第29話「理由なき者」
12歳の誕生日に、幼い子供の命を奪ったあの任務から六ヶ月後、僕は小さな疑念を抱えながら、それまでと同じように任務の遂行にあたっていた。
その日、僕は一人での単独任務を言い渡された。確かに僕達はフォーマンセルのチームでの任務が多かったが、それでも小さな任務なら、単騎での遂行も珍しいことではなかった。
けれど、その任務は過去僕が経験した任務とはどれとも違っていた。いや、任務遂行内容としては、これまで通り僕の役目であり得意とする狙撃に違いはない。違っていたのは、その狙撃対象者だった。
これまでの任務対象者は老若男女とそれぞれだったが、その中でも共通点と呼べるものがあった。それは常に何かに怯えているということだ。まるで自分が命を狙われていることを知っているかのように、常に周りを警戒している。財力がある者なんかは護衛を周りにつけていることだってある。
何故、事前にこちらの襲撃を知っているのかは分からないが、そう言った人間がこれまで狙撃対象だった。
だが、今回の対象者だけは違っていた。まるで警戒などない。常に一人で行動していおり、警戒心というものを一切感じられない。
そんな対象者を目の前にして、僕は戸惑っていた。ここまで警戒心のない対象者は初めての事だったから。
状況から言って、すぐに狙撃してもその対象者を殺害することは可能そうだった。
だが、僕はそれをしなかった。僕らの任務には失敗は許されない。それは単騎での作戦でも変わりない。万全の体勢で、作戦を実行に移す。それが僕が教わった〝殺し〟のセオリーだった。
僕は一週間程対象者を監視し、その行動範囲と習性を把握する事に努めた。
対象者は二十代前半の男性。職を持っていないのか、昼間は毎日ぶらぶらと街を練り歩き、遊び呆けいている。だが、夜になるとその行動は一変する。いや、行動だけで言えば昼間とさほど変わりはない。街を徘徊しているだけだ。ただ一つだけ、昼間とは全く違う点がある。それは、その男の眼だった。
その男の眼は鋭く、まるで獲物でも探しているかのように眼を泳がしている。あれは警戒から来るものではない。何かを求めている眼だ。
「……なんだ、この男は?」
疑問が口をついて出る。こんな不可思議な人間を見るのは初めてだった。
それでも、一週間監視を続けることで、その男の行動習性は完全に把握することができた。
男がもっともスキだらけで、もっとも狙撃しやすいポイントにやってくるタイミング、それは、男がその不可思議な行動を取る夜中に訪れる。
僕はビルの屋上で狙撃用ライフルをスタンバイする。
スコープをのぞき込み、狙いが定まっていることを最終確認する。エールやテレスがいない以上、僕の魔弾で狙えるのは自分の視界が届く範囲でしかない。魔弾は見えているものしか狙えないのだから。
「もっとも――あの男に魔弾を使う必要はないような気がするけど……」
それだけスキだらけで、普通の銃弾でも問題なさそうにだった。けれど、僕は敢えて魔弾をライフルに装填する。
この任務が組織から言い渡された時、ある条件付け加えられていた。それは、〝魔弾〟を使って対象を殺害する事だった。
何故そんな条件が付けられたのかは分からない。そもそも僕にはそんな事は関係ない。考える必要なんてない。組織に言われた通りに行動すればいいだけなのだから――。
「きた……」
スコープ越しに対象者の姿を確認する。この一週間監視続けることで把握できた習性通り、狙撃ポイントに男は現れた。
僕はスコープから見える対象者の頭部に狙いを定める。
「……さよならだ」
その言葉とともに、僕は引き金を引いた。
魔弾はライフルの銃口から発射され、真っ直ぐ男に向かっていく。そして――男の頭部を撃ち抜いた。男は崩れるようにその場に倒れ込む。
「作戦終了――」
