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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
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第23話「魔弾の射手」



 そこには、俺が間島新一という人物と初めて会った時と同じ顔があった。彼のその眼には、どんな残酷な事実を前にしても、決して揺らぐことのない意志が宿っている。


「まったく! やっと正気に戻ったみたいね! こんな時に手間かけさせるんじゃないわよ!」

「まったくですよ!」


 怒ったそぶりを見せる一ノ宮だが、顔はどこか嬉しそうだった。かくいう俺も新一さんが立ち直ってくれて嬉しかった。


「はは。すまなかったね、二人とも。でも、もう大丈夫だ!」


 そう言って、新一さんは権藤を見据える。その権藤は――。


「フ――フフ――フハハハハハハ!! そうか――そこまでして生きたいか、お前たちは!! 生きることで償う? フザケルのも大概しておけよ! オレのこの憎しみは、お前を殺すこと以外では決して消えることはないんだよ!!」


 権藤は激情に駆られていた。その顔を真っ赤にして興奮しており、目も充血している。両手からは青い稲妻のような光が溢れ出していた。それは、常軌逸した姿だった。それが憎しみと怒りの姿ということは俺でも分かる。


「権藤、僕はもうお前の復讐に付き合うことはできない。今はただ、一ノ宮専属探偵として、間島新一として、お前を止める!」


 権藤の言葉を聞いても、姿を見ても、新一さんはもう揺らぐことはなかった。生きて、権藤を止めるという意志がはっきりと伝わってくる。


「フザケルナァァァァァアアアア!!」


 だが、権藤は新一さんのその強い意志を前にして、逆上した。

 権藤は両手を勢いよく合わせた後、すぐに地面に手をついた。すると、先ほど人形を呼び出した時と同様に、地面に紋様が浮かび上がる。違う点があるとすれば、その紋様の大きさが先ほどとは比べものにならないほど大きいという事だ。


「やばい! これほどの錬金をされたら――」


 一ノ宮はそう言って、動き出そうとした。だが、一ノ宮が動くよりも早く

、権藤の錬金術は完成をみる。

 地面はボコボコと隆起し、人型を象っていく。いや、地面だけじゃない。側面の壁からもだ。今、俺たちが立っているフロアそのものが、権藤の錬金術の対象になっている。


「そ、そんなっ!!」


 さすがの一ノ宮もその数に絶句していた。人形の数は目に見えているだけでも数十体はいる。こんな数に一気に攻められれば、ひとたまりもない。


「ハーハッハッハ!! さあ、どうだ? これなら、さっきのような戦い方はもうできまい。これで、これで全て終わらせてやる!!」


 権藤の言うとおりだ。これでは、さっきのように風を一点に集めて防御したり、攻撃したりしている暇なんてない。今から相手するのは無量大数の敵だ。しかも、その敵の両腕、両足には決して砕けない鋼が取り付けられている。


「まずいわ……この数相手じゃ……」


 この状況を見て、さすがの一ノ宮も弱音が出る。だが、それも仕方ないことだ。逃げ道もなく、通常の攻撃が一切効かない相手を大量に目の前にして、弱音を吐かないでいられるわけがない。


「怜奈君、少しの時間でいい。やつらの脚を止めることはできるかい?」


 新一さんは一ノ宮にそう言うと、懐から銃を取り出す。

 誰もが絶望的な状況であることは分かっていた。だが、そんな状況の中、新一さんだけは希望を捨てていなかった。


「え……少しならできるかもしれないけど……何をするつもり?」

「僕に考えがある。少しの時間でいい。頼めるかい?」

「……それはこの状況から三人とも無事のまま抜け出せる方法と思っていいのよね?」

「もちろんだよ。さっきのような事はもうしないよ」


 そう言って、新一さんは微笑む。その微笑みと言葉には嘘がないように思える。


「……わかったわ……任せなさい」


 一ノ宮は新一さんの考えを聞くことなく、前に歩み出た。それは一ノ宮が新一さんを信頼している証だった。


「一輝君、それを貸してくるかい?」

「え、これですか?」


 俺は持っていた長い鉄パイプを新一さんに渡した。新一さんはその両端を持って、目を閉じる。


「物質構成――解析。

 解析――完了。

 物質形状――変更。

 物質強度――強化!!」


 権藤と同じように呪文のようにそう呟くと、その鉄パイプは光に包まれた。そして、その光が消えた時、鉄パイプは刀のような形に変わっていた。


「これでよし。はい、一輝君」


 新一さんは、鉄パイプを俺に返した。俺は訳が分からないまま、それを受け取る。


「一体、何をしたんですか?」

「ん? ああ、ちょっとそれを強化しただけだよ。権藤のように物質の構成そのものを変えることできないけど、形状変更と強化ぐらいなら僕にもできるからね。それなら、やつらの斬撃にも数回ぐらいなら耐えられるだろう。ただ、形状を変化させただけだから、刃はついてないよ」

