第20話「合流」
一ノ宮がいる場所を目指して走りだしたまではいいが、今の俺は完全に丸腰であることに気づいた。
今もなお、このマンションの見取り図と敵の位置、一ノ宮と新一さんの居場所が頭の中にリアルタイムで映し出されてくる。一ノ宮は、俺がいる階から3階上のフロアにいる。先程までそのフロアの一室にいたようだが、再び動き出し、無数の敵の中に突っ込んで行っているようだ。
「急がないと、まずいかもな……」
別に一ノ宮の心配をしているわけではない。その証拠に敵の群の中に突っ込んでいっている一ノ宮の動きは止まることがなく、逆に敵の反応は次々と消えていっている。
俺がまずいと思っているのは、このまま一ノ宮との距離があけられてしまうことだ。何せ、俺は完全な丸腰だ。また、あんな人形に襲われては、今度こそ殺されかねない。早く一ノ宮と合流することが、俺自信を守ることに繋がることになる。
すぐに一ノ宮のいる場所に向かいたいところだが、それを人形達が阻んでいる。マンション内を徘徊している人形に見つかってしまってはアウト。だが、それを気にしていては、前に進むこともできない。
「これじゃあ、合流できないじゃないか!」
我慢できず、誰もいない場所で文句を呟く。だが、その文句に今は応えてくれる声がある。
『仕方ないわね……ちょっと待ってなさい』
女性の声がそう聞こえてきた。
「待ってなさいって……なんとかなるのか?」
『ええ。奴らは機械仕掛けと言うよりは、魔術によって構成されて、魔術によって操作されているものですからね。こっちから逆に魔術干渉を起こせば、動きぐらいは封じられるかもしれないわ』
「魔術って……あんた、魔術使いだったのか!? 能力者じゃないのか?」
『あら? 能力者だって魔術を使えてもいいじゃない? あの能力者のお嬢さんだって魔術使えるでしょ?』
「そ、それはそうだけど……」
確かに一ノ宮は魔術を使える。だが、普通ならば能力者は魔術なんて使えない。聞いた話では、魔術を身につけるには、生まれ持った素質と長い年月をかけた修行、そして知識が必要らしい。能力者だからと言って、魔術の素質があるとは限らないし、その膨大な知識を身につけるためには誰かの指導のもとでなければ無理なのだ。一ノ宮がそうであったように。
「って! なんで、一ノ宮が魔術を使える事まで知ってるんだ!?」
『さぁ? どうでもいいじゃない? そんなことは』
「そうやってまた……あんた――本当に何者なんだ?」
『それを気にしている暇はないわよ? 今から結界を張って、魔術干渉を行うわ。準備はいい?』
「くそ! 結局、肝心なところは全部はぐらかすんだな……。わかったよ。いつでも行ける」
『オーケー。それじゃあ、始めるわ』
その声が聞こえてきてすぐに辺りの様子が一変したのを感じた。まるで、何かに覆い尽くされたような圧迫感。それでいて、今までの気味の悪い空気が晴れたような感覚がある。
「な、なんだ? 何が起きたんだ?」
フロア内の雰囲気が明らかに変わり、俺は慌てて周りを見渡した。するとそこには驚くべき光景が広がっていた。
辺りを徘徊していた人形達がその場に倒れ込んでいた。全身を震わせ痙攣させている。
「あ、あんたがやったのか?」
『ええ。マンションに魔術結界を張って、敵の魔術を遮っているの』
「す、すごいな……そんなことまでできるのか……」
『といっても、そんなに長い間は干渉してられないわ。すぐに敵に気づかれて、この結界も破壊されるでしょうから。急がないとまた動き出すわよ?』
「わ、わかった急ごう」
倒れている人形を尻目に、俺は一気に通路を走り抜け、非常階段に出た。非常階段にも同様に人形がいたが、その人形も倒れ込み痙攣している。どうやら、動けなくなったのは俺の近くにいた人形だけではないようだ。このマンションにいる人形すべてが対象になっているらしい。
俺は人形を気にすることなく、階段を駆け上がっていく。後もう少しで一ノ宮と合流できる。そう思っていた時だった。再び声が頭の中で囁いてきた。
『悪いけど、協力できるのはここまでよ』
「え? ちょっと待てよ? もうすぐ一ノ宮と合流できるっていうのに、なんでだよ?」
『だからよ。彼女と合流できれば、あなたももう安心でしょう?』
「そ、それはそうだけど……だからって……」
『悪いわね。できれば、私のことは誰にも話さないでくれると嬉しいわ』