スコープ越しに見える男の亡骸を確認しながらそう言った瞬間だった。それは突然起きた。
「――な……に!?」
僕は驚愕の声を上げると同時に、自分の眼を疑った。
視界が――スコープから見えている映像が突然ブレ始めたのだ。まるで
、ブラウン管のテレビが電波状況が悪い時のように。
そして、そのブレがなくなり視界が元に戻ったとき、倒れていたはずの男の姿が忽然と消えていた。
「な……一体どこへ!?」
愕然とした。頭を撃ち抜き、すでに息がないはずの人間が姿を消す。そんな事、ありえないはずだ。
僕はスコープをのぞき込んだまま、必死に男の姿を探した。だが、その姿はどこにも見あたらない。
「見あたらなくて当然だ。オレはお前の後ろにいるんだからな」
「え……」
突然の背後からの声に僕は背筋を凍った。
僕はゆっくりと恐る恐る、振り向いた。その先には――狙撃対象の男が立っていた。
「な……なんで!?」
愕然と、そして自然にその言葉が口から出てきた。
あり得ない。あり得るはずがない。先程までスコープ越しでないと、その姿を視認できなかった男が、何故今僕のすぐ側にいるのか――いや、そもそも、この男は僕の魔弾に倒れたはずだ。生きているはずがない。
「ハ――なんでここにいるんだ。いや、そもそも生きているはずがないって顔だな?」
男は笑みを漏らしながら、僕の心を読みとったようにそう言った。
「ど、どうなってる……?」
「不思議か? 不思議だよなぁ? いいぜ、答えてやるよ」
男は余裕の笑みをこぼしながら、僕の疑問に答えると言い出した。
未だに男には警戒心というものが感じられない。狙撃してきた相手が目の前にいるのにも関わらず、スキだらけだ。
「……良く観察してくる野郎だ。まぁ、いい。どのみち意味がない」
「意味がない……だって?」
「ああ。オレは狙った対象の認識を狂わせる力があってな。さっきのはオレがお前に見せた偽映像みたいなもんだ」
「認識を狂わせる……誤認させるってことか! なんで――なんでそんな事ができる!?」
「は? お前、それ本気で言ってんのか?」
男は僕の疑問に訝しげな表情を向けて、逆に聞き返してきた。「何故、そんな事を聞いてくる?」と言いたげな表情だった。
「あ、当たり前だろ! そんなの魔術使い以外は……お前、まさか魔術使いか!」
「ハ――ハハハ、ハハハハハ! こりゃあいい! 傑作だ!!」
僕の言葉に男は突然声に出して笑い出した。
その笑いが、何故か気に入らなかった。何故、この男は笑っていられる? 僕はお前を殺そうとしているのに。
男は一頻り笑った後、視線をこちらに向けてきた。その眼を見た瞬間、僕は背中が冷たくなるの感じた。その眼は、夜中に徘徊し、獲物を探している時のあの眼だった。
「お前さ――魔会の魔術使いだよな?」
「マカイ? なんだそれは?」
聞き慣れない言葉に僕は男に問い返す。
その言葉を聞いた男は深い溜め息をついた。
「なるほどな……惚けているわけじゃなさそうだ。てぇことは、お前は単なる働き蜂ってところか。やれやれ、一週間も付け狙ってくる奴だから、どんな奴と思いきや、こんなガキとはな。正直、ガッカリだ」
男は頭を振り、心底呆れたような表情を浮かべる。
そう――この頃の僕は何も知らないガキだった。能力者の事も、自分が何故こんな任務をしているのかも、自分の所属する組織の名も。ただ一つ分かっているのは、自分が魔術使いで、組織に言われた通りに動かなければいけない兵士だと言うことだけだった。
「さっきから何をゴチャゴチャ言っているんだ!?」
「あぁ? お前には関係ねぇ話だ。まったく……興が削がれた。さっさとオレの前から消えやがれ」
「な……ふ、ふざけるな! 僕はお前を殺すように組織から言われているんだ! そんな事できる訳ないだろう!!」
「ハ――笑わせるな! その組織の名も知らないような奴が何を言いやがる! お前、なんでオレを殺さなきゃいけないのか、その理由知ってるのか?」
