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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
82/172

第27話「本当の気持ち」



 暗い暗い場所。ここはどこだろう?

 私は一体どうしてこんな場所にいるのか?

 確か、権藤という錬金術を使う魔術使いと戦って、それから――。


「あれ? なんだっけ?」


 自分の記憶が酷く曖昧であることに気づく。私は一体どうしてしまったのだろう?

 何か――何か大切な事を忘れている気がする。とっても大切な事、それはとても悲しい事だったような気がする。


「あ、あれ? な、何よこれ……」


 気づけば、温かいものが頬を流れていた。私は泣いている?

 なんで――なんでこんな悲しいのか――。


「それは君が心の一部を失ったからだよ」

「え!?」


 突然後ろから聞こえてきた声に私は驚き、振り向いた。そこには――。


「ま、間島!?」


 そこには間島が立っていた。いつからそこに居たのか。先程までは人の気配すらしていなかったのに。


「あ、あなた、何でここに…‥」

「相変わらず察しが悪いね、君は」

「え……」


 その言葉には、いつもの間島とは違う冷たさがあった。どこか私を見る目も冷たく感じる。私は間島の変貌ぶりに一抹の不安を感じた。


「君は本当に何もわかっちゃいない」

「何言っているのよ! 私が何を分かっていないというの?」

「全てだ」

「全てって……」


 間島の言っている意味が分からず、困惑するしかない。一体、私が何を分かっていないというのか。この男は私に何が言いたいのか――。


「ここがどういう場所か。今何が起きているのか。自分のこと。他人のこと。紅坂命のこと。荒井恵のこと。権藤のこと。僕のこと。一輝君のこと。そして、■■君の事」

「え――今なんて?」


 何? 最後になんて言ったのか聞こえなかった。いや、聞こえなかったというより、言葉そのものがかき消されたような――。


「ほら、聞こえてないってことは何も分かっていない証拠だ。君は現実から目を逸らし、何も理解しようとしていない」

「何よそれ……私が何から目を逸らしているのっていうのよ! 私は何からも目を逸らしてない!」

「どうだか……だったら、何故君は何も話さなかった?」

「話さなかった? 一体何のこと?」

「ハハ、それも分からないか。なら、これ以上話しても意味がないね」


 それは冷たく突き放すような言葉だった。

 どうしてしまったのだ、間島は。何故、私にこんな事を言うのだ。


「もっとも――後ろの彼に同じ事が言えるかな?」

「え――」


 間島に言われ、振り返る。

 先程まで誰もいなかったはずのそこに人が立っていた。そこにいたのは――。


「か、一輝!?」


 振り向いた先にいたのは一輝だった。

 突然現れた一輝に私は戸惑うばかりだった。彼まで何故こんな場所にいるのか――。


「怜奈……どうして黙っていたんだ?」

「黙ってたって……何のこと?」


 一輝は間島と同じように意味の分からない質問を投げかけてくる。その口調は間島と同様に冷たかった。そして、私を見る目も。


「■■ちゃんに隠し続けていただろう?」

「え――」


 まただ――また、聞こえなかった。誰かの名前を言っているのだろうが、その名前が聞き取れない。

 私が一体誰に何を隠してきたというのか――。


「やっぱり、分からないんだな。怜奈は薄情だ」

「な――なんですって! なんで、あなたにそんな事を言われなきゃいけいのよ!」


 一輝から思いも寄らない言葉に私は戸惑い、そして頭に血が上ってしまった。

 私が薄情? なんでそんな事を言われなればいけない? ただ、名前が聞き取れていないだけなのに――。


「事実だろう? 君は騙し続けてきたんだから」

「騙してって……私は誰も騙してなんかないわ!」

「本当に?」

「な、なによ……」


 一輝に問いかけられ、私は動揺した。彼が私を見る目にあまりにも感情がなかったから。まるで人形のように見開いていた。その目に寒気さえ感じてしまう。


「なんでそんな嘘をつくんだ?」

「う、うそなんて!」

「ついてるじゃないか。少なくとも俺には」

「え……」


 一輝の言葉に私は言葉を失った。私が彼に嘘をついてる事なんて――。


「あるだろう? 一つだけ俺に隠し、騙し続けていることが。三年前の事件について」

「な、なんで……」


 まさか――いや、そんな事ありえない。彼は知らないはずだ。第一、別に騙していたわけじゃない。彼が知る必要のない事だから、話さなかっただけだ。


「ほら、やっぱり怜奈は薄情な上、人の気持ちなんて何も分かっていない」

「そ、そうじゃない! そうじゃないの!」

「何がそうじゃないんだ?」

「私はただ、あなたに余計な――」

「心配をかけたくなかった?」


 一輝は私が口に出す前にその言葉を奪った。そして――。


「そんなの嘘だろう? ただ怜奈は知られたくなかっただけだ。あの殺人鬼が自分の実の兄だということを。自分にとって、都合の悪いことをひた隠しにしてきただけだ。そうだろう?」


