第13話「ピエロ」
一ノ宮と別れた俺と海翔は、これからの行動について話し合っていた。
「んで、どうするんだよ? これから」
海翔が俺に尋ねてきた。俺は報告書に目を落としたまま、答える。
「そうだな……やっぱりこの噂から調査した方がいいと思うんだ」
言いながら、俺は海翔に報告書を見せる。そこに書かれている噂を見て、海翔は目を細めた。
「〝皐月町の高級高層マンションの住人は人形〟……か。でもよ、それ、どこのマンションかも分かってないぜ?」
「ああ、だからこそ調べんるんだよ。他の噂は漠然としてるし、どこかの場所を指し示してるものでもない。たぶん、一番手っ取り早く調べることができる噂がこれだと思うんだよ」
「なるほどなぁ」
海翔は俺の説明にうんうんと頷き、納得している。
だが、海翔には話していないことがある。それは、新一さんもこの噂の調査をしていることだ。これは事務所内での会話を盗み聞きしていた海翔は知らない事実だ。同じ事を調べている以上、どこかではち合わせる可能性がある。それを海翔に話してしまえば、絶対にこの噂を調べることに反対されるに違いない。
「それじゃあ、早速調査に行こうぜ!」
「あ、ああ。そうだな」
そうして、歩き出した……はずが、何故か海翔は立ち止まったままだ。
「なんだよ、海翔? どうしたんだ?」
「あのさぁ? それでどこにいくんだ?」
「はぁ……なんだよ、それは……」
俺はため息ついて、呆れるしかなかった。
なんだか、随分前にもこんなやり取りをしたような気がする。
「あのなぁ、報告書には『皐月町の~』って書いてあるだろ? だったら、まずは向かうのは皐月町だろ!」
「おお! そうだった!! さっすが一輝だぜ!!」
「はぁ……自分で書いておいて何言ってんだよ、お前は……」
俺はうなだれるしかなかった。これでは、一ノ宮の言っていた通り迷コンビだ。先が思いやられる。
*
俺達は如月町から離れ、隣町の皐月町まで来ていた。
皐月町はここ2,3年で目まぐるしい程の都市開発が行われており、数年前では考えられないほど、高層ビルやら高層マンションが建設され、人口も驚くほど増えている。
俺達がいる場所はその中でも、もっとも栄えた場所で、高層ビルや高級感漂う高層マンションが立ち並んでおり、人通りも多い繁華街なんかもある。
「しっかし、都会っぽくなったよなぁ、皐月町もよぉ」
海翔が横で感嘆の声を漏らしている。
「都会っぽくって……お前、都会に行ったことあるのかよ?」
「いやぁ、ないぜ? でも、こんな感じかなっていうイメージだよ、イメージ!」
「なんだ、イメージかよ……」
「なんだ、一輝? お前、都会に憧れてるのか?」
「いや、別にそんなことはないけどさ。ただ、一度は行ってみたいと思ってるよ」
「だよな~」
海翔は同意するようにうんうんと頷いている。
俺達が暮らす如月町、そして隣町の皐月町は関東圏のK県に存在する町である。
関東圏と言われると、すべてが都会だと思われるかもしれないが、実際のところは違う。俺達が過ごすこの町は、その大都会からもっとも隔絶された場所だ。東京まで行こうと思えば、車で2時間ほど走った後に、電車に乗り継ぎ、やっと東京まで出れるという、なんとも辺鄙な場所なのだ。
そうした経緯で、大半の若者は大学生になるまで大都会である東京に出ることはない。と言っても、それはマイカーを持っている裕福な人間のことだ。万年金欠な俺達ような人間からすれば、車を持つなど、到底無理な話である。まぁ、レンタカーを借りれば、行けなくもないのだが……。
「でも、まぁ、確かに都会になったよなぁ……」
俺は辺りを見渡していると、自然とそう呟いていた。
見渡す限り、人と高層ビルの壁だ。俺が高校生だった頃と比べると、その姿は見る影がないほどだ。明らかに変わったと認識できる。
これほどの急速に街が発展しているのにも関わらず、あんな噂がはびこっているのが何とも不思議な感じがする。
いや――――だからこそか。異常な程の急速な都市開発が進んだからこそ、その異常性に人は心奪われ、都市伝説とも言えるような噂が絶えることなく流れているのかもしれない。
もしかすると人は、自分では持ち得ない力や異常なもの、そして、そういったものを感じ取るができる雰囲気というものに魅了される生き物かも知れない――――。
「なんだよ、一輝? 辺りを見渡しながら難しい顔してさ?」
「え? 俺、そんな顔してたか?」
「ああ、なんかすげー思い悩んだ顔してたぞ? は! もしかして、怪しい奴でも見つけたのか!?」
海翔は好奇心に目を輝かせながら、俺に尋ねてくる。何やら、すごい勘違いされているようだ。
「何言ってんだよ、お前……そんなわけないだろ?」
「――――チッ! 違うのかよ! 紛らわしい!!」
海翔は舌打ちをして、そんなこと言ってきた。
酷い言われようだ。俺が一体何をしたって言うのだろう? と言うか、そんなに簡単に怪しい人物が見つかるなら、探偵なんてこの世に要らなくなるっての!