「……徹底してるな……分かったよ。助けてもらった恩もあるからね。黙っておくよ」
『ありがとう。助かるわ』
「いや、こちらこそ助かったよ。ありがとう」
そのやり取りをしている間に俺は階段を駆け上り、一ノ宮がいるフロアに入るドアの前まできていた。
『さ、そのドアを開ければ、彼女と会えるわ。行きなさい』
「ああ。本当にありがとう……今度は、できれば本当に会えると嬉しいな」
『あなた……それ本気で言ってるの?』
「え? 本気だけど?」
『あっきれた……無意識のたらしなのね……これじゃあ、あの子も大変ね』
「は? な、なんの事だよ?」
声の主の言葉に意味が分からず聞き返すが、女性のクスクスという笑い声しか聞こえてこない。
『まぁ、いいわ。そうね。近いうちに会うことがあるかもね』
「近いうち……?」
俺は問い返したが、それに応える声は返ってこなかった。どうやら行ってしまったらしい。なんとも呆気ないものだった。
「そういえば――」
名前すら聞けなかったことを思い出した。これでは本当に謎の人物のままだ。それでも、あの声の女性は意外と俺たちの近くにいる人物ではないかと思えた。
「まあ、いいか。今はそれよりも早くこのマンションから脱出することが先決だな」
俺はフロアに入るドアを開けた。
「――」
その瞬間、俺は目を見開き驚いた。まだ、人形は倒れて動けない状況であるのにも関わらず、走ってこちらに向かってくる人影見えたからだ。
暗闇でその姿ははっきりと見て取ることができない。
何者なのか――。人形か、それとも――。
何が起きてもいいように、身構える。と言っても、人形ならば、丸腰の俺は逃げるしかないのだが。
その人影が何者なのかはっきりと見て取れた瞬間、俺は安堵した。
「一ノ宮!」
「し、真藤君!?」
俺の姿を確認した一ノ宮は心底驚いたような表情をしていた。
「よかった……無事だったんだな」
「あ、あなた……どうして?」
「探してたんだよ、一ノ宮のこと。会えて良かった」
「探してたって……よくここまで来れたわね?」
「え? あ、ああ、うん。運良く奴らに見つからずに来れたんだよ」
「へ~、運よく……ねぇ……」
何故か一ノ宮から疑いの目を向けられている。確かに嘘をついているのは本当だが、それにしては一ノ宮の視線が痛いような気がする。まるで、敵を前にしたような視線だ。
「な、なんだよ? どうしたんだ、一ノ宮?」
「……あなた――本当に真藤君?」
「え――」
俺は一ノ宮の言葉に耳を疑った。だが、その言葉は紛れもなく本気そのものだった。一ノ宮は俺が本当に真藤一輝かと尋ねているのだ。
「何言ってんだよ、一ノ宮……そんなの当たり前のことだろ?」
「それがそうとも限らないのよ。このマンションの中ではね」
「む……」
確かにそうだ。あんな人形が徘徊しているような状況だ。俺や新一さんに似せた人形がいたとしてもおかしくない。一ノ宮が警戒するのも当たり前と言えば当たり前だ。
「もしかして、俺の人形なんかもいたりしたのか?」
「ええ。いたわ。さっき私がバラバラに切り刻んであげたけどね」
「え……」
なんだろう……今背筋が寒くなるのを感じた。いくら偽者の人形とは言え、俺がバラバラにされたところを想像すると良い気分ではない。
「えっと、一ノ宮さん? もしかして、今も俺をバラバラにしようなんて考えてないよね?」
「……そうね……あなたが偽者だって言うならそうするわね」
「いぃ! ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は本物だ!! 偽者なんかじゃないぞ!!」
「さっきの人形も同じような事言ってたわ……それはそうよね。偽者が私は偽者ですって言うわけがないものね!」
一ノ宮はそう言うと、自分の周りに風を渦巻かせ始めた。本気だ――本気で俺を偽者だと思っている――。
「や、やめてくれ、一ノ宮!! 俺は本当に――」
だが、言い終わる前に一ノ宮は風の刃を放った。俺はこの危機的状況に目を瞑ることしかできなかった。
終わった――俺の人生。まさか、一ノ宮に偽者と間違われて殺されるなんて――。
ザクンという音と共に、何かが倒れ込むような音が聞こえた。そうして俺は死んだ――。
(あれ? 音?)
俺は何かがおかしいことに気づき、目を開けた。そこには表情を変えずに立っている一ノ宮がいた。その視線は俺に向けられている。
いや――違う。俺の後ろ――か?
