第9話「知る者、知らぬ者」
俺は病院の待合い室のソファに座り、医師が呼びにくるのを待っていた。
あれから――一ノ宮が倒れた後、俺と新一さんは大慌てで、一ノ宮の容態を確認した。一ノ宮に外傷はなく、呼吸も正常にしていたが、意識を失っていた。
一ノ宮に一体何が起きたのか分からず、俺は慌てふためいた。彼女に何が起きたのかと考えを巡らせるよりも先に、彼女の事が心配だった。
だが、新一さんは至って冷静だった。一ノ宮の容態を確認した後、新一さんは携帯を取り出し、落ち着いた様子でどこかに電話をかけていた。
新一さんが電話をかけた五分後、一台の黒い乗用車が学園の校門前まで来て止まった。それを確認した新一さんは、俺に彼女を車まで運ぶように指示した。
「新一さんはどうするんですか?」
「僕はもう少しここにとどまって、調べようと思う。どうやら、この場にいたのは、あの化け物だけというわけでもなさそうだしね」
新一さんのその言葉に俺はハっとした。
そうだった。この学園には野犬が彷徨いていた。今はその姿が見えないが、少なくとも俺が倒した二匹は今でも校舎内でノビているはずだ。
「もう、そのままにしてても害はなさそうだけどさ。それでも、次の日、学園内に犬が彷徨いていたら、教師も生徒も驚くだろ? 僕が調べるついでに、そっちも処理しておくから」
「だ、大丈夫なんですか? やつら、結構凶暴でしたよ?」
相対した俺だからこそ分かる。あの野犬たちは普通ではなかった。数も異常に多かったし、その行動も常軌を逸していた。
集団だからとはいえ、あそこまで人を執拗に追いかけてくる――しかも、明らかに噛みついて殺そうという意図が感じられる――犬は普通はいない。そんな野犬が街中を彷徨いているなら、すぐにでも行政が対処しているはずだ。
では、あの野犬たちはどこから沸いて出てきたのか――?
だが、俺の心配と疑問を余所に新一さんは笑いながら、答えた。
「心配いらないさ。どうやったかは知らないが、彼らは操られていただけみたいだから」
そうだったのか。通りで犬しては異常な行動をとっていたはずだ。それなら頷ける。
「ま、念のため、独りでは行動しないようにするよ」
「え? 独りではって……うわ!」
新一さんに気を取れていた間に俺の後ろに黒いスーツに身を包んだ強面で、ごつい男が立っていた。
この男の出で立ち、どこかで見たことがあるような……。
思い出そうとして、記憶を辿ると、すぐに答えが見つかった。
「あ――一ノ宮の――」
「そ、使いだ。彼らに車を出してもらうように頼んだのさ。ついでに、事後処理に人を回してもらうように頼んでおいたから、僕の心配はいらないよ」
心配いらないか――それはそうだろう。何せ、この黒ずくめの男は、いざとなれば本物の銃を取り出し、なんの躊躇いもせず、引き金を引く人間たちだ。犬相手なら何の問題もない。
「ハハ――そう、みたいですね」
俺は黒ずくめの男を見ながら、過去の記憶を思いだし、苦笑いをこぼした。だが、相変わらず、一ノ宮の従者は、目が合ってもニコリともしない。常に無表情だ。
まあ、この出で立ちで、ニコリとされたら、それはそれで怖いが。
「さ、無駄話している時間はないよ。彼女を早く病院につれていくんだ。運転手には一ノ宮お抱えの病院に行くように言ってあるから、君は彼女の心配だけをしていればいいよ」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
新一さんに感謝しつつ、俺は一ノ宮をおぶり、車の方に歩き出した。
校門の前に止まっている車まで行くと、運転席に一人、また同じ出で立ちの黒ずくめの男がいた。
俺は後部座席に一ノ宮を寝かせ、その隣に乗り込んだ。
「えっと……お願いします。急いで病院にむかってください」
「……」