俺はそんな心の叫びを海翔にぶつけようかと思いもしたが、止めることにした。正直、時間の無駄だ。時間はそんな多くはないのだから。
俺がこうやって丸一日調査に当てられる時間は今日のみだ。明日からは、おそらく弘蔵さんの稽古が待っている。そうなると、調査に当てられる時間がほとんど取れなくなる。もっとも、昨日のように夜ならば取れなくもないのだが――――。
いや、昨日の事もある……夜は危険な気がする。夜に出歩くかどうかは、今日の成果次第だ。それに、一ノ宮との約束を破ることになる。
「それで? 皐月町にきたのは良いけどよぉ……これから、どうするんだ?」
考え事をしている最中に海翔がそう尋ねてきた。
「あ、ああ……そうだな……」
別の事を考えていた俺は、生返事しか返せなかった。
「なんだよ? それを考えてたわけじゃないのかよ?」
「ああ、いや、悪い。ちょっと別のことだ」
いけない。余計な事ばかり考えていては、時間が勿体ない。とりあえず、今は調査に集中すべきだ。
「ったくよー! さっさと、どうするか考えて言ってくれよなぁ。じゃないと退屈だろ?」
うん。なんかコイツすごい事を言ってるな。なんだ? 一切、自分で考える気なしか? というか、俺はお前に愉悦を与えるための召使いか何かか?
ちょっと腹が立ってきたが、それもいつもの事だ。海翔は自分の楽しみが満たされる物にしか興味を示さない性格だ。中学から一緒だった俺からしてみれば、ごく当たり前の事だ。
「はぁ……ホント仕方のない奴だなぁ……わかったよ。考えればいいんだろう?」
そうは言いつつも、既にやる事は決まっている。考えるまでもなく、当たり前の事をまずはやるべきだ。
「よし! それじゃあ、まずは聞き込みからだ」
「聞き込みぃ?」
俺の言葉を聞くなり海翔は面倒くさそうな声をあげた。
「あのなぁ……分かってるのは噂だけなんだぞ? どこのマンションかすらも分かってないんだから、当たり前だろ?」
「だからってよぉ……聞き込みは俺が前にやっただろう?」
「だからだよ。この辺は人通りも多いし、日々都市開発も進んでる。日々変化している場所だからこそ、前は聞けなかった事が、今回は聞ける可能性が一番高いんだよ」
「ふむ……なるほど……」
予想外にも俺の説得に海翔はすぐに納得してしまった。ただ単に、考えるのが面倒だっただけかもしれないが……。
その後、俺達は二手に分かれ、噂について聞き込みを行うことにした。聞き込みと言っても、その辺に歩いている人を呼び止めて、噂について教えてください――なんて事はできない。やったとしても、奇異な眼を向けられ、避けられるだけだろう。
「んじゃあ、どうするんだよ? 近くに知り合いなんていないぜ?」
海翔はもっともな疑問を俺に投げかけてきた。
「知り合いである必要はないよ。要は情報収集ができればいいんだ。例えば、人がよく出入りしている飲食店とかに入って、そこの客同士の話に聞き耳たてるとか、それとなく店主に聞いてみるかさ」
「うへぇ……ホントに地味だな……」
「仕方ないだろ? 俺達は警察じゃないんだから。文句ばっか言うなよ!」
「わーったよ! やればいいんだろ? やれば!!」
こうして、俺達は一時別れ、聞き込みを開始した。とりあえず、三時間後に落ち合うことにした。
二時間後。
海翔にはあんな事を言ってはみたものも、やはりそう簡単にはうまくはいかない。
俺は数店舗の喫茶店に入って、情報収集を行ってみたが、めぼしい成果は上がらなかった。確かに、客の中には噂について話している者もいた。そういった客の隣のテーブルに座り、聞き耳を立ててみたが……。
『ああ、あの噂? 確か、高級マンションの住人が全員死んでるってやつ?』