振り向くとそこには、真っ二つになった人形が倒れていた。
「う、うわ! な、なんだぁ!?」
「見れば分かるでしょ? 人形よ。さっきまで動かなくなっていたのに、突然動き出したようね……それに怪しい結界も消えてるみたいだし……」
「え? 結界が消えてるって?」
「ええ。人形が動かなくなる直前にこのマンション全体によく分からない結界が張られていたみたい。今は消えてるけどね。やっぱり、人形が動かなくなった事と関係あるみたいね……」
一ノ宮は思案するように考え込みだした。
どうやら、あの女性の声の主が張った結界が消えてしまったようだ。彼女もそんなに長くは保たないと言っていた。彼女が言っていた通り、敵に感づかれて、破壊されてしまったのだろう。
待てよ? あの結界で人形の動きを止めているものだと、一ノ宮が感づいていたのだとしたら――。
「あのさ……もしかして俺が本物だって気づいてた?」
「え? ええ、まあ……ね」
「やっぱり! ひ、ひどいじゃないか!? あんな風に脅かすなんて!!」
「わ、悪かったわよ。悪気は無かったの。あなたが本物だって事はすぐに分かったけど、敵の眼も合ったし……敵を油断させる必要があったのよ!!」
「だ、だからって……」
一ノ宮は俺の非難の眼を向けられて、いたたまれなさそうにしている。悪気はなかったと言っているが、半分は面白がっていたような気がする。
「そ、それよりも急ぎましょ。早く地上に出ないと、また人形達が襲ってくるわよ?」
「あ、ああ、そうだな。俺は一ノ宮の後ろにいた方がいいかな?」
「ええ。そうしてくれると助かるわ。前にいる人形は全部私が排除するから、あなたは後方だけ気をつけてくれる?」
「了解。でも、俺、武器も何も持ってないんだけど……」
「え……それで良くここまで来れたわね?」
「あ、ああ。だから言っただろ? 運良くってさ」
「運良く、ねぇ~」
一ノ宮はまたも疑いの眼差しを俺に向けきた。どうやら、何か隠している事に感づかれているようだ。これは問いつめられると言い逃れできないパターンだ。
「はぁ……まあ、いいわ。後でゆっくり聞かせてもらうから。今はここから脱出することだけ考えましょう。はい、これでも持ってて」
一ノ宮はそう言うと、俺に鉄パイプのような長い得物を投げて寄越した。
「こ、これ、どうしたんだ?」
「さっきのフロアで倒した人形が持ってたものよ。無いよりはましでしょ?」
「あ、ああ。そうだな。ありがとう」
「それじゃあ、行くわよ」
「ああ!」
俺たちは地上を目指して、階段を駆け上がり始めた。襲ってくる人形を薙ぎ倒しながら。
*
一ノ宮と合流を果たし後、俺たちは地上を目指して階段を昇った。既に五、六階は昇ったのではないだろうか。
俺は記憶の中に残っているこのマンションの構造図を思い描き、そろそろこの地下施設が終わりを迎えることに気づいていた。
そして、俺の想像通り階段が途切れ、ドアが見えきた。
「どうやら、ここが一番上みたいね?」
「ああ。このドアの先に出れば、もう安心だよ」
「……何? その知ったような口振りは?」
「え? そ、そうか?」
やばいな。何かまた怪しまれている。さっきから一ノ宮の視線が痛い。
「そうよ。あなた、さっきからどうも落ち着いているのよね。こんな状況なのに」
「そ、そんな事ないよ。これでも結構テンパってるよ。ただ……」
「ただ? 何よ?」
「今は一ノ宮がいてくれるから、安心……ていうか……」
「な、何よそれ……」
なにやら、微妙な空気になってしまった。言ってる俺も、今のは結構恥ずかしかった。
「と、とりあえず、ドアの先に行ってみよう。もう、あの人形達は追ってきてないみたいだけど、早くこんな場所は出た方がいい」
「え、ええ、そうね」
微妙な空気のまま、俺たちはドアを開け、非常階段から出た。
ドアの先は、だだっ広い空間が広がっていた。何の装飾もない打ちっ放しのコンクリートと柱が見える。そして、数多くの車が並んでいた。
「ここは――地下駐車場か?」
「ええ、そうみたいね」
俺の何気ない疑問の言葉に一ノ宮は答えた。
地下駐車場に出た俺たちは辺りを警戒しながら、歩き出した。すると、後ろからバタンという音が聞こえてきた。
驚いて振り向くと、そこには単なるコンクリートの壁があった。
「え……ドアがなくなってる……」
そう、その壁は先程俺たちが非常階段から出てきた場所だった。だが、今そこには、ドアなどはなくコンクリートの壁が広がっている。
「隠し扉ね。おそらく住人に気づかれないように、外側からはドアの存在を認識させないようしているのよ。もちろん、こちら側からは開けられないようにしてね」
「そいうことか……地下にはエレベータでしか行けないようにしてるのか。だから、ここの住人は誰もこんな地下施設があるなんて事にも気づかなかったんだな……」
俺はこの時点でこのマンションのカラクリが全て分かったような気がした。全てはあの噂を体現するためのカラクリだったのだ。
俺たちが噂の調査に乗りだし、このマンションにたどり着くことまで計算した上で、魔術使いは最初からこの地下施設を造っておいた。そして、俺たちはそうとは知らず、またも相手の術中に嵌まり、三人ともバラバラにされたあげく、地下施設に閉じこめられてしまったわけだ。
しかし、動機はなんだろうか?