「……本当に魔術使いだったんですね?」

「……ああ。だけど、それはまだ初歩的な魔術だ。これから見せてあげるよ。僕の本当の魔術を!」

「え――本当の魔術?」

「ああ、僕だけの魔術だ。けど、それには詠唱が必要でね。発動までちょっと時間がかかるんだ。だから、悪いけど一輝君には、僕の護衛を頼めるかい?」

「お、俺にですか!? で、でも……」


 正直、あんなのから新一さんを守れる自信がない。


「大丈夫だよ、一輝君! 君はあの弘蔵さんから稽古を受けてきたんだから、自信を持っていい」


 そう言いながら、新一さんは銃からマガジンを取り出す。そして、ポケットから三発の〝赤い銃弾〟を取り出し、マガジンに詰めていく。そして、その銃弾を詰めたマガジンを銃に戻した。

 その一瞬、たった一瞬だったが、新一さんの顔つきが変わった。それは人が決意を新たにした時のもののように思えた。

 そんな顔をされてしまえば、俺も心を決めるしかない。


「わ、わかりました――やってみます!」


 俺の決意の言葉を聞くと、新一さんは安心したように微笑んで頷いた。


「来るわよ! 準備しなさい!!」


 一ノ宮の声に俺と新一さんは前方を向く。既に一ノ宮の前には廊下を覆い尽くす程の竜巻が発生していた。さらに、その竜巻の中に人の身長ほどの竜巻が幾重と渦巻いている。


「詠唱に入る。頼んだよ、怜奈君、一輝君!」

「ええ!」

「はい!」


 その言葉を合図に新一さんは銃を構えたまま、目を閉じる。俺は新一さんの前に立ち、鉄パイプを刀のようにして持ち、構える。そして、一ノ宮は、竜巻を人形の軍勢に向かって放った。


「ムダな事を! 人形ども、進めぇ!! そして、目の前のムシケラどもの命を刈り取れぇ!!」


 権藤のその号令ともに人形は一斉に前進を始める。それは紛れもなく刃の群だ。


〝我が骨子は心と共に――〟


 その群も一ノ宮が作った竜巻の中では、前に進む速度も落ちる。だが、決して前に進む脚が止まるわけではない。ゆっくりとだが、着実に前に進んでいる。


「ハ――ムダだムダだ! そんな竜巻程度ではオレの作り出した軍勢の前では無意味だ!!」


 権藤の言うとおりだ。一ノ宮の竜巻では、完全な足止めはできない。


〝我が血肉は心と共に――〟


 新一さんの詠唱の声が後ろから聞こえてくる。小さな声での詠唱だ。おそらく俺にしか聞こえていないだろう。


「チッ! やっぱり止めきれないわね! こうなったら――」


 一ノ宮は竜巻を発生させたまま、今度は無数の風の刃を人形の軍勢に向かって放つ。

 当たり前のことだが、その風の刃も人形の刃によって防がれていく。だが、それが一ノ宮の狙いでもあった。

 風の刃を防いでいる限り、その進軍の脚も遅くなる。風の刃が効かないのは、刃が取り付けれている両腕、両脚のみ。それ以外の箇所ならば、切れる。だからこそ、人形は両腕、両脚を使って守るしかないのだ。


「フン! どんなに足掻こうが――ムダと分からないかぁ!!」


 権藤は一ノ宮のその策すら無意味だと凶弾する。それを証明するかのように、竜巻を抜け、風の刃も躱し、こちらに向かってくる一体の人形が出てくる。


〝我が心は悪魔の意志と共に――〟


「間島! 一輝!」


 一ノ宮は俺と新一さんの方に引き返そうとする。


「ダメだ、一ノ宮! こいつは俺が相手をする! 君は他の人形の足止めに集中するんだ!」

「バカ! あなたが相手できるわけないでしょ!」

「無理でもやるしかないんだ! 一ノ宮は一体でも多くの人形を止めてくれ!」

「くっ――」


 一ノ宮を口惜しそうにしながらも、前方の軍勢に意識を戻す。俺はそれを確認すると、こちらに向かってくる人形に意識の全てを注いだ。


 よく見ろ――見て、見切れない動きではないはずだ。注意すべきなのは、あの刃だけ。一対一であれば、あの刃にさえ当たらなければ――勝機はある!