『ちげーよ、それを言うなら、住人が幽霊だろ?』
『え? 私は人形って聞いたけど?』
『そもそも、高級マンションなんかじゃなくて、どっかのボロアパートじゃなかったけ?』
『あー、そだそだ! ○○の近くにあるアパートだったよな?』
『えー? 私は○▲マンションって聞いたけど?』
『んなもん、どっちでもいいだろ? どうせ、単なる噂なんだし』
『あは! そだねー。住人が幽霊だの人形だのアリエナイよねー』
ほとんどの会話がそんなものだった。
噂の中身も流動的で、整合性のとれたものが一切ない。どれも確かな情報とは言い難いものばかりだった。
「まさか、ここまで噂が変化してるとはなぁ……」
俺はあまりにも的を得ていない情報ばかりで、落ち込んでいた。正直、ここまで噂が変化しているとは思わなかった。最初はどこかも分からない高級高層マンションだった。それが、今では適当な場所のアパートや普通のマンションなど様々なものになっている。
「当たり前と言えば、当たり前か」
そう――――これは当たり前のことだ。これは単なる〝噂〟なのだ。少なくとも、他の人間たちにとっては。だからこそ、噂は人から人を渡り、その途中で様々な脚色が付け加えられ変化していく。それは不思議なことではない。ごく普通なことだ。
「うーん、これじゃあ、まともな情報は手に入りそうにないなぁ……どうしたものか…………ん?」
ため息を吐きつつ歩いていると、目の前にゲームセンターがあった。
「ゲーセンかぁ……結構、大きいな……」
かなりの規模のゲームセンターだ。こんなものまで、皐月町にはできていたのか。
そして、外装だけ見ても、いかにも若者が集まりそうな場所だ。
実際に中を覗いて見た。予想通り、若者ばかりだ。それもかなりの人数がいる。おそらくは、今日は平日だから大学生や職に就いていないような若者ばかりだろう――――いや、そうでもないらしい。制服をきた男女までいる。
「学生の溜まり場か……にしても、高校生がこの時間にいたらダメだろ……」
どうやら、店側は見て見ぬ振りをしているらしい。儲かれば、どうでもいいってところか。
だが、これは絶好な場所だ。噂の情報がより多く聞ける可能性がある。 もはや、正確な情報が的確に得られるとは考えていない。より多くの情報を手に入れ、そこから情報の精査をするしかない。今は質より量だ。
俺はゲームセンターの中に入り、奥へと進んでいった。
とりあえず、人気があるゲームが置いてある場所まで行けば、人が多いはずと考え、そのゲームコーナーへ近づいて行った。
「あ――――」
そこには見覚えのある顔があった。海翔だ。
まさか、調査をサボってゲームで遊んでいるんじゃないだろうな……。
「海翔!!」
俺は海翔に近づきながら、怒気を孕んだ声で呼んだ。それに驚き、海翔は俺の方を向いた。
「おお! 一輝!!」
「お前――――ここで何やってんだ!?」
「何って? 聞き込みだよ」
海翔は平然な顔して、そう答えた。
「え? 聞き込み? ホントかよ?」
「なんだよ、その疑ってますって顔は!?」
「いや、だってさ……」
海翔は頬を膨らませ怒っている。いや、そう見せているだけで、本当はたいして怒ってなどいない。これは単なるパフォーマンスだ。
「あのー、海翔先輩。そちらは誰っすかぁ?」
俺達の会話に突然、そんな声が割り込んできた。俺は声の聞こえてきた方に目を向けると、そこには、髪を金髪に染めた、いかにもチャラそうな男がいた。
「おお! わりぃわりぃ!!」
海翔はその男に笑顔を向けて、応えている。
「おい、海翔……どういうことだ?」
俺は海翔い説明を求めた。どうもこの男は海翔の知り合いのようだが、正直、あまり関わりたくない人種だ。
