第12話「疑念」
信じられない思いだった。だが、一ノ宮の眼は至って真面目で、真実であることを語っていた。
「し、新一さんはどう思いますか? 一ノ宮が言っていること――――」
俺は新一さんに助けを求めるように話を振った。できることなら、信じたくない。否定して欲しいという気持ちで尋ねた。
だが、新一さんが答えない。報告書に目を落としたまま、固まっている。じっと報告書を見つめ、目を大きく見開いている。それは、驚愕の表情のように思えた。
「し、新一さん?」
「え――」
再度声をかけた時、漸く新一さんはこちらに気づいたようだった。顔上げ、こちらを見るが、その目はどこか虚ろのように思えた。
「どうしたんですか? ぼーっとしていたようですけど……」
「い、いや、どうもしてないよ……えっと……何の話だったっけ?」
「え……何の話って……」
「ごめん……聞いてなかった。もう一度言ってくるかな?」
新一さんはすまなさそうに頭を掻いている。どうやら、本当に聞こえてなかったらしい。
「はぁ……どうしたのよ? あなたらしくない」
一ノ宮もそんな新一さんを見て、呆れている。
「あはは……いや、ホント面目ない。徹夜明けなもんでね……」
俺と一ノ宮は顔を見合わせる。どうやら、一ノ宮も俺と同じ気持ちらしい。
新一さんにとっては、これは〝正式〟な仕事の話だ。いくら徹夜明けとはいえ、こんな深刻な話をしている時に、この人がぼーっとする事などあり得ない。今の新一さんは明らかに様子がおかしい。一体、どうしてしまったのか――――。
「……まぁ、いいわ。もう一度だけ説明するわよ」
一ノ宮もそんな新一さんの様子を不信に思っているのだろうか、訝しそうにしながらも、先ほどの噂について話を新一さんに話し始めた。
「――――と、言うわけよ」
「なるほど……」
一ノ宮の説明が終わると、新一さんは深く頷いた。そこにはもう先ほどの虚ろな眼はなかった。完全に仕事の時の、いつもの新一さんがいた。
「君の言う通り、その魔術使いの狙いは君や一輝君だった可能性が高いと思うよ。実際、海翔君が学園に行った時には、何もなかったようだしね」
「そんな……」
新一さんにも肯定され、俺の淡い期待は打ち砕かれた。分かっていた事だ。ただ、信じたくなかっただけで……。
「信じたくない気持ちも分からなくはないけどね……けれど、現実だ。現実から目をそらす行為は人として愚かな行為だよ?」
「……わかってます」
その言葉は俺が新一さんと初めて会った時にも言われた言葉だった。今でも、昨日のように思い出すことができる。間島新一と出会った時の事をを。それに纏わる事件を――――と、その思い出に浸るのはいつかまた別の機会だ。今はそれどころではない。
「しかし……怜奈君?」
「何よ?」
「君、話の途中で変なこと言ってなかったかい?」
「変なこと? 何よそれ? 私、言った覚えないわよ?」
一ノ宮の言葉に俺も頷く。俺も別に一ノ宮の話に変なところはなかったように思える。
「ほら? 昨日、学園に魔術使いがいたって言ってたじゃないか? それは初耳だよ、僕は。何でそんな事が分かったんだい?」
「あ――」
新一さんに言われて、初めて気が付いた。確かに一ノ宮はそう言っていた。
確かに不思議だ。あの場にいたのは、俺達と犬とあの怪物だけだったはずだ――――いや、待て。なんだろう? 何か忘れていないか? 何か大切な事を忘れているような気がする。
「それは……あの怪物、死角からの私の攻撃を躱したからよ。それも何度も。どこからか見てて、あの怪物に指示を送っている者がいるって考えた方が自然でしょ?」
「確かに……そういうことなら、ね」
新一さんは一ノ宮の説明に頷く。だが、その表情には納得の色が浮かんでいない。
「なによ……納得いかなそうね? 何か問題でもある?」
