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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
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第15話「マンション」



 俺と新一さんは、大神に教えてもらったマンション付近まで来ていた。

 遠目でも、高級高層マンションであることは分かった。おそらく、30階建てぐらいだろう。外からでは、正確な階数が分からない。それほどの高さだ。見た目は円形のタワーのようになっていて、外装は太陽光が反射して銀色に輝いている。見るからに高級感が漂っている。


「うわぁ……ホント、すごいですねぇ……」


 俺はマンションの存在感に感嘆の声を漏らしていた。


「ああ、まったくだねぇ」


 新一さんもマンションを見上げたまま、俺の意見に同意している。


 外から見る限り、とてもではないが、あんな不吉な噂が流れるようなマンションとは思えない。あの噂は本当にこのマンションの事を指しているのだろうか――――。


「お二人ともぉ! おっまたせしましたー!」


 マンションを見上げていた俺たちの後ろから、突然にそんな声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこには大神操司が立っていた。


「わざわざ御足労願い、申し訳ないですね」

「いえいえ、言い出したのはこちらですから~。ささ、こちらです!」


 大神は新一さんの言葉に間延びした言葉を返し、俺たちをマンションの中へと案内する。


 一階の自動ドアを通り、中に入ると、そこにはだだっ広い空間が広がっていた。天井は高く、球形に湾曲し、スペースそのものも円を描くような間取りになっている。その中央には、これまた円形の噴水があり、その奥には、エレベータが設置されていた。そして、そのエレベータのドアもどことなく丸みが帯びている。

 噴水の水の流れる音が心地よく、この場所が住人とって、憩いの場となっているエントランスであることは容易に想像できた。その証拠に、所々、ベンチが設置されている。


「素晴らしいエントランスですね」


 純粋に感じた感想を思わず口に出してしまっていた。

 大神はその俺の言葉を聞き逃すことなく、嬉しそうに頷き、喋り出した。


「ええ、そうでしょう? 僕もこの場所は気に入っているですよ! なんたって、一級建築士にお願いして設計してもらいましたからね!! 良くないわけがない! 特にこの球形の空間と噴水は……」


 しまった……。俺の不用意な発言が大神のお喋り好きに火をつけてしまったらしい。エントランスなんかで長話をされてしまっては、何時まで経っても、用意してもらった部屋にはたどり着けそうにない。


「大神さん! と、とりあえず、お部屋に案内して頂いてもらっていいですか? お聞きしたい事はそれから伺いますから」


 話が長くなりそうだと感じた瞬間、新一さんが大神にそう提案した。


「あ、ああ! そうですね! 僕した事がつい話に熱が入りすぎましたね!」


 いや、アンタはいつもだろう……。そんな突っ込みを心の中で思いながら、新一さんと顔を見合わせながら、苦笑いをこぼした。


「では、ご案内致します。お部屋は25階に用意しております」


 大神そう言って、エレベータの前まで歩いていく。

 エレベータの入り口の上には、1から35までの数字が表示されており、1の数字が黄色く点灯し、それ以外の数字はグレーになっている。つまりは、このマンションは35階まであり、今はエレベータが1階にあるということだ。

 大神がエレベータの上へのボタンを押すとすぐにエレベータの扉が開いた。俺たちはエレベータに乗り込み、25階のボタンを押して、上層へ上がっていく。


「お部屋に着くまでに、このマンションについて、軽く説明しておきましょうか」


 エレベータが上昇し始めてすぐ、大神がそんな事を言い出した。口調は先ほどまでの砕けたものから、堅いものに変わっている。おそらくは、仕事の時の顔なのだろう。普段とは違う口調、表情が知ることができた。

 口調や表情から見ても、さらにマンションについて軽くと前置きしているので、さっきのように永遠と話だそうとする事はないと思い、俺も新一さんも止めることなかった。それに、このマンションの事なら、少しでも情報を入手しておいた方がいい。


「このマンションは、見て通り35階まであります。ですが、階層によって、ランク付けがされています」

「ランク付け? 部屋の値段とかが変わるんですか?」


 俺の質問に大神は笑顔で頷いた。


「ええ。その通り。1階はエントランスで、2階から住宅区域になるのですがね、2階から12階までがCランク、14階から30階までBランク、31階から34階はAランクになっています」