当然のように男は何も答えず、車を走らせ始めた。
気にする必要はないはずなのだが、この黒ずくめの男とどう接していいのか、分からない。人間――のはずだが、その顔からは一切人間らしい表情が表に出ることはない。
病院につくと、看護婦が病院の入り口の前に立っていた。どうやら、新一さんが前もって連絡を入れてくれていたらしい。
一ノ宮は担架に乗せられるとすぐに看護婦や医師に病院内に連れていかられ、俺は待合室で待っておくように言われた。
その様子は非常に慌ただしく、一ノ宮から引き離されたようにすら思え、少し心細かったが、そんな事を言ってられる状況ではなかった。
俺は病院の中に入る前に、病院の全貌を見渡した。
「ま、予想はしてたけどさ。やっぱりここだったか」
そこは二ヶ月前、紅坂命を訪ねて、一ノ宮と一緒に来た病院だった。
今更、驚きはしない。ここが一ノ宮お抱えの病院であることは周知の事実なのだから。
こうして、俺は今、病院の待合室のソファに座っているわけである。
ここに来て、既に一時間以上が経過しているが、未だに医師も看護婦も待合室には現れない。
一ノ宮はどうやら処置室に運ばれたようだが、ここからではその中は伺い知れない。だが、院内は静まり返り、慌ただしい様子は一切ないため、一ノ宮に大事はないと信じたい。
「本当に大丈夫……だよな?」
無事であると信じたい。けれど、言いしれぬ不安だけは募る。院内のその静けさが、その不安に拍車をかける。
ここのところ、一ノ宮の様子が変だったことには気づいていた。あの怪物との戦闘の後、現れた新一さんですら、気づいた程だった。それが、今回倒れたことと何か関係あるのだろうか。
いや、それ以前に、あんな怪物と戦ったのだ、表面上に外傷はなくとも、体の中はどうなっているかは――――。
「って、何考えてんだ俺は!?」
俺は頭を振り、自分の考えを振り払う。こんな時にまで邪推してしまう自分に我ながら嫌になる。
今は一ノ宮が無事であることを信じて待つしかない。そう自分に言い聞かせて、はやる気持ちを無理矢理沈めようとした。
だが、考えないようにすればするほど、不安は大きくなっていく。
いっそのこと、処置室の扉を開けて、入っていって自分の目で確かめた方が良いのではないかとさえ思えてしまう。
俺は居ても立ってもいられず、立ち上がり、処置室の方を見ながら、そんなことを考えていた。
その時だった。今まで光だけ漏れてきていた処置室の扉がゆっくりと開いた。
「あ――」
俺は思わず声を漏らす。
処置室から出てきたのは、一ノ宮ではなく、白衣を来た女性がだった。医師だ。
「あ、あの――」
俺は恐る恐る医師に声をかける。
医師は俺の姿を見つけると、怪訝そうな顔したが、すぐに納得した顔になった。
「ああ、あなたが付き添いの方ね」
医師はそう言いながら笑顔を造り、俺の側までやってくる。
その医師の顔をよく見れば、まだ若々しく二十代後半から三十代前半のように思える。医師としては、まだまだ若手の女医と言ったところだろう。
「えっと、い、一ノ宮は……」
「一ノ宮?」
俺が一ノ宮の名前を出すと、医師はまた怪訝そうな顔をする。何かおかしなことでも言っただろうか?
「失礼ですが、あなたお名前は?」
「え、俺ですか? 俺は真藤と言います」
何故名前なんかを聞くのだろうと思いながらも、バカ正直に答えてしまった。我ながら、素直すぎるのは考えものだ。
「真藤!? そう、あなたが真藤一輝君ね!」
「え――なんで?」
なんで俺の名前を知っているんだ、この人は?
俺は名字しか口にしていないのに、何故名前が分かったのか。
俺はこの医師と、どかで会ったことがあっただろうか――いや、そんなことは――――。
いや、待て。この人の雰囲気は誰かに似ているような気がする。誰だろう?