「ああ、こいつは俺が以前バイトしてたトコの後輩だよ。
んで、こっちは俺のダチの真藤ってんだ」
海翔は俺に男との間から簡単に説明し、男の方にも俺の事を紹介した。
「はぁ、先輩のダチっすかぁ」
男は間延びした言葉でそう言うと、俺の方をしげしげと見てくる。まるで、値打ちを品定めるかのようだ。
「えっと……」
俺はその男の様子に戸惑うしかなかった。やっぱり、この手の人間は苦手だ。
「よろしくっす。エンドーって言います」
「え――――」
予想に反し、男は名乗り、お辞儀までしてきた。
「あ、ああ、よ、よろしく」
俺も釣られて、お辞儀をしてしまう。
どうやら、見た目にそぐわず、律儀な男らしい……。
「それで海翔先輩、さっきの話っすけど……」
「おお! そうだった! 喜べ一輝! 有力情報が手に入ったぞ!!」
エンドウが話し出そうとした時、海翔が俺に突然そんな事を言ってきた。
「な、なんだよ? 有力情報?」
「おう! こいつがさ、あの噂について知ってるらしいんだ」
「え! 本当か!?」
俺は驚き、エンドウの方に向き直った。
「えっとぉ……知ってるいうかぁ、聞こえてきただけなんすよぉ」
「聞こえてきた?」
「えぇ、いきつけの茶店でぇ、マスターと話してる野郎との会話が聞こえてきたんですよぉ。そいつぅ、やらたあの噂と似たことをマスターにしつこく話してましたよー。『うちのマンションのことだぁ』とか『誰があんな噂流したんだぁ』とか。まぁ、マスターはほとんど相づちうってただけで、迷惑そうにしましたけどねぇ」
〝うち〟のマンションの事だって!?
これはどうも真実味のある話のようだ。まさか、海翔の元バイト先の後輩がこんな情報を持っていようとは……。
「話してた内容、もっと詳しく分かるかい?」
「いいえー。あの噂のことだなーってぐらいしか思ってなかったのでぇ、聞き流してましたぁ」
「そ、そうか……」
俺は肩を落とした。正確な話の内容が分からなければ、意味がない。
「あ、でもぉ」
「え! なんだい? 何か思い出したかい?」
「いいえ、そうじゃなくてですねー。その男がいたのって、ついさっきの事なんでぇ、もしかすると、まだいるかもしれないですよぉ。その茶店、ここからそんなに離れてませんしぃ」
「ほ、本当かい!? その場所、教えてくれないかい?」
「いいっすよー」
俺はエンドウから茶店の場所を聞き出すと、すぐにその場所に向かうことにした。
「いくぞ、海翔!! 急げ!!」
「お、おう! ありがとなー!! 助かったよ!!」
「いえいえ~。今度、何か奢ってくださいよぉ、海翔せんぱ~い」
「おーう! その時に金があればなー!」
後ろからどうてもいい会話が聞こえてきているが、気にしている暇はない。今はその喫茶店へ一秒でも早く向かわなくてはならない。
俺はゲームセンターから飛び出すように出た。後ろを振り返ると、まだ海翔は店内から出てきておらず、自動ドアのガラス越しにこちらに走ってきているのが見える。
「ちっ!」
はやる気持ちから舌打ちをしてしまう。
焦ってはダメだ。焦れば事をしくじりかねない。落ち着け――――。
「はぁはぁ……はえーぞ、一輝」
追いついてきた海翔は息を切らしていた。
「お前が遅いんだよ!」
「そうかぁ? 俺も全力で走ったけどよ、あの人混みの中じゃ無理だっての! 人をかき分けて走れるお前の方がどうかしてるぞ!」
「そんな事を話してる場合じゃない! 急いで喫茶店に行くぞ!!」
「たくよー! 少しは休ませろよなぁ……」
「文句ばっかり言ってないで、黙って走れ!!」
「へいへい、わかりましたよ! たくよぉ、勘弁してくれよなぁ」