「り、理由……だって? そんなもの――そんなもの必要ない。僕は上から言われた通りに動くだけだ」
「ハ――ハハ、理由なんていらねぇってか? おい、ガキ!」
笑っていたかと思うと、男は突然激高した。僕に厳しい眼を向けてくる。
「な、なんだよ……」
「人殺しってのはな、その理由も分からねぇ奴が、テメェみたいなガキがやっていいことじゃねぇんだよ!!」
「な、何言って……」
「消えろ。目障りだ」
男は吐き捨てるようにそう言って、僕に背中を向けて歩き出した。
「そうはいかないって――言ってるだろ!!」
僕は叫ぶと同時に、隠し持っていた銃を取り出し、その銃口を男に向け、引き金を引いた。
銃弾は真っ直ぐ男に向かって飛び出し、そして――男の後頭部を通り過ぎた。
「そ、そんな……」
そう――通り過ぎた。すり抜けたと言った方がいい。銃弾は男を突き抜け、暗闇の中へ消える。
撃たれた男は倒れることなく、こちらに振り向く。
「だから、言っただろ? 意味がないって」
「ま、まさか……」
「ああ、今お前が見ているオレも偽物さ」
「く、くそ! 何処だ!? 何処にいる!!」
僕は辺りを見渡し、必死になって男の姿を探す。
「あー、探しても意味ないぞ? お前の眼は完全にオレの支配下に入っているんだからな。お前が見たいものなんて見えるわけがない」
「くそ! お前、一体何者なんだ!」
「オレか? 名乗るほどものじゃねぇよ。オレは単なる能力者だ」
「能……力者?」
「ちっ! 能力者も知らねぇのか? 困ったガキだ。ま、そんなんじゃ、いずれ……」
そこまで言いかけて、男は言葉を切った。
何を言おうとしたのか気になったが、僕にそれを気にしている暇はなかった。
任務の失敗は許されない。ここでこの男を取り逃がすことはできない。
考えろ――姿の見えない相手にどうやって銃弾を撃ち込むか――。
声が聞こえている以上、奴がこの近くにいるのは確かなことだ。なら、奴の位置を掴むことさえできれば――。
「そうか!」
僕は持っていた銃を手当たり次第に撃ちまくる。
「う、うお! なんだよ、いきなり!」
僕の突然の行動に男は驚きの声を上げる。
「やっぱりそうか――近くにはいるんだな。なら、当たるまで撃ちまくるまでだ!!」
「ち――ガキが! そんなの当たるわけねぇだろ!!」
男の言うとおりだ。手当たり次第に撃ったとしても、当たる確率は低い。それにすぐに弾切れになる。
だが、考えて撃てば、相手の行動を誘導することができるはずだ。手当たり次第に乱射しているように見せかけて、相手を特定の場所に誘導するように撃つ。見えない相手に通じるかどうか分からないが、やってみるしかない。
「くらえぇぇぇぇ!!」
叫ぶと同時に銃を乱射する。
銃弾はただ虚しく闇夜に消えいていく。それでも狙いを定めて撃っていく。何発も何発も。そして――。
「だから、意味がないって言っているだろうが!」
男の声は明らかにいらつき始めていた。どうやっても殺せはしないということを分からせたはずなのに、僕が諦めることなく銃を撃ってくるためなのだろう。
「そこだぁああああ!」
残り少ない弾数の中、おそらくは追いつめた場所であろう所に銃弾を撃つ込む。
「ぐあ!」
男の呻き声が聞こえてくる。それと同時にそこにいなかったはずの男が姿を現した。
男は右肩口から血を流している。銃弾が当たったのだ。
「ちっ! ガキだからと思ってナメすぎたか……」
「ぼ、僕の勝ちだ!」
「ハ――ガキが! いいさ、負けを認めるよ。やれよ、これまで通り。罪のない奴らを殺してきたようにオレもさ」
「罪のない? 何を言っているんだ?」
「分からねぇだろうな……そうやって組織の命令だけ聞いてればいいガキにはな! けどな、オレには分かる。お前に殺された連中の無念も、お前がどれほどろくでもない人間かもな!」