自分の知り合いの顔を思い浮かべてみたが、該当する人物はいるようにはない。
「真藤君? どうかしましたか?」
「え――――」
考え込んで、ぼーっとしていたのだろう。医師は心配そうにそう声をかけてきた。
「大丈夫かしら? ああ、もうこんな時間だから眠いわよね? よかったら、ベッドの用意させましょうか?」
「ああ、いや、そうじゃありません!」
「あら? 違うの? じゃあ、どこか体調でも――」
「いえ、そうではなくて……その、どうして俺の名前を知ってるんですか?」
俺がそう質問すると、医師は不思議そうな顔する。
いや、不思議そうな顔をされても困るのだが……むしろ不思議なのは、こっちの方だ。
すると、医師は何か気づいたのか、表情を一変させて、笑顔になった。
「ああ! 私ったら、まだ自己紹介してなかったわね! 私は一ノ宮怜奈さんの主治医の、栗栖蛍と言います。真藤君の事は怜奈さんから聞いているわ」
栗栖女医は自己紹介をして、よろしくと言いながら、ご丁寧にも頭まで下げる。
俺はと言えば、主治医という単語を耳にしたせいで混乱していた。そのせいで、自分の自己紹介をすることも、頭を下げることも忘れていた。
「しゅ、主治医……って」
一ノ宮に主治医がいることなど聞いたことがなかった。初めて聞く話だ。
それに主治医がいるってことは、一ノ宮はどこか悪くしているってことなのだろうか?
一ノ宮が――病気――――?
俺の中の不安という波が一気に押し寄せてくる。
「ああ! 勘違いしないで! 彼女、どこも悪くないから」
「え――――」
栗栖女医は俺の不安を察したのか、笑顔で言い聞かせてくれた。彼女の言葉で、不安の波が一気に退いていった。
しかし、病気でもないのに、何故主治医なんてのがいるのか?
「あ、あの、それじゃあ、どうして――」
「ああ、私は彼女のお父さんに、月に一度彼女のカウンセリングと問診をするように頼まれているのよ」
「え? カウンセリング?」
「そう。私の専門は精神科ですからね」
「精神科……あ――」
そうだ、以前一ノ宮から聞いたことがある。能力者というのは、その強大すぎる『力』に溺れたり、他者とは違うという認識から社会との摩擦が生じ、精神に異常をきたす。そして、悪しきことに能力を使う異常者になることがあると。
まさか、蔡蔵さんはそれを恐れて、一ノ宮にカウンセリングなんかを受けさせていたのだろうか?
いや、一ノ宮家は能力者として栄えてきた歴史を持っている。異常者へと変貌してしまうことなど考えられない。ましてや、あの一ノ宮が人に危害を加えるような異常者になってしまうなど有り得ないことだ。
そうだ――〝あの殺人鬼〟でもあるまいし、そんなことは有り得ない。
そう思い直し、俺は頭を振った。
その様子を見ていた栗栖女医は微笑しながら、囁いた。
「ふふ――あなた、彼女から聞いていた通りの子ね」
「え?」
「彼女のことを信じてるのね? 目をみれば分かるわ。だから、あえて言うわ。能力者も人間よ。その精神――心は普通の人と変わらないわ。だから例外なんてないのよ」
「な……んで、それを……」
正直、その言葉に背筋が寒くなった。まさか、栗栖女医から『能力者』という言葉を聞くとは思いもしなかったからだ。
何故、この人が一ノ宮が能力者である事を知っているのだろうか?
その事を知っているのは、ごく限られた人間のみのはずだ。なのに何故――――。
「ふふ。そんなに驚くことじゃないでしょ? さっきも言ったけど、私は彼女のお父さんから頼まれたんですもの。それに、カウンセリングするなら、その辺のことも知っておかないとね」
「――――そう……ですよね」
栗栖女医の言い分はもっともらしい。だが、そこに俺は違和感を感じていた。果たして、それだけの理由で、あの蔡蔵さんが一ノ宮家の秘密を打ち明けるものだろうか?