海翔はまだ文句を言っていたが、俺は無視して前を向いた。
そうして走り出した直後だった。
「そこの人、退いて退いてぇえええ!!」
「え――――」
後ろかの突然の声に俺は驚き、振り向いた。そして、振り向いた先でありえない物を見る。
「な――に!!」
俺が視界にとらえたものは、見たこともない物体だった。いや、正確に言うと、それは違う。見たことはある。だが、俺が見えている物体の角度が明らかに異常なために、別の物に見えているのだ。それがまっすぐこちらに向かってきている。
それは間違いなく、原付バイクだった。だが、前輪は地面についておらず、タイヤが空を舞っている。そして、普段なら目視できないはずの車底が見えている。
つまり――――ウィリーしてる!!!!
気づくのが遅すぎた。既に避けようとしても間に合うような距離感ではない。
やばい。ぶつかる――――。
「バカヤロォォ!!」
声がするのと同時に首根っこを強く引っ張られた。その力で俺は体勢を崩し、引っ張られた方に倒れ込んだ。
そして、そのすぐ側を原付が通過していった。通過した後、けたたましい音が聞こえてくる。
「あ、あぶねー! 危うくはねられるとこだった……。大丈夫だったか、一輝?」
「あ……ああ、だ、大丈夫……だ」
「ふぅ……ならいいけどよ。俺が引っ張ってなかったら、お前が電信柱になるとこだったぜ」
「は?」
海翔の意味不明な台詞に疑問符を浮かべるしかなかった。
電信柱ってどういうことだ??
「見てみろよ?」
そう言って、海翔はバイクが通り過ぎていった先を指さす。俺はそれにつられ、視線をそちらに向けた。
「え!?」
そこには、電信柱にぶつかったのか、電信柱の前で横倒しになった原付とその脇でうずくまっている人間がいた。その人はヘルメットを被っているが、背格好からして男だろうという事は分かった。
「げ!! だ、大丈夫ですか!?」
俺は慌てて起きあがり、男の側まで寄っていった。海翔もその後をついてくる。
「う~~、いたたたぁ!!」
「う、うわ!」
側に寄った直後に、男は突然立ち上がり、大きな声で叫んだ。俺は驚き、たじろいてしまった。
そして、男は辺りを見渡した後、ヘルメットを外した。
ヘルメットの中から現れたのは、端正な顔立ちをした男の顔だった。見た目からすると、俺達よりは年上のようだ。もしかすると、新一さんと同じぐらいの歳かもしれない。
ただ、頭にはパーマがかかっており、そのせいで端正な顔立ちが台無しになっている――――と、俺には思えた。
「あーあ、バイク壊しちゃったかなぁ?」
男は原付を見て、今にも泣きそうな情けない声で呟いていた。
どうやら、見たところ大した怪我はしてなさそうだ。
「おい、アンタ! 一体、何考えてんだ!?」
俺が男の様子を伺っていると、俺の隣にいた海翔が前に出て、男に詰め寄っていった。
海翔が怒るのも最もな事だ。なにせ、もう少しではねられるところだったのだから。
「え? ああ!! さっき、ぶつかりそうになった人たちかぁ! よかったねぇ、お互い怪我なくてさ~」
男は泣きそうな表情からぱっと明るい顔になり、意気揚々とそんな事を言っている。その様子は全然悪ぶれておらず、飄々としている。
「良くねぇよ!! こっちは危うくはねられるとこだったんだぞ!! そもそも、なんで原付でウィリーなんかするんだよ!!」
その男の態度が癪に障ったのだろう、海翔の怒りのボルテージは益々上がっていく。
だが、男の態度は一切変わることなく、飄々としている。
「よくぞ聞いてくれました!! それがさ、聞いておくれよ!! 赤信号で止まってたんだけどさ、青に変わった瞬間にスロットル全開にしちゃって。でも、これが発進しないわけ。で、ギアいじっちゃったのか、ローはいっちゃって、もうウィリーだよぉ!! あははー、ほんと怖かったよぉ!」