「いや――ない。ないけどね……君、その魔術使いの姿を見たのかい?」
「い、いいえ……見てはいないけど、でも確実にあの場にいたのは確かな事よ!」
「ああ、そうだろうけど……ねぇ、一輝君?」
「へ? あ、はい!」
突然、新一さんから話を振られ、俺は慌てて返事をした。
「君、校内で何か見なかったかい? 人影とかさ」
「え……見ませんでしたけど……」
「そうか……」
そう呟くと、新一さんは腕組みをして、考え込んでしまった。
「なによ! 何が引っかかってるっていうの? はっきり言いなさいよ!」
「え? ああ……ちょっとね。怜奈君の攻撃は躱していたのに、一輝君の一撃だけは躱せなかったのは何故かと思ってね」
「それは……魔術使いも気づかなかっただけじゃ……」
一ノ宮がそう言うと、新一さんは頭を振った。
「それはないよ。君の攻撃を見切っていたほどだ。一輝君の行動だけを見て取れなかったなんて事、あり得ないよ」
「じゃ、じゃあ、何だって言うの?」
「一輝君がその魔術使いからも死角になっていたか……一輝君自体に眼がなかったのか……あるいはそのどちらもだったのかな?」
「死角……」
新一さんの言葉に今度は一ノ宮が考え込んでしまった。
「一輝君、君が飛び降りたのは二階の渡り廊下なんだよね?」
「え、ええ……」
「じゃあ、いたとしたら三階の渡り廊下か……そこなら、死角にもなるかな」
「そんな近くには気配なんて感じなかったわよ?」
「それは色々と手を尽くしているんだろう……向こうもさ。気配を消すなんて事、魔術使いじゃなくてもやることだよ」
なんだろう……さっき新一さんに校内で何か見たかと言われてから、俺の中での違和感が大きくなってきている。何か――大切な何かを忘れているような気がする――――。
「でも、なんで今更そんな事を気にするのよ? 魔術使いがあの時どこにいたかなんて、もうどうでもいいことでしょ?」
「うん……確かにね……。ただ、どうしても気になるんだよ」
「だから、何がよ!?」
一ノ宮の声が苛立ち始めている。どうやら、新一さんの持って回ったような言い回しが気に障っているのだろう。
これも珍しいことだ。いつもの新一さんなら的確な言葉をその場で返している。やはり、どうもさっきから新一さんの様子がおかしいように思えてならない。
「まあまあ、落ち着いて。ちゃんと説明するからさ」
「ええ――できるだけ分かりやすく説明して頂戴」
「いいかい? 君があの化け物を倒した時点で、あの場にいたであろう魔術使いは決して追い打ちをかけるような真似はせず、すぐに結界を消し、あの場を離れている。なんでだと思う?」
「なんでって……それは、使い魔がやられたからでしょ?」
「僕も最初はそう思ってたんだけどね……でも、あれほどの使い魔を使役する魔術使いが、使い魔一匹やられた程度で大人しく引くなんて思えないんだよ……僕には。だけど、実際はあっさり引いた。だから、考えてしまうんだよ……あれは初めから君たちを殺すつもりはなかったんじゃないかとね」
「――――どういうこと? 何か他に目的があったってこと?」
「はっきりした事は僕にも分からない。そんな風に思てしまうってだけだよ」
新一さんのその言葉を最後に、一ノ宮も新一さんも黙り込んでしまった。重苦しい空気が流れる。その雰囲気に俺も言葉を発することができなかった。
だが、その空気を打ち払ったのも新一さんだった。
「いや、ごめん! こんな話をしていても仕方ないよね! 今は、その魔術使いが何者なのかを掴む事の方が先決だよね」
突然、新一さんが明るい表情と声で、そう言った。
俺と一ノ宮は再び顔を見合わせた。一ノ宮は怪訝そうな顔をしていた。きっと俺もそうだったろう。本当に今日の新一さんはどうしてしまったのだろう? 徹夜明けで感情が高ぶっているのだろうか?