だが、今はその疑問をこの人にぶつけている場合ではない。今は一ノ宮の容態の方が心配だ。
「あ、あの! それで、一ノ宮は大丈夫なん……ですよね?」
「ああ、彼女? 大丈夫よ。さっき目を覚ましたから、なんだったら会っていく?」
「え! 大丈夫なんですか!?」
「ええ、平気よ。検査したけど、どこにも異常なかったし。倒れたのは、たぶん疲労のせいでしょう」
栗栖女医はあっけらかんとそう言い放った。
倒れたのが疲労のせい……だって?
医師の言うことだが、にわかには信じがたい。確かに、一ノ宮はここ最近寝不足だったのか、目の下に隈を作っており、いつもイライラしていた。顔色もあまり良くなかった。あれが疲労からくるものなのは納得いくが、それが突然倒れるほどというのは、本当のことだろうか――――。
「あら? その目は疑っているわね? フフ、素直なところがあると思いきや案外疑り深いのね。やっぱり、探偵の卵だけはあるわね」
栗栖女医は何が面白いのか笑いながらそんなことを言っている。
しかし、何故俺が探偵の卵なんだろう?
ああ――新一さんの所で働いていることまで、この人には筒抜けなのか。
「あ、あの、本当に疲れで倒れただけなんですか?」
「ええ。本当よ。随分と今回は無理したみたいだから、無理もないわね」
今回は――――か。
つまり、この人はこれまで一ノ宮がやってきた事をそれなりに知っているってことか。あの紅坂命や荒井恵の件を。
三年前の事件の事も知っているのだろうか?
「どうしたの? 会っていかないの?」
「え? あ! い、いえ、会っていきます!」
俺の悪い癖だ。何か疑問に思い出すとそっちの方に思考を傾けてしまう。今はそんな事よりも一ノ宮の無事を確認する方が先だ。
「そ。なら、こっちよ」
栗栖女医はそう言いながら歩きだし、俺を処置室の奥に招き入れた。
処置室の奥には、診察台のベッドがあり、そこに一ノ宮は横になっていた。一ノ宮の腕には点滴が打たれていた。
「怜奈!!」
俺はたまらず彼女の名前を叫び、駆け寄った。
「――――か、一輝!?」
一ノ宮は俺の姿を見ると驚きの声を上げた。
栗栖女医が言っていた通り、一ノ宮は意識を取り戻していた。点滴を受けているせいもあり、まだ起きあがることはできないようだが、その顔色は倒れる前より格段と良くなっていた。
その様子を見て、俺は安堵した。
「よかったぁ! 本当に無事だったぁ」
その声と共に脚から力が抜けていくのが分かった。俺は一ノ宮が寝ているベッドの脇に両手をついて、大きく息を吐いた。
「ちょ、ちょっと、大袈裟よ……」
「そんなことないって。ホント心配したんだから」
「……そう、なの? あ、ありがと」
一ノ宮は小声で少し恥ずかしそうにお礼を言ってくれた。
どうやら、まだ本調子ではないようだ。いつもなら、「要らない心配だ」とか言いそうだが、今は随分と素直だ。
でも、あれ? なんで恥ずかしそうなんだ?
「あ、あの、し、真藤君? そろそろ手を……」
「へ?」
手――? なんのことだ?
