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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
見えない殺人鬼編
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第7話「選択」



 1月18日。金曜日。朝。いつもより遅いが、俺は学校に向かっていた。

 親やかおりんからは、今日は休むように言われたが、俺はそれを振り切り、家を出た。昨日の一件を思い出すとまだ吐き気もしたが、外傷もないので学校に行くことにした。

 俺がそこまでして学校に行く理由は二つあった。一つは、ある男にある事を伝えるため。そして、もう一つは――。


「おはよう、一ノ宮さん!」


 俺は校門前で会った一ノ宮にそう挨拶した。いつもなら、ここで『おはよう』と、そっけなく返してくるはずだ。いや、俺は彼女が笑顔で『おはよう』と言ってくれることを期待していた。

 しかし、この日はまったく逆だった。


「……」


 彼女はこちらをチラッと見ただけで、そのまま行ってしまった。


 え、どうして……?


 ショックだった。彼女にそんな態度をとられるとは思っていなかった。それに彼女の雰囲気もいつもと違うような気がした。

 一体、どうしたというのか……?

 俺はそんな疑問と不安を抱えながら、一ノ宮の後を追った。

 教室に入ると、既に一ノ宮は席についていた。俺は意を決して話しかけてみた。


「おはよう、一ノ宮さん」

「……」


 もう一度挨拶をしてみたが、やはり返事が返って来ない。俺は強引に話を進めた。


「昨日はお休みしてたよね? どうしたの? 風邪か何か?」

「……君には関係ないことよ」

「そ、そう……そうだよね。ご、ごめんね」


 想像以上に彼女からキツイ言葉が返ってきたことに俺は動揺して、その場は引き下がった。

 俺に対しての一ノ宮の態度は明らかにおかしかった。彼女の態度は以前より冷たくなっている。一昨日の時は別人のようだ。

 渋々、席に着くと、海翔が教室に入ってきた。


「よっ! おはよー、一輝!」

「あ、ああ。おはよう、海翔」

「なんだぁ? 朝からしけた顔してるな?」

「別に……なんでもないよ」

「そうか? ま、そんなことよりお前、今日は大丈夫なんだろうな?」

「何がだ?」

「はあ? 何言ってだよぉ……大丈夫か?捜査に決まってるだろ」

「あ、ああ、その事か……」


 もう事件の事なんか頭の隅に追いやられていた。一ノ宮の不自然な態度が気になってそれどころではない。

 だが、海翔に昨日のことを話しておく必要はある。


「その事なんだが、海翔……」

「あん? どうした?」


 俺が話そうと思ったその時、授業が始まるチャイムが鳴った。


「わるい、海翔。また後で話す」

「あ、ああ。わかった」


 海翔は席に戻っていった。結局、朝の内に海翔に昨日の事を話すことはできなかった。



 昼休み。授業が終わり、俺は海翔に朝の話の続きをするため、海翔の席の方を見た。しかし、海翔は既にいなかった。


「ったく……あいつどこに行ったんだ?」


 俺は海翔を探しに行こうと、席を立ち上がった。しかし、席から離れようとした時、一人の女生徒が俺の前に立っていた。一ノ宮だ。


「真藤君、話があるのだけど……ちょっといいかしら?」


 冷たい声と眼差しで、彼女はそう誘ってきた。


「え……? う、うん……いいよ」


 海翔に話さないといけない事があるのだが、なにより一ノ宮からの誘いだ。断るわけにはいかない。それに、朝からの不自然な態度も気になっていた。いまだって一ノ宮の方から話しかけてくれてはいるが、態度そのものは冷たいままだ。


「ここで話すのは何だから、屋上に行かない?」

「え? あ、うん、いいよ」


 俺は彼女に言われるがまま、屋上に向かった。


 屋上に着くと、俺達は向かい合った。けれど、俺は一ノ宮を直視することができなかった。それは一ノ宮の俺を見る目が痛い程冷たく鋭いものだったからだ。

 一ノ宮から誘われ、屋上で二人っきりだというのに、それを素直に喜ぶ余裕はもはや俺にはなかった。彼女からピリピリとした感じが伝わってきてそれどころではない。


「そ、それで、話って何?」


 俺は一ノ宮の態度に委縮しながら、尋ねた。


「ええ、そうね……まずは――」


 一ノ宮の顔は少し恐かった。目は吊り上がり、どう見ても怒っている。


「何故、私の忠告を無視したのかしら?」

「え……?」


 彼女が何を言っているのか、俺にはよく分からなかった。けれど、すぐにそれは二日前に同じ場所でした会話の事だと、俺は昨日の事件の事を思い出しながら気づいた。


「一昨日、言ったはずよ。今回の事件にかかわるべきではないと……そして、あまり何がしら興味本意で首を突っ込まない方がいい、ともね」

「う、うん……」

「それなら何故、昨日は首を突っ込んだのかしら? 犯人に殺されそうになったそうね?」

「そ、それは……」


 言い訳しようがない。まさか、こんなにも早く一ノ宮の耳に入っていようとは……。


「よ、よく知ってるね?」

「ええ、今朝刑事さんに聞いたからね」

「そ、そう……」


 一ノ宮が何を怒っているのか、いま確信した。彼女は自分がした忠告を俺が綺麗さっぱり忘れていたことに怒っているのだ。無理もない。あれだけハッキリと忠告したのに、それを無視したのだから、誰だって怒りもする。