ここまで大規模な仕掛けを造るという事は、それほど俺や一ノ宮を排除したい理由があるということだ。だが、俺も一ノ宮もそんな魔術使いに排除されるような覚えがない。もしかすると、一ノ宮個人ではなく、一ノ宮家にはあるかもしれないが――。
「いや……それにしては……」
それにしては、用意した駒が弱すぎるような気がする。俺のような普通の人間ならいざ知らず、一ノ宮のような能力者相手にあの人形では役不足だ。ここまで大規模な仕掛けを用意した人間が、そこを怠るとは思えない。もしかすると、俺や一ノ宮を地下施設に閉じこめたのは、何か別な目的があったのではないか――。
「どうしたの、真藤君? さっきから、何一人でブツブツ言ってるの?」
「え? あ、ああ、悪い。なんでもないよ」
考え過ぎか――。
「一度エントランスに戻りましょう。間島の事もあるしね」
「ああ、そうだね」
俺は思考を打ち切り、一ノ宮の言う通り一階のエントランスに戻ることにした。
エントランスに戻ると、そこは昼間見たものと何ら変わらない光景が広がっていた。静粛の中に噴水の水が流れる音だけが聞こえてくる。
だが、その噴水の脇に一人で立っている人物がいた。その人物はこちらの存在に気づくと、振り向いた。
「新一さん!?」
「やあ、一輝君と怜奈君。君たちも無事、地下から抜け出してこれたようだね?」
噴水の側に立っていたのは新一さんだった。新一さんは、まるで俺たちが来ることがわかっていたように、驚きもせず暢気にこちらに向けて手を挙げている。
「君たちもって……あなたもだったの?」
「ああ、そうだよ?」
一ノ宮の問いに、いつもの調子で答える新一さん。
「よく無事だったわね?」
「はは。そりゃあもう、命からがら逃げてきたからね。ホント、大変だったよ。あんな人形に追いかけられるとは思ってなかったからさ」
そう言う新一さんの顔は笑っており、微塵も大変そうだったとは思えないほど陽気そのものだった。
だが、俺はその新一さんの異変に気づいていた。
(これ……火薬の匂い……だよな? それに……)
新一さんからは微かながら火薬の臭いがしていた。そして、何よりも新一さんの懐が不自然に膨らんでいるように思えた。
まさか……銃? まさかな。いくら探偵でも銃なんて持っているわけがない。それに今まで新一さんが銃を使うところなんて見たことはない。
俺は自分の考えを振り払うように、頭を降った。
「ん? どうかしたかい、一輝君?」
「え……い、いえ、なんでもありません」
「そうかい? ならいいけど。無理はしちゃダメだよ?」
「え、ええ。分かってます。大丈夫ですよ、俺は」
「そうか……それじゃあ、そろそろ行こうか」
新一さんはそう言うと、エレベータの方に向かって歩き出した。
「ちょっと待ちなさい、間島!」
「ん? 何だい?」
一ノ宮に呼び止めに、新一さんは振り向いた。
「まさか、このまま魔術使いの所に向かおうなんて考えてないでしょうね?」
「え? そのまさかだけど……どうしてだい?」
「はぁ……呆れた……。せっかく、脱出できたっていうのに、また敵のテリトリーに入る気でいるなんて……」
一ノ宮は心底呆れたようにそう言った。どうやら、一ノ宮はこのまま一度マンションを出た方がいいと言ってるようだ。
「そうは言うけど、このマンションに魔術使いがいることは確かだろう? 今、この機を逃すとさらに厄介な事になる思うけど?」
「そ、それは………わかったわ。ただし、行くのは私とあなただけよ。真藤君はこの場で帰すわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、いちの――」
俺は一ノ宮の言葉に反論しようとした。だが、一ノ宮は俺に鋭い睨みをきかせ、その言葉を遮った。
「あー、怜奈君? 君の気持ちも分かるけど、それもどうかと思うよ?」
俺が何も言えずにいると、新一さんは頬を掻きながら、苦笑いこぼしそう言った。
「どういう意味?」
「今回の事ではっきりとしたと思うけど、君も僕も、そして真藤君も、魔術使いに狙われていると考えた方がいい。それなのに、一輝君だけを一人にしてしまえば、どんな危険が彼に降りかかるか分からないよ?」