一ノ宮に言われて俺は自分の手に視線を移した。
そこには確かに俺の手がある。そう、俺の両手が。だが、その両手の下には、俺の手ではない誰かの手が――――。
「わわ! ごめん!!」
俺は急いで両手を引っ込める。
俺の手の下にあったのは一ノ宮の右手だった。俺は一ノ宮の手を両手で握っていたのだ。一ノ宮としては、点滴を受けていた方の手であったため、引っ込められずにいたのだ。
「う、ううん。こっちこそ、心配かけたわね……」
そう言うと、一ノ宮は恥ずかしそうに顔を逸らす。
俺の方も気恥ずかしくて、一ノ宮を見ることが出来ない。
正直、気まずい。弾みとは言え、まだ繋いだこともなかった手を握っていたなんて、思い出しただけでも顔から火が出そうだ。
それから一時の間が訪れた。気まずい空気がお互いの間で流れる。
だが、その空気に堪えきれなかったのは、俺や一ノ宮ではなかった。俺達のすぐ側からコホンと咳払いが聞こえてくる。
「「――――」」
「あー、その、仲の良いのは良いことだけど、あんまり人前でそういうはやめた方がいいと思うわよ?」
「「す、すみません」」
俺と一ノ宮はほぼ同時に謝っていた。
完全に忘れていた。処置室には栗栖女医もいたのだ。
俺は一層に気恥ずかしくなった。あんな所を見られたと思うと、この場から飛び出していきたい程だ。
「フフ――でも、よかったわ。話で聞いていたよりも、二人が仲良さそうで」
「え? どういうことですか?」
栗栖女医の言葉の意味が分からず、咄嗟に質問していた。
話に聞いていたというのは、どういう意味だろう?
「ちょ、ちょっと、先生!」
「え? 一ノ宮?」
何故か一ノ宮が突然慌てだした。どうしたのだろうか?
そして、栗栖女医は一ノ宮のその反応を見て、何やら含み笑いをもらす。
「フフ。まぁ、ここまでしておきましょうか。そろそろ、ご家族の方も来られるでしょうし」
「え――ご家族って――」
俺が栗栖女医に聞き返そうとした時、処置室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「あら、噂をすれば。どうやら、いらっしゃったみたいね。どうぞー、入ってきて下さい」
栗栖女医がそう言うと、処置室の扉はゆっくりと開く。
「失礼します!」
扉が開くと、元気で、はつらつとしたそんな女性の声が聞こえてきた。
この声には聞き覚えある。この声は――――。
「聖羅!?」
一ノ宮は入ってきた女性の姿を見た途端、そう叫んだ。
「お姉様!? ご無事だったのね! よか――」
女性は一ノ宮を〝お姉様〟と呼び、駆け寄ろうとする。が、そこに俺がいることに気づくと、その足が止まる。そして、俺の方を見て、顔をしかめた。
やっぱり、そうなるか。分かっていた事とはいえ、そこまで露骨にされると少し傷つく。
「なんで、ここにあなたがいるのですか? 真藤さん」
その声には、ここに入る時の元気良さはなく、低くて、冷たさを感じさせるものがある。
「や、やあ、聖羅ちゃん。お久しぶりだね」
「あなたにちゃんづけされる覚えはありません。気持ち悪い!」
「……そ、そうだよね。ご、ごめんね」
さすがにその言葉はきつい。今のは結構傷ついた。どうして俺はこの子に嫌われているんだろう?
病室に入ってきた女性の名は一ノ宮聖羅。一ノ宮怜奈の妹だ。
二ヶ月程前、一ノ宮と一緒に一ノ宮邸を訪れた際に初めて会ったのだが、初対面であるにも関わらず、俺に冷たく接してきた。一ノ宮が言うには、普段はそんな子ではなく、礼儀正しく、元気で良い子なのだそうだ。
今の様子を見る限り、とてもそんな風には見えないのだが……。やっぱり、嫌われているからか?
「ちょっと聖羅! いくら何でも失礼でしょ!?」
一ノ宮は聖羅ちゃんの態度を諫めようとしている。
いや、結構君も他人に冷たい態度をとってることが多いよ?