「あれ? 35階は?」


 34階までのランク付けとなっていたため、当たり前の疑問だった。その疑問を口に出すと、大神は、フフフと微笑んだ。


「さすが、探偵の助手ともなると、言葉の端々まで良くお気にかけますねぇ。最上階の35階は別格です。言うなれば、Sランクでしょうか」

「え、Sランク?」

「ええ、最上階のフロア全体が1部屋として販売してますからね」

「ふ、フロア全体!? うわぁ……それはお高いんでしょうね?」

「はは! そんな言うほどでもないですよ。Cランクのお部屋が、2000万~3000万、Bランクが3000万~5000万、Aランクが5000万~6000万程度です。そして、最上階は1億程ですよ」

「い、1億!?」


 俺は値段に仰天した。それほどの額とは思いしなかった。


「ははは! みなさん、お話するとそうやって驚かれます。ですがねぇ、高層マンションの最上階で、一フロアともなると、これでも格安の値段なんですよ? ま、入居を希望する方は今まで誰もいませんでしたけどね!」

「へ、へぇ~、そうなんですかぁ」


 とてもではないが、俺からしてみれば想像すらできない世界だ。高級マンションとは、こういった事がない限り、二度と縁がなさそうだ。

 そんな事を考えていると、チンという音がして、エレベータのドアが開いた。25階に着いたのだ。

 俺たちはエレベータにから降り、25階フロアに足を踏み入れた。


「今回は、調査で住人にお話を伺う事があるだろうと思い、一番入居者の多い、Bランクの25階をお部屋を準備させて頂きました。何か問題があったでしょうか?」

「いえ、助かります。ご配慮ありがとうございます」


 新一さんは辺りを見渡しながら、感謝の言葉を述べた。だが、そこには気持ちが籠もっておらず、どこか上の空だ。

 そして、新一さんはたった今降りてきたエレベータの方に振り返り、エレベータの階層表示に目を向けた。どうやら、何か気になることがあるらしい。


「間島探偵、どうかしましたか?」


 大神は新一さんのその様子に気づき、尋ねた。


「ああ、いや、先ほどの話から気になってまして。どうして13階がないのかなって」

「え――――」


 俺は新一さんの言葉に気づき、慌てて新一さんと同じようにエレベータの階層表示を見た。確かに、13階がない。

 そう言えば、さっき大神がランク付けについて話していた時も、13階はまるでないかのようにとばされていた。


「ああ、なんだ、そいうことですか……。ありますよ、13階」

「へ?」


 大神の言葉に俺は目が点になった。エレベータには表示されていない階が、存在するというのはどいうことなのだろうか? いや、寧ろ、エレベータから、特定の階の表示だけを消している理由の方が重要か――――。


「13階は、機械室になっているんですよ。高層マンションでは、空調設備やエレベータ設備のための機械室を中間階に設ける事が多いんです。もちろん、機械室ですから、一般の方は立ち入りを禁止されますし、エレベータも素通りします。13階に行くには、12階か14階から非常階段で行く方法しかありません。まぁ、俗に言うところの〝ゴーストフロア〟ってやつですよ」


 ゴーストフロア……なんとも響きが悪いネーミングだ。表示されない階だけに、そう呼ばれても仕方ないような気がするが、マンションでその呼び方は非常にイメージが悪くなるような気がする。


「なるほど……分かりました。足を止めさせて、すみません。部屋の方に行きましょう」


 新一さんは大神の説明に納得いったのか、大神にそう言って、先に進むように促した。


「ではでは、こちらです」


 大神はそう言って、先頭を歩き出す。


 25階のフロアは、エレベータを出ると、真っ直ぐに伸びる廊下があった。廊下の幅は、4人が横一列なって歩けるほどのスペースがあり、広い廊下というイメージだ。廊下の両脇には、ドアが並んでいる。ドアには、数字が表示されているため、各部屋のドアのようだ。