 それにしても――彼女のこの言いよう。やはり彼女は今回の事件について何か知っているのだろうか。


「君は、これからどうする気なの?」

「え、どうするって……?」


 彼女が何を尋ねているのか、俺には分からない。

 俺の返答を聞いた一ノ宮は、はあっと溜息をつく。


「本当に、何を考えてるのかしら……」

「えっと……」


 彼女は呆れた表情で額に片手を当て、頭を振る。

 彼女が言いたい事をやっぱり俺は理解できない。


「君……犯人を見たのよね?」

「うん……そうだけど……」

「君は無事に帰ってきた。でも、それで済むと思っているの?」

「え……?」

「どんな殺人犯でも顔を見られたかもしれない相手を生かしておくとは思えないけど?」

「う……そうだけど……。でも、俺は犯人の顔なんて見てないよ。というより、見えなかった」


 そう、確かに俺は犯人の顔を見ていない。着ていた黒いロングコートしか見えなかった。


「そうね、事実はきっとそうなのでしょう。でも、犯人も同じように思ってくれてるとは限らないじゃないの?」

「うっ……」


 それを言われてしまうと、何も言い返せない。確かに犯人が去るまで朦朧とはいえ俺には意識があった。それは奴も分かっていることだ。


「それにね。どんな理由で貴方が殺されなかったのかは知らないけど、殺されそうになったのは確かなのよね?」

「う、うん……」

「なら、それは見逃したというより、何かの理由で殺すのを断念したと考えるべきじゃないかしら?」

「そ、それは……」


 一ノ宮の言う通りだ。あの時、あの殺人鬼は俺を殺そうとしていたのに殺さなかった。

 あの時――犯人が俺の前から去る前に口にした言葉を思い出す。


『チッ……! 運のいい奴だ』


 あの時、奴はそう言って不快感を顕わにしていた。ならば、それは俺を〝殺さなかった〟のではなく、〝殺せなかった〟と考えるのが自然だろう。


「それなら、君をもう一度殺しに来る可能性は高いわね。異常者とはいえ、いままでは完璧に殺しを達成してきた奴よ。そんな殺人犯が貴方だけ唯一殺せなかった。それって結構プライドが許さないと思わない?」

「それは……確かに……」


 クラリと眩暈がする思いがした。

 一ノ宮の言う通りだ。あの殺人犯が俺をこのまま放っておくはずがない。

 一ノ宮はこうなることを見越した上で、俺にあんな忠告をしてきたのだろうか?


「君はこうなる事を知っていたのかい?」

「いいえ、こうなることを知っていたのは警察の方よ」

「え!?」

「貴方は気づいてなかったかもしれないけど、貴方達、警察にマークされてたのよ」

「そ、そんな……」

「まあ、初めは政治家が関与しているかもしれない事が予想されていたから、貴方達に首を突っ込まれたくなくてだけど……。それがいつの間にか、上層部では君たちを囮にできないかとも考えていたらしいわよ? 結果、貴方は犯人に出会い、また犯人に命を狙われるかもしれない。これほど、囮に適する人はいないでしょう?」

「そ、そんな……。け、けど、そんなこと、かおりん……その……知り合いの刑事は一言も言ってなかった!」

「ああ、君のいとこね。当たり前よ。彼女には知らされていないわ。だって、彼女もマークする対象になっているんですからね」

「そん、な……」


 驚いた。一ノ宮がかおりんの事まで知っているなんて。しかも、警察の上層部の情報まで持っている。彼女は一体何者なんだ……。


「校門の方を見てみなさい」

「え? う、うん……」

「校門前に黒い車が止まっているのが見えるはずよ」


 確かに黒いセダンの車が校門前に陣取っている。


「………うん、あるね」

「それ、君を監視してるのよ、警察がね」

「……」


 もう、何も言えなかった。彼女が言っている事が嘘とは思えない。そんなに長い付き合いではないけれど、彼女がその手の冗談を言うとは思えなかったし、それだけ彼女は真面目に話していた。


「君は一体何者なんだ?」


 一ノ宮にその疑問をぶつけた。


「……そうね。私は一ノ宮家の次期当主で、貴方のクラスメイト。だから、貴方を助けたいだけよ」

「え……? 俺を助けるって?」

「そうよ。もう貴方が助かるには囮となり、犯人を捕まえるしかないわ。そうでもしないと貴方に未来はないわね。だから、私がそれを手助けしてあげるの」

「お、囮!?」


 彼女の提案は俺を驚かせた。

 彼女が言うには、俺が囮となって夜を出歩き、犯人を誘い出した後、一ノ宮家で雇っているボディーガードに犯人を取り押さえてもらう、というシンプルな計画だった。

 確かに俺が助かる道はそれしかないのかもしれない。いまや警察は既に信用はできない。警察に任せて俺が囮になったとしても、その命の保障はないだろう。なら、いまは一ノ宮家の力を借りた方がいいのかもしれない。けれど、それもかなり危険なかけではある。