「けど、新一さん? これからどうするんですか? その魔術使いを探すって言ったって、手がかりなんてありませんよ?」
「何を言っているんだい、一輝君? あるじゃないか、ここにさ」
そう言って、新一さんは報告書をつまみ上げる。
「え――ま、まさか噂を調査するつもりですか?」
「そ。そのまさかだよ。ここに書いてある噂の解明することが、目標に近づく、唯一の手段だよ」
新一さんの言う通り、噂を調査するのが一番の近道だろう。実際、手がかりになりそうなのは、噂しかないのだろうから。
新一さんのその言い分を聞いて、一ノ宮も頷き、口を開いた。
「確かにね……でも、どうするの? 他の噂に関して何も分かってないわよ?」
「それを調べるのが僕の役目でしょ? ま、とりあえず、この噂から調べてみるよ」
そう言って、新一さんは報告書のページをめくり、俺と一ノ宮に見せる。
『皐月町の高級高層マンションの住人は人形』
それは海翔が調べた時には、どこのマンションかも分からなかった噂だった。
「何か分かったら、すぐに知らせるよ。それまで、怜奈君はゆっくりと休んでるといい」
「……はぁ。仕方ないわね。今回はあなたに任せるわ。悪いわね」
「いやいや、これが僕の本業だからね。ところで……聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな?」
「何よ? そんなに改まって。珍しいわね?」
「いやいや、結構重要なことだよ。今回の件、魔術使いが絡んでいるなら、〝あそこ〟に報告するつもりあるのかなって、思ってさ」
あそこ――――? 一体、何の事だろうか?
尋ねられた一ノ宮も一瞬何のことなのか分からなかったのだろう、怪訝そうな顔していた。だが、思い当たるものがあったのか、すぐにその表情は晴れた。
「ああ――〝魔会〟のことね。報告なんてするわけないでしょ? あそこからしてみれば、こっちは敵みたいなものなんだし。そもそも、あそこ、今でも機能しているの?」
「さ、さあ? それは僕も知らないよ。親父の代からもう繋がりはなかったみたいだし。でも、ま、君がそのつもりなら問題なさそうだね。正直、報告するなんてことになったら、あそこと一ノ宮の立場上、色々と厄介なことになりそうだからさ」
「あ、あのー……マカイって何ですか?」
俺は二人の話について行けず、口を挟んだ。二人の視線が一気に俺に集まる。
やめて欲しい……その『えー、知らないの?』みたいな目で見るのは。二人の常識は俺の中で非常識に他ならないのだから。
「ああ、そっか。真藤君には説明していなかったわね。そうね、良い機会だから説明してあげる」
そう言うと、一ノ宮は『魔会』について説明し始めた。
一ノ宮の説明では、魔会とは『魔術使い連合協会』の略らしい。なんでも、魔術使いを束ねる組織らしいのだが、その実体は、謎のベールに包まれているらしい。昔は能力者を討伐するため、魔術使いを束ねる組織だったそうだ。だが、今では魔術使いと能力者の人口が減少した事、そして何よりも能力者狩りを一ノ宮家が請け負っていることで、魔会そのものの存在意義が揺らいでいるのだとか。そのため、魔会という組織が今でも機能しているかすら、怪しいらしい。
「へぇー……そんな組織があったんだな……」
俺は心底感心していた。昔の事とはいえ、そんな組織が実際にあって、能力者との抗争を繰り広げていたなんて事、誰も知る由もなかったことだ。これは昔から能力者と戦ってきた一ノ宮だからこそ知っていることなのだろう。きっと、昔は魔術使いと共に戦っていたに違いない。
だが、次の瞬間、一ノ宮から思いもよらない否定の言葉が発せられた。
「ま、存在しているかどうかも分からない所に報告あげても仕方ないしね。そもそも、能力者である一ノ宮家と魔会じゃあ、水と油だし」
「え? なんでさ? 目的は同じだろ? 人間に危害を加える能力者を討伐するって点ではさ」
「勘違いしないで。魔会は能力者そのものの存在を危険視していたのよ。どんなに友好的な能力者でもいつ牙を向いてくるか分からないって思っていたらしいわ。だから、一ノ宮と手を組むなんて事、例外中の例外よ」
「そう……なのか……」
どうも一ノ宮の言い方だと、その例外中の例外が昔はあったようだ。
だが、一ノ宮の言う事が本当なら、確かに今回の件を魔会に報告するなんて事、やるだけ面倒が起きるだけのような気がする。
「さて、それじゃあ、説明も一段落したところで、そろそろ調査に出ようかな。君たちはこれからどうするんだい? 弘蔵さんの所に行くのかい?」
椅子から立ち上がりながら、新一さんは一ノ宮に向けてそう尋ねた。
一ノ宮は尋ねられて、はっと思い出したように俺の方に視線を向ける。
「そうだったわ。真藤君、昨日の件をお祖父様に話したら、疲れているだろうから、今日はゆっくりするようにって」
「え? そうなのか? 別に俺は大丈夫だけど……でも、弘蔵さんがそう言うなら仕方ないか……」
無駄な事は言わない人だ。休めと言っているという事は、今日は鍛錬はしない方が良いという事だろう。
「ま、そういう事なら、今日は僕に任せて二人ともゆっくり休みなよ」
「え……でも、新一さんだって徹夜明けなわけだし……」
「はっはっは!! 心配いらないよ! 探偵は一徹ぐらいじゃ、へこたれないからね!」
かおりんが出て行った後、すごく眠そうにしていたような気がするが……。
「それにね。一輝君もそろそろ帰った方がいい。待ってる人がいるようだしね」
そう言うと、新一さんは俺だけに分かるように、ついついと事務所のドアを指さした。俺もそれに釣られて、ちらりとドアの方を見た。
「――――」
あいつ――――何してんだ??
