用価値がなくなった時に、僕等を消すための役目があるってことだよ。それが君の……真実だ」

「そんな……そんなの……」


 信じられるわけがない。そんな真実を信じるわけには――。


「もちろん、上層部は君に真実を告げるつもりはなかったはずだ。最後までね。おそらくは君には僕等が裏切ったとか適当な理由をつけて、僕等の抹殺を命じるつもりでいたんだろう。けれど……最近の君の任務動向からその役目を任せることができないのではないかと上層部は勘ぐったらしい。そして、あの任務だ。君が人を殺す事に何の躊躇いも覚えていないのなら、あの男を殺すことも可能だと上層部は考えたんだろう。君は力だけなら上級魔術使いを凌ぐ力があるからね。つまりは君が対能力者用魔術使いとして機能するどうか、あの任務はその試験でもあったんだ」

「試験……そんな試験のためにあの男を……。そうだ――あの男、あいつは一体何だったんだ?」


 そうだ……そんな試験任務の対象者になる男なのだから、ただの人間なんかじゃない。それはあの男自身がその力をもって証明している。


「彼もまた能力者だ。能力は言うまでもないよね? 君はそれを実際に体験しているんだから」

「あ、ああ。けど、なんであの男だったんだ?」

「彼にはある異名がついていてね……その異名故に魔会から敵視されているんだ」

「異名?」

「ああ。魔術使い殺しウィザードキラーって言うね」


 魔術使い殺し……それはつまり、あの男が過去に魔術使いを殺した事があるということだ。それも何人も。そんな男と僕は対峙していたのか……。


「君が対能力者用魔術使いになる可能性を秘めているなら、あの男を殺せずとも、生きて還ってくるだろうし、そうでなければ死ぬだけだと考えた。暗殺者として、魔術者としての駒一つ欠けるだけと割り切ったんだろう」

「そんな……そんなことって……」


 もはや何も言葉にできなかった。それほど僕はエールの語る真実に打ちのめされていた。

 任務に失敗してしまったのなら切り捨てられるのも分かる。けれど、任務を言い渡す前から切り捨てるつもりでいたなんて、あまりにも非道すぎる。

 そして、その冷酷非道の判断からすれば、僕はその試験に落ちたことになる。僕はただあの男から逃げ帰ってきたわけだから。


「僕はこの後……どうなるんだ?」

「心配することないよ。組織は君を殺すつもりはないようだから。君の力はまだ組織に必要とされているしね」

「そ、そうか……」


 その言葉を聞いて、ほっと胸をなでおろした。どうやらまだ生きていられるらしい。

 けれど、エールの顔は笑っていなかった。それどころか、むしろ辛そうに見えた。


「もちろん、僕達もそうだ。僕達もまだ組織としては重要な存在だからね。けどね、覚悟しておいた方がいい。これから先、君はもっと辛い目に会うことになる。君があの任務に失敗した以上、君への風当たりはきついものになるだろうし……何より、君はもう人殺しが嫌だろう?」

「そ、それは……」


 そうかもしれない……けれど、僕には取る道は一つしかないように思えた。


「けど、僕はここいるしかない。ここでしか生きられないんだから……」

「……そう……だね……」


 僕の言葉聞いたエールは短くそう返したが、その時少しだけ残念そうな表情を浮かべたように見えた。


「君に知っていて欲しい話はこれだけだ。そろそろ面会時間としてもギリギリだし、僕は自分の部屋に帰るよ。あ、そうそう、数日中に君の軟禁は解かれる予定だから。その後は……また任務が待ってる」

「わかった……あ、ちょっと待ってくれ!」


 部屋を出ていこうとするエールを僕は呼び止めた。これだけは聞いておかなければならないことがあったからだ。


「ん? なんだい?」

「なんで……その……僕に話そうと思ってくれたんだ?」

「――」


 エールは僕の問いに少し驚いた表情をした後、すぐに微笑み浮かべた。


「そうだね――君には知っていて欲しかったんだ。その上で僕達と一緒にいて欲しかった。そして何よりも真実を知った上で君は君の〝生き方〟を見つけて欲しいと願ったから……かな。ただ、それだけだよ」

「僕の生き方?」


 エールの意味が言っている意味が分からず、僕は疑問を口にしていた。エールはそんな僕を見ながら、微笑んでいた。


「それじゃあ、フライシュ、また任務でね!」

「あ、おい! エール!」


 呼び止める前にエール部屋の外へと出て行った。


 結局、エールは僕に真実を語っただけで、僕にどうこうしろとは言わなかった。自分で考えろということなのか――。


 僕の生き方――僕は、はたしてどうのように生きたいのだろうか――。

 それは今まで言われた通りにしか生きてこなかった僕にとって、初とも言える自己による考察となった。

 だが、その考察も半年という月日の間で答えを得ることになった。



 エールから真実を聞かされてから、エールの言う通り組織の僕への風当たりはきついものになった。単独任務の増加、補給物資の減少、さらにはエール達との任務の減少と、任務以外での接触の規制が行われた事が僕の精神をすり減らす要因になっていった。

 そして何よりも、僕は人を殺すことに大きなストレス感じるようになっていた。エールの言う通り、罪のない、ただ能力者の血筋というだけの理由で人を殺すことに嫌気がさしてしまっていた。


 そんな辛い日々の中、それでも僕は考え続けていた。エールに言っていた〝僕の生き方〟というものを。

 そして――人殺しに耐えられなくなったある日、僕は自ら命を絶とうした。それは未遂に終わってしまったが、その時になって、僕は自分の本心を初めて知った。

 死ねると思ったとき、「ああ――これで自由になれる」と思っていた。それが僕の願いなのだと知った。僕は〝自由な生き方〟を望んでいたのだと。

 それを知ってしまってからは、僕の決断は早かった。けれど、その決断をくだした時には、既にエールから真実を聞いたあの時から半年が経ち、僕の13歳の誕生日になっていた。


 13歳の誕生日、僕は――組織から抜け出すことを決意し、それを実行に移した。




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