「な、なんだと!」
聞き捨てならない。僕がろくでもない人間? なんでこんな奴にそんな事を言われなければならない。僕はただ言われた通りに――。
「お前考えたことあるか? お前が殺した奴には親、兄弟、友人だって普通にいるんだ。そいつらはどう思う? 突然肉親や知り合いが殺され、その理由すら分からない。そんな奴らの気持ちを考えたことあるか?」
「そ、そんなこと……」
考えたことない。いや、考える必要性すらないと思っていた。
「ねぇよな! けどな、そいつらずっと考え続けてんだよ! どうして殺されなきゃならなかったのか、殺した奴は誰なのかってな! そうやって、殺した奴を、お前を怨み続けるんだ!!」
「や、やめろ! そんな事、僕には関係ない!!」
僕は再び銃口を男に向ける。これ以上男の言葉を聞きたくなかった。黙っていて欲しかった。これ以上男の言葉を聞いてしまえば、自分の中の何かが壊れてしまいそうだったから。
「ハ――関係ない……か。だろうな。ガキのお前には考えても仕方ねぇことだ。自分の罪の重さも分からねぇガキにはな」
「う、うるさい!!」
「……いいさ」
「え?」
「撃てよ。今なら簡単にオレを殺せるぞ? さぁ、撃てよ!!」
男はそう言って、オレのゆっくりと向かってくる。
「く、来るな!」
「何を怖がっている? 殺せるんだぞ、このオレを。さぁ、撃てよ」
「だ、黙れ!」
男はオレの目前まで迫ってくる。鋭い目をこちらに向けて、撃てと言ってくる。
僕にはその行動も言葉も理解できなかった。なんでこいつは向かってくる? 死ぬのが怖くないのか? 全然理解ができない。
僕はこの男の全てに恐怖していた。
「何してる? 撃てよ! さあ、さあ、さあ!!」
「う、うおおおおお!」
訳が分からなくなった僕は雄叫びを上げ、それと同時に引き金を引いた。
銃弾は銃口から飛び出し、すぐさま男の胸を撃ち抜いた。そして、男は血を流し、その場に倒れた。
「は――は、ははは……やった……やったぞ」
男がその場に倒れたのを見て、任務を終了したことを確信した。喜びを表現しようと口にした言葉で、僕は口の中がカラカラに乾いていることを知った。
「はは……なんでこんな……ただ引き金を引くだけだったのに、なんでこんなに緊張して――緊張?」
自分で自分の心理状態を口に出して初めて気づいた。僕は引き金を引くことに緊張していたのだ。
「まったくだ――何時になったら撃ってくるのかと思ったぜ」
「え――」
突然後ろから声に僕は戦慄した。その声はあの男の声だったから。
振り向こうとしたが遅かった。僕の後頭部には何か堅いものが押しつけられていた。間違いなく銃だ。
「そ、そんな……馬鹿な……」
事態が読み込めず、混乱する。今、僕の後ろにいるのは誰なのか――今、僕の目の前に倒れているのは――。
「残念だったな……それも偽物だ」
後ろからそう言われた瞬間、目の前に倒れていた男が忽然と姿を消した。
「そ、そんな……なんで……」
「全部芝居だよ。オレはお前の策にハマって肩を撃ち抜かれてもいない。もっと言うとだ。お前の銃はとっくに弾切れになってるよ」
「え……」
言われて、自分の持っている銃を見る。既に残弾はゼロになっていた。
「さっきお前が撃ったのは空砲だ。オレはお前に残弾が残っていると誤認させてたんだよ。あんな作戦に大人のオレが引っかかると思うか?」
「そんな……」
僕は愕然とした。僕はこの男に完全に遊ばれていたのだ。
「だがな、オレがお前の後ろをとれたのは、お前が撃つの躊躇ってくれたからだ」
「え……躊躇った?」
「無自覚か……ま、今更罪の重さに気づいても遅いからな」
「な、なにを……?」
「あ? ああ、これからお前が死ぬって話だよ」
死ぬ――僕が? この男に殺される? なんで――?