 そして、その私から奪った言葉すら、一輝は否定した。


「ち、違う! 私は――」

「違わない。君は自分にとって都合の悪いことから目を背け、他人の気持ちも考えないで、ただ真実を隠し、騙し、自分の良いように他人を心を弄んでる。君は薄情で最低の人間だよ」

「そ、そんな……」


 一輝のまるで私の心を押し潰そうとする冷徹な言葉に私は愕然とした。何故、彼は私にこんな酷い事を言うのか。何故、私を傷つけようとするのか。もう、何がなんだか訳が分からない。


「なんで――なんで、あなたにそんな事言われなきゃいけないのよ!! あなたに私の一体何が分かるっていうのよ!! 私の苦しみ、辛さも、今までどれだけ悲しかったかも分かってないくせに、そんな事いわれたくない!!」


 心にもない言葉のはずだった。だけど、止められなかった。奥から奥から言葉が溢れてくる。まるで、それが私の本心かのように。


「そうか……だけど、それと同じ事を〝彼女〟の前でも言えるかい?」


 そう言って、一輝は私は後ろを指さした。


「え――」


 私は振り向き、その指の先を見た。そこには――。


「だ、誰?」


 そこには、ついさっきまで間島が立っていたはずなのに、別の人間が立っていた。けれど、その顔は黒く塗りつぶされ、誰なのか認識できない。背格好からすると、女性であることは確かなのだが。


「あ~あ、やっぱり見えないんだね。酷いよ。私の事が分からないなんて、やっぱり薄情なんだね、■■■は」

「え――」


 何? 今度はさっきまでと別の言葉が聞こえない。たぶんそうだ。さっきまでとは違う。人の名前じゃない。何か――私を指しての言葉のような。それにこの女性の声。まるで変声機か何かで変えられているような声だ。


「あなた……一体……」

「分からない人に何言っても無駄でしょ? 目を逸らしている以上、私の顔も名前も分からないよ」

「何よそれ……みんなしてさっきから一体何を言っているのよ! 私が一体何から目を逸らしているって言うのよ!!」

「そんな事も分からないなんて、本当に愚かな人」


 その言葉に私はその人物を睨みつけた。

 なんで、こんな誰かも分からない人間にそんな事を言われなければいけないのか。


「そんな恐い顔しても無駄だよ。私は全然、あなたの事恐くないもの。むしろ、恐いのはあなた自身でしょ?」

「な、何を!」

「無理しなくていいのに。恐いでしょ? 私が、間島さんが、真藤さんが、自分の父親が、他人の全てが。だから、誰も信じられない。だから、本当の事を話さない。隠し続ける。騙し続ける。そうやってれば、みんな自分の事を、自分が見せたいように見てくれるから。そうすれば、自分が楽に生きていけるから」

「ち、違う! 私はそんな風に生きてきたつもりなんてない! そんな……そんな自分のために他人を利用する生き方なんて……」


 もっとも私が嫌いな生き方で、嫌悪する生き方だ。そんなの生きているとは言わない。本当の自分を見せず、ただ他人を欺き続けて、利用するなんて――それじゃあ、人間とは呼べない。