「そ、それは……」
新一さんの意見に一ノ宮は反論できない。それは俺も考えていたことだ。この中で、もっとも戦力ならない俺がついて行けば、足手纏いになることは明白だが、かと言って、このままここに残って、また人形に襲われない可能性などない。いや、あれだけしつこかったんだ。きっと襲ってくるだろう。それに――。
「それに君も真藤君も、もう気づいているんだろう? 誰が魔術使いなのか」
「ええ」「はい」
俺と一ノ宮は新一さんと問いに同時に答えた。
「それならおなさらだよ。これだけの準備した奴だ。正体を知っている人間をみすみす逃がすような真似はしないと思うけどね?」
「……」
新一さんが核心に触れると、一ノ宮は黙り込んでしまった。どうやら、反論しようにも、あまりにも正論すぎたために言い返せないのだろう。
「一ノ宮、俺からも頼むよ。今回の事件、元はと言えば、俺が噂の調査なんかをし始めたのがきっかけだ。ここで自分だけ本当のことが分からないままなんて納得いかない」
「真藤君……」
「大丈夫だよ、一ノ宮。無茶はしないって約束しただろ?」
「……分かったわよ。ただし、私が逃げろって言ったら、ちゃんと逃げるのよ!」
「ああ、分かってる。約束するよ」
「よし! これで決まりだね! それじゃあ、早速行こうか!!」
俺と一ノ宮の話が終わると、新一さんはそう言って、再びエレベータに向かいだした。
「はい!」
「ええ。そうね」
俺たちも新一さんの後をついて行く。
後から考えれば、この時の新一さんは少し強引だったような気がする。いくら正体が分かったからといって、何の対策もなく正面から行くなんて新一さんらしくなかった。
俺たちはエレベータに乗り込み、目的の階のボタンを押す。エレベータのドアは閉まり、上へと昇っていく。
「でも、大丈夫だったんですか? エレベータ使っても……」
俺は不安な気持ちを新一さんに問いかけていた。無理もない事だった。俺も一ノ宮もエレベータで目的の階とは違う階に連れて行かれてしまったのだ。そう心配してしまうのも無理もなかった。
「大丈夫だよ、一輝君。あれは僕ら三人がバラバラに行動したためだ。それをスキと見て、奴はエレベータを操作したんだろう。今は三人そろってるし、あんな人形なら怜奈君がいれば問題ないよ。あちらも分かっているはずだ。地下に閉じこめようとしても、もう無意味だって」
新一さんは微笑みながら、説明してくれた。
なるほど。無駄な事はしないという事か。
「心配することないわ。今はちゃんと上に昇ってるかどうか、感知してるから」
一ノ宮も俺にそう言って微笑む。どうやら、心配しているのは俺だけらしい。それよりも二人とも目的の階に着いた時の事を考えているのだろう。
しぱらくして、エレベータは目的の階に着き、止まった。そう――34階に――。
エレベータから出て、34階のフロアに出てみると、そこは昼間来たときとなんら変わりない様子だった。いや――。
「――」
昼間とは違う点が一転だけだあった。
フロアの中央、十字路の中心に人が立っている。
俺たちは真っ直ぐ通路を進み、その人物に近づいて行く。俺たちが近づいて行っても、その人物は微動だにせず、こちらに背を向けている。
そして、その人物との距離が十メートル程になった時、その人物はこちらに振り向いた。
「やっぱり、あなたでしたか――」
新一さんは足を止め、振り向いた人物にそう声をかけた。そして――。
「――権藤さん!」
新一さんはその人物の名前を呼んだ
そう――十字路の中心に立っていたのは、34階のただ一人の住人、そして、このマンションの建設段階に融資をしたという男、権藤だったのだ。
「まったく――待ちくたびれたよ、間島探偵! いや――」
そう言う権藤の口元は怪しくつり上がっていた。その表情は昼間見た人物のものとは全く違っていた。それは般若の面のような形相だった。
「――こう言った方が正しいか! 待ちわびたぞ、〝魔弾の射手〟!!」
権藤は新一さんを指さしながら、そう叫んだ。
その手には怪しげな刺繍が入った手袋がはめられていた。