*
その後、俺達は事務所を出て、新一さんと別れた。
「さて、それじゃあ、私も今日は帰るわね?」
「あ、ああ――――あのさ?」
「ん? 真藤君、どうかしたの?」
「あ、いや、その……昨日はあの後大丈夫だったかなって……聖羅ちゃんの事……」
「あ、ああ――ええ、大丈夫だったわ。ただ――――」
「え! やっぱり何かあったのか!?」
俺は一ノ宮の反応に焦った。まさか、栗栖女医が言っていたように嘘がバレて、詰め寄れたりしたのだろうか。
だが、一ノ宮は微笑みながら頭を振った。
「ううん。そうじゃないの。ただ、聖羅が私の事ちょっと心配したみたいでね。あの後、無理矢理、一ノ宮の屋敷に連れ戻されちゃったの。私は大丈夫だって言ったんだけど、聖羅聞かなくてね……今日もこっそり抜け出してきたのよ」
「そう……だったのか……」
確かに、あの聖羅ちゃんならやりかねない事だ。無理もないだろう。あんな風に弱った一ノ宮を見せられた、そうしたくなるのも分かるような気がする。
「ごめんなさいね、昨日は……痛かった、でしょ?」
突然、一ノ宮は伏し目がちにそんなことを言ってきた。
「え――ああ、ビンタの事か。大丈夫だよ。その前にもっと痛い目にあってるしね」
俺はそう笑いながら答えた。けれど、一ノ宮は笑うことなく、伏し目がちのままだった。
「……そう……ありがとう」
「――――」
俺は少し面食らっていた。まさか、お礼を面と向かって言われるとは思わなかったからだ。
いつもの、一ノ宮なら言わないような事だ。やっぱり、まだ体調が悪いのだろう――――いや、違うか。今の一ノ宮は三年前の一ノ宮に似ている。あの時、俺に本心を語ってくれた彼女に。もしかしたら、今の一ノ宮の方が本来の彼女なのではないだろうか――――。
「あ、あのさ? 謝るのも、お礼言うのも俺の方だよ」
「え――?」
「その……昨日はごめん! 勝手なことばかりして……」
「い、いいのよ! 聖羅の事は――」
「そうじゃない! 学園での事だよ」
「あ――――」
俺の言葉に一ノ宮は顔を強ばらせた。無理もない。あの時、俺達は口論していた。それを今更蒸し返されるのだから。
「あの後、考えたんだ……あの時、なんで一ノ宮があんな事を言ったのか。考えたら、分かったよ………俺が間違ってた。一ノ宮を助けたいなんて、単なる俺の思い上がりだった。一ノ宮はあんな事、望んでいたわけじゃないのに……俺に危険な目にあって欲しくなくて、逃げろって言ったのに……本当にごめん!」
俺はその場で一ノ宮に頭を下げた。一ノ宮に伝わるかどうかは分からなかったが、心からの謝罪だった。
「ちょ、ちょっと!? 頭を上げてよ!! 別に謝る必要なんてないわよ! あの時は私もどうかしてたの。あんな事言うつもりなかったに……あなたを傷つけるような事を言ってしまった……ごめんなさい」
俺達は互いに謝罪を言い合っていた。きっと端から見れば、おかしな光景なのだろう。それを想像すると、ちょっとだけ可笑しくなってしまっていた。それは一ノ宮も同じだったようだ。
「ぷ――」「ふふ――」
そして、俺達は同時に笑い出していた。
なんだかんだで、互いの事を考えているのだと分かった瞬間でもあった。
「約束するよ。もう、あんな無茶はしない。俺は俺のできる事で君を助けるよ。だから、一ノ宮も助けが欲しい時はちゃんと言ってくれ。絶対に力になるから」
「な、何よ……突然……」
俺の言葉に一ノ宮は顔を赤く染め、戸惑っているようだった。
「い、いや、その言っておいた方が良いかなって……」