 その廊下を真っ直ぐ進むと、丁度フロアの中央で、十字路のように廊下が別れている。おそらくは、建物が円形の形のため、フロアの構成がこのようになっているだろう。

 俺たちは十字路を曲がることなく、そのまま真っ直ぐ進み、突き当たりまで行き、そこで足を止めた。


「こちらがご用意したお部屋になります。エレベータから遠くて申し訳ないですがねぇ……」


 大神はそう言いながら、左側のドアに鍵を差し込み、鍵を開けている。


「いえいえ、十分です。住むわけではないですから」

 

 新一さんも気にすることなく、そう返した。


「そう言ってもらえると助かります。なにせ急なことだったもので……どうぞ、お入りください」


 大神はそう言って、ドアを開け、俺たちを部屋の中へと招き入れた。

 部屋の中は、入居者がいないため、当たり前だがガランとしていた。部屋の間取りは2LDKで、キッチンは備え付けのシステムキッチンになっていた。多少高級感のある雰囲気はあるが、ごく普通のマンションの部屋のように思えた。


「本来なら、お客様に対しては色々と説明をさせてもらうんですが……その必要はないですよね?」

「はい。ご用意いただきありがとうございました」


 大神の問いかけに新一さんは手短に答え、部屋の貸し出しにお礼を言った。


「さて、ご案内もここまでかな! それじゃあ、僕はこの辺りで!」


 そう言った大神の口調は、営業口調から普段の口調に戻っていた。表情もどことなく緩んでいる。どうやら、本当に仕事としては役目が終わったらしい。

 ただ、意外だったのは、すぐに帰ると言い出したあたりだ。大神のような人間なら、その場に留まり、また永遠と話し出すと思っていたが……。


「ああ、大神さん! 少しだけお聞きしたいことがあるですが……」


 帰ろうとしていた大神を新一さんが呼び止めた。


「な、なんでしょう? 実は、これからちょっと予約が入っているんですよね。長くなります?」


 なるほど、すぐに帰ると言い出したのは、この後予定が入っているためか。


「いえいえ、ものの数分で済みます。よろしいですか?」

「ええ、そうであれば」

「ありがとうございます。実はですね、このマンションの入居状況を教えて欲しいのですが」

「入居状況ですか? 個人情報以外ならお教えできますよ?」

「問題ありません。先ほどの話で出てきたランク毎に、どの程度部屋が埋まっているかでいいので」

「ああ、それですと、Cランクの部屋もBランクの部屋もほぼ半分ほど埋まってますよ。まだ、半年しか経っていないのに、これほど埋まるのも珍しいことですがね。おそらく、立地の割に手頃な値段というのが良かったのでしょう。ただ――――」


 そこで一度大神は言葉切った。少し言いずらそうにしている。どうやら、Aランクの入居状況に関しては、何かあるようだ。


「ただ? なんでしょう? 話しづらいことでもあるのでしょうか?」


 新一さんは大神のそう言った表情を見逃すことなく、問いただしていく。問いただすと言っても、依頼者であるため、その口調は優しい。


「いえ、そういうわけではないですよ。まぁ、話しておいても問題ないかな。Aランクの部屋は1戸しか埋まっていません。しかも、そこには僕の知人が住んでいます。権藤ごんどうさんと言う男性の方なんですが……」

「お知り合いの方ですか……」

「いえ……知り合いというより、ビジネス上の付き合いと言った方がいいかな」

「ビジネス上のとは、どういうことですか?」

「このマンションは、確かに我が大神不動産名義になってるんですが、このマンションを建設するにあたり、資金が足りない現状があったんですよ。その際、資金を融資すると言ってくる方が現れて。その方は株をやっていて、非常に儲けていたんです」

「トレーダー、ですか?」

「ええ、そうですそうです! ただ、条件として、Aランクの部屋を、しかもなるべく上階の部屋を破格の値段で売ってくれと言われて。まぁ、こちらとしても、悪い条件ではなかったので、その条件をのみましたけどね。

 ま、売り出してから半年しか経ってませんしぃ、さすがにAランクとなると手を出しにくいと思われる方が多いですからねぇ……埋まらないのは当たり前ですよ。だけど、その中で一戸でも埋まっているという事実があれば、それもステータスになりますから。他の方の購買意欲を駆り立てるものになると思ったんですよ」