「本当に?」

「本当よ! 私は――私はそんな人間なんかじゃない!」


 それだけは断言できる。私は違う。あの人とは――お父様とは違う。誰かを騙して、傷つけて、悲しませるだけの存在なんかじゃない。


「じゃあ、何で私に黙っていたの? なんで、今までずっと私を騙してきたの?」

「え――」

「ねぇ? まだ、分からない? ずっと大好きだったんだよ? あんなに想っていたのに、私の事分からない?」

「あ、あなた……」


 そんな――まさか――。ありえない。あの子がこんな事言うなんて、ありえない。ありえないはずなのに――何故、私は確信してしまっているののか。


「そんな……嘘でしょ? あ、あなた……」

「そうだよ、やっと気づてくれた? 〝お姉様〟?」

「せ、せい…ら?」


 その名前を口に出した瞬間、黒く塗りつぶされた顔が一瞬にして晴れ、その顔が露わとなる。

 間違いなく、私の目の前にいるのは、私の妹の聖羅だ。

 そして、その顔が判別できるようになった瞬間、私は全てを思い出した。


「あ……あ……そん…な……そんなことって……」


 そうだ――全部思い出した。私は聖羅に全てバレて、そして――。


「やっと思い出してくれた。私の事を忘れていたなんて、本当にお姉様はどうしようもない最低な人だね」

「違う! 違う違う違う! 違うの!」

「何が違うって言うの? この期に及んで、まだ言い訳する気? お姉様、見苦しいよ、そういうの」

「違うのよ、聖羅! 私はただ――」

「違わない。お姉様は私を騙してきた。私だけじゃない、間島さんも真藤さんも、周りにいる人全部。そうやって、自分を綺麗に見せていたのよ!」

「そ、そんな……」


 聖羅の言葉が胸に刺さる。もう、何も考えられない。私は本当に他人をそうやって欺いてきたのだろうか――もう、自分で自分の事が分からない。


「謝れ」

「え……」


 聖羅のその言葉にはっとする。それはあまりにも冷たい、そして私を突き放す言葉だった。


「私の気持ちを踏みにじった事、謝りなさいよ」

「そ、そんな……」


 聖羅は冷たい目でにじりよる。私は後ずさり、その目から逃げようと――。


「謝れ」

「え――」


 逃げようとした瞬間、後ろから先程と同じ言葉が聞こえてくる。今度は男性の声――私の良く知る人の声で。


「か、一輝……」


 振り向いた先に、一輝が立っていた。


「俺を騙してきた事、謝れよ」

「ち、違う……私は……」


 一輝と聖羅が迫ってくる。謝れと言いながら、迫り寄ってくる。

 私は怖くなって、その場から逃げ出した。だが――。


「逃げるのかい? そうやって逃げて、また逃げた先で人を欺くのかい?」

「ま、間島……」


 逃げ出そうとした先に間島が立っていた。まるで、私が逃げだそうするのを阻むように。この苦しみから逃さまいと。


「謝れ、そして、償え。みんなを、周りを欺いてきた事を」

「間島まで……どうして……」

「どうして? それは君が悪いからだ」

「そんな……」


 悪い? 私が悪い?

 違う! 私は悪くない! 私は何も悪くなんて――。


「怜奈君が悪い」


「お姉様が悪い」


「怜奈が悪い」



 やめて――聞きたくない。


「謝れ」


「謝れ」


「償え」


 いやだ――もう聞きたくない。


「謝れ、謝れ、謝れ。悪いのお前だ。全てお前が悪い。お前は最低だ」


 違う――違う違う違う!


「だ、黙って……」


 そうだ、黙れ。そんな言葉、もう聞きたくないんだ。そんなにお前たちは私をせめて何が楽しんだ。


「謝れ、あやまれ、アヤマレ。アヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレアヤマレ」

「もう――やめてぇええええええええ!!」


 狂ったように繰り返される言葉に私は堪えきれなくなり、叫んだ。

 その瞬間、私の周りに風が渦巻き出す。無意識だった。自分で風を発生させたつもりはなかった。けれど、風は私の叫びに呼応するように、発生していた。



 気づいた時には、風は止んでいた。声も聞こえなくなっていた。


「間島? 一輝? 聖羅?」


 彼らの名前を呼び、辺りを見渡す。だが、そこには――。


「え――」


 そこには、バラバラになった人間の死体が転がっていた。


「そ、そん……な……」


 それは、間島だったものであり、一輝だったものであり、聖羅だったものだ。


「う、嘘……」


 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ! 

 私がやったの? 

 そんな事あり得ない! 私が人を――間島を、聖羅を、一輝を殺すはずがない!!