などと、突っ込みを入れられる状況ではないので、言わないでいるが。
「で、でも、お姉様……どうして、この人がここに?」
「どうしてって、彼が私をここに運んでくれたのよ」
「真藤さん、が? ま、まさか、この人に何かされたんじゃあ!!」
聖羅ちゃんはすごい形相で俺を睨んできた。
ああ――ホント信頼も信用もされていないんだな、俺って。さっきとは違う意味でここから出ていきたくなってきた。
「はぁ……そんな事あるわけないでしょ? 何を言っているの、あなたは……」
「で、でも、それじゃあ何で倒れたの?」
「そ、それは――――」
一ノ宮は聖羅ちゃんの問いかけに明確な答えが返せないでいる。
それも仕方ないことだ。まさか、さっきまで怪物と戦っていたからなんて言えるわけもない。
一ノ宮聖羅には、姉のような能力はない。その『力』は彼女には引き継がれなかった。そして、能力を持たない彼女には、一ノ宮家がこれまでに行ってき所業を何一つ知らされていないのだそうだ。彼女は一ノ宮の真実を何も知らないのだ。
このままでは拙いと思い、俺は栗栖女医に助け求めようと視線を彼女に移す。が、そこには、先程までいたはずの彼女の姿なくなっていた。
まさか、逃げた――――のか?
この状況を作り出した本人が率先して逃げるとは……。
このままでは本当に拙い。何かうまい言い訳を考えなくては。
だが、さすがに一ノ宮に嘘を言わせるのは気が引ける。仕方がない。ここは、俺が一肌脱ぐしかない。
「い、いや~、ごめんな、一ノ宮。まさかさ、君があんなに驚くとは思わなかったから」
「ちょっと、真藤君!?」
一ノ宮は俺の突然の言葉に意表をつかれ、驚いている。
「……どういう事ですか、真藤さん?」
そして、聖羅ちゃんは一ノ宮とは対称的に俺を睨んできた。先程とは違う。その瞳には本気の怒りが灯っている。
だが、ここで引くわけにはいかない。そもそも、元から嫌われているのだ。こっちからすれば、これ以上嫌われても痛くも痒くもない。
かなりやけくそな気持ちになってはいたが、俺は一ノ宮の今後の姉妹関係のために嫌われ役を勝手出ることにした。
「実はさ、夜の如月学園がちょっとした心霊スポットになってるっていう噂を聞いてね。それで、一ノ宮を俺が無理矢理誘ったんだ。で、ちょっと脅かすつもりで大声出したら、失神したというか……あはは……ごめんなさい!」
俺はその場で勢いよく頭を下げた。大袈裟なような気がするが、真実味を持たせるためにも、ここまでしておかなくては。
「ち、違うのよ、聖羅! これはその――」
「お姉様は黙ってて!!」
一ノ宮は俺の嘘を否定しよとしたが、それを口にする前に聖羅ちゃんに止められてしまった。
「今言った事、本当ですか、真藤さん?」
「あ、ああ、本当だよ」
その言葉を口にすると、彼女は肩を震わせ始めた。そして――――。
頬に熱い衝撃が走る。気づいた時、聖羅ちゃんの手は俺の頬を叩いていた。
「つっ!」
「ちょっと、聖羅! いくらなんでも――――」
「最低ですね、あなたって。そんな人とは思いませんでした!!」
「――――ごめん」
嫌われ役を勝手出たとはいえ、まさか叩かれると思っていなかった。仕方ないこととはいえ、さすがに堪える。
「出て行って! 早くここから出て行ってください!!」
「――――わかったよ」
俺は聖羅ちゃんに言われるまま、処置室の入り口の扉へと向かう。
出て行く前に見た一ノ宮と聖羅ちゃんの顔は印象的だった。
一ノ宮は俺に本当に申し訳なさそうな表情を向けてくれていた。その表情だけでも、俺は救われた気分だった。
けれど、聖羅ちゃんの方は、眼には涙が溜められ、とても悲しそうな顔していた。叩かれて、傷つくことを言われたのはこちら側であるはずなのに、あの表情は一体どういう意味なのだろう――――。
後味の悪さを感じながら、俺は処置室を後にした。