「どうする? 自分の命にかかわることだから、慎重に決めてもらいたいところだけど、あまり時間はとってあげられないわ」


 一ノ宮は決断を迫る。

 彼女の言う通り、慎重に決断しなければいけない事項だ。

 選択肢は多くない。このまま殺人犯に怯えながら暮らすか、警察の傀儡として動くか、それとも、一ノ宮家の力を借りて、こちらから打って出るか。その三つしかない。

 けれど、既に心は決まっている。この三つの中ならば、迷うべくもない。


「わかったよ、一ノ宮。お願いできるかい?」

「本当にそれでいいの? 殺されるかもしれないわよ?」

「このままにしておいてもそうなるよ。それなら自分から動きたいんだ」

「そう……」


 なんだろう? 彼女はその瞬間酷く申し訳なさそうな顔をした。けれど、それは一瞬で、すぐにいつもの彼女に戻った。


「で、でも、驚いたよ。一ノ宮がそこまでしてくれるなんて……」

「そうね……私も自分でしていて驚いてるわ。でも、君を助けたいと思ったんだから仕方ないじゃない。そう思ったの、心から……」

「そっか……ありがとう」


 お礼を言うと、彼女は少し頬を赤らめ、


「お、お礼を口にするのは早いわよ! 上手くいってからして!」


 そう言って、俺から顔を逸らす。


「う、うん。わかったよ!」


 俺は助け船を出してくれた一ノ宮のためにも生き残ることを誓った。


         ・

         ・

         ・


 放課後、俺は校門前で海翔を待っていた。今回の一件について話をつけるためだ。


「よう! お待たせ、一輝!」

「あ、ああ……」


 俺の気のない返事に海翔は訝しげな表情を浮かべる。


「なんだよ……今朝から辛気臭い顔してると思ったら、いまはそれ以上だな?」

「そう……かもな……」

「何があったか知らねぇけど、元気だせよ。とりあえず、景気づけに元気出して捜査に行こうぜ!」

「そ、その事なんだけど……海翔、もうやめないか?」

「あん? 何言ってんだよ?」


 海翔はハトが豆鉄砲を撃たれたような顔をしている。俺からの突然の捜査の打ち切り提案に驚いている。それはそうだろう。俺だって昼休みまでは捜査を続けようと考えていたのだから。


「だからさ……もう、この事件について捜査するのやめようって言ってるんだよ」

「何言ってんだよ、一輝! なに今更そんなこと言ってるんだよ! お前だって乗り気だったじゃないか。それをどうして!?」


 やはり、海翔は食い下がってきた。理由は言うわけにはいかない。俺が殺人鬼に狙われているなんて言ったら、さらに捜査に燃えそうだし、警察の事を言ったら言ったで、こいつは大騒ぎしかねない。何とかして、説得しないと……。


「俺……怖くなったんだ。俺達が追ってる犯人って、もう六人も殺してる凶悪犯だ。もしそんなのと出会いでもしたらって……そう考えたら怖くなったんだよ。だから……もう、やめにしよう!」


 俺は本当に怖くて止めたいと言っているかのように演じた。いや、怖いのは本当だ。だけど、それから逃げ出したところで何が変わるわけでもない。俺がこんなことを言い出しているのは、海翔の身を案じてのことだ。

 海翔は遊び半分で捜査していたに過ぎない。だけど、このまま俺と一緒にいては、あの殺人犯に狙われる可能性だってある。捜査はしていたけど、奴の犯行現場を見たわけでも、狙われているわけでもない。言ってしまえば、まったく無関係な人間なのだ。そんな海翔をこれ以上この件に関わらせる訳にはいかない。


「ああ、そうかよ、わかったよ! もうお前には頼まねぇよ!」

「お、おい! お前、一人で捜査する気か?」

「はあ!? お前なしでどうやってこれから捜査しろっていうんだよ! ヤメだ、ヤメ! もう捜査なんてしねぇよ!」

「そうか……」


 海翔の「ヤメだ」宣言に俺は内心ではほっとしていた。もしここまで言っても諦めてもらえなければ、力ずくでも止めさせるつもりでいた。もっとも、俺が海翔に勝てるわけがないのだから、そこは根競べの勝負となる。これから殺人犯と相対さなければならない俺にとってそれは負担だった。


「すまないな、海翔」

「ホントだせ、まったく! この埋め合わせは絶対にしてもらうからな!」

「あ、ああ、わかったよ!」


 海翔は俺の嘘に気づいていたと思う。気づいていた上で、俺の嘘に乗っかってくれたのだ。

 俺と海翔との付き合いは長い。俺が突然怖気づくなんてことありえないと海翔は分かっている。だからと言って、俺を疑っているわけでもない。その証拠に海翔は俺を問い詰めなかった。海翔なりに何か事情があることを察してくれたのだろう。海翔はそういう人間だ。それが海翔の良い所でもある。


 その後、俺と海翔は何事も無かったように笑顔でさよならを言って別れた。




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