「嘘じゃないよ、お姉様」

「え……せ、聖羅!?」


 突然、聞こえてきた聖羅の声に私は辺りを見渡す。だが、どこにも聖羅はいない。いるのはバラバラになった聖羅だったものだけ――。


「そうだよ、お姉様。こっちだよ」

「そ、そんな……」


 私は声が聞こえてくる方に、恐る恐る自分の足下に目を落とす。

 そこには――聖羅の生首が転がっていた――。


「お姉様は、人殺しだよ」


 聖羅の生首は冷たい微笑みをこちらに向けて、そう言った。


「いや――いやぁああああああああああああああああああ!!」


 絶叫と共に私は意識はこの真っ黒の世界から切り離された。



            *



 目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。


「ゆ……め……?」


 今までの事は夢だったのか。けれど、それにしてはあまりにもリアルな夢だったような気がする。


「一ノ宮!? 目を覚ましたのか!」

「え――」


 その声に驚き、私は声の方に顔を向ける。そこには、一輝がいた。

 一輝は心配そうな目で私をのぞき込んでいる。

 よかった……やっぱり、あれは夢だったのだ。


「よかったよ、一ノ宮が目を覚まして。倒れた時にはびっくりしたんだから」

「ここ……は?」

「病院だよ。いつものね」

「そう……私、あの後倒れたのね……」

「うん……栗栖……先生は過労と精神的な疲労によるものだろうって……」

「そう……」


 そうか――そうだった。栗栖先生があの場にいたのだった。ならば、すぐさま病院に運ばれていても不思議ではない。


「そうだ――今は何時? ううん、あれから一体どのくらいの時間が経ったの!?」


 私は慌てて上半身を起き上がらせて、一輝に尋ねた。


「心配ないよ、一ノ宮。あれから一晩しか経ってない。まだ、朝の8時だ」

「――そ、そう、よかった……」


 私は一輝の言葉に安心して再びベッドに横たわった。

 よかった――大神の指定した夜まで、まだ時間がある。

 私はまだ聖羅を救い出せる機会があることに安堵した。


 聖羅――どうして、あんな事になってしまったのか――。どうして――。


「一ノ宮……泣いているのか?」

「え? あ……」


 一輝に言われて、私は自分が泣いている事に気づく。目から涙をボロボロと流し、枕を濡らしていた。


「わ、私、なんで……」


 私は慌てて腕で自分の顔を覆い、涙を拭う。

 何故、私は泣いているのか。何で、こんなに悲しいのか。自分で自分の気持ちが分からない。

 あの夢の中で言われた通りだ。私は私自身のことすら分かっていない。


「怜奈……」

「一輝……私、分からない。分からなくなったの……自分が、自分の事が、何もかも。聖羅の事、騙してるつもりじゃなかった。ただ、話せなかった。話してしまえば、今までの姉妹としての関係が全部壊れてしまいそうで、あの子に嫌われてしまいそうで……だから……でも、もしかしたら、ただ自分が都合のいいように騙して、あの子の気持ちを踏みにじってきただけなのかも……」

「それは違うよ、怜奈。俺は君の気持ちを分かってる。だから、君は家の掟だからって、妹に真実を隠したり、騙したりできる人間じゃない。ましてや、自分の都合で他人を欺けるような人間じゃないよ」

「一輝……」

「それにさ、嫌われたくないって理由だけじゃないだろう? 君は聖羅ちゃんの事を想って、隠してきたんだ。彼女に心配をかけたくなくて、彼女を巻き込みたくなくて。そうだろう?」

「一輝……私、私……」


 それはとても温かい言葉だった。彼は私自身が分からなかった自分の気持ちを優しく解きほぐすように、言葉にしてくれた。


「大丈夫だよ、怜奈。聖羅ちゃんだって、君の気持ちをきっと分かってくれるよ」

「で、でも……」

「心配いらないよ。きっと君の気持ちは伝わるから」


 そう言って、一輝は私の右手をぎゅっと握りしめた。その手はとても温かくて、心地良くて安心できる。


「ありがとう……一輝……でも、今は……」

「え?」


 私は上半身だけを起こし、すぐ側にいる一輝の胸に顔を押しつけた。


「え? え!? れ、怜奈?」

「ごめんなさい……今はこうしていたいの……あの時みたいに……」


 それは三年前、私が彼に自分の秘密を打ち明けた時の事だ。あの時もこうやって彼の胸の中で――。


「――わかった。いいよ、好きなだけこうしてていいよ」

「ありが……とう……」


 彼の優しさが心に染みわたる。

 私はずるい女かもしれない。こんな時だけ一輝に甘えて、自分を慰めている。でも、それでも――今は、今だけはこうしていたかった。


 私は彼の胸の中で啜り泣いた――。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 俺は病室から出て、静かに病室のドアを閉める。