「なるほど……では、その方とは、それほど深い仲というわけでは……」

「ええ、ないですよ? というか、引っ越してきてから一度も会ってませんねぇ……えぇっと、そろそろいいかな?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「ではでは、僕はこれにてドロン!!」


 そう言って、大神はいそいそと部屋から出ていった。


「はぁ……掴み所のない人だなぁ……」


 思わずため息が出る。最後のがなければ、普通の不動産業を営む男性なのだが。どうして、あそこまでイメージというものをぶち壊すことができるのか……。

 もっとも、ここに案内してくる間や、新一さんの質問に答えている間は普通に会話できていた。その方がびっくりなわけだが……。さすがに、時と状況を見て、普通に会話できる人間ではあったようだ。


「さてと……それじゃあ、早速、調査と行きますか」


 新一さんは大神が出て行くのを確認すると、そう呟いた。


「調査って言っても、実際どうするつもりですか? まさか、一軒一軒訪ねて行って、噂について聞く訳じゃないですよね?」

「まさか。そんな事はしないよ。そもそも、元々の噂は〝住人は人形〟だからね。尋ねたとしても、引っ越しきたの装って、隣と真向かいを訪ねて確認するだけでいいよ。本当に住人が人形なのかを、ね? まぁ、無駄だろうけど」


 なるほど……要するに、このマンションが噂のマンションだと仮定するなら、噂について聞き込みする意味はないという事だ。

 噂が本当なら、住人は全て人形で、それを知るには一、二軒訪ねれば分かることだ。だが、新一さんはどうやらそんな事を考えているようではない。


「もしかして、このマンションそのものを調べるつもりですか?」

「御名答。さっすが一輝君! 勘がいいねぇ。その通りだよ。本当にこのマンションが噂のマンションなら、何らかの仕掛けがあるはずだと思ってね。魔術使いが、何か事を起こそうとしているなら、きっと何かあるはずだよ。学園の時と同様にね。それが、魔術的なものなのか、そうではないのかは、分からないけど……」


 そういう事か。つまりは、魔術使いが事を起こそうとする前に、それが何かを突き止めようということか。そのために、わざわざ噂のマンションに潜り込んだのか。

 あれ? でも、待てよ。それでは――――。


「ちょ、ちょっと待ってください! それじゃあ、今俺たちは相手の懐に飛び込んだってことになりませんか?」

「うーん、たぶんそうなるねぇ……あちらさんに気づかれたら、アウトだね! ははは!」

「わ、笑い事じゃないですよ! だ、大丈夫なんですか?」

「さて、どうだろうね。時間の猶予はあまりないよ。だから、早いとこ調べないとね。でも、心配いらないよ。僕も付いてるし、怜奈君にも連絡は入れておくから」

「わ、分かりました……」


 今は、新一さんの言葉を信用するしかない。新一さん言う通り、俺たちは早急に調査を行い、魔術使いの目的を突き止めるしか道が残されていないのだ。


 部屋から出ると、新一さんは大神が言っていた権藤という男に会いにいこうと言い出した。

 元々、このマンションの建設するにあたって、融資した人間という事からも分かるように、建設時からこのマンションに関係のある唯一の住人だ。大神の話からでは、悪魔でも金銭面でということだったが、何かこのマンションについて知っているかもしれない。というのが、新一さんの考えだった。


 エレベータで34階まで上がると、そこは25階のフロアと見た目はほとんど変わらないフロアが広がっていた。違うと言うならば、部屋数ぐらいだろう。25階の部屋数とは、明らかに減っている。おそらく、フロア構成はどの階も同じで、ランクによって部屋数や部屋の間取りが変わっているのだろう。