「来い!」


 人形は片腕を振り上げ、振り下ろす。それを寸でのところで躱す。

 大丈夫だ。見える。躱せる。だが――。


「くらえぇ!!」


 俺は模造刀を人形の人間でいう喉仏あたる部分に突き入れる。刀は見事に貫通する。俺はそのまま刀を振り払った。そして、嘘みたいに簡単に人形の頭は飛んだ。やはり思った通りだ。腕と脚以外は脆い。

 人間なら――これで終わる。だが、相手は人形。頭部を失おうが関係なかった。

 頭部が吹っ飛んだ次の瞬間には、人形の腕が俺に襲いかかってきていた。俺はすぐにそれを刀で防ぐ。


「ぐ!」


 まるで威力が違う。刀で受けたにも関わらず、たった一撃だけで手が痺れる。そして、ギチギチと鉄の模造刀は軋む。おそらく、新一さんに強化してもらってなければ刀ごと俺は真っ二つになっていただろう。しかし――。


 ダメだ――このままじゃ、本当に斬られる――。


 力の差がありすぎた。このまま押し切られ、刀が折れるのも時間の問題だ。

 そう思った時だった――。


「右に避けなさい!」


 一ノ宮の声が聞こえてきた。その声に俺は反射的に人形の刃を受け流し、言われた通りに転がるようにして右に避けた。

 その次の瞬間――人形の後方からいくつもの風の刃が飛んできた。無論、俺を狙っていた人形はそれに気づかず、風の刃に切り刻まれていく。


「れ、怜奈!」

「よく堪えたわ! 後は任せなさい!」


 そう言う一ノ宮は前を向いたまま、人形の軍勢に相対したままだ。一瞬のスキをついて、俺の方に向かって風の刃を放ったのか――。


「わ、悪い!」


 俺はすぐに態勢を立て直し、新一さんの前に立つ。


「もう――これ以上は間島や一輝の方には行かせないわ!」


 そう言う一ノ宮は、さらに竜巻を勢いを上げ、風の刃の数も先程よりも増やす。

 だが、それでも――人形の脚は止まらず、数多くの人形が竜巻から出てくる。そして、今度は一ノ宮を狙い、突進していく。


〝悪魔の意志は我が意志と共に――〟


「怜奈!! これを――使えぇぇええ!!」

「一輝!!」


 俺は咄嗟に自分の持っていた鉄の模造刀を一ノ宮に向かって投げ飛ばしていた。

 一ノ宮はそれを受け止めると、刀の周りに風を渦巻かせる。そして、風は凝縮され、乱気流のようになる。それは、先ほど一ノ宮が自分を守るための張った気流の膜や、人形を吹き飛ばした掌底突きの時よりも激しく乱回転している。