「じゃあな。あの世で殺した奴らに詫びてこい」
そう言って男は引き金を引こうとした。だが、その瞬間、突如上空から光る玉が僕らをめがけて勢いよく降り注いできた。
「う、うお! なんだこりゃ!?」
男は驚き、光る玉を躱すために僕から離れた。
光る玉は地面にぶつかるとともに破裂音とともに爆煙をあげる。
僕は訳の分からない状況に目を閉じ、じっとしていることしかできなかった。
そして――次に目を開けた瞬間、僕は自分の目を疑った。僕の足は地についていなかったのだ。それどころか、地上が遙か下にあった。
僕は――浮いていた。
「な、なんで!?」
驚きを声を上げるとともに、僕はもがいた。だが、何かに拘束されているように上手くうごけない。
「こ、こら! 暴れるんじゃない! 落としちゃうだろ!!」
「え――」
それは聞き慣れた声だった。
僕は首だけを後ろに回し、その人物の顔を確認した。そこには――エールの顔があった。
エールが僕を抱えるようにして、空を飛んでいたのだ。背中にいつものように光る翼を生やして。
「エ、エール!? なんでここに!?」
「そんな事は今はどうでもいいよ。それよりも早くこの場から退却するよ」
「た、退却って……ま、待ってくれ! まだ、任務が……」
「任務? ああ、それは中止だ」
「中止? どういう事だ!?」
「どうもこうない。上からの命令だよ。任務は中止。君には退却命令が出てる。そして、僕には君を連れ帰るように命令が出てる」
「そ、そんな……なんで……」
「さあ? 僕には分からないけど、そのおかげで君を助けることができた。それには感謝だよ」
「あ、ああ……」
確かにエールの言う通りだ。もし、エールが現れなければ、僕はあの男に殺されていただろう。
「そう言うわけだから、このまま僕らは退却させてもらうよ?」
それは僕に向けられた言葉ではなかった。エールは僕以外の誰かに言っているのだ。
視線を下に向けると、先程まで自分自身がいたビルの屋上が目に入った。そこに立っている男の姿も。
エールはこの男に言ったのか――。
「おいおい、ちょっと待てよ! 突然、現れてトンズラなんてないだろ?」
「悪いけど、僕はあなたとの戦闘行為は望んでいない。その命令も受けてないしね」
「命令か……てぇことは、お前も魔術使いか? さっきの光の玉にしろ、ありゃあ、魔術だろ?」
「……良く知っているじゃないか。流石は……」
エールはそこで言葉を切った。その先を言うことを憚るように。
「エ、エール? どうした?」
「い、いや、なんでもない」
エールは何でもなかったように答える。けれど、そのエールはどこかエールらしくなかった。僕の知っているエールとどこか違うように見えた。
「魔術使いねぇ……だが、その背中に生えている光る翼は、魔術じゃないだろ? 間違いなく、異能の一種だろ?」
「え――」
驚きの声を漏らしたのは僕だった。僕にとってエールの翼は良く見知ったものだ。その翼があるおかげでエールは空を飛ぶことができる。そして、空を飛ぶことで、広い視野で戦局を見守ることでき、僕たちに的確な指示が送れるのだ。
その空を飛ぶための翼が魔術でない? そんな馬鹿なことあり得ない。あれが魔術でないなら何だって言うんだ。
僕はもう一度のエールの顔を見た。その時、エールは困った表情を浮かべていた。
「おいおい、マジかよ!? お前、自分の力を仲間に話してないのかよ? ハ――ハハハ! こりゃ傑作だ!!」
「黙ってもらおうか?」
その言葉は重く冷たい言葉だった。それがエールから発せられたものだとはすぐに気づけなかった。
「これが黙ってられるかよ! 能力者一族を狩って廻っている魔会が、その能力者を囲ってるなんざ、黙ってらんねぇよ!」
「だ、黙れ!!」
エールは男の言葉に激高し、怒鳴るように言った。
その顔は赤みを帯び、間違いなく怒っているようだった。あのいつも穏やかなエールが今は怒っている。
「おいおい、そんなに怖い顔するなよ? 今はオレと事を構える気はないんだろ?」
男はそう言うと、おどけた様子を見せる。それがあまりにもわざとらしく見えた。
「くっ! ふざけた人だ!! 悪いけど、お喋りは終わりだよ!」
そう言うとエールは僕を抱えたまま、身を翻し、その場から離れた。もちろん、空を飛んでいる以上、男が追ってくる気配なんてものはない。
男がいるビルから十分離れた後、エールは地上に降り、僕を降ろした。
そして、僕とエールは向かい合った。
「あのさ、エール……」
「ごめん、フライシュ……今は……今は何も答えてあげられないんだ。ごめん……」
「……わ、わかった」
本当は聞きたいことが山ほどあった。けれど、聞けなかった。辛そうな顔したエールにそんなことを聞けなかった。
それから僕とエールは組織の施設に戻った。僕たちの仲間、テレスとマリオがいる施設に。
施設に戻ると、テレスとマリオに酷く心配された。けれど、それ以外は至って普通だった。
そして、数日後、エールが僕の部屋にやってきた。真実を語るために――。
 