「…………」
俺達は唖然としていた。男があまりにも意気揚々と、まるで自分が起こした事故を「ちょっと失敗しちゃった」みたいなノリで話しているためだ。それに、突っ込みたい事が色々とあるわけで……。
どうやら、男が乗っていたのは、ギアチェンジ型の原付バイクだったようだ。それでギアチェンジにミスし、こんな事態になったらしい。
「いやぁー、ホント申し訳なかったねぇ。君たちには、なんてお礼……じゃなかった、謝罪した方がいいか」
いや、普通に謝罪してくれ。ボロボロになった原付おこしながら、どうでもいいような感じで言うことじゃないだろ……。
「ああ! やっぱり壊れてるぅ!? どうしてくれようか、こんちくしょう!!」
いや、こっちがアンタをどうにかしてやろうか。
この男、警察に通報した方が良いような気がしてきた。
俺は海翔は視線を移して、どうするか問いかけてみようとした。だが、その海翔は既に怒りを通り越し、呆れてさえいた。どうやら、関わることを止めたらしい。
「ああ、そうだ! これ、僕の名刺を渡しておくよ!! 何かあったら、尋ねてきてね? 後で怪我してましたって気づくこともあるかもしれないし」
「は、はぁ……」
俺も海翔同様、関わるのを止めたかったが、男の方はそうではなかったらしい。俺に名刺を差し出してくる。俺は名刺を受け取る。
そこには『大神操司』と書かれていた。名前の上には『大神不動産』と書かれている。どうやら、不動産を経営しているらしい。
「さて、それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。本当に申し訳なかったね」
「いえ……お気をつけて……」
「ありがとう! お! エンジンかかったぁ! よかったー」
どうやら原付は壊れてはなかったらしい。エンジンがかかっている。普通に走れるかは分からないが、タイヤも無事のようだし問題ないだろう。
男は原付に跨がり、ヘルメットを被る。
「じゃ、二人とも気をつけて! 交通マナーは守るんだよ!」
それはアンタの方だ!!
「あー!? 集合時間過ぎてる!! 急がなくちゃ!!
待っててね、僕の子猫ちゃんたちぃー!!」
大神操司は意味不明な言葉を発しながら、バイクを走らせ去っていった。
「なんか……すごい人だったな……まるでピエロみたいな人だ……」
俺はいまだに大神操司の破天荒さに圧倒され、そんな言葉が口から出ていた。それを聞いた海翔は呆れたようにため息をついていた。
「お前……あのクソ探偵や一ノ宮と関わりすぎて、感覚おかしくなってるぞ……」
「え?」
「あれは、ピエロなんて生やさしい人間じゃない。絶対近寄りたくない異常者だよ! 俺からすれば、存在自体ありえねぇ!」
「そう……か?」
確かに、おかしな人ではあったが、存在そのものを否定するほどではないような気がするが……。
「つーか、お前、何か忘れないか?」
「え? あ゛!」
完全に忘れていた。エンドウに教えてもらった喫茶店に行くことを。大事な情報源がそこにいるかもしれないのに。
だが、既に後の祭りだった。喫茶店にはエンドウが言ってた噂について話していた男は既にいなかった。
一応、そこの店主にその男とどんな会話をしたのか聞いてみたが、店主はどうやら、その客に迷惑していたらしく、話のほとんどを聞き流していた。内容についても記憶にないとあっさりと言われてしまった。要はその男が好き勝手にしゃべっていただけなのだ。
店を出て、俺は肩を落とすしかなかった。
こうして、俺とって貴重な時間は無駄に終わってしまったわけである。