 権藤という男が34階のどの部屋に住んでいるかは聞いていなかったが、それはすぐに分かった。表札が出ていたからだ。

 新一さんはドアの前に立ち、インターホンの呼び鈴を押す。だが、いっこうに出てくる様子がない。


「留守……ですかね?」

「いや、違うと思うよ」


 何を根拠にして言っているのか、新一さんは再び呼び鈴を押す。やはり出てこない。それでも、新一さんは諦めることなく、それから二、三度呼び鈴を押し続けた。

 すると、突然ドアが開いた。


「五月蠅いな!! どこのどいつだ!?」


 開いたドアの先から、突然大声で怒鳴っている男が現れた。


「こんにちは。権藤さんでお間違いないでしょうか?」


 新一さんはそんな男の様子に臆することなく、挨拶して、尋ねていた。


「あん? 確かに俺は権藤だが……あんたら誰だ?」


 権藤は突然訪ねてきた俺たちに対して怪訝そうな顔を向けてきた。当たり前の反応だ。見ず知らずの人間が突然訪ねてきているのだから。

 権藤の見た目は、俺の予想とは反していた。マンションの建設に融資をしたと聞いて、50代や60代のシニア世代とばかり思っていたが、見た目は、明らかに30代前後のように見える。どうやら、若くして成功した方なのだろう。


「私はこういう者です」

「え――――」


 俺は驚いた。新一さんは予想外にも権藤に対して名刺を差し出したのだ。てっきり、身分を隠して、それとなく尋ねるのだろうと思っていたのだが……。


「間島探偵事務所? 探偵さんかよ……」

「はい」

「その探偵さんが、俺に何のようだ? 悪いが今は仕事中なんだ。長くなるようなら、帰ってもらえるか?」


 権藤は憮然とした態度で言い放つ。探偵という肩書きが気にくわなかったのか、それとも本当に仕事の邪魔をされてしまったために怒っているのか、どちらにしろ、友好的な態度ではない。


「ああ! すみません!! そういえば、株をお仕事にされているんでしたね。であれば、一分一秒とも株の動きから目は離せないでしょうね」


 新一さんが本当に申し訳なさそう声でそう言うと、権藤は眉をピクリと動かした。


「アンタ……俺が株をやってるなんて、誰から聞いた?」

「ここの管理会社の大神不動産を経営している大神さんからです」

「大神から? 一体、何を調べている?」

「ええ、実は、このマンションに関して不吉な噂が流れているらしくて。その調査をしています。その御依頼も大神さんからでして」

「噂だぁあ? チッ!」


 権藤は噂について話が及ぶと、舌打ちをして迷惑そうな顔をした。


「おや? どうかなされましたか?」

「いや、別に。ただ、あの噂がこのマンションの事だとは思ってなかったものでね」

「というと、アナタもマンションの噂についてご存じでおられる?」

「一応な! 街に蔓延している噂だ。耳に入ってこない方がおかしい。それにしても、このマンションだとはな……大神も下手撃ったようだな。そんな噂を流されるようじゃあ、このマンションの買い手も減ってるだろう。まったく、折角融資してやったっていうのに!」


 権藤は噂が自分の住んでいるマンションだと分かると、さらにイライラし始めていた。俺たちに話すわけではもく、独り言に近いことを愚痴愚痴と言っている。


「その融資に関してなのですが、何故権藤さんは大神さんに融資なされようと思ったのですか?」

「あん? 別に理由なんて大したものじゃないよ。立地も良いし、設計も良かったからな。俺にとっては仕事場として最適な場所だと思った。ただ、金銭的に問題があったから手を貸してやっただけだよ。要は、惜しいと思った、それだけだよ」

「惜しい……ですか……」


 新一さんは複雑そうな顔している。新一さんが何を考えているのかは、大体理解できた。

 権藤は、Aランクの部屋を交換条件に融資しただけだ。正直、それでは権藤側にとってプラスにはならない。マンションの建設費用と、高級マンションの一部屋では釣り合いが合わないからだ。にも関わらず、権藤は〝惜しい〟という理由だけで融資したと言っている。とてもではないが、信じられる発言とは思えない。


「あん? さては疑ってるな、その顔は……まあ、無理もないか。あんたらみたいな庶民にはよ! 俺たちみたいに株で成功している人間とっては、この程度のマンションへの融資なんて、犬に餌をやるのと同じなんだよ。ま、この感覚は分からないだろうがな」