「彼女の様子はどうだったかしら?」


 その声に振り向くと、そこには白衣を着た栗栖女医が立っていた。


「ええ、今は落ち着いてますよ。また眠っています。お昼前には起きるでしょう」

「そ、ならいいのだけど。それにしても――君もつくづくプレイボーイね」

「どういう意味ですか? まさか、見てたんですか?」

「あらあら、そんな恐い顔しないでよ? 気に障ったかしら?」

「別に……そいうわけじゃありません。ただ、覗き見は趣味が悪すぎますよ」

「ふふ、それもそうね」


 栗栖女医は意地悪そうに笑う。どうやら、反省する気は一切ないらしい。


 栗栖女医は一ノ宮が倒れ時に、すぐに容態の確認を行い、一ノ宮を病院に搬入した。

 どうやら、彼女が魔術使いである事は確かなようではあるが、俺たちの敵というわけでもないらしい。そして、医者ということも嘘ではなかったようだ。もちろん、栗栖蛍という名前は偽名であったわけだが――。


「朝ご飯まだでしょ? よかったら一緒にどう?」


 栗栖女医は突然俺を食事に誘い出した。


「遠慮しときます。それよりも、今はあなたに聞きたい事が山ほどあります」

「あら? 何かしら?」

「……はぁ……そうやって、とぼけるところは新一さんとよく似ていますね、やっぱり」

「ふふ、そうかしら? 私と彼じゃ、全然違うと思うけれど」


 そう言って、栗栖女医は自嘲気味に笑った。


「そうでもないですよ。とぼけたり、肝心な事をはぐらかしたりするけど、的を得た助言をしてくれる所とかそっくりです」

「なんの事かしら?」

「この前、病院で言われた事です。一ノ宮と聖羅ちゃんについて」

「ああ……あれね。そうね、私が心配していた通りになったわね」

「ええ。俺はあなたに警告されたのに、それについて真剣に考えなかった。少しでもあの時言われたことを真剣に考え、行動を起こしていれば、今回のような事にならなかったんじゃないかって、今は後悔してますよ」

「それは……自惚れすぎよ。あなたがどうこうして解決できる問題じゃないわ。あれはあの姉妹の問題よ」

「分かってます!!」


 俺は栗栖女医の指摘に怒るようにして、答えるしかなかった。やっぱり、彼女の指摘は的を得ていたから、反論しようがない。それが、悔しかったから。


「悔しいのね……自分に何もできなかった事が。でも、それも仕方ないことよ。何よりも、目をつけられた相手が悪すぎたわ」

「それは……大神の事を言っているんですか? 教えてください! あいつは一体何者なんですか! なんで、聖羅ちゃんをさらったりしたんですか? 奴の目的はなんですか!」


 栗栖女医は俺の矢継ぎ早の質問に困った顔を浮かべる。だが、それも少しの間だけで、その後彼女は真剣の顔をして、じっと俺を見据えた。


「な、なんですか?」

「それを私に聞いて、あなたはどうするつもりなの?」

「え……」


 思いも寄らない質問に俺は戸惑う。その目は真剣で、じっと見てる事ができない程、恐いものだった。


「それを聞いても、あなたには何もできないわ」

「そ、そんな事!」

「いいえ、できないわ。悪いことは言わない。これ以上、この件に関わるのは止めた方がいい。これ以上は本当に死ぬわよ?」


 それは決して脅しなどではなく、真実だ。それは分かっている。栗栖女医に言われるまでもなく、一ノ宮が身を置いている世界はそういう世界だ。

 けど――いや、だからこそ、俺はここで逃げるわけにいかない。俺は――。


「俺は死ぬ気なんてありません。いえ――死にません! 絶対に! だから、教えてください。お願いです!」


 それが今の俺に出せる精一杯の答えだった。

 その言葉を聞いた栗栖女医は呆れた表情を浮かべ――。


「やれやれね……私が思っていた以上に強い子ね……ホント……まるで、彼みたい」

「え?」

「何でもないわ! ついてきなさい!」


 そう言って栗栖女医は身を翻し、病院の廊下を歩き出した。


「え? ちょっと待ってください! 一体、どこに行くっていうんですか?」

「はぁ? そんなの決まってるじゃない? あなたの雇い主の所よ」

「え? 新一さんの所?」

「そうよ。彼も色々と聞きたいと思っているでしょうからね。そこで話してあげるわ」

「そ、それって……あ、ありがとうございます!」


 栗栖女医は俺の礼の言葉を聞くことなく、スタスタと歩き出していた。

 俺はその後を追いかけた。




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