「くらえぇぇぇぇええええ!!」


 一ノ宮は叫びながら、横一文字に鉄パイプを振るった。

 その瞬間、今まで見たこともない巨大で鋭い風の刃が放たれた。

 一ノ宮に向かってきていた人形は問答無用でその刃になぎ払われる。その刃の巨大さから防ぐことなどできない。


 だが――その巨大な刃も虎の子の一発にすぎない。それだけでは、進軍してくる大量の人形は止めることはできない。


 一ノ宮は片膝をつき、肩で息をしている。既に限界が近い。もう――戦える力は残っていない。


「くっ!」

「逃げろ! 怜奈!!」


 俺の叫びも虚しく、人形は竜巻を突破し、一ノ宮に突進していく。一ノ宮はそれに迎え撃つ力も、逃げる力も、もう残されていない。


〝魔弾となりて天を穿つ〟


「二人ともさがれ! 撃つぞ!!」


 その絶望的な状況下で、新一さんの声が一際大きく木霊した。


 その声を聞いて、俺はすぐに新一さん後ろへ、一ノ宮は竜巻を消して、射線軸上から外れる。


「〝魔弾〟――DerディアFreischützフライシュッツ!!」


 そして、新一さんは引き金を引き、一発の弾丸が放たれた。

 その瞬間、俺は目を疑った。放たれた弾丸は真っ直ぐに人形の群に向かっていく。本来ならばその弾は人形に当たり、それだけで終わるはずだ。

 だが、その弾丸は違った。弾丸は人形を避けるように、軌道を変え、人形の脇を通りぎていく。ありえないことだ。一度放たれた弾丸が軌道を変えるなどと――。


 弾丸は人形を躱し、そして――権藤に向かって飛んでいく。まるで、狙った獲物を決して逃がさないかのように――。


 だが――次の瞬間、俺たちにとって予期せぬ出来事が起こる。しかも、それは最悪な形で。

 弾丸は権藤を捕らえていた。間違いなく、権藤の撃ち抜くはずだった。だが、権藤の目前で弾丸は弾かれた。


「そ、そんな!?」


 俺はそのあまりの出来事に膝を落とした。


「フフ――フハハハハハ!! 残念だったな、魔弾の射手!! オレが何故、お前が魔弾の射手と呼ばれていたこと知っていると思っているんだ! お前の力の事など知っているからに決まっているだろう?」


 権藤は高らかに笑いながら、新一さんに向けてそう指摘した。


「ま、まさか……それを知っていて、見えない壁を……」


 一ノ宮は絶句しながらそう呟いた。


「その通りだ、一ノ宮の娘。オレがさっきから何故一歩も動かないでいると思う? あの最初の三体の人形を呼び出した時点で、オレ自信を見えない壁で覆っていたからだ!」

「そ、そんな……そんなことって……」


 俺は愕然とした。最後の頼みの綱だった、新一さんの魔術ですら、権藤には見破られ、その対策すらも打たれていたなんて――――。


「やっぱり、そういう事だったか――」

「え――?」

「な――に?」


 それは新一さんの言葉だった。俺はその言葉に呆気にとられ、権藤は不可解そうにした。

 まさか――新一さんはあの壁の存在に気づいていたのか?


「何を言っている、キサマ……」

「そんな事じゃないかと思っていたよ。僕が魔弾の射手と呼ばれるようになったのは、この力のためだ。それなのに、この力の事を知らない、なんてことあるはずがない。なら、何がしら策を打ってきていると思っていたよ。だけど――」


 新一さんは言いながら、前進していく。


「――どうやら、お前はその本当の意味を知らないらしい」


 そう言って、新一さんはニヤリと笑った。


「なに? オレが何を知らないだって?」

「僕の力の本当の姿さ。なんだったら試してみるかい? 今度は確実にお前を撃ち抜いてみせる」

「フ――フフフ――フハハハハ! オレを撃ち抜くだって? これはまた、とんだホラを吹くものだな? 自分の魔術が効かなくて気でもふれたか? いいだろう! やってみるがいい! 何度やろうが同じ事だ。全て弾き返してくれる!!」


 そう言って、再び権藤は高らかに笑う。それは自分の勝利を疑っていないが故の余裕だ。


「お前に言われなくてもそうするさ。そして、後悔しろ! 僕の大切な人たちに手を出したことにな!!」


 新一さんは引き金を引いた。その瞬間、再び弾丸が放たれる。しかも、今度は二発。


「フン! 何発撃とうが結果は変わらん!!」


 権藤は変わらず、余裕の笑みを漏らしている。


 二発の弾丸は別々の軌道を辿りながら、先ほどと同じように人形を躱して権藤に向かって突き進んでいく。

 そして、権藤の目前まで迫る。


「終わりだ――」


 権藤のその言葉通り、弾丸は権藤の目前で弾かれる――はずだった。


「な――!!」


 それはあまりにも当然のように、さもそれが当たり前のように起こった。


 弾丸は――――弾かれることなく、見えない壁を通り抜けた。

 そして、二発の弾丸は権藤の両手を撃ち抜いた。


「ぐ、ぐあああああ!!」


 両手を撃ち抜かれて、権藤はその場でのたうち回る。


「油断したね、権藤。僕の力は、弾丸の軌道を変え、対象を必ず撃ち抜く事だけじゃない。対象以外を透過する弾丸を放つ――それが僕の本当の力であり、僕が〝魔弾の射手〟と呼ばれていた所以だ」


 それは〝魔弾の射手〟と呼ばれるに相応しい力だった。





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