「そ、そうなんですか……」


 さすがの新一さんも驚いていた。犬に餌をやるのと同程度とは……耳を疑いたくなる発言だ。


「しっかし、探偵ってのは暇なのか?」

「え?」

「あんな噂を信じて調査してるなんて、暇以外何者でもないだろ? 確か、〝住人が人形〟だったか? ハ! 笑わせる噂だ! 流した奴も、もう少し真実味のある噂を流せばいいのによ! それに振り回されてる大神やあんたらも、俺からして見ればどうかと思うがね」

「え、ええ、まあ……」


 権藤は明らかに俺たちをバカにしている。だが、確かに一般人からすれば、あんな噂は信じるに足りないものだ。こんな風に思われても仕方がない。


「おっと、そろそろ戻らねーと、ヤバイ! もう、いいか? 探偵さん?」

「え、ええ。お忙しいところ、お手間を取らせてしまって、申し訳ございませんでした」

「ああ、全くだ!」


 権藤は吐き捨てるようにそう言うと、勢いよくドアを閉めてしまった。


「なんだか、すごく感じの悪い人でしたね……株やっている人ってあんな感じなんでしょうか?」

「いや、彼自身の性格によるものだよ。どうやら、訪ねた時間も良くなかったようだ。まだ、取引が終わる時間じゃなかったんだろう」

「そうかもしれないですけど……何もあそこまで邪険しなくてもいいと思いませんか?」

「まあ、人それぞれ探偵に持つイメージは違うからね。彼にとっては、関わりたくない人間なんだよ、僕たちは」


 そういう物なのだろうか? どうも、権藤からは敵意にも似たものが感じ取れたような気がしてならないのだが……。


「さて、目立った収穫もなかったし、そろそろマンション内を調べるとしようか」


 俺が権藤に関して思い悩んでいる間に、新一さんは次の行動の提案をしていた。


「マンション内をって……どこを調べるんですか?」

「うーん、僕が気になっているのは、最上階とゴーストフロアの13階かな。この二つだけは見ておきたいと思ってね」


 なるほど。確かに、一番怪しい場所ではある。最上階は一フロアがまるまる売りに出されている場所だ。人も早々には立ち入らない場所だろう。ゴーストフロアは言うに及ばずだ。どちらも、何かを隠したり、準備したりする場所として最適かもしれない。


「それじゃあ、行ってみましょう!」


 言いながら歩き出そうとしたが、新一さんは頭を振った。


「いや、君にはちょっと別の事を調べておいて欲しいんだ」

「え? 別のこと?」

「ああ。まずは非常階段だ」

「非常階段って……どうして、そんな場所を?」

「退路の確保だよ。使うような事態にならないのに越したことはないけど、それでも備え必要だ。君にはそれをやって欲しい」

「わ、わかりました……」


 正直に言うと、最上階や13階を見て回りたい気持ちの方が大きかった。だが、新一さんにそう言われてしまえば、断ることなどできない。


「ああ! それとこれも渡しておくよ!」


 新一さんはそう言うと、バックから機器類を取り出し、俺に手渡した。


「こ、これって……」

「そ、盗聴器発見器だ。使い方は以前教えた事があるから、分かるだろ? それで、僕たちが借りた部屋を調べて置いてくれるかな?」

「え!?」


 俺は耳を疑った。まさか、自分たちが借りた、あの部屋に盗聴器が仕掛けられている疑惑があるのかと思ったからだ。もし、そうであれば、仕掛けた人間は一人しかいない。


「ははは! そんなに驚かないでくれ。念には念を、だよ。あの人を疑ってるわけじゃないけど、自分たちの身は自分たちで守らなくちゃいけないからね」

「わ、分かりました……調べておきます」

「頼むよ」


 その後、俺たちは二手に分かれて、マンション内の調査を行った。

 俺は25階に降りて、まずは非常階段のチェックを行った。このマンションの非常階段は、マンションの外周を回るように螺旋階段になっていた。25階でエレベータを降りて、十字路を左に突き進むと非常階段があった。そういった構造のため、上の階の26階の非常階段は、エレベータを降りて、十字路を右に行くと非常階段がある仕組みになっていた。


「とりあえず、これで退路の確保は良いか……」


 自分たちの部屋から、非常階段が一番遠い所にあることが気になってはいたが、それはどうしようもない事だった。


「次はいよいよ、盗聴器のチェックだな……」


 俺は部屋に戻り、発見器を取り出し、スイッチを入れる。緊張の一瞬だ。何か反応が出れば、音が鳴るような仕組みになっている。もし音が鳴れば、すぐに新一さんに連絡しなければいけない。でないと、自分の身が危ないような気がした。

 幸い、盗聴器があるような反応はなかった。どうやら、新一さんの取り越し苦労だったようだ。一応、念入りにあちこちを調べてみたが、やはり反応はない。俺はほっと胸を撫で下ろした。


 その後、すぐに新一さんが部屋に帰ってきた。どうやら、新一さんの方も大した収穫はなかったようだ。


「最上階は何もなかったよ。普通のフロアだった。13階も大神さんが言ったように、機械室になっていた。特に怪しい所はなかったよ」

「そうですか……こちらも、特に問題はありませんでした」

「そうか、それはよかった……」

「これから、どうしますか?」

「うーん、大した手掛かりはないからねぇ……夜まで待ってみるしかないかな?」

「よ、夜? どうしてですか?」

「魔術使いは、自信が使う魔術を秘匿する義務みたいなものがあるんだ。まあ、これは能力者に自分がどんな魔術を使うかをバレないようにするためなんだけどね。だから、魔術使いは一般的に夜に行動することが定石とされているんだよ。もし、今回の噂を流した魔術使いが、このマンションにいるとしたら――――」

「夜に動くかもしれない?」

「そう、その通りだ!!」


 新一さんは俺の回答が正解だと讃辞を送る。だが、俺からすれば、その推測が正しいとなると、ちょっと不安な事がある。


「だ、大丈夫なんですか? もし、それで魔術使いが僕たちの存在に気づいて、襲ってきたりなんかしたら……」

「はっはっは! 大丈夫だよ、一輝君! ちゃんと、もう手は打ってあるから」

「え、手は打ってあるって……?」


 その疑問を新一さんに投げかけた時、突然にインターホンの呼び鈴の音がした。


「だ、誰だろう?」


 ここには誰も住んでいない事になっている。訪ねてくる人間などいるはずがない。いや、一人はいるか。大神操司だ。だが、彼は用事があると言って、いなくなった。なんの用事かは分からないが、再びここに戻ってくる理由はないはずだ。


「ああ! どうやら来たようだね!」

「え?」


 誰が訪ねてきたのか警戒していると、新一さんがそんな事を言って、ドアの方に駆け寄っていった。そして、新一さんは躊躇うことなく、ドアを開ける。


「早かったね。もうちょっと、遅く来てくれもてよかったのに」

「そうはいかないわ。こんなわけの分からない場所に、真藤君とアナタを二人だけにしておけないもの」


 訪ねてきた人物は女性だった。それも俺が良く知る人物だ。しかも、その言葉には若干トゲトゲしい所がある。


「い、一ノ宮……」


 そう、現れたのは一ノ宮だったのだ。

 一ノ宮は俺に気づくと、俺に向かって微笑んだ。だが、その目は笑っていない。

 何か非常にまずい気がする。一ノ宮の逆鱗に触れるような事をつい最近してしまったような気が……。


「あら、真藤君。こんにちは。どうかしら? 調査は楽しい?」

「え、えっと……」

「楽しいわよね? お祖父様の稽古をさぼるぐらいですもの!」

「す、すみません……」


 思った通り怒られてしまった。さぼったつもりはないが、稽古をすっぽかした事には変わりがないわけで……一ノ宮が怒っているのも当然だった。


「はぁ……謝るぐらいなら、最初からしないでよ。まあ、私との約束はちゃんと守ってくれているようだから、安心したけどね……」

「え?」

「なんでもないわよ!」


 そう言って、一ノ宮は頬を膨らませ、俺を一喝した。その後、俺は一ノ宮に懇々と説教されてしまった。

 説教されながらも、一ノ宮との約束ってなんだろうと考えていた。それが分かったのは、一ノ宮の説教が終わった後だった。

 一ノ宮との約束、それは、一人では勝手なことはしない、そして何か分かれば、連絡するというものだ。


 どうやら、新一さんのおかげで、その約束だけは守れているようだ。




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