第21話「復讐者」
権藤は新一さんの事を〝魔弾の射手〟と呼んだ。
その時の新一さんの表情は今まで見たこともないものだった。新一さんは、顔を強ばらせ権藤を睨んでいた。だが、その権藤を見る目は、どこか感情というものがなく、冷徹で非情な目をしていた。
魔弾の射手――――その言葉を俺はごく最近聞いた。いや、俺だけじゃない。ここにいる一ノ宮も新一さんも知っているはずだ。
〝魔弾の射手が復活する〟
それは如月町と皐月町に流れいた噂の一つだ。
その魔弾の射手が――――新一さん?
「やはり――目的は僕だったか――」
小さく、感情のない声で新一さんはそう呟いた。
「し、新一さん?」
新一さんの異変に俺は戸惑っていた。横にいる人物は確かに俺の知る間島新一その人のはずなのに、隣から伝わってくる雰囲気は俺が知る人物とは違っていた。
「クク! なんだその顔は? 随分と不機嫌そうだな? 初めて会った時は大違いだな……まるで、別人だね!」
権藤は不気味な笑いを漏らしながら、新一さんに向けてそう言った。
「だまれ」
新一さんはそんな権藤の言葉に聞く耳を持たないかのように、冷たくそう言い放った。
「おやおや、随分と冷たいね……ああ、そうか! お前がどんな人間か、そいつらは知らないんだったなぁ!」
「え……」
知らないだって? 俺が新一さんの事を? 一体に何を言っているんだ、この男は……。
「だまれと言っている!!」
新一さんは張り裂けるような声でそう叫んだ。その言葉に俺は息を飲んだ。おそらくは一ノ宮も。
ここまで感情を露わにする新一さんを俺は初めて見た。
「ちょっと落ち着きなさい、間島! 一体どうしたっていうの?」
「あ――」
一ノ宮の言葉に新一さんは我に返ったのか、俺と一ノ宮の顔を交互に見た。
「――す、すまない」
落ち着きを取り戻したかのように、新一さんは俺たちに向かってそう言った。だが、その表情はまだ堅いままだ。
「チッ! 案外我慢強いじゃないか。あのまま立ち戻ってくれれば良かったものを」
そんな新一さんを見ながら、権藤は忌々しそうに呟いた。そんな権藤の様子を見た一ノ宮は、権藤に向かって一歩前に出た。
「あなた……一体何が目的なの?」
「目的――か。そんな事は決まっているだろう! お前たちに……いや、そこにいる男に地獄の苦しみを与える事だ!!」
権藤は一ノ宮の問いに新一さんを見つめながら答えた。殺意を微塵も隠すことなく。
一体何故、権藤は新一さんに対してここまでの殺意を向けてくるだろうか。このマンションで初めて権藤と出会った時、印象は良くなく、確かに敵意のようなものを感じた。あの時は単に探偵嫌いかと思ったが、新一さんに何か個人的な恨みのようなものがあるようだ。
「な、何故だ! 何故はお前は僕にそこまでの殺意を向けてくる!?」
殺意を向けれている新一さんですら、その理由が分からないでいる。困惑した表情で新一さんは権藤を問いつめた。
「何故……だと? ハ――ハハ……アハハハハ!」
「な、何がおかしい?」
「笑いたくもなる! これほど憎み、恨み続けた相手が何一つとして分かっていないのだからな!」
「ど、どういう意味だ?」
「フ――権藤ヒサヤ――」
「なに?」
権藤は突然人の名前を呟いた。それを聞いた新一さんは首を傾げている。
「――権藤シュウジ」
そして、権藤はもう一人の人物の名前を呟いた。
権藤ヒサヤ。権藤シュウジ。この二人の名からすると権藤に関わりある事は分かる。だが、その名が一体何を意味しているのか――。
「さっきから何を言っているんだ?」
新一さんは困惑した表情のまま、再度問い返した。
どうやら、それは新一さんにも権藤が口にした名の意味がわからないようだ。
だが、権藤はその問いに対して、まるで新一さんを軽蔑するような眼差しを向けた。
「やはりな……何一つ覚えていないか……」
「なにを……」
権藤の言葉に新一さんはさらに困惑している。
「権藤ヒサヤ、権藤シュウジ。この二人の名を覚えていない時点で、お前は万死に値する!」
「さっきから勝手なことを! その二人がお前にどう関係するか知らないが、僕はそんな名前聞いたことはない!」
「ああ、そうだろう! 殺した相手の名前などお前にとってはどうでもいいだろうな!」
「な……に?」
その瞬間、新一さんは表情を凍りつかせた。俺もとても信じられなかった。
権藤は先程から口にしている二人の名前は、新一さんが殺した人間の名前だと言っているのだ。
「何を言ってるんだ!? 新一さんが人を殺すわけないだろ!」
「真藤君!」
「え……一ノ宮?」
一ノ宮に呼ばれ振り向くと、一ノ宮は顔を左右に振った。
なんだ? 黙っていろと言うのか? 何故だ――。
『間島は――ある意味、私たち一ノ宮家の人間以上の罪人だから』
不意に、以前一ノ宮が新一さんについて語った言葉を思い出した。あの時は、あの言葉の意味が分からないままだった。もしかすると――。
俺が一ノ宮を言葉を思い出していた頃、新一さんは何かに気がついたのか、全身を震わせ、愕然とした表情をしていた。
「ま、まさか……」
「そうだ! その二人は、お前が昔、〝アノ〟組織に属していた頃に殺した人間の名だ!」
「そ、そんな……」
権藤の言葉に新一さんの顔は青ざめていた。まるで幽霊でも見ているかのような表情だ。
組織――。新一さんが過去に何らか組織に属し、そこで人を殺していたでも言うのか。そんな事、今の新一さんからは想像することはできない。そんなの何かの間違いだ。この人は決して人を殺せるような人間じゃない。
だが――新一さんの動揺ぶりからは、それが真実である事が伺い知れる。
そして、権藤はその新一さんの様子に構うことなく、増悪に染まった言葉を続ける。そこで俺たちは思いも寄らない言葉を耳にすることになる。
「ヒサヤはオレの父、そしてシュウジはオレの兄だった。オレの家族だった! だが、それを能力者の血縁であると理由だけで、お前たち組織はオレたち家族を皆殺しにした! 誰一人として、能力の発現は認められていなかったのに関わらずだ!!」
「の、能力者だって!?」
その単語が権藤の口から出てきた瞬間、俺は驚愕した。なぜなら、権藤が言うことが正しければ、能力者を殺す組織が一ノ宮家以外にも存在するということになるからだ。俺は今までそんな話を聞いたことは――――いや、待て。ごく最近、それに近い組織が存在するという話を聞かなかったか?
「どういう事、間島? まさかあなたが昔いた組織って――」
一ノ宮は驚愕した表情で、新一さんに詰め寄った。一ノ宮は新一さんが属していた組織について思い当たる節があるようだ。
「ああ……そうだよ。僕が昔属していた組織……それは能力者に対抗する力を持った人間を束ねる組織。そして、能力者を討伐することを目的に発足された組織でもある。その組織の名は――魔術使い連合会、通称〝魔会〟と呼ばれている」
「やっぱり……そう、だったのね」
新一さんの言葉に重い空気が流れる。
新一さんの口から直接その言葉を聞いた瞬間、やはりと思った。そして、それと同時に大きな疑問が出てくる。そもそも〝魔会〟は、一ノ宮の台頭に伴い、既にその存在意義を無くし、形骸化した組織ではなかったのか。
「魔会は機能していないわけではなかったのね……」
「ああ……発足してから数百年間……その在り方は何一つ変わってなどいないよ。そして、僕はそこで……人を殺してきたんだ!」
そう言う新一さんの眼には、悲しみと後悔しかなかった。はっきりとそう受け取れる眼だった。だが、権藤は――。
「そうだ! お前は人殺しだ! 多くの罪のない命を奪い、意味もなく殺してきた!」
「っ……」
権藤の容赦ない言葉に新一さんは、苦痛に顔を歪ませた。
「オレの名前は権藤ユウキ……」
喋りながら権藤は一歩前に歩み出てくる。
「お前に家族を殺され――」
また一歩前へ。
「お前を恨み――」
さらに一歩。
「お前を憎み――」
そして立ち止まる。
「――お前に復讐することだけを望み生き続けてきた――」
両掌をパンと音をならしながら、合わせる。
すると、両手にはめられていた手袋の怪しげな刺繍が鈍く、青く、光り出した。
「――〝復讐者〟だ!!」
叫ぶと同時に、怪しく光る両手を地面に叩きつける。
その瞬間、手袋の刺繍から発していた青い光が線となり、円を描き、その円の中に紋様が現れた。
「な、なにこれ! まさか――」
一ノ宮は驚愕する共に、その地面に現れた紋様が何であるかに気がついたようだった。
「今更気がついても、もう遅い! さあ、来い! 我が最高傑作!!」
権藤がそう叫ぶと同時に、紋様がグニャリと形を変えていく。
いや――違う――。紋様が形を変えているのではない。何か地面から隆起してきているのだ。
「な、なんだ、あれ……」
俺は自分の目の前で起きている出来事に目を疑い、そう呟くしかなかった。
「ま、まさか……」
新一さんは地面から隆起しているものに釘付けになっている。
無理もない。地面から現れるだけでも驚くべき光景だ。だが、まさか〝アレ〟がこのようして現れるとは――。
「……人形!」
一ノ宮はじっとその様子を見据えたまま、そう叫んだ。その眼には、既に敵意と呼べるものしか宿っていない。
地面から隆起していたものは形を変え、人を形を象ったマネキンのような人形が三体現れた。
「さあ、始めるぞ。復讐の始まりだ!」
権藤は高らかに宣言するようにそう言うと、三体の人形はこちらに向かって歩き出した。
「チッ! 結局こうなるのね! 真藤君はさがってなさい!!」
「あ、ああ!」
俺は一ノ宮に言われた通り、慌てて後ろに下がる。
「そんな人形で何度襲って来ようが――無駄よ!!」
そう叫ぶと同時に一ノ宮は自分の周りに風を発生させ、風の刃を人形に向かって放った。
「さて、それはどうかな?」
権藤は余裕は笑みをこぼしながらそう言った瞬間、人形に驚くべき変化が起きた。
腕と脚の部分が鋭利な刃物のように変化したのだ。
「いくら体を刃物に変化させようが、私の刃は防げやしない!」
一ノ宮の言うとおりだ。風の能力で生み出された刃には、対象が刃物であろうと関係なく、切り刻むだけだ。それは、俺も体験済みだ。
だが、その決して物理的には防ぐことができない風の刃に、予期せぬ事態が起きる。
三体の人形は一斉に刃と化した自らの腕を振り上げ、向かってくる刃に対して振り下ろした。普通なら――いや、俺も一ノ宮もその腕諸共人形本体を切り刻むと信じて疑わなかった。
だが、現実は俺たちの予想だにしない方向に向かっていく。
「え!?」
「そ、そんな!!」
俺は愕然とした。一ノ宮も同じだった。自分の目の前で起きた事が信じられなかった。
そう――風の刃は人形を切り刻むどころか、人形の腕によって砕かれてしまったのだ。
そんなバカな――風の刃が、あの腕に負けた? そんな事ありえない。一ノ宮の風の力は、銃弾すらも受け止め、刃すら折るほどなのに――。
「フ――フハハハ!! バカが! オレが何の策もなく真っ正面からお前たちに挑むと思うか?」
「なん……ですって?」
「あの学園で、何のためにあの化け物とお前を戦わせたと思っている」
「ま、まさか……」
「そうだ。お前の力を測るためだ! その能力のスピード、威力、強度をな。どうやらオレの見立ては間違いなかったらしい!」
「まさか風の刃でも切れない刃でも用意したって言うの? そんなもの――」
「そう――ありはしない。普通だったらな。だが、オレの力ならそれを可能とするんだよ」
言いながら権藤は再び両手は勢いよく合わせた。その途端に手袋の刺繍が鈍く光り出す。そして合わせた両手全体が光に包まれた。
「な、なんだ?」
奴がいったい何をしているのか分からなかった。だが、その光景があの人形を呼び出した時と同じである以上警戒するしかない。
「そう警戒することはない。お前たちに見せてやるだけだ」
「見せる? 何をだ!」
「これさ」
権藤は合わせていた手を離すと、そこには銀色に輝く小さな金属のような物体が宙に浮いていた。
「まさか――錬金術!?」
一ノ宮はその金属を見て、その言葉を口にした。
錬金術――その言葉事態は聞いた事はある。だがそれは科学の力で金を生み出すことを指す言葉ではなかったか――。
「一ノ宮、錬金術ってなんだ? これは一体――」
「錬金術は魔術を使ってあらゆる物質を練成する術の事よ。錬金には、そのための素質と長い年月の修練が必要だと聞いていたけれど……まさか、こいつがそれを使えるなんて!」
一ノ宮は驚きの表情を見せながらも、忌々しげに言った。
それを聞いた権藤はほくそ笑みながら、口を開く。
「その通りだ、一ノ宮の娘。オレの魔術特性は物質の練成だ。この力にかかれば、何者にも破壊できない物質を生み出すことだって可能になる。オレは……オレはその男を殺すためだけにこの力を手に入れたんだ!」
その顔は不気味に笑みを漏らし、いびつに歪んでいた。それは復讐に取り憑かれ、憎悪に染まった恐ろしい顔だった。