自分で言っておいて、一ノ宮の反応を見て、自分でも恥ずかしくなってきた。きっと、今、俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
「……うん、わかったわ……そうする……」
「え……うん!」
声は小さかったが、はっきりと聞き取れた。恥ずかしそうな顔からその言葉を聞けただけで、俺は嬉しかった。
「そ、それでさ? ここからは、俺の興味によるものなんだけど……」
俺が言いずらそうに、切り出すと、一ノ宮は呆れたように溜め息をついた。
「はぁ……わかってるわよ。噂の調査、したいんでしょ?」
「う……バレてましたか……」
「丸分かりよ。そういう所は昔と何も変わってないわね?」
「面目ない……」
「まぁ、いいわ。間島だけ任せるの癪だし、いいわよ、行っても」
「え! いいのか!?」
「ええ――ただし!」
「わ、分かってるよ。勝手な事はしない。何か分かったら、まず一ノ宮に連絡するよ!」
「なら、いいけど……でも、一人で調べるつもり? 間島と合流した方が良くない? 一人だと何かあった時に――」
「ああ、それなら大丈夫だよ。ちゃんと心強い味方がついていてくれるからさ」
「え? 味方?」
俺の言葉に一ノ宮は首を傾げている。
「隠れてないで、出てこいよ! いるのは分かってるんだ!」
「チッ――やっぱりバレてたか」
俺が叫ぶと、そんな聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ――――」
一ノ宮は思いもよらない人物の登場に驚いていた。
ビルとビルとの間の路地から、その人物は姿を現した。
「ったく、相変わらず感のいい奴だぜ、お前は」
「お前が隠れるのが下手なだけだよ、海翔」
路地から出てきたのは海翔だった。俺達が事務所にいた時から、入り口のドアの前で、聞き耳を立てていたのだ。そして、俺達が事務所から出てくること分かると、慌てて路地に隠れたのだろう。
俺は溜め息をつくしかなかった。どうやら、海翔は昨日あった事が気になって、俺の後をついてきたようだ。そこまでするぐらいなら、大人しく事務所に入ってくればいいのに……。
「全部聞いてたんだろ? まったく……入ってくればいいのにさ」
「ヤなこった。俺はアイツがいる事務所なんかに入りたくないね!」
「はぁ……仕方ない奴だなぁ」
「ふ、ふん!」
海翔は鼻を鳴らし、顔をそらした。
どうやら、新一さんの事だけでなく、色々なプライドが邪魔しているようだ。おそらくは、朝、俺がついてくるかと聞いたときに、断ったことを気にして事だろう。
その様子を見ていた一ノ宮はクスクスと笑っていた。
「ふふ――心強い味方、ね。確かに、真藤君よりは頼りになりそうね?」
「い、一ノ宮……そんな言い方はないだろ……」
それでは、まるで俺が頼りないように聞こえる……。結構、ショックだ。
「ごめんなさい。でも、石塚君が一緒なら大丈夫かなって思えたのよ」
「まぁ……確かに海翔がいてくれれば、とりあえずは安心だけどさ」
「それじゃあ、石塚君? 真藤君の事、お願いね。無茶しないように見張っててね」
一ノ宮は微笑みながら、海翔にそう言った。
それを聞いた海翔は、照れたように顔を赤らめた。
「チッ――仕方ねーなぁ! それじゃあ、いっちょ最強コンビ復活といきますか!!」
海翔は照れくさそうにとそう叫んだ。調子のいい奴め……。
その様子を見て、一ノ宮は笑っていた。その直後、俺にだけ聞こえるように「最強コンビというより、どちらかと言うと迷コンビじゃない?」と囁いたのは海翔には内緒